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全てを持つ者と持たざる者

 「いったー!!」


大した重さでないはずなのだが、ボストンバッグの底鋲が、丁度足の甲に落ちたのである。

思わず足を押さえる為にしゃがんだ加奈子には、レオナルドが皆から見えない位置で指を鳴らすのが見えた。その瞬間加奈子の口はどんな音も発しなくなった。


(痛い、痛い、痛い……って声が出てない?)


「先日運命的な出会いをしまして、こうして片時も離れずカナを連れまわしているのです」


(そうだった、何言ってんの、レオ! 恋人でもないし、先日ってたったの昨日じゃない!)


しかし加奈子の声は誰にも届かない。


「僕の物なので、皆さん手出さないように。もしカナに触る奴がいたら……亜空間に放り込んで……その先は自主規制させて頂きます」


レオナルドは特大の笑顔で、皆を牽制した。


「そ……そうか。やっとレオナルドにも想う人が出来たのだな。私からの祝福として、お前の城の居室を二人で住めるものにしておこう」


陛下と呼ばれた男が、引きに引いている周りの者の空気を変えるかのように、明るく努めて言った。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます、陛下」


レオナルドの声と同時に加奈子の口からもお礼の言葉が出た。意志とは無関係に身体もカーテシーをする。加奈子の頭は疑問でいっぱいだ。しかしレオナルドの魔法だろうと思い至る。


「では、一度カナを部屋に案内してきます。私の耳は置いていきますので、お先にどうぞ始めていて下さい」


もちろん、耳を置いていくとは物理的にでなく、比喩表現だ。魔法で王の間の音を拾う様にしておくだけなので、レオナルドにとっては大した魔法でもない。



 廊下に出ると、加奈子の口が自分の意志で動くようになった。


「ちょっと、レオ! どういう事よ!」


「ん? 僕が何処にでもカナを連れて行けるように、理由を作っただけだよ?」


「でも恋人なんて嘘言わなくてもいいじゃない!」


「でもそうすれば、下手な男は近づかないよ。もちろんあらゆるヘンタイもね。僕の魔力の強さは世界中が知ってる」


「そうかもしれないけど……。謝って!」


加奈子がレオナルドに詰め寄る。


「何に?」


レオナルドはきょとんとした様子だ。


「分からないの? あんた私の事操ったでしょ! いくら世界一の魔導士だって、人を操って動かすなんて、尊厳を踏みにじっている! 始めにそう説明してくれていたら、私だって協力したよ! 私を匿う為だったんだもの。でも説明もせず言葉も身体も操って……私は人形じゃない!」


レオナルドは人を動かして怒られた事がなかった。なにせ彼の魅了の効果は、精神にまで影響する。彼がそう言わせれば、その人はそう思うのだ。

今までこの魅了の使い方をしたことは多くはないが、少なくもなかった。

その魅了も加奈子の精神には働かないようだ。


「今後一切、私を操るような真似はしないで」


「……わかった。ごめん」


レオナルドに対して、ここまで強い怒りを向けて来た人は一人もいなかった。両親もレオナルドが何をしても笑って許した。女は必ず好意をもち、好かれようとレオナルドに媚を売る。男性も好意とまではいかないが、敵意を持つことはなく、同性として好かれるのだ。子供のつかみ合いのケンカすらしたことがない。

人生初と言っていいほどの強い感情に、レオナルドは叱られた犬のように項垂れた。


「分かってくれたならいいの。じゃあ、部屋に案内して? レオはあそこにまた戻るのでしょう?」


加奈子は一度謝罪を受け入れれば、長く引きずらない。切り替えが早いのだ。


「うん、そうだね。こっち!」


レオナルドは今度は振る尻尾が見えそうな勢いである。

彼も切り替えが良くも悪くも早い。


「ちょっ、ちょっとまって!」


部屋までは転移魔法で移動しなかった。道筋を加奈子に覚えさせる為でもあるが、レオナルドは加奈子と歩くのが楽しいのだ。

部屋に着くと、「この部屋が今まで使っていた部屋。今日中に新しい部屋に移動するだろうけれど、今はココで待ってて! 一人で出ちゃだめだよ!」とレオナルドは言い残して、転移したのか指を鳴らす音とともに消え去った。魅了の煌めきを残して。


「はぁ……。レオって精神的にかなり子供よね……疲れる」


その言葉とは裏腹に、煌めきの残滓に加奈子は手を伸ばす。

が、そのキラキラは感触を残さず消えて行った。

皆に好かれて、持て囃されて、叱られることもなく育つ。レオナルドの大人になり切れない態度も言動も、彼の持つ魔力のせいなのだろうか。それは人にとってはすごく幸運ともいえるが、不幸ともいえる。加奈子はどうしても後者にしか思えなかった。

全てを持つ者と、何も持たない者、どちらがより不幸だろうかと一瞬考えたが、不毛な考えだと加奈子は思考を追いやった。





 加奈子は何も持たざる者だった。


産まれた時には既に父は亡く、母と祖母との三人暮らしだった。夫を交通事故で亡くし、シングルマザーとして加奈子を育てた母は、段々と精神を病み、仕事も滞るようになりじきに解雇された。酒に溺れていく母を祖母は窘めたが、だからと言って代わりに加奈子に優しくしてくれるような人でもなかった。

