粥と包子と肉汁と
加奈子がベッドの端で目を覚ますと、レオナルドもまだ夢の中だったようだ。しかし、外を向いて寝ていたはずが、いつの間にか寝返りを打ち、向かい合わせになっている。といっても広いベッドの上で、二人の間には一メートルほどの距離があるのだが。目を閉じていても魅了の魔導士は美青年だ。加奈子のタイプではないけれど一般的には最上級の男だ。
「寝ていてもキラキラは消えないのね……。顕示欲の強い奴……」
レオナルドを起こさないように、そっとベッドに腰かけて伸びをした。
「おはよー、背中見えてるよ。あと悪口も聞こえた」
ぱっと後ろを振り向くと、さっきまで閉じていた瞳が開いて加奈子を見つめていた。
「ふあああぁあ! 良く寝たー! さて今日は何しようかな」
加奈子は急いで伸びていた手を降ろし、パジャマの裾を直した。
「昨日打ち合わせは終わったから、今日は呼び出しがない限り、好きに過ごしていいんだ。カナはしたいことある?」
レオナルドは話しながら着替えようとし、下着一枚になりながら加奈子に聞いた。
「ちょっ、ちょっと! 私の前で着替えないでよ!」
「えー、でもクローゼットはこの部屋だし。昨日のうちにクローゼットをユスコーと鞄とも繋いでおいたから。そっちカナのね」
レオナルドはあくまでマイペースだ。加奈子の動揺をものともせずそのまま着替えた。今日もジャラジャラとした服に、赤い派手なマント。加奈子には到底理解できない格好だ。
「……ありがと」
加奈子のクローゼットを開けると、丁寧に服が一枚ずつ吊るされており、下着類はクローゼット内の引き出しに仕舞われていた。急いでワンピースを一枚取り、浴室へと駆け込んだ。ドアをキッチリと閉めて着替えると、脱いだパジャマを籠に落とす。この籠に入れてあるものは毎日侍女が回収し、洗濯した後、畳んで戻って来るらしい。なんとも楽ちんなシステムだ。
「そのワンピースも似合ってるね!」
浴室から出た途端そうレオナルドが評したのは、ゴリマッチョおねえ、マッティアの仕立て屋で購入したものだ。
「あんたも良く似合ってるわよ」
加奈子にとっては嫌味なのだが、レオナルドは笑顔で礼を言う。
「ありがと! あ、そういえば、マッティに仕立て頼んでた分も、数日内にはユスコーのクローゼットに入れて貰える手はずになってるから。で、今日は何がしたい? もちろん僕と一緒にだけど。カナは放っておくとフラフラいなくなりそうだからなぁ」
前科ありの加奈子に反論の余地はない。もう身に染みているが、それを認めるのはなんだか悔しくて余計な一言を足してしまう。
「……もう勝手に出歩いたりしないわ。しばらくはね」
「えー! ちょっと危機感もってよねー!」
ぷんすかするレオナルドに加奈子が思わず噴き出す。
「ふふっ。ねえ、レオ。今日は城下町が見たい。ユスコー以外も美味しい物あるかなって思って」
「いいよー! じゃあ朝食も外にしようか!」
善は急げとばかりに、レオナルドは飛び出そうとして、思いとどまり振り向いた。
「ねぇ、カナ、手繋いでもいい? はぐれると困るし……迷子になったらカナが困るデショ?」
「う……、うん」
確かに困るのは加奈子のほうだ。加奈子がおずおずと手を出すと、レオナルドは嬉しそうに笑って手を握る。繋がれた手を引っ張られて、城内を小走りで駆けていく。レオナルドの後ろには相も変わらずきらめきが残像のように残っては消えていく。手を繋いで真後ろを行く加奈子にキラキラが降り注ぐのだが、感触はない。あっという間に正門まで出て、衛兵にレオナルドが声を掛けた。
「ね、この子僕の恋人だから。覚えておいて。もし一人で来ても、必ず中に入れてね」
「はっ! かしこまりました」
衛兵は名前を言わずともこの魔導士を知っている。世界一の魔導士を知らないのは田舎の農民ぐらいなものだ。それでも新聞をよく飾るレオナルドの華やかな顔は、農民でも紙面を飾るたびに皆ため息をつくのだ。
「カナ、はぐれないように気を付けるけど、もし一人になってしまったら、すぐに城の自室に戻ってね」
そう言うとまたレオナルドは速足で城下町に向けて加奈子の手を引く。正門から延びる大きな道の両側には大きな邸宅や高級そうな店が立ち並んでいる。十分ほど行ったところで、ユスコーの街にあったような市場へ出た。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ちょ……。レオ」
