最強の美少女魔法使い
「前衛、突撃!」
あれ、デジャヴだ。前方ではゴブリンの群れに攻撃を仕掛ける戦士たちの姿がある。やっぱりかっこいいなーみんな。
とか思ってる場合ではない。私は確かトラックに跳ねられて死んでしまったはず。なのに何故昨日と同じ夢を見ているのかな? ……ん? 夢?
そういえば私の握っている杖は、妙に重量感があって手触りまでリアルだし、吹く風の感覚とか、ゴブリンや戦士の息遣い、足から伝わってくる地面の感覚、土の匂い、杖を握る手のひらの汗の感覚まですごくリアル。
……夢を見ていてこんなこと今まであったっけ?……とりあえず自分の頬をつねってみる。痛い。
--夢じゃない!
〝転生〟
そんな言葉が脳裏をよぎった。よくあるよね、死んだ時に異世界で生まれ変わるってやつ。
--じゃあもしかして……?
慌ててまずは自分の髪の毛を確認してみる。さわさわ……うーん、ふわふわで手触りがいい! 目の前に持ってきてみると、色は……ピンクブロンド! やったね!
そして服装。どうやら黒いローブと頭には大きな黒い帽子を被っているみたい。手には大きくて装飾を施された杖を持っているし、間違いない、魔法使いだよ!
おまけに胸!ぺったんこだった前世に比べてだいぶ大きくなっている。うわ、やわらか!
--そっか! 私、異世界で夢にまで見たカンペキ美少女カナちゃんに生まれ変わってる!!
「ちょっとカナ! 戦闘中にいきなり自分の胸触りながらニヤニヤして、気持ち悪っ! もともとおかしなやつだとは思ってたけど、そこまでくるとビョーキだよビョーキ!」
隣にいた金髪の女の子がこちらを睨みつけながら言ってくる。
前も言ったかもしれないけど、彼女の名前はアンジュ。職業は僧侶……の上位系である聖騎士、私とは対象的な白いローブを着て羽を模したような髪飾りをつけている。手には槍のような物の先に小さな旗のついたような武器? なのかな? そんなものを持っている。パーティーの防御や加護、回復を担う要で司令塔みたいな感じ。まあ私のほうが可愛いんだけどね。
「ご、ごめんなさいっ!」
ついつい前世の癖で返事しちゃったけど、この世界のカナちゃんはそんなことは言わない。
ほらアンジュも「はぁ?」みたいな顔してるし。
「……じゃなくて、こうしていると呪文唱える時に気が散らなくて済むのっ!」
やばい。テンパって変なことを口走ってしまった。アンジュに変態だと思われたらどうするの!? ていうかもう思われてそうな気もするけど!
「ふーん」
と、意外にもアンジュは軽く流してくれた。これが多分カナちゃんのいつものテンションなんだ! よくわからないけど……。
「てかさっさと呪文唱えなさいよ。カナがちんたらしてると前衛のみんなに負担がかかるのわかってる?」
「わかってる! アンジュもさっさと加護よこして!」
「チッ!」
舌打ちした!? 今舌打ちしたよね!? でもわかってる。口は悪いけどアンジュはほんとはとてもいい子なんだって。私の中のカナちゃんがそう言っている。
うん、私の記憶とカナちゃんの記憶は共存しているみたい。だから仲間のこともこの世界のこともカナちゃんが記憶していることなら瞬時に思い出したいことを思い出せるようになっていた。転生って素晴らしい!
アンジュに心底嫌そうな顔をされながら、呪文の詠唱を短縮する〝速詠〟の加護を貰った私は、呪文を唱え始める。
「聖なる炎、聖なる風、我が元に集いて敵を打ち砕く螺旋となれ! ……火炎大竜巻!!」
「ギャァァァァッ!!」
ゴブリンどもの断末魔。……やっぱり爽快! 夢じゃないからさらに爽快だね! まさに命のやりとりをしているって感じ!
