魔王様
「ディラン師匠! 怪我したって聞きましたけど?」
「ふむ? ああ、このとおりすっかり良くなった」
ディランは両腕をぐるぐると回してみせた。なるほど、私の怪我よりも大したこと無かったみたいでよかった……ってそりゃそうか。私は死にかけてたんだし。
「みんなは……養成所のみんなは無事なんですか!?」
私はここ数日ずっと気になっていた疑問を投げかけた。
するとディランは少し顔を伏せると、黙り込んでしまった。……やっぱり、無事ではないみたい。死んだり行方不明の人もいるって話だし、私と一緒に戦闘に参加していたせいかディランにもサンチェスの惨状がよく分からないのかもしれない。
「……トラウゴットは死んだ。……他は会えていない故分からんが」
ディランはしばらくしてやっと口を開いた。一番弟子の死は相当にショックだったのだろうが、その表情には明確な決意が見てとれる。大切なものを奪った人間たちに対する復讐。それだけだろう。
トラウゴット、私の卵焼きが大好きだった兄弟子。たくさん意地悪言われたり、冷たくされたこともあったけど、心配性で私の心配もよくしてくれた猪人。……そっかぁ、レオンと戦った時に咄嗟にトラウゴットを援護したけど、結局死んじゃったんだね……。
初めて経験した仲間の死。それは私の心にも重くのしかかってきた。
――こういう感情を人間に狩られる魔物たちはいつも味わっているんだ……
――なるほど
人間ってとんでもない奴らなのかもしれない。
「……目つきが変わったな。強い怒りを感じる。ノーラン様やレヴィアタン様に鍛えてもらったようだし、修行の成果、存分に見せてみろ」
「はいっ!」
私とディランは大広間の中心付近まで歩いてくると、互いに向かい合って少し距離をとった。
「はぁぁぁぁっ!」
私は拳を突き出すポーズで魔素を解放する。練習の甲斐があって、これだけですんなりと魔素が解放できるようになっていた。
私の拳から溢れたどす黒い炎はすぐに全身を包んで燃え盛る。
「なるほど、では某も本気で行かせてもらおう!」
ディランは真上に右掌をかざす。すると、ブンブンッ! と、どこからかディランの愛用している大剣が音を立てて飛んできて、その掌に収まった。
刀身は赤いが全体的なフォルムは黒いというお値段の張りそうな大剣……。
「魔剣〝レーヴァテイン〟。炎を操る魔剣。……魔王様から賜ったものだ。レーヴァテインの力存分に振るってやろう」
「望むところです!」
レーヴァなんとかだろうと、炎を操ろうと私の炎耐性の前では普通の剣と変わらないもんね。私の魔素でどこまで通じるのかやってみよう!
『では……始め!』
広間の端から腕を組みながら眺めていたノーランの掛け声で模擬戦は始まった。
「うぉぉぉぉっ!」
私が怒りの感情を高めると、魔素は勢いを増して更に燃え上がる。……そこで、目的を与えてあげれば……。
魔素はいくつもの筋となってディランの元へ伸びる。そのまま貫いちゃえ! もちろん殺したりはしないけど。
「ふんっ!」
しかし、ディランがレーヴァテインを横に一閃すると、ボォォッ! と炎を纏った刀身は、私の放った魔素を容易く粉砕してしまった。……でもそれは想定内!
「えいっ!」
私は魔素を飛ばすと同時に、魔素の力も借りて大きく踏み込むと、ディランの懐に飛び込んでいた。そしてそのまま魔素を大量に纏った右手で大振りの一撃を見舞う。
「ぐっ……!」
ディランはなんとかレーヴァテインの刀身で一撃を防いだが、その衝撃で大きく後ろに吹き飛ばされた。
……いたたた。全力の一撃をお見舞いしたというのに折れないって、やっぱり魔剣ってすごいね! 私の拳が痛くなっちゃったよ。でもこれはチャンス!
私は魔素で大幅に強化された脚力を活かして、数歩でディランの元にたどりつくと、トドメの一撃を……
「……っ!?」
途端に嫌な予感がして私は真横に飛び退いた。すると、先程まで私がいた場所をレーヴァテインの刀身が唸りを上げて通過した。
「ほう、よくかわしたな。魔素の扱いだけを学んでいたわけではないようだ」
いや……今のをかわせたのはただの勘で、モンスターギャルドやレオンとの戦いでどのタイミングで反撃が来るかだいたい予測できるようになっていたというか……。それに、思考に身体がついていけたのは、毎日ディランの養成所で身体を鍛えていたからだ。
「あ、あぶなかっ……えっ!?」
あっ、でも完璧には避けきれなかったみたいで、私の脇腹部には刀身が掠ってできたと思われる傷があった。……せっかく傷治ったのに。
刀身は完璧にかわしたと思ったのに……。まさか、纏ってる炎の部分も刀身として攻撃力があるのかな……?
