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王様萌えとお肉燃え

 加奈子は諦めたからには、存分に滞在を楽しむ事にした。聞くところによると、王城での食事など、身の回りの備品や飲食は城の予算から出されているため、無料らしい。レオナルドと同室になるのは未婚の女性としてどうかと思うが、無料と聞けば、レオナルドに気兼ねなく飲み食いできる。


今はレオナルドと共に食堂で、牛肉に見える肉の丸焼きを切り分けている物を食している。

絶え間なく火の上を肉の塊が回転しており、焦げ目の付いたところをそぎ落としてくれる。

食堂に座る人の、周りの視線は痛かったが……、香ばしい肉の為に気にしない事にした。


「ねぇ、なんでこんなに見られるの?」


「カナが可愛いからじゃない?」


「……私の容姿が平均点なのは分かってます」


「んー、僕が魅了持ちなのもあるけれど、王城に女の子を連れてきた事ないからかなぁ。あと、僕恋人いたことないからみんな興味津々なんだよ」


侍女にはよく話しかけられるレオナルドだが、外の令嬢を職場である城に入れる事は今まで一度もなかった。


「え? 恋人一人もいなかったの? 人生で一度も?」


「そうだねー、仲良くする女性はいたりするけど、皆魅了されて来るから、特に僕から一緒にいたいと思った事ないなぁ。でも、もちろん童貞ではないよ」


魅了の魔導士は一晩の相手には事欠かない。


「そこまでは聞いてない。ふーん、そっか。モテるのも大変ね。でも中には本当にレオが好きな人だっているんじゃない?」


「僕の効果(エフェクト)は産まれてからずっと身に纏ってるから。産まれて持った効果は外せないし、見分けられないよ。僕は別に皆に好かれて嬉しいよ」


「あっそ。あんたがいいならいいけれど……」


難儀な効果ね、と本当は加奈子は続けたかった。しかし本人が良いという以上、加奈子が口にすることはない。


「それよりも、なんでカナはそんなにお肉が好きなの?」


レオナルドの皿に乗せられた削ぎ切りされた肉を、加奈子のお皿に移しながら聞いた。


「単に好みっていうのもあるけど……、私にとって幸せの象徴だからかなぁ。

私十歳くらいから孤児院のような施設で育ったの。お父さんは既に亡くなっていたけれど、父が肉好きだったからって、母親が働けていたうちは給料日に焼き肉やステーキ食べに行ってた。普段の食事は質素だし、忘れられて食べれない時もあったよ。でもその日だけは母も私に当たり散らすこともなく、ご機嫌で、お肉を食べやすいように私に切り分けてくれた。父があたかもまだ生きているかのように話ながらね。

母が自死のように亡くなった後は、施設でなんてステーキみたいな塊のお肉、一度もでなかったなぁ。」


なんでもない事のように加奈子は答えた。加奈子にとっては只の過去である。

何の気なしに尋ねた問いに、あまりにも重たい内容の返事が返ってきて、レオナルドは一瞬返事に詰まる。母の死因は溺死なのだが、体内からアルコール中毒とされる程のアルコール濃度が検出され、自死なのか事故死なのかは分からないままだった。加奈子にとっては亡くなったという事実だけで、その因果は気にするものではない。


「それに、美味しいものって、それだけで心が温かくなるじゃない。お肉に限らずご飯は何でも好きよ」


「そっか……、そんな風に食事の事考えたことなかったなぁ」


レオナルドはどんな高級な食事も、珍しい物も、お願いの一言で手に入るのだ。いや、お願いせずとも向こうから寄って来る。


「だから、レオも全部食べなさいよ。日本では、必ず食事前に頂きますって食材の命と、作ってくれた人に対してお礼を言うのよ。このパンの小麦一粒だって、命だし、それを作る人も汗水流して働いてるんだから」


