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今夜のおかず

 私とトラウゴットは、ディランに連れられて練習場のど真ん中にやってきた。

 よく見ると、そこには2本の白い線が引かれており、多分この線の上で待機しておけサインなのかもしれない。相撲の土俵のように見えなくもないかな。地面は滑りにくいようにか土で整備されているし。


「人間の娘よ。名前を聞いておきましょうか」


 トラウゴットはどこからともなく連れてきたふたつの頭を持つ大きな犬のような魔獣〝オルトロス〟に乗り、大きくて柄の長いトマホークを両手で構えながら私に言ってきた。


「私の名前はカ……タリーナよ」


 私の本当の名前は、数限りない魔物を虐殺してきてクソ女らしいので、またしても偽名を使わせてもらった。まあ弟子入りできた暁には適当なタイミングで打ち明ければいいでしょう。

 ただでさえ人間だから敵視されているのに、勇者パーティーのカナだって分かったらほんとに何をされるかわからない。


「私はディラン様の一番弟子、トラウゴット。よく覚えておいてください。貴女(あなた)を殺すものの名前です」


 ひぇぇっ!?トラウゴットさん、練習試合なのに本気で私を殺そうとしている!?やっぱり人間は魔物に相当嫌われているらしい。

 ディランの手前大人しくはしていたけど、内心はさっさと始末したくて仕方がなかったんじゃないかな?


「それでは双方、武器を構えろ」


 ディランの合図で私はレイピアを構える。トラウゴットもトマホークを頭上でブンブン振り回してから構えた。改めて見るとすごい気迫。


 オーク特有の豚頭には、下顎から2本の大きな牙が生えていて、頭にはたてがみまでついている。体もオーク特有の太い体なんだけど、多分脂肪よりも筋肉の方が多くついてるのかな。がっしりとしている。

 革の鎧のようなものを着ているけど、あんなの私のレイピアで貫けるわけがないので、胴体はやめて大人しく頭部を狙いに行こうかな……


「ここでは私のことはカタリーナって呼んでね」


 とマシューに小声で指示しておく。このトカゲ、たまに不用心なところがあるから。


「承知した」


 とマシューも小声で答える。

 私とトラウゴットは、それぞれ白い線の上で互いに向かい合った。


「始めっ!」


 といつのまにか練習場の柵の外へ避難していたディランが叫んだ。マシューの炎を警戒したのかな? オーウェンとエミールもその隣でこちらをうかがっている。

 合図はあったが、私もトラウゴットも互いの出方をうかがっていたので、すぐには仕掛けなかった。すると、マシューが私に小声で言う。


「俺が隙を作るから、お前はトドメをさすだけでいい。頼んだぞ。しっかり掴まってろ」


「えっ……えっ!?」


 私の返事なんかお構い無しに突然マシューが動いた。口を大きく開けて、目の前のトラウゴットとオルトロス目掛けて容赦なく炎を吐いたのだ。うわぁ……

 しかし、トラウゴットはそれを読んでいたかのようにオルトロスを駆って、左右にステップを踏むような動作で軽々と躱すと、大きくジャンプして私のすぐ隣に降り立った。


「もらいましたよ……!」


 トラウゴットがトマホークを振りかぶる。ダメだ。私のレイピアじゃ防げないし、今からじゃ避けることも……これはまた死んでしまうかな……

 と私が死を覚悟した時

 マシューはその場でくるっと身を翻し(私は危うく振り落とされそうになったので、両手両足で必死にしがみついた)、なんと尻尾でトラウゴットのトマホークをバシィン! と払い除けたのだ。


「今だ!」


 マシューが叫ぶ。トマホークを払い除けられたトラウゴットは大きくバランスを崩して前ががら空き、隙だらけだ。チャンス!

 私はレイピアを構えてその喉元に一撃……あれ?

 私がさっきまで持っていたレイピアは!? ……落としちゃったのかな? と周りをキョロキョロしてみるけど見つからない。

 慌てて自分の手を確認すると、微かにレイピアの柄らしきものが握られていた。でもそれは明らかにへなへなになっていて……も、もしかして……


「炎で溶けた!?」


 私は唖然とした。確かにレイピアを持ちながらマシューに掴まっていたので、マシューの体に直にレイピアが触っていたかもしれないけど、まさかこれほどまでに高温だったなんて……

 隙を晒してしまったのは私の方だった。すぐさま体勢を立て直したトラウゴットは、再びトマホークを振りかざす。……このままだと私の上半身と下半身がさよならしちゃう! なにか、なにかできることは……?


「えいっ!」


 私はとりあえず何も考えずにマシューの背を蹴ってトラウゴットに飛びかかった。もうこうなったらヤケだ!