「次はこちらからゆくぞ!」
ディランは軽い身のこなしで大剣を振りかざしながら走ってきた。
――どうする?
――避けるか、防ぐか
っていっても、さっきみたいなよく分からない攻撃判定の攻撃が飛んできては困るので、とりあえず防ぐしかないかも……。
私はノーランがレオンに対してやったように、魔素で大きな盾を形成してディランの攻撃を受け止める。
グガガガガァ!! という、おおよそ武器と武器がぶつかりあったとは思えないような奇怪な音がする。炎を纏った魔剣と、魔素でできた盾なんだからしょうがないか。
それにしても重い攻撃。私はディランの攻撃を防ぎながら押し込まれてしまう。これがモンスターギャルドだったら、場外で負けになるところだ。
「……っくぅぅっ!!」
「ほらほらどうした、そのままいつまでも防いでいるわけにもいくまい?」
でもどうにもできないんだからしょうがないじゃん!
――私じゃディランには勝てない
――力が
――力が足りない
――もっと
憤怒の感情はもうこれ以上湧いてこない。だとしたら他の、七つの大罪の感情を使うしかない。
傲慢……これはよく分からない。嫉妬……することもないかな。怠惰……だったら今すぐやめて寝ちゃいそう。強欲……いや、私謙虚だし? 暴食……だから私は大食いキャラじゃないのよ! 色欲……これは分かる。えっちなやつだ。
はぁ……心底恥ずかしいんだけど、妄想少女香那ちゃんの本領発揮といきますか! そうね、お題は……レオンと何をしたいか? とか?
でも、思い浮かんだのはあの、壁ドンされて身体を触られてキスしちゃった体験だけ……結局あれだってレオンじゃなくてルナが……
「るぅぅぅなぁぁぁぁっ!!」
結局湧いてきたのは憤怒の感情だった。でもまあ結果オーライかも。
私は勢いを増した魔素によって、盾に加えて大きな鎌を実体化させる。これもノーランからもらった技だ。そして、鎌を右手で握り、ディランの胴体に向けて振り抜く。
しかし、ディランはその攻撃を飛び退いてかわしてしまう。
私が追撃しようとした時、バンッ! と音がして広間の扉が開いた。
「カナ! 魔王様が呼んでるよ!」
入ってきたのは金髪の端正な顔をした子ども……。まさか
「エミールじゃん!」
「正解! いやぁ、カナが生きてて良かったよ。カナを食べるのは僕の楽しみなんだからさ」
「ていうかなんであんたが魔王様と気軽に会えるのよ!? てかなんであんたが私の名前知ってんのよ!?」
私は戦闘を中断すると思わずツッコんでしまった。
しかしエミールはニコニコ笑いながら
「最初の質問は僕の本名を聞けばわかると思うよ。……僕の本名は〝ベルフェゴール〟。怠惰を司る悪魔で、魔王四天王のレヴィアタンの弟だよ。モンスターギャルドに興味があったから偽名使ってたんだ」
「ふぁっ!?」
レヴィアタンを見た時のあの既視感の正体……それはエミール……いや、ベルフェゴールの姉だったからなんだ……! どおりで性格も少し似てると思ったよ。……にしても、やっぱり大物だったじゃんエミールは!
「……で、カナの本名はお姉ちゃんから聞いたよ。勇者パーティーの最強魔法使いって聞いて余計食べたくなった。……食べてもいい?」
「だめです!」
私はブンブンと首を振りながら答えると、エミール改めベルフェゴールから距離をとった。
「……無事だったか、エミール。いや、ベルフェゴールよ」
「うん、僕がそう簡単にやられるわけないよ」
ディランは師匠なだけあって、ベルフェゴールの事情を理解しているようだ。魔王軍内の序列だって、ベルフェゴールの方が上のようだし。
「ほら、いつまで魔王様をお待たせする気? さっさと行くよカナ!」
「はいはい」
まだベルフェゴールに対して兄弟子だって思いが抜けないなぁ……。とりあえず私とディランは模擬戦をやめて、お互い完全回復をかけてもらうと、私はベルフェゴールに案内されて、魔王が待つという部屋に連れていかれた。
要するに玉座ってやつだ。どんな感じなのだろうか、魔王はどのような見た目をしているのだろうか。少し楽しみ。
やがて、ベルフェゴールはとてつもなく巨大な黒い両開きの扉の前で立ち止まった。……うん、いかにもな感じ!
