弟子にしてください!
「お主、何を考えている!?」
しばらく無言で馬車を走らせた後、ディランは前に座っている私に向かって厳しい口調で問い詰めた。
「だって、そうしないと……」
弟子入りをするには、なんとなく偽りない自分をさらけ出した方がいいかなって思って後先考えずに行動してしまった。ほんと私のよくない癖。
「人間とか助けてどうするんですか? あのまま放っておけば勝手に始末されてましたよ?」
お供のオークが隣に座っているディランに尋ねる。客車に乗ったお供はこのオークだけのようで、他のお供は御者席に乗っているようだ。
「人間であれ、丸腰の者が目の前で虐殺されていくのを見るのは趣味じゃない。目覚めが悪くなる故な」
「ディラン様らしいですな」
ディランとオークは能天気に話してるけど、虐殺とか怖い! 私、あと少しで虐殺されるところだったの? そこまで人間って魔物に嫌われてたんだ……ってことは?
「やっぱり……無理ですかね? 弟子入りは……」
「無理に決まっているでしょう! 死ぬ気ですか!?」
私の問いかけに、ディランに代わってオークが答える。しかしディランはそんなオークを手で制すると
「いや、さっきはつい厳しく言ってしまったが、某はこの娘の度胸に感服した。然り、機会を与えてやろうと思う」
「おぉ!?」
驚いたのは私、まさかこんなに上手くいくなんて……! やっぱり何も考えずに突っ走るのもいいなー。
「正気ですか……?」
オークが眉をひそめながら言う。
「人間を弟子にとったなどということが広まれば、ディラン様の輝かしい功績に傷がつきかねませんよ?」
「……はーっはっはっは! 是非に及ばず! 抑々(そもそも)お主はなぜこの娘が、弟子入りできるという前提で話を進めているのだ?」
ディランは豪快に笑うと、オークの方に向かってニヤリと笑った。なにか意味ありげな表情……その、弟子入りの機会ってなんだろう?
「あの、その……弟子入りの条件というのは……?」
「簡単よ。既にいる某の弟子と戦って、勝てれば認めてやろう」
「えっ、えぇぇぇぇっ!?」
それって、プロ?と戦うってことだよね!? いきなり!? ……ハンデとか、もらえるのかな?
「何を驚いている? 弟子を募集していない某の弟子になりたいのなら、既にいる弟子に勝って実力を示すのがよかろう?」
ディランは不敵に笑った。……こいつ、鬼畜だ! 鬼人だけに!
「弟子といっても、いったい誰と戦わせるつもりですか!? エミールはまだダメですよ?」
と、またしてもオークが口を挟んでくる。
「ふむ、ならばお主がやれ」
「はぁっ!?」
オークが大声を出したので、一瞬馬車が震えた。そっか、このお供のオーク、ディランの弟子だったのね。それに他にもまだ弟子はいるみたい。
その時、馬車の前についている窓から、10歳過ぎくらいの子どもが顔を覗かせた。異様に整った顔立ちをしていて、男の子なのか女の子なのかよく分からない。
「僕のこと呼んだ?」
と子どもがディランに尋ねる。
「前を向いていろエミールよ。お主にはあまり関係の無いことだ」
なるほど、この子がエミールっていう子で、ディランの弟子かぁ……にしても可愛い子だなぁ……
「ねぇ、そこの女の人、人間ならさ。僕が食べちゃってもいいってことだよね?」
「ならぬぞ。試練が終わるまではな」
無邪気に尋ねるエミールに、ディランは冷静に答えた。一方で私は本当に心臓が止まりかけていて、冷や汗がダラダラと出てしまう。
このエミールって子、なんて種族なのかは分からないけど、私を食べようとしている! 食べるといっても物理的にか性的にかは分からない。でもどちらにせよ恐ろしい子だ。気をつけないと。
多分弟子入りの試練で、オークさんに負けてしまったら私はこの子に食べられてしまうんだろうなーとか馬車の天井を仰ぎながらへこたれそうになっていると、馬車は目的地に到着したようで、停止した。
「降りろ」
と促されて私は真っ先に馬車から降りてみたんだけど、びっくりした。
マシューのいうとおり、そこは街を覆う壁の外に出島のように飛び出た区画で、いくつか建物が点在している。多分養成所? なのかな?