ゴブリンって、猫背だし鼻でかいし牙出てるし目はギョロ目だし禿げてるし、いやーな感じなんだよね。前世の理科教師を思い出すよ。
そんなこと思ってたら、前衛で戦っていた戦士たちがこちらに戻ってきた。
「よくやったぞカナ!」
そう言いながら私の背中をバシバシ叩いてくるのはクロードという大剣使い。職業は剣闘士、2メートル近くありそうな大剣をブンブン振り回しながら戦う力持ちで、そのがっしりした体型と、逆だった茶髪とハチマキがトレードマーク。なおイケメン。
「お前のおかげで助かった!」
クロードの隣でそう言ったのは、ホラントっていう重装甲戦士、職業でわかるとおり全身を金属の鎧で覆っていて、大きな盾を持っている。めちゃくちゃ固い頼れる盾役だけど、その鎧はミスリルっていう軽い金属でできているらしくて、意外と素早い。
頭部のヘルメットを取るとイケメン。
最後にやってきた赤い鎧に身を包んだ戦士は、そう、ご存知のとおり私の彼氏であり、職業は勇者。赤いちょっと長めの髪を後ろで束ねた超イケメンで、剣だけではなく魔法も使えたり、勇者特有の様々な加護を得ているまさに人類が誇る最強の存在!その名もレオン。
しかしレオンは私の肩をポンッと叩いただけで、そのままパーティーの先頭に戻って歩き始めた。でもそのクールなところもカッコイイんだよね!
私は振り返ってアンジュの方を向きながら「どやぁぁぁっ」って感じににこにこしてみると、特に彼氏のいないアンジュは黙って中指を立ててきた。……クロードかホラントでも捕まえればいいのに、アンジュも可愛いしできるよきっと。
さてさて、ゴブリンの群れを倒して私たち勇者パーティーはさらに森の奥に入っていく。
カナちゃん情報によると、この世界にはモンスターどもを束ねる〝魔王〟っていうやつがいて、人間はエルフとかドワーフみたいな種族と組んで魔王に対抗してるんだけど、なかなか上手くいかなくて、しばらく前にエルフの村がまた1つ滅ぼされちゃったみたい。
そこで最強の冒険者パーティーである勇者パーティーの私たちがその村の奪還を任されたんだって。
どこまで同じ景色の森が続くんだろう嫌になるなぁとか思ってると、しばらくして少し開けた場所に出た。森……には違いないんだけど、木とかの密度が違う。薄くなっていて、誰かが通ったような道の跡もある。
「エルフの村だぜ」
レオンと共に先頭を歩きながら地図のようなものを見ていたクロードが言った。
「あっ、あれ見てよ」
アンジュが上の方を指さした。見ると、太い木の枝に小屋のようなものがいくつも張り付いている。あれがエルフのお家かな? カナちゃんはエルフのお家は見たことないらしく、記憶にはない。
「……様子がおかしい。人の気配どころか、モンスターの気配もしない」
レオンが呟いた。
「考えてみたら、ここに来るまで遭遇したモンスターはゴブリンばかりだったし、なにかおかしいと思ってたんだ」
「どゆこと?」
呟いたホラントに私は尋ねる。
「ほら、エルフの住処はあんな木の上の方にあるだろ?だからゴブリンにはエルフを襲うことはできない。できたとしてもエルフのほうが圧倒的に有利な立ち位置で戦えるから、そう簡単に村が滅ぼされるとは考えにくいんだよ」
「ふーん、なるほどねぇ」
要するにエルフの村を襲ったのはゴブリンじゃなくてもっと他のモンスター。そのモンスターはおそらく近くにいるはずなのに姿を見せない。怪しいぞってことかぁ。
その時アンジュが、はぁぁぁっと深いため息をついた。
「どうした?」
「私、だいたい想像ついちゃった…」
「なにっ!?」
アンジュの言葉に驚くクロード。
「ほら、あのエルフの住処、よく見ると焦げてるのよ上の方が。そしてその上の木も所々焦げているところがあるし」
「……ドラゴンか!?」
「いや、それなら森ごと焼き尽くすはずだし、もっと小型の……」
その時、遠くの方からかすかにバサッバサッとなにかが羽ばたく音がし始めた。
「まずい、まずいぞ……」
急にそわそわし始めるホラント。どうしたんだろう?
羽音は急に大きくなり、なにかが木の上をブワッと高速で通り過ぎた。木がザワザワと揺れる。えっなに!?
