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神が与えし至高のもの

 数歩毎に呼び止められるよりは、手を繋いでいる方がスムーズに進めると分かって、加奈子はこのキラキラした魔導士と手を繋ぐことも悪くない事かもしれないと思い始めていた。

市場を見て回る楽しさも相まって、思考が少し緩んでいたのだろう。


しばらく雑貨を見て足を進めるが、ふと加奈子の目の端に、黒髪の女性が映った。黒髪黒目の、低い鼻、どうみても日本人女性だった。


「ねぇ、レオ、あの人……私には日本人に見えるのだけれど、どうして鎖に繋がれているの?」


粗末なワンピース姿に、手首に鎖を繋がれて、一本横に反れた道脇で立たされている。その横には、その鎖の先を持った大男……熊の獣人らしき人がいた。


「あー、あれかぁ……」


レオナルドは、気まずそうに頭を掻く。


「きっと落ちた場所が悪かったんだろうね。あの獣人は風俗の斡旋屋だ。彼女はきっと性奴隷にされたのかな……。あっ、でもあの女性は、そういう事が好きみたい。って事は、彼女にとっては悪い場所じゃなかったかな」


「どういう事?」


「……つまり、色んな人に抱かれるの事が彼女の()()って事」


ビックリしてもう一度女性を見ると、確かに顔は沈んでいない。道行く男性に笑いかけている。


「でも……、客引きの為に、そういう振舞いをさせられてるんじゃないの?」


「僕には分かるから。その表情が作られたものかそうでないか」


加奈子は、もし女性が性奴隷とされているなら、このいけ好かない魔導士に借金してでも買い上げて、開放してあげようと一瞬思ったのだ。しかしそれは彼女にとって嬉しい事ではないらしい。


「色んな(へき)があるのね……。なんだか私、変態でない日本人なんていないんじゃないかと思えてきたわ……」


加奈子はもう、前を向いて歩き出した。それが彼女の望みならば、それを奪う権利は加奈子にはないのだ。少し沈んだ気持ちを、すっと切り替えてレオナルドの手を引く。良くも悪くも加奈子は諦めが早い。


「今度はあの、小さい動物の丸焼きみたいの食べたいな!」


「あれは、動物じゃなくて、魔物だよ。小さくてふわふわしてるんだけど、初心者の冒険者が捕りやすい魔物で、肉も美味しいから、よく丸焼きで売られているんだ」


「いくら?」


「一匹丸ごとなら五ルクス、半分なら三ルクスくらいが相場かな」


加奈子は頭の中の借金ノートに値段を記す。もちろん丸ごと一匹の値段の方だ。


「買って、レオ!」


「僕もうあんまり食べられないけど……」


「大丈夫! 一口だけレオにあげて、後は私が食べる!」


「そんなにちっちゃいのに、良く食べられるね……。先ほどの粥は足りなかった?」


「ちっちゃいは余分! あれは飲み物よ。お粥は水分でしょ」


「ふふふ、分かった、買って公園で食べようか」


レオナルドに支払ってもらうと、店の店員が回る串から一匹抜いて、袋に紙皿と一緒に入れた。


「君たち、一緒に食べるなら、フォーク二つ付けておくよ。あと、この足のフライもおまけだ。特別なスパイス調合の衣で揚げてあるから旨いよ!」


男性店員だったが洩れなくレオナルドの魅了は効いているようだった。ほくほく顔で加奈子はそれを受け取り、レオナルドに連れられて公園のピクニックテーブルまで来た。

いそいそと袋から紙皿ごと丸焼きを取り出し、フォークを手に持つ。


「ね、あれやって、パチンって鳴らして切るやつ!」


加奈子が言っているのは、二人が会った初日にレオナルドがシシカバブの肉に使った魔法だ。


「でも、一口サイズにはしないでね」


「分かった分かった。本当にカナは肉が好きだね」


レオナルドが笑いながら指を鳴らすと、身が骨から解れて、肉が大雑把に切ったサイズに仕上がる。


「いただきまーす!」


大きな声で言ってしまってから、加奈子は気付いた。その言葉はこの世界では使われていないと。周りを見回すと隣のテーブルは十メートルほど離れていて、聞こえなかったようだ。ほっとして、小さく口の中で頂きます、と呟いてから口に肉を入れた。脂がのっていて、皮がパリパリで、加奈子は大満足だった。