足元や周囲はゴツゴツした岩がゴロゴロしているような場所で、結構足場が悪い。これ以上馬車では進めないからここで降ろされたのかも……
私に続いて、ディランやオークさん、エミールが降りてきて、ディランは
「着いてくるがいい」
と私を促して先頭を歩き始めた。オークさんとエミールは、すぐさま私の両脇をしっかりガードするようなフォーメーションをとって、なんか護送されている囚人の気分。とりあえずぼーっとしていても埒が明かないので、ディランについて行くことにする。
ディランは柵におおわれた広場の前で立ち止まった。そして広場の脇にあった小屋に向かって大声で呼びかける。
「オーウェン! オーウェンはいるか!」
「……へいへい、お早いおかえりでしたな!」
すぐさま返事があり、小屋の中から1人のコボルトが文字通り手をすり合わせながら飛び出してきた。……って、あっ!
「あっ!」
コボルトは私の存在に気づくと、声を上げた。……やっぱり。
「昼間ぶつかってきたねぇちゃんじゃねぇか!」
「あんたがぶつかってきたんでしょーが!」
そう、このサンチェスの街に入る時にイチャモンをつけられて体で慰謝料を払わせられそうになったクソ犬っころ……でも、こいつのおかげでクロエに会えたんだし……?
「へぇ、なんか匂いがおかしいと思ったらおめぇやっぱ人間じゃねぇか!ってことはディランのダンナ、こいつぁ今夜のおかずですかい!?」
おい、おかずってどっちよ! 物理的か性的か、答えなさいよ! って、そうじゃなくて……
「いや、まだ違うな。これからそれを決めるところだ」
さっきのエミールの時といい、いまだにおかずの可能性が残されているというのが恐ろしいよ……むしろその可能性の方が高いんじゃないかな? ……ってことはもともとおかずにすることを目的で連れてきたとか……?
……いいじゃん。こうなったらやってやろうじゃない! あんたらの驚く顔を拝んでやるわよ! なんてったって私は最強の美少女魔法使いカナちゃんなんだから!
「さて、ここが練習場だ。某達はいつもここで鍛錬を行っている」
ディランは広場を指さしながら言った。周囲はゴツゴツした岩場も多いのに、広場はよく整備されており、平らで土が敷いてある。そしてぐるっと白い線が引いてあり……なるほど、闘技場を模した感じにしてあるんだね。
「お主の相手は、我が一番弟子のトラウゴットが務めるが……まずはそうだな。お主の武器から選ばねばならぬな」
確かに、私にはパートナーの魔獣はいても、武器はない。……お気に入りの杖はゴブリンどもに奪われちゃったしね……
っていうか、トラウゴットっていうのね、あのオークさん。……オークのトラウゴット、コボルトのオーウェン、そして正体不明のエミール。これが恐らくこの養成所のメンバーってことになるのかな?
ディランは先程オーウェンが出てきた小屋の中に入っていくと、両手にいっぱい様々な武器を抱えて出てきた。うわ、すごい量。それを軽々と持てるディランはやっぱり相当力持ちみたい。
ガッシャーンと武器達が私の前投げられる。そんな雑な扱いしていいのかな? うーん、色んな武器がある。悩むなぁ……
「持ってみろ」
ディランが武器の塊の中から引っ張り出して私に手渡したのは、少し小ぶりの金属でできた槍〝ショートスピア〟。槍はリーチが長いから初心者向けかもしれないし、小ぶりなので私でも持てるかもしれない。と思って手渡してくれたのかもしれないけど……。
「おっも……!」
手渡された瞬間、肩が抜けるかと思った。魔法で軽量化されていない金属なんか持ったことがない私には、短めの槍ですら持てないらしい。両手で落とさないようにしているのが精一杯……。力持ちのクロードなんかは、こういう槍をいとも簡単に数十メートルぶん投げて敵に突き刺したりしてるんだから恐れ入る。
「駄目か……」
続けてディランが手渡してきたのは、小ぶりの片手剣〝ショートソード〟。
「……うっ」
やっぱり重い。重いけど両手で持てばなんとか振れそう。片手に盾を持ちながら運用することを想定されたショートソードだから、リーチは狭いけど背に腹はかえられないからなぁ……。
「なんだそのへっぴり腰は!」
ディランは私の構え方が気に入らないのか、私の腰やお尻をバンバン平手で叩いたり、肩や頭を持って揺さぶるなどしてきた。痛いしセクハラだよそれ……でも気づいたら背筋がピンッと伸びて、剣も心なしか軽くなったような気がする。姿勢が良くなったんだね。
「ひ、ひぃぃぃっ! あはははっ! マジで初心者だわこいつ!」
その様子を見て、オーウェンは爆笑している。あとで痛い目をみたいらしいね……一方のトラウゴットは「こんなやつと戦うのか?」みたいな困り顔。エミールに至っては、興味を失ったのか、足元に落ちている石を蹴って遊んでいる。うぅ……悔しい!