 トラウゴットもこれには驚いたようで、一瞬動きが止まる。

 私の手が上手いことトマホークをつかむことができた。このまま奪い取っちゃえば……でもまあそんな上手くいくはずもなく、トラウゴットが軽く振り払っただけで、私は数メートル飛ばされて地面に叩きつけられたのでした。


「かはっ……!」


 衝撃で息ができない。すぐに立ち上がって戦わないといけないのに、体も動かない。依然として大ピンチ状態! トラウゴットもオルトロスから飛び降りると、私の近くまで駆け寄って動けない私をそのままトマホークで真っ二つ……にする前に


「そこまで!」


 とディランから制止の声が入り、トラウゴットは渋々トマホークを下ろした。


「まだ勝負はついていませんよ?」


 不満を漏らすトラウゴットに対して、練習場の外から駆け寄ってきたディランは


「馬鹿者、よく見ろ!」


 と、私の近くを指さした。私とトラウゴットが見てみると、なんと、トラウゴットに振り落とされた私は、白い「ここから出たら負けライン」を出てしまっていたようだ。


「あっ……」


「勝負のついた相手に対して無駄な追撃をすることはルール違反だ」


「すみません……つい熱くなって……」


「お主の悪い癖だ。以後注意せよ」


 ディランは、豚の耳をペタンと顔に張りつけて項垂れるトラウゴットの肩をポンッと叩くと、私の方に向き直った。


「……さて、お主は負けてしまった訳だが……」


「煮るなり焼くなり好きにしなさいよっ!」


 ディランに対して私はやっと身を起こしながら強がってみる。


「ふむ……では好きにするとするか……オーウェン!」


「へいっ!」


 ディランがオーウェンを呼ぶと、オーウェンはまたもや手をすりすりしながらディランに駆け寄ってきた。


「この娘の寝床と食事を用意せよ」


「へ……へいっ!?」


 ディランの言葉に、オーウェンは間抜けな叫び声を上げた。いや、オーウェンだけではなく、その場の全員が驚きを隠せないでいる。

 私も、まさかそんなことを言われるとは思わなかったので拍子抜けしてしまった。


「何故ですか!? 私は勝ちましたよね!?」


 すかさず抗議するトラウゴット。


「この娘には見どころがある……初心者ながら、お主に一矢報いた魔獣はもちろん。最後、娘が飛びかかった時、あの勇気はなかなか出せるものではないぞ」


 褒められているのかな? 私は心配そうに近くに寄り添ってきたマシューと顔を見合わせた。


「上手く鍛えれば必ずや一流の戦士になるだろう……というのは建前で……」


「建前で……?」


 私は首を傾げた。褒められてるわけじゃなかったの? だったら……


「どうしてくれるのだあれ……」


「えっ!?」


 ディランが指さす方を見ると、なんと先程ディランが武器を持って来てくれた練習場の脇の小屋が、真っ赤な炎で包まれている。それだけではない、広い練習場周囲を囲っている柵も延焼して燃えている。……もしかしてマシューの吐いた炎が燃え移った……?


「あっ……」


 マシューが「しまったなぁ」みたいな声を上げたけど、もう後の祭り。


「ここでは水は希少故、消火に使うことはできん。どうしてくれるのだ?」


「どうしてくれるのだ? と言われても……」


 水が希少なのはケンタウロスのケンシンもいっていたけど。

 でも私、お金もってないし弁償なんてできないよ……


「まあ、そんなことだろうと思っていた。そこで、建て直し費用を稼いでもらう。ここで働いてな」


「働く……ですか?」


「うむ、ここはモンスターギャルドの養成所でもあるが、奴隷のゴブリンを使って地下の鉱石を採掘する採掘場でもあるのだ」


 あっ、だからあんなにゴツゴツした岩場だったんだね。でも、そこで働くということはもしかして、奴隷になれってことなのかな?それは嫌だな…


「まあ、某がお主らに才能を見出したのは(まこと)であるから、仕事の合間に稽古をつけてやろう」


 それは……悪くないかも。弟子入りが適うってことだし。

 私はもう一度マシューと顔を見合わせた。マシューはあまり釈然としていない表情だ。多分、奴隷として働かせられるのは私だけなのに、私の心配をしているのかな?