祖母も母の稼ぎを当てにして生活をしていたので、母が泥酔して川に飛び込み亡くなった途端、加奈子を手放した。


小学四年生の時にはもう施設で生活していたが、すべてを忘れられる年齢でもない。父もおらず、母も段々自分を見なくなり、祖母はもとより加奈子を視界に入れていない。そんな気持ちを覚えたまま生きていくには、加奈子は幼過ぎた。いや、幼かったから順応できたのか。

加奈子は諦める、執着しない、頼らない。そんな幼少期を過ごし、中学までを施設から通い、高校は昼間コンビニでバイトをしながら夜間の高校を出た。特に物欲のなかった加奈子は順調にお金を貯めて、奨学金付きの大学に受かり、女子大生になったその年の初夏である。以前のバイト先のコンビニに試験勉強の夜食を買いに出て転び、次の瞬間にはこの世界にいた。


普通の女子大生であったら、受験に受かり大学生活を送れるはずだったのにと嘆くかもしれない。家族や友達に会いたいと泣き叫ぶであろう。しかし加奈子は失う事に慣れていた。加奈子を待つ家族もおらず、始まったばかりの大学生活も、就職の為に始めただけであって、異世界に来た今未練はない。唯一の心残りはコンビニの店長に、最後の一言くらい交わしたかった事ぐらいだろうか。しかしそれも大きな問題ではなかった。





 「カナー! ただいまー!」


そう飛び込んできたレオナルドに、カナは笑顔で迎えた。さきほど少し強く怒り過ぎたと反省していたのだ。ほんの少しだけ。


「お疲れ様」


その反応が意外だったのであろう、レオナルドが一瞬止まった後、我に返って加奈子に問う。


「カナ、変な物食べた?」


「失礼な! あんたが出ていってから水一滴も飲んでないわよ!」


「あ、ごめん、何も用意しずに行ちゃったね」


「……いいわよ、たった小一時間じゃない」


レオナルドが夜食や飲み物をベッドサイドに用意しておいてくれる、細やかな気遣いができる事を知っている加奈子は、嫌味に聞こえたかと思い、フォローする。


「ね、カナ、新しい部屋見たい? 数日はこのまま王城に滞在するから、道すがら案内するよ」


そうレオナルドは言って加奈子を部屋から連れ出した。所々で侍女に話しかけられて足を止めるのだが、今までのようにレオナルドは話し込んだりせず、また今度、といって足を進める。レオナルドは加奈子に食堂の場所や、迷路のように剪定された庭、舞踏会の開かれるホールなど案内しながら、一つの部屋の前まで来た。


「ここだよ、今後はココ使えって言われた」


実際は「こちらの部屋を使うと言い。新しい恋人同士にはぴったりだろう」と言われて鍵を渡されたのだが、大体で生きているレオナルドはそこまでキッチリ反芻しない。


「じゃーん!」


そう言ってレオナルドが開け放った部屋は、どこぞの王太子の部屋かというほど豪華な調度品で統一されていた。加奈子はもちろん、そんなものがあるような高価なホテルなども泊まったことはない。


「わぁ……」


加奈子には珍しく、乙女心が擽られ、感嘆の声を漏らす。


「こっちがバスルーム!」


入ってすぐの居間の右にあったドアをレオナルドが開けると、広い部屋のような浴室の真ん中に、猫足付バスタブが鎮座している。洗面台には精巧な作りの枠の鏡が曇り一つなく磨いてあり、ふかふかのリネンもたっぷりと用意してあった。


「それで反対側が……」


そう言って居間を突っ切って、居間から左の扉を開けながらレオナルドが言い放つ。


「寝室だよー!」


「……」


中を見た加奈子は絶句した。

天蓋付きのいかにもハネムーンで来ますと言った風の寝室だ。つまりベッドは広いキングサイズが一つ。


「もう一つの寝室は?」


「え?」


「だから! もう一つあるでしょ、() () () ()!」


「え? ないよ?」


「………」


「おばかー!!」


世界広しと言えど、魅了を纏う世界一の魔導士に拳骨を落とせるのは加奈子だけであろう。

もちろん拳骨など人生の一度も受けたことのない魔導士は、痛みに涙する。


「ううう……」


「約束が違う! 寝室が別だって聞いたからなんとか許したのに!」


「それはユスコーの街の宿屋であって……」


「私帰る! ユスコーに返して!」


「え、一人で帰るの? ヘンタイ引き連れて?」


帰りたかったら、この変人魔導士に頼むしかない。そして帰っても、日本人とバレてしまっては、ヘンタイ、もしくは腐女子にストーカーよろしく追いかけ回されるのだ。


「じゃあ、別の部屋……」


「さすがの僕も、陛下に賜った部屋を、恋人が気に入らないからもう一部屋用意してくれ、なんて非常識な事言えないよ」


ヤレヤレと言った風なレオナルドに加奈子は遺憾だ。


「あんたの頭がすでに非常識だー!」


二度目の拳骨が落とされそうになったが、世界一の魔導士は先ほど学んだのだ。指を鳴らして三歩分横へ転移魔法で移動した。

空振りした加奈子は怒り心頭である。


「まぁまぁ、僕がカナに手を出さなければいい話でしょ? 僕女の子に困ったことないから」


「……でしょうね」


加奈子は魅了の魔導士を見てため息をつく。

そして加奈子は背も低く、平均的な顔をしている自覚は十分にあった。

この魔導士(美男子)が自分に何かしようと思うはずもない、と嫌な納得の仕方で、受け入れた。


「もう、いいわ、諦めた……」


そうして王城での滞在は、一つのベッドを世界一の魔導士と共有する事になったのである。






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