「ワイバーンだ!」
クロードが叫ぶ。ワイバーンっていうのはドラゴンよりも少し小ぶりの飛竜で、空中から雷を吐いて攻撃してくる。弱点は炎。カナちゃん情報によるとね。
「ミスリルは電気を通しやすいから相性がよくない! 悪いが今回は俺は力になれそうにない!」
とホラントが言いながら後ずさる。確かに全身鎧のホラントが雷を食らったら感電死するかもね……。
「ひゃぁぁぁっ! 助けてください!」
いきなり近くの茂みから何者かが飛び出してきて、近くのアンジュに飛びついてきた。何事!? いまそれどころじゃないんだけど、エルフの村の生き残りかな?
「うわっ! ちょっと!」
アンジュは慌ててそれを振り払ったけど、それはアンジュの腕に縋り付いたままなかなか離れない。よく見るとその正体は小さな女の子だった。草で編んだような服に白い肌、長い耳、サラサラした綺麗な銀髪。エルフで間違いない。
「来たぞっ!」
クロードの声で上を見ると、一度通り過ぎたはずのワイバーンが、私たちの方向に旋回して戻ってきた。まずい見つかった!? エルフの子が騒ぐから!
「危ないから離れてて」
ホラントがアンジュに縋り付くエルフの子を引き離して後退した。これはファインプレーだね。ワイバーン相手はアンジュがいないと結構辛くなりそうだから。
自由になったアンジュが槍を振って何か口の中で呟くと、私たち5人とエルフの少女の体に黄色い光が宿った。加護の〝雷耐性〟だ。さすがアンジュ、相手をよくわかってるね。
続けて私に〝速詠〟、クロードに〝筋力強化〟レオンには〝神速〟の加護が追加される。
ワイバーンは私たちの上空に滞空すると、雷を吐いて攻撃してきた。うわー、ドラゴンより小さいとはいえ、結構大きな体!
しかし、アンジュが落ち着いて魔法陣を展開して攻撃を防ぐ。
「まずは奴の動きを止めろ! カナ!」
「りょーかい!」
レオンの号令に私は頷く。飛び回られたら攻撃が当たらないからね!
詠唱を始めた私の前でレオンがさらに指示を出す。
「奴の気を引くぞ!」
「おいこのうすのろ! こっちだ!」
クロードが吼える。これは〝挑発〟という立派なスキル、横ではレオンが持っている小ぶりの盾を剣で叩きながらガンガンと音を立てている。これも〝盾惹き〟というスキル。ワイバーンは標的が定まらずに混乱している。……その隙に!
「闇の鎖よ、敵を束縛せよ……黒影捕縛鎖!」
私の放った闇の鎖は、正確にワイバーンの体を捉えて、そこら辺の木と繋ぎ止めることに成功した。やった! でも、案の定ワイバーンは暴れ始めた。あまり暴れられると鎖がもたない。というか、繋いでいる木がミシミシ揺れていて……折れちゃう!
「アンジュ!」
「はいはい……雷撃よ敵を穿て、神槌轟雷撃!」
なんと、加護をかけ終わったアンジュはこの展開を予測してすでに魔法の詠唱を終えていた。
ズガガガン!! という凄まじい音がして雷撃がワイバーンを直撃する。アンジュは光とか雷の魔法しか唱えられないから弱点の炎じゃないけど、雷で麻痺したのか、ワイバーンの動きは明らかに鈍くなった。よしっ!
その隙を逃すレオンではない。剣を構えると、クロードの元へ猛スピードで走った。
「クロード!」
「おうっ! うらぁぁぁっ!」
クロードがその筋力と加護で強化された怪力で、走ってきたレオンをそのままワイバーンの方へ投げ上げる。
「エンチャントよこせ!」
「はいっ!」
私も既に次の魔法の詠唱を終えていた。
「炎よ! 武器に宿りて敵を焼き尽くせ!極炎憑依!」
空中を飛ぶレオンの剣が真っ赤に燃え上がる。レオンはそのまま燃え盛る剣でワイバーンを一撃!
グァァァァッ!!
とワイバーンは苦悶の声を上げて地面にドサッと落ちた。そしてそのまま動かなくなった。
まさに洗練された動き、これが勇者パーティーなんだね……
パチパチパチ……ホラントの隣でエルフの少女が目を輝かせながら手を叩いていた。