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執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない  作者: 佐崎咲
第二章 伯爵令嬢と伯爵令嬢
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1.招待

 短期留学生だというエヴァが現れてから、なんとなく身の回りが静かになったように思う。

 人も視線も彼女が一身に集めているからだろう。

 だけどミシェルだけは相変わらずだった。


 最初こそはエヴァに突っかかっていたものの、真の敵はそこにはないと思い改めたのだろう。エヴァがどれだけ周りにもてはやされようと、ふんと鼻をならすくらいでかまわなくなった。


 だから結局ミシェルは何かあるとこうして私のところへツカツカとやってくる。


「何故!! お姉さまのところに!! アルフリード殿下が招待状をお持ちになるんですの?! アンレーン家を継ぐこの私を差し置いて!」


 アルフリードの招待の件は、案の定ミシェルの逆鱗に触れた。

 傍ではミシェルが一人吠え続けている。


 だが私はそれどころではなくもしゃもしゃと咀嚼を続けた。

 さっきまでずっとアルフリードがそのパーティについて一方的に喋っていたせいで、今日のお昼ご飯はまだ食べ終わっていないのだ。

 サンドイッチがパッサパサになってしまう。

 パッサパサのサンドイッチほど歯茎の裏にぺったりとひっついてやっかいな食べ物はない。淑女らしく食べるためにも完全にパッサパサになりきるまえに食べる必要がある。


 アルフリードの行動は早かった。

 あれからマリアナ嬢のお茶会の日程を即座に聞き出し、その日に合わせてガーデンパーティの準備を本当に進めてしまった。

 お城にいくつかある庭のうち、もっとも小さな西の庭園でごく親しい人だけを招待するらしい。


 それをミシェルが知っているのは、例のごとくお昼休みにミシェルが因縁をつけに通りがかるのを待ち構えて、アルフリードが私に招待状を渡してきたからだ。

 当然王子が喋っている間にミシェルが割り込めるわけはなく、アルフリードが私に親しく声をかけている間、彼女はぐぬぬぬっと声を漏らしながら悔し気に唇を噛みしめ、今にも吠え出しそうなのを堪えていた。

 で、いなくなったと見るやこうして噛みついてきたわけだけど。


 たぶん、アルフリードはまだ近くにいる。

 いや、絶対だ。

 これが見たくてやったことなのだから。

 そうとは知らぬミシェルは今日もアルフリードに格好の餌をくれてやるわけだ。


「どうせお姉さまなんてパーティに行ったって仏頂面でただ座ってるだけですのに」


 それはあんたがいるからよ。

 ミシェルがいないところでは私だってそれなりに愛想笑いくらい……いや、あんまりしないか。


「どうせ枯れきったお姉さまなんて楽しい話題が提供できるわけでもありませんのに」


 そうね。あんたには負けるわ。


「何故アルフリード殿下は、お姉さまのことばかり気にかけておいでなのかしら」


 それだけは違うわ。アルフリードはあなたのことが大好きよ。その娯楽性に中毒になるくらいに。

 人として、女として、とは違うけど。


「あああ、私だってお姉さまとは一つしか違わないのに、お父様が私を殿下のお友達として王宮に連れて行ってはくださらなかったせいよ。不公平だわ!」


 それも違う。

 最初はミシェルも連れて行かれてたけど、私への対抗心から王子の前で私に熱いお茶をぶっかけたり、ケーキを頭に落としてきたり、突き飛ばしたりしてくるから、出入り禁止になっただけのこと。

 わざとじゃないんですう、って言ったってそんな落ち着きのない人が王子の友人に相応しいと見られるわけもない。

 事故で王子に何かあったらどうするのか、って話だ。


 思えば、アルフリードはあの頃からミシェルが大のお気に入りだ。

 何度も飽きずに同じ手を繰り返すところが馬鹿みたいでかわいらしいのだそうだ。繰り返すけど、それも人として、女として、の好意じゃない。


 よし、食べ終えた。

 さっさとこの場を去ろう。

 ハンカチでささっと口元を拭い、立ち上がるとミシェルが「お待ちになって!!」と叫んだ。

 まだ続いてたんかい。


「殿下のご招待に次期当主である私が出席しないわけにはまいりません。代わりにお姉さまはマリアナ様のお茶会に出てくださいな」


 その言葉には、私もさすがに振り返った。


「ミシェル。この招待状はアンレーン家に届いたものではなく、アルフリード殿下から私宛てにいただいたものよ。勝手に出席者を替えるわけには」


「ではお姉さまは当日腹痛になってください。風邪でもいいですわ。なんならお薬を差し上げますので」


 その薬は治す方じゃなくて、罹る方ね?