「魔王様ー! カナを連れて参りましたー!」
ベルフェゴールは元気よく叫ぶ。すると、ゴゴゴゴ! と重厚なものが動くような音がして、扉がひとりでに開き始めた。……魔法、かな?
「入っていいよっ」
中から聞こえてきたのは年端もいかなそうな女の子の声だった。……うわぁ、また美少女出現パターンかなぁ……あまり美少女に出てきてもらうと私の可愛さが霞んでしまわないかな?
私とベルフェゴールは扉から中に入る。すると、中は概ね私の予想通り、広間の奥の階段で高くなっている場所にボンッて大きな玉座置かれていて、そこに魔王が座っているんだけど……
「あなたがカナね?」
「……う、うん?」
玉座に座っていたのは、声のとおり、年端もいかない女の子。幼女だ。長く美しい銀髪に、綺麗な紅い目。ゴスロリのような服を着ている。魔王様はすでに私のことをご存知のようだ。
「お前、魔王様に対してその口の利き方は失礼だろう!」
玉座の脇に控えていた、全身に目ん玉をくっつけたような人型のクリーチャーが叫んだ。……全身目なのにどこから声を出しているんだろう。なかなかグロテスクだ。
「ごめん……なさい」
「別にいいのよ? みんな最初はそんな感じの反応しちゃうから」
幼女……魔王様は、にへっと笑う。かわいい。
『魔王様は見てのとおり人間で、元々勇者としてこの世界に召喚されたのだ。だが、人間の私利私欲にまみれたやり方に反発して、魔物をまとめる魔王様となられた』
全身目ん玉男の隣で補足したのはノーランだ。多分影による瞬間移動でしれっと移動してきたのだろう。……ん? 召喚って……もしかして?
「わたしは、人間の罪を償わせられるのは人間だけだって思ってる。だから私が人間を滅ぼすことにしたの……だけどね」
魔王は、ふっと息を吐くと。物憂げに宙を眺めた。何を考えているのだろう。
「わたしのせいで多くの魔物たちを戦いに巻き込んでしまったのも事実よ。挙句にこんなに追い詰められて……だからね、カナ」
「はいっ」
――勇者を殺してほしいの
そう、魔王は言ったと思う。
『殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!』
玉座の目ん玉男とは逆の隣に立っていた、黒いローブを着た白い大きな骸骨が、ケタケタと笑いながらだいぶ頭のおかしな奇声を上げたので、私はびっくりして飛び跳ねてしまう。うるさいのでやめてほしい。
「……魔王様」
「なあに?」
魔王……幼女は首を傾げる。友達や小学校の先生とお話しているかのような態度だ。
「私と勇者レオンは恋人だったんです。……そう簡単に殺したり……できません」
私はキッパリと断ってしまった。魔王は目をまんまるにして驚いていたようだったが、すぐに表情を和らげると
「……カナもそうなのね」
「……?」
今度は私が首を傾げる番であった。
「勇者として召喚されたわたしにも、大切な人がいたの。……身寄りのないわたしを拾ってくれた大切な家族が……」
「……」
そう語る魔王は先程とは打って変わってとても辛そうで……。
「でも違った。わたしは奴隷として売られちゃったの……だからもうわたしは人間を信用してない。カナにも信用してほしくない」
まあ、私だって信用していたパーティーメンバーに嫌われてたことがわかって、裏切られたような気分だったし……気持ちはわからないでもないかも。
でも、勇者と戦う、勇者を倒す、っていう気持ちはもてても、殺すとなると二の足を踏んでしまう。
「……すぐに結論出さなくてもいいよ」
私が悩んでいるのを察しているのか、魔王はそう言うと、すっと玉座から立ち上がった。そして
「……勇者が近づいてる。すぐに出陣の準備をして。今度こそ総力戦になるよ。四天王総力を挙げて頑張って!」
『はっ!』
「はいっ!」
「御意!」
『是!!』
玉座の脇に控えていた、ノーラン、レヴィアタン、目ん玉男、デカい骸骨がそれぞれ返事をした。……多分あの四人が魔王四天王なのだろう。
そして魔王は階段の上から私を見下ろしながら言った。
「わたしも行くから、カナも来て。転生者が二人いれば、勝てるよ」
ん……?今なんて?
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? なんでそれを!?」
私は人目をはばからずに絶叫した。