「あれ? 大丈夫?」
「だい……じょうぶに……みえる……?」
かなり速足で来たため、加奈子は息も絶え絶えだ。ごめんねーとレオナルドは重みもなく言って、さらに市場の先へ今度はゆっくりと進んでいく。美味しそうな香りの漂う屋台に着いた頃には加奈子の息も大分落ち着いていた。
「ここ。僕のお勧めの朝食が食べられるところだよ。 ナン、おはよう! いつものを二人前で!」
勝手知ったる様子で店の前に並べられた机の椅子に座る。加奈子も大人しく席に着いた。
「レオナルド様! お待ちしていました! 一日千秋の思いでしたわ!」
そう言って大鍋から粥を掬い、二人分持ってきたのは、十歳くらいの女の子だ。店主の娘なのだが、学校に行くまでと帰ってから、店の手伝いをしているのだ。
粥をテーブルに置くと、ふわふわに割いた干し肉とハーブの乗った皿を持って来る。
「ありがと、ナン」
そう言うとレオナルドはナンの頬にキスをした。
「ふふふ、これおまけです」
ナンが最後に持ってきたのは、肉まんのようなふわふわした白い物だった。レオナルドにおまけをつけるのは店主の公認だ。毎回の事なので、ナンが勝手に持って行っても咎めない。
「あんたの博愛主義には頭が下がるわ……」
「だって、みんな可愛いじゃないか。ね、カナ、このお肉とハーブを粥に好きな量入れて混ぜて食べるんだよ。こっちはひき肉と野菜入りのパオズ」
レオナルドは適量の肉に、ハーブを少々入れて、薄味で食べるのが好みだ。カナは皿に残った干し肉すべてと、ハーブを一つまみ入れた。
「美味しい……」
「良かった! 気に入った?」
「うん、ありがとうレオ。私お米が好きだから、この味大好き」
粥自体は薄い味付けなのだが、干し肉の塩気と、ハーブのアクセントが絶妙だ。
ニコニコと美味しそうに食べる加奈子を見て、レオナルドはこの笑顔の為なら何でも食べさせてあげるのに、と考える。しかし加奈子は城に帰ると、きっとあのノートに金額を書き込むのだ。レオナルドにいつか返す為に。
「こっちのパオズ? も、肉感たっぷりで美味しい!」
早々に粥を食べきった加奈子はパオズに齧り付く。レオナルドは一口ずつ千切っては口に運んでいた。しかし、中の肉がポロポロと落ちて皿の上を汚している。
「レオ、城の中ではマナーも大事だと思うけれど、これはきっと齧り付くから美味しいんだと思うの。ね、ナンちゃん」
「は、はい! 皆様熱いパオズをふぅふぅしてから齧り付いて、肉汁を楽しまれます……」
急に話を振られたナンは急いで返事をした。
「へぇー、皆の食べ方なんて見てなかった。じゃあ、あーんっ! んっ! 確かにこっちの方が美味しく感じるかも……」
「でしょ? こうすれば肉汁も余すことなく味わえるのよ!」
「ふふふ、なんだか、カナの方がユネルバの人みたい。僕が教えられるなんて」
食べ終えた二人は、さらに店主からのサービスだという甘いミルクティーらしきものを食後に飲んだ。中には黒くて丸いプニプニしたものが入っている。店主に加奈子が丁寧にお礼を伝えると、レオナルド様のお連れ様も、大事なお客様です、と言い、店主が違う国からこのユネルバに店を出しに来た事を教えてくれた。昼には麺類がメインになり、夜は総菜が沢山並ぶことも。また必ず来ます、と加奈子が言うと、レオナルドが支払いを済ませ市場をまた歩き出した。
手を繋いで歩いていると、いつもより話しかけられる頻度が低かった。いつもなら数歩進む度に足を止めなくてはいけないのに。
「今日はやけに静かね?」
「カナと手を繋いでるからだよ。邪魔をしないようにしてくれてるんじゃないかなぁ?」
「ふーん」
よく見まわすと、確かに話しかけたそうにする女の子や女性、男性もいるが、加奈子に気付いて二人を見送っている。
「……いいの? 私と手繋いでると、女の子と話せないよ?」
正直度々足止めさせられる加奈子にとってはありがたいのだが、この魔導士は女の子が大好きなのだ。
「いいの。カナといるときだけは、僕はカナの物」
そう言ってレオナルドは何でもない事のように歩みを進める。
その気障なセリフに加奈子は少しドキっとしたのだが、それを加奈子は気付かないふりをした。
言わずもがな、あの食べ物は中国の物と今流行のタピオカミルクティー。あのふわふわの肉ってどうやってふわふわにしてるんでしょう?不思議です。
あと、揚げたお揚げだかパンだかが入ってるのも好き。パクチー増し増しが好みです。