「カナも学んできたみたいだね。あんな大きな声で言ったら、私ニッポンから来ましたーって叫んでるみたいなもんだからね。気を付けてよね」


レオナルドもフォークを手にし、苦言を呈す。

相変わらず、レオナルドは奇麗な所作で、肉を口に運ぶ。自分の分は小さく一欠片分魔法で切ったようだ。


ほめんははい(ごめんなさい)


「今日のカナは素直でよろしい」


そう言ってレオナルドは食べ終えたフォークを紙皿にもどして、加奈子の頭を撫でた。

「子供じゃない」と怒りたかったが、口いっぱいの肉の所為か、はたまた加奈子が頭を撫でられた記憶がないからか、その言葉は形にならなかった。加奈子はこそばゆく感じた事を隠すかのように、せっせと丸焼きとおまけで貰ったケンタッキー擬きを平らげた。





「ふあー、食べたー! 幸せ!」


そう言って城の部屋に戻った加奈子は、ソファーにダイブした。そのまま横向きに転がった加奈子にレオナルドが言い放つ。


「カナ、食べてすぐ寝ると、カンターになるってこの世界では言うんだけど、ニッポンでもそういう表現ある?」


「うるさいわね! あんたは私の母親か! ってそんな事母に言われたこともないけど……。あるわよ、日本では牛になるって言うの。でも牛になれるなら本望だわ。あんなに美味しい物、神が与えし最高の動物じゃない!」


「うーん、カナの感性は独特だなぁ」


そう言ってレオナルドも一人掛けのソファーへ掛けた。


「感性ね……。ねぇ、レオ。今日市場で見た日本人は、そういう趣味の人だったんでしょ? 王妃様も王様萌えだったし……、あ、服の、か。 なんかレオの話聞いていると、日本から落ちてくる人は、なんだかその人の感性に合った人の元へ落ちている気がするんだけれど……」


「うーん、確かにそういう事が多いみたいだね」


「でもなんで私はレオと会えたのかしら?」


「カナにはモエがないし、偶々かな? 必ずしも相性の良い人のところに落ちる訳ではないし。森の中にポツンと落ちてきたニッポン人もいるらしいから」


「それもそうよね。レオとは相性がいいとは思えないし、似てるところもないもの。選り取り見取りのあんたが、私レベルに惚れる事もないものね」


「……カナは僕との相性良くないと思うの?」


「だってそうじゃない、誰でも魅了されるのに、私だけ惹かれないのよ。相性良くないっていうより、この世界で一番悪いんじゃない?」


そう加奈子が言うと、レオナルドは固まった。一瞬間をおいて、レオナルドはソファーに寝転ぶ加奈子に覆いかぶさる。


「相性悪いなんて言わせない」


レオナルドは加奈子をソファーに押し付けて、無理矢理加奈子の唇を奪った。


「ちょっ! んっ! たんっま!」


「……黙って」


加奈子にとって始めての唇はなんだか生暖かい、という感想だった。それに、レオナルドは初心者の加奈子に舌まで入れ、加奈子の舌を絡めとる。レオナルドが魔法でもまた掛けたのであろうか、言葉が出なくなり、されるがままに唇を蹂躙された。しかし、ぞくぞくと背を上る快感に、音が漏れ出る。


「ん……、んぁ……」


「……そんなに蕩けた顔して、よく相性が悪いだなんて言えたね。カナと僕のあっちの相性も試してみる?」


そう言ったレオナルドの頭を、スパーンと加奈子は叩いた。


「いったーっ!」


「ちょっと……、あんたまた私を操ったでしょ?」


「ふぅん、そう思うんだ。 僕は今操ってなんかいなかったよ。感じてたのは、正真正銘カナだ」


加奈子は固まって、顔を真っ赤にした。レオナルドを押し退けて、寝室へと駆け込む。


「勝手にキスする男なんて、絶対私の好みじゃないんだからー!」


負け犬のように逃げていった加奈子を見送って、レオナルドはニヤリとした。加奈子がレオナルドとのキスに蕩けた表情をしていたのが、作り物でないと分かるレオナルドは、勝手にするのがダメならば、どうすれば承諾してもらってキスができるのかと、一人残された居間で作戦を立て始めるのだった。







ヨーロッパの屋台で食べた鳥の丸焼きは最高だった……。そしてケンタッキーは中毒性がありますよねー

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