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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第二章 伯爵令嬢と伯爵令嬢
12/42

2.王子の目論見

 アルフリードから招待されたガーデンパーティの前日。

 久しぶりに熱を出して寝込んでしまった。


 ずっと風邪なんて引いていないほど健康そのものだけど、一年に一回くらい、食事も喉を通らないくらいのひどい熱を出す。

 咳とか鼻水とか、風邪らしい症状はないのに、突然熱だけが上がり、体が満足に動かせなくなる。


「シェリア様の中の力が目覚めようとしてるんですよ。それを受け入れようと、体が作り替えられているのでしょう」


 ベッドに腰かけたギルバートが、額に浮かんだ汗を拭ってくれた。

 とても執事のやり方ではないけれど、文句を言う気力もない。


 いつもなら一日寝ていれば熱は下がるのに、翌日も熱は下がらなかった。


「私の体が負けそうになってるってこと?」


 身の内にうねる熱に食い破られそうな熱さと痛みを感じていた。

 特にアザのある二の腕が熱を持ち、じんじんと痛んだ。

 今回は何かがいつもと違う。

 不安になって見あげる私に、ギルバートは、ふむ、と顎に手を当て観察するようにしてまじまじと私を見た。


「いよいよ完全に力が目覚めるその日が近い、からじゃないでしょうか。大丈夫ですよ、あなたのその力はあなたを守るためのものです。あなたの体を食い破ったりなんてしませんよ」


 本当かなあ。

 その力をどう利用するつもりなのかわからないギルバートに言われても、なんだか半信半疑になってしまう。


「今日のパーティはやはり無理そうね。殿下にお詫びと欠席の旨を伝えてくれる?」


「いえ。シェリア様が昏々と眠っておられるうちに、ミシェル様が代わりに出かけていかれました」


 淡々と事実が告げられ、私は全身で脱力した。


「あー……」


 万能執事といえど、執事は執事。ミシェルに逆らえるわけもない。

 というか、そこまでして止めてやる義理もないと思っているのだろう。

 有能なギルバートのおかげで我が家の資産は二倍にもなったけれど、別にこの家の存続だとか名誉だとかを気にしてるわけでもない。

 ちゃんと執事をしているのも、私が暮らすのに困らない程度にこの家が存続していればいいと思ってるだけだろう。


 ギルバートは「何か問題でも?」と言わんばかりに平然と私の額の濡れタオルを交換した。

 ミシェルを連れ戻してとお願いすれば、容易く叶えてくれるだろう。

 でも今の私に対価を払う余裕なんてない。


「まあいいか」


 アルフリードだって、わざとミシェルを煽るようなことをしたのだ。

 ミシェルが食いついてしまったのだって自業自得と言える。

 たとえ今面倒なことになっていようと、自らが(間接的に)招いた客だ、しっかり相手してもらおう。


「アルフリードから今日の話を聞くのがとても楽しみね」


 他人事としてミシェルの武勇伝を聞く人たちのわくわくする気持ちが、初めて理解できた。




 結局、今回は三日も熱が下がらなかった。

 熱で消耗した体はすぐに動けるようにはならず、四日目にやっと学院に行くと、教室に向かう途中で待ちかねていたアルフリードに拉致られた。


     ◇


 いつもの中庭に連れて来られると、アルフリードは笑いながらも疲れきったようにベンチに腰を下ろした。


「いやあ。対岸の火事という言葉があるけれど、狂った踊り子は遠くから眺めるのがちょうどいいね。目の前で乱舞されて、いやはやパーティを開いたことをあれほど後悔したことはなかったよ」


 ミシェルはアンレーン家次期当主としての責任感を目いっぱいに背負い、第一王子の身近な人たちへしっかりと爪痕を残してきたようだ。


「極上のエンターテインメントが目の前で見られて、さぞ迫力があったことでしょう。よかったじゃないですか。安全な茂みにその身を隠し、覗き見ているだけでは得られない経験ができましたね」


「そうだね。シェリアがよくここまで無事に普通の人間に育ったなと心から驚嘆するばかりだよ。いやあ、いまだに疲労困憊さ」


 自業自得だ。

 思い知ったら、二度とミシェルを煽らないでほしい。


 ミシェルはそれからというもの、どこか覇気がなかった。

 思い通りになって満足しているのかとも思ったけど、私を見る目に憎しみがこもっているような気がしてそうでもないのだなと悟る。

 パーティで何かやらかしたのをまた私のせいだと責任転嫁でもしているのだろうと思われた。

 勝手に行っておきながら、しかも行ってもいない私にパーティのことを恨まれても、と思う。


 まあこれでアルフリードもミシェルも思い知ったことだろう。

 私は波風立てずに平和に暮らしたい。こんなことはもうごめんだ。


 しかし私のそのたった一つの願いは叶わなかった。


「で、だ。結局シェリアが来られなかったから、もう一度開催したいんだよね」


「はあ?」


 思わず顔だけじゃなく全身が歪む。


「ああ、いや、気持ちはわかるよ、うん。だけどねえ、実はシェリアに頼みたいことがあるんだよ」


 胡乱げにアルフリードを見れば、「実はね」と話し出した。


「長らく婚約者として立てられていたアユリナ公爵令嬢が病で亡くなってしまったのはシェリアも知ってるだろう? 私も彼女のことは気に入っていたからね。しばらく誰とも考えられなかったんだが、いつまでもそういうわけにもいかない。今二つ名前が挙がっているんだけど、王家としては本当にどっちでもよくて、決めかねてる状態なんだよね」