結局、私が選んだ武器は、ショートソードよりもさらに細い剣〝レイピア〟。これならギリギリ片手でも扱えそうだし、そもそも両手ふさがってたらどうやってマシューにしがみつくの? っていう話なので、選択肢はなかった。
すごく細い剣だから、武器同士のかち合いには全く向いてないけど、いいんじゃないかな? 鍔迫り合いしてトラウゴットに勝てる気がしないし、一撃必殺でやってやろう。
「っていうか練習試合なのに実剣を使うんですね……」
「大丈夫だ。魔物はそう簡単に死なん」
私の問いかけに至極当然というように答えるディランだが、残念ながら私は魔物ではない。人間だ。トラウゴットが準備運動のように、自分の武器と思しき大きな戦斧〝トマホーク〟をブンブンと振りはじめているけど、あんなのがクリーンヒットすれば私の胴体は綺麗に上半身と下半身に分かれてしまうだろう。
絶対に当たるわけにはいかない。距離を取れば最低限大丈夫だろうし、ゆっくり時間をかけながら攻略法を探そう。
「観戦していたのだから、ルールはもう把握しているのだろう。あとは乗る魔獣だが、初心者は大人しく馬とかにしておくか?」
とディラン。馬が魔獣扱いされていることには驚いたけど、私には相棒がいるもんね!
「あっ、魔獣ならいますので!」
「……どこに?」
不審そうな表情の一同。私はふっふっふっと笑うと、指笛を吹こうとした。
「……ふぃぃぅ」
気の抜けた音……というか、空気の抜ける音しかしない!仕方ないので口笛で……
「……ひゅぅぅ」
だ、だめだぁ……あれおかしいな……私って口笛も吹けなかったっけ……?
「……なにをやっておるのだ……」
呆れ顔のディラン。私は羞恥心で顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「…マシュー!!」
でも聴こえるのかなこれ……
一同の冷ややかな視線を浴びながら、しばらく待っていると、遠くの方からドドドドと地響きが聞こえてきて、あっという間に目の前にズササササッとマシューがすごいスピードでやってきた。
「指笛を吹けと言っただろう。その方がかっこいいから」
「ごめん。私吹けないみたいテヘペロ」
私は、右手を拳に握ってそれを頭に当てながら舌を出すという「テヘペロこつーん」ポーズをしてみた。ウケると思ったのに、周りの亜人達は誰一人として笑っていない。というか、驚いたような表情でマシューを凝視している。
「燃える……闘蜴?」
「おいこれ、乗れるのか? 戦えるのかよ!?」
「こんなもの見たことないですよ!」
「すごいかっこいい!」
ディラン、オーウェン、トラウゴット、エミールが次々と感想を言いながら、一斉に私の方を見た。私は得意げに胸を張りながら
「まあ見てなさいって!」
と、燃え盛るマシューの背中によじ登る。私が焼け死ぬかと思ったのか、顔を顰めていたディランは、感嘆の表情を浮かべた。
「『炎耐性』か、なるほど……」
1個体につき1つしか習得できない固有スキル。アンジュは「瀕死の重傷を与えてくる攻撃の威力を半減する」だったり、クロードは「筋力の弱体化スキルを無効化する」、レオンは「魔物全般に対する強力な特攻効果」とか、とにかくみんな使い勝手の良さそうなスキルを習得したんだけど、私だけ何故か『炎耐性EX』。
理由は前にも言ったと思うけど、自分の魔法でやけどしたくないから。
そんなことだから勇者パーティーのみんなには散々バカにされたものだけど、まさかこんなところで役に立つなんてね。って前も言ったかな?
アンジュに「自爆でもする気?」って言われて「自爆魔法は闇属性だし!」と言い返すカナちゃんの記憶が残ってるよ。よっぽど根に持ってるんだね。
アンジュ見てるぅ? と遠くにいるであろうアンジュに心の中でドヤ顔をしてから、私はレイピアを構えた。
「さあ、はじめよっか!」