 さすがにぶっとんだことを言うわ。

 と思ったら、茂みの向こうから「ぶっっくっは!!」という堪え切れなかったどなたかの吹き出す声が聞こえた。


 どうやらぶつぶつと一人考えに沈んでいたミシェルにはその声は聞こえなかったようだが、取り巻きの令嬢たちは不審そうに周りを見回していた。

 私が目で『問題ない』と頷いて見せると、何かはわからないながらも了承したように小さな頷きが返ってきた。

 本当に聡明な子たちで助かる。


「あなたの我儘で殿下とマリアナ様を振り回すのはおやめなさい。いい加減あなたも十六歳なんだから、分別というものをわきまえなさい」


「お姉さまこそ、家を継ぐわけでもないのに殿下のパーティに参加されるなど、無意味に過ぎますわ。仲のよい方をご招待されたとのことですが、だからこそ、大事な社交の場ですのよ? それこそお姉さまがわきまえるべきだわ」


 そんな終わりのなさそうなミシェルの無理強いに割って入ったのは、笑いは収めたもののいまだ楽しげなものが混じった声だった。


「まあまあ、ミシェル嬢。たまには友人であるシェリアとも楽しくお喋りしたいだけの、緩い会なんだ。お目こぼしいただけないかな?」


「殿下……!」


 やっと茂みから出てきたらしい。

 こうなることを望んでアルフリードが蒔いた種だ。ちゃんと収拾して帰ってほしい。あと肩についている葉っぱも


「シェリアとて、嫁いだ後も社交界から消え去るわけではないのだから、顔をつないでおくことに意味はあるよ。私の妃となる女性とも、よい友人になってほしいと思っているしね。互いの子供を共に遊ばせたりして、また幼馴染として繋がっていくというのも楽しいだろう?」


 ミシェルを焚きつけるためにやっているのは丸わかりだが、アルフリードは王子然とした笑みを向け、『平和』と『友愛』を強調して見せた。

 けれど私はアルフリードの言葉が気になって眉を寄せた。


「アルフリード殿下。私の婚約者をご存じなのですか?」


「ああ、知っているよ」


「どこのどなたなのです?」


「それを私の口から話すのは筋違いというものだからね。その時まで知られぬようにというのは先方の希望だよ」


 会う時は常に酔っぱらっている父も、決して相手については教えてくれなかった。

 何故そこまでして隠すのだろう。

 知られて困るとしたら、相手が老人で後妻に入るのだとか、外聞が悪い人だとか?

 私が逃げてしまわないように隠しているのだろうか。

 どうせ私には逃げる場所などないというのに。


 いつの間にかミシェルに興味をなくしていることがバレたのか、ミシェルはむっとしたように一層声を張り上げた。


「ですが、殿下! 人に言えぬようなところに嫁ぐ姉よりも、アンレーン家を継ぐと決まっている私と仲を深めていただいた方が社交界のためにはよろしいかと愚考いたしますわ。私は壮絶にかわいい女の子と壮絶に知性のある男の子を生む予定ですので」


 こんなに未定な予定は初めて聞いたかもしれない。

 だがアルフリードは何かを含むように笑みを深めた。


「いや? シェリアとの繋がりは、我が王家にとって唯一無二のものとなるだろう。数多いる伯爵家よりもよほど、ね」


 その言葉に、ミシェルは目を剥いた。


「何ですって……?! お姉さまがそんな……。でも、だとしても、どうせそこらのエロじじいに嫁ぐんだわ。お姉さまにとって地獄であることには変わりないのよ」


 悔しさを吐き捨てるようなミシェルに、アルフリードは「あっはっは!! エロじじいね! 今度言っとく」とそれはそれは楽しそうに笑い、目の端に涙を浮かべた。


「まあそういうわけで、ガーデンパーティの日はシェリア嬢をお借りするよ。ミシェル嬢もマリアナ嬢とのお茶会を存分に楽しんで。互いに有益な時間となることを祈っているよ」


 アルフリードがにこりと笑みを浮かべれば、その場ではもう誰も言葉を継ぐことはできなくなった。

 そっと息を吐く私の耳に、ぼそりとした小さな呟きが聞こえた。


「どうして。どうしていつもお姉さまばかり。やっぱりお姉さまがいる限り、私が認められることなんて――」


 いつもとは温度の違う声に、顔を上げた。

 けれどミシェルはくるりと背を向けて、すたすたと歩き去ってしまった。


「よくもあれほどまでにこじらせたものだな」


 コウモリと化したギルバートの呟きが風に乗って耳に届いた。


 私は歩みを止めることのないミシェルの後ろ姿を、しばらくの間見つめていた。

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