「ちなみに、断れば文字通り今夜のおかずになるぞ。……某は人間は口に合わぬ故食わぬが、我が弟子達は人間が大好物のようでな。しかも若い娘の肉は柔らかくて……」


「あーっ! わかった! 分かりました! 働きます!」


 ディランにこれ以上恐ろしいことを言わせる前に私は大声で叫んだ。

 してやったりという表情のディラン。さっきは端から弟子入りさせる気がなかったのかと思ったけど、どうやらその気は十分にあったみたい。私とマシューの凄さを目の当たりにしたからなのかもしれないけどね。


「オーウェン、この娘に食事を与えて寝床へ案内せよ。……疲れただろうゆっくり休め。明日からしっかりと働いてもらうぞ」


 後半は私を見つめながら優しい口調で告げたディラン。なんだ、鬼畜かと思ったけど結構優しくていい人かも!明日から頑張らないと!稽古も、仕事もね!

 一方のオーウェンは不満を顕にしている。


「なんでこんな奴に飯と寝床を与えなきゃいけないんですかい? そこら辺の草でも食べさせてそこら辺に放り投げておけばいいんですよ」


 私はヤギか牛か! 雑草を食べて生きていければ苦労しないよ。そもそもここ岩場だからあまり草生えてないし! 硬いから寝ずらいし!


「そうです。なぜ貴重な我々の食料を……」


 トラウゴットの言葉にオーウェンはうんうんと頷く。うーん、でもこの人たち人間を食べるんだよね……? ということは「我々の食料」っていうのはもしかして人間……まさかね?


「異論は認めぬぞ。この娘、カタリーナはお主たちより才能がある。すぐに強くなるだろう」


 あれ、なんかすごく買われている……さすが天才カナちゃん?

 その後、渋々といった感じでオーウェンに案内されて、私はそこら辺に点在している古びた木でできた小屋のうちのひとつに案内された。


「トカゲは外に置いておけ。また小屋を燃やされると厄介だ」


 オーウェンはそう言うと、小屋の扉を開けた。鍵とかはないみたい。プライバシーもクソもない。一緒に小屋の近くまでやってきたマシューが、トカゲ呼ばわりされたことに腹を立てているのか、フンッと小さく鼻から炎を出したりして不満を顕にしていたので


「ちょっと待っててね」


 と背中を撫でて、オーウェンに続いて小屋に入った。

 小屋の中は薄暗い。小さい小屋なので部屋もひとつしかなく、ほんとに寝るだけの小屋みたい。

 前の人が使ってそのまま出ていってだいぶ放置されていたのか、そこらじゅうに蜘蛛の巣が張っているし、壁や床はカビだらけ、汚れだらけ。おまけになにかが腐っているような鼻をつく変な匂いがする……死体とか……ないよね?


「ここがお前の寝床だ」


 劣悪な環境に眉をひそめる私に、オーウェンは言うと、私の目の前に2つの皿を置いた。その上に乗っているのは1つのパン……とスープ?

 よかった。想像よりだいぶマシな食事が出てきた!


 オーウェンはフンッと鼻を鳴らすと、そのまま小屋を出ていく……かと思いきや、小屋の外で待機していたマシューに向かって「グルルル」と威嚇してきた。

 ……しかし、マシューがボッ! と軽く炎を吐くと、びっくりして飛び跳ねたりしている。なんだかんだいって可愛らしい犬っころなのかもしれない。


 私はパンとスープの皿を拾い上げると……この小屋だと変な匂いがするし食べ物が不味くなるので、外でマシューと食べよっと……


 小屋の外に出ると、気づいたら辺りは暗くなってきていて、マシューの炎だけが明るい。あれじゃあ目立つし不便だろうな……とか思いながら、マシューの近くに寄ってご飯にすることにした。


「あれ、マシューはなにか食べるものもらった?」


「いや、俺はそこら辺のネズミとか、小さいモンスターを食べるし大丈夫だ。気にせず食えよ相棒(カナ)


「なんかごめんね。せっかくマシューが頑張ってくれたのに、負けちゃって……」


 今日の練習試合のこと。まあレイピアが溶けたのが私のせいかというと怪しいところだけど。


「いや、カナのせいではないさ。運が悪かっただけだ。それに……」


 マシューはしばらく黙ってから


「初めて誰かを背中に乗せて戦った。とても楽しかった。弟子入りもできたし、これからモンスターギャルドを続けられると思うと……ロックだな」


「なにそれ、意味わからずに使ってるでしょ……」


 私も意味わからないけどね。

 そんなことを話しながらたいして美味しくもないパンとスープを食べて、少しお腹が膨れたのでそのままマシューにもたれるようにして寝ちゃった。あの臭くて汚い小屋に戻る気もしないし。

 おやすみなさい。


 私は明日から想像もできないほど過酷な日々が続くことなんか考えもせずに眠りに落ちたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロックですね! (いや、わかって使ってないかも) ここまで、サクサクと楽しみながら読んできました。 「負けヒロイン」これは早見さんの作られた言葉でしょうか? ヒロイン、負けたらヒロインじ…
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