お肉をすべてくれようとしたレオナルドの手を押しやって、加奈子はレオナルドの皿に肉を戻した。


「……うん。いただきます」


「どうぞ召し上がれ。って言っても私が作ったものじゃないし、レオの分だけどね」


そういって加奈子は笑った。

その笑顔が眩しくて、レオナルドは目をお皿に逸らした。


「ニッポンって……、ヘンタイ文化ばかりじゃないんだね……」


「むしろなぜそこばかり取り沙汰されるのかが、甚だ疑問だわ」


二人はキッチリと一欠片残らず食べた。いつもは適当に食べて数口残して終えるレオナルドも、最後まで食べきった。

いつもは嫌いな満腹感も、レオナルドは初めて誇らしく思った。





 部屋に戻ると、レオナルドはまた打ち合わせで居なくなった。近々開かれる晩餐会に、花火を上げる事に決まったそうだ。隣国の王太子を招いていたのだが、レオナルドの魔法で操る光の饗宴をなんとか見られないかと、当日まで五日を切った今になって打診してきたらしい。どのような演目にして、どのタイミングで花火を上げるか決めてくるという。レオナルドの魔法にかかればどんな火花も自由自在なので、演目だけ決まればあとは当日まで休みを貰える。


部屋を出ない方がいいのは分かっていたが、一人で籠るのにも飽き、加奈子は庭のガゼボへとやって来た。ガゼボの日陰で、ベンチに掛けて、以前おまけで貰った、買ったノートと鉛筆以上の値段の本を開く。


「ふむふむ、このユネルバ王国は王制が八百年以上続いているのね……。王都はこの城のあるランカスター。現国王は王歴八百一年生まれ……今年が丁度八百三十年に当たるから二十九歳かぁ……」


「そう、誕生日が青の月六日だから、二十九になって間もないね」


「へぇ……、って誰?」


顔を上げると、先ほど王の間の玉座にいた男性が目の前で、加奈子の持つ本を覗き込んでいる。


「へへへ陛下! でしたっけ?」


「そう、その陛下、現国王のルーセントだ。幸運にも魅了の魔導士を捕まえたカナ殿」


王は右手を差し出した。握手だろうか、この世界の常識をまだ知らない加奈子はおずおずと手を握る。


「捕まえたというか……、ぶつかったというか……、強請(ゆす)ったというか……」


その手は握手ではなく、加奈子の手の甲にキスを落とされた。


「君、ニッポン人だろ?」


「え? ヘンタイ王国からは決して来ていません!」


加奈子は手をスッと引いて、警戒する。強く否定はしたが……、ルーセントには確信があった。


「王妃……つまり私の妻もニッポン人なのだ。その幼げな顔立ちに、不慣れな様子。バレバレだよ」


「王妃様が日本人……、()()()()ですか?」


「ふふふ、まあ、そうとも言えるかな。私も彼女を愛しているし、彼女もわたしにぞっこんだよ」


羞恥心など持たないかのように、陛下が言い放つ。


「君は魔導士レオナルドの恋人ではないのだろう?」


「……それは……」


是とも否とも言えず、加奈子は言い淀む。まかりにも王様に嘘をつくことが躊躇われたのだ。しかも彼の妻は同郷だ。


「レオナルドがあの時魔法を使ったのは分かっているよ。おそらくあの場にいた魔導士たちも」


「そうですか……。はい、日本から落ちて来たようです。レオに助けて頂きました。もし陛下がご存じなのでしたら……、お部屋を……」


と加奈子が言いかけたところでルーセントが遮る。


「ニッポン人ならば、レオナルドに守ってもらうのが最善だな。なにせ世界一の魔導士だ。それにカナには()()とやらがないのだろう?」


「……ないですね。強いて言うなら肉に()()ます」


「はは、そうか、肉とは結婚できないからな。やはり身の安全を考えるならレオナルドに頼ると言い。周りにはこのまま恋人で通す事だ」


「はぁ……、分かりました。あの、陛下」


「なんだい?」


「王妃様には会えますか? 私こちらに来てから日も浅いので、他の日本人に会った事がなくて」


「いいよ。王妃も喜ぶだろう。今から部屋に来るかい? 丁度お茶の時間だ。レオナルドもそろそろ開放される頃だろう。こちらから連絡をしておこう」


そう言うとルーセント陛下は掌に青い鳥を出した。彼も魔導士ではないが、魔力を持っている。ふっと陛下が息をかけると、鳥は飛び立って行った。

王はこちらだよと加奈子を先導してゆく。王と王妃の部屋の居間を開けると、そこには焦った様子のレオナルドが既に立っていた。









肉ー、肉が食べたい。

蕩けるような和牛も美味しいけれど、噛み応えのあるアンガス牛も捨てがたい……

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