 アユリナ公爵令嬢のことは私も知っている。

 幼い頃からアルフリードの婚約者として何度も顔を合わせていた。

 けれど十四歳の時に、突然病で亡くなったと聞かされた。

 噂では、次期王妃の座を狙ったどこかの家の者の仕業だろうということだった。


 だからこそ次の婚約者を立てずにいたのだと思う。

 また狙われるかもしれないし、その犯人の狙い通りの人を婚約者としてしまったらアユリナ公爵令嬢が浮かばれない。


 婚約者が二人のうちどちらでもいいというのも、そのことがあったからだろう。

 また失うかもしれないのに親しく心を寄せられない気持ちは、私にもわかる気がする。


「だから、その二人をシェリアの目から見てみて欲しいんだよ。勿論決めるのは私だけど、男にはわからないこともあるだろう? シェリアなら忌憚のない意見を聞かせてくれるだろうから、ぜひ二人に会ってほしいんだ」


 なるほど。

 その役割を私に期待するのはわかる。

 だけどきっぱりと断った。


「いやです。面倒です」


「うん。そう言うと思ったけど、頼むよ」


 アルフリードも折れるつもりはないようだ。

 にこにこと浮かべた笑みに、少しだけ困った色がのっている。


「殿下が仲を深めて理解されればいいだけのことではありませんか」


「そうだけど、女の子って裏の顔があるでしょ? それは絶対に男の前では見せない。裏がないのはシェリアくらいだからね」


「ミシェルだって裏はありませんよ」


 誰の前でだって私を口撃するのをやめたりはしない。空気が読めないともいう。


「表が問題ある人に聞いた意見なんて参考にならないだろ?」


 知ってる。

 だけど引き受けたくないなあ。


「私にメリットがありません」


「じゃあ、何でもお願いを聞くよ。それならいいだろう?」


「特に殿下にお願いしたいこともありません」


「今はなくても、そのうちできるかもしれないだろ? 一つ有用な手を持っておくのはいいことだと思うけど。あとは例えば、シェリアの結婚相手を教える、とか」


 その言葉に、私は思わず顔を上げた。

 ベンチに置いていた扇子が風に煽られたのか、その先についた小さなコウモリがコロコロと転がる。


「教えられないって言ってませんでした?」


「うん。だけど、そろそろシェリアが知ってもいいんじゃないかなと思ってね」


 アルフリードはコロコロ転がり続けるコウモリにちらりと目をやる。

 コロコロとベンチを転がる音がうるさかったのかもしれない。


 確かにその申し出は魅力的だ。教えないと言われると気になるし、心の準備をしておくためにもやっぱり知りたい。

 だけど、どうしても障害物の存在が頭にちらつく。


「でもまたミシェルに乗り込まれるかもしれませんよ? なんとしても私を出し抜こうとするでしょうし」


「うん。だからね、この件は内緒。当日も他のパーティに行くフリをして、こっそり出てきてよ」


 そううまくいくだろうか。

 私の躊躇いがわかったのだろう。アルフリードが「実はね」と困ったように口を開いた。


「あのガーデンパーティにも一人、参加してもらう予定だったんだ。だけどシェリアが来られないと聞いて、慌てて参加を取りやめてもらったんだよね。まさか彼女に狂気の踊りを見せるわけにはいかないからね」


 王太子妃候補になるような有力貴族に目をつけられたら、アンレーン家もたまったものではない。

 だがミシェルが失態を犯さないわけもない。

 それを見越して即座に対応してもらえたのは助かった。けれど背筋が冷やりとする思いだった。


「ご配慮ありがとうございます。それとミシェルがご迷惑をおかけして重ね重ね申し訳ありません」


 素直に謝罪した。自業自得と思いはしたけど、私の監督不行き届きであることは確かだ。

 頭を下げると、アルフリードは「だからね」と続けた。


「次回がダメでもしつこく誘うから。何としても、来てね」


 ――じゃないと、永遠に終わらないよ?


 不動の笑みが、そう言っているように聞こえた。


「……わかりました。善処します」


 アルフリードは数少ない友人だ。

 国の命運を左右することでもあるし、気が重いけど、純粋な好奇心から婚約者候補だという二人に会ってみたい気持ちもあった。


 今度こそミシェルが暴走しないよう、きちんと準備しなければ。

 私は遅れて授業へと向かいながら、扇子の先についたコウモリに、小さく声をかけた。


「聞いてたでしょ? 今度こそミシェルが乗り込んだりしないように、協力お願いね」


「お願い、ですね? 対価は――」


 そう返されるのはわかっていた。

 でも、私一人では使用人たちを使いまくるミシェルに太刀打ちできるとは思えない。彼女たちはミシェルには逆らえないのだから。


「ちゃんと特別手当は出すわよ」


「かしこまりました」


 表情のない真っ黒なこうもりの人形が、にやりと笑ったような気がした。


 アルフリードもギルバートもミシェルもヴルグも。

 気を抜けない人ばかりで、日常が濃すぎる。


 十八歳になってあの家を出たら、ものすごく平和に感じるのだろう。

 きっと、気が抜けるくらいに。

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