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異世界にもカツサンドはある

 質問を続けた結果、この世界は地球のように丸い訳ではなく、世界の端は無人の土地、無限の荒野が広がっているらしい。国々の上を、昼の星と呼ばれる太陽のように見える明るい光と、夜の星と呼ばれる月のように見える淡い光が交互に巡回し、その軌道の差で四季が変わるそうだ。

国の位置によって光が良く当たる地域と、当たらない地域があり、特産品も変わるらしい。

魔導士レオナルドの雇われている国ユネルバでは、一年の内、花の咲き乱れる季節を黄の月、日が照る季節を青の月、紅葉する季節を赤の月、雪の降る季節を白の月と定めている。加奈子が日本より落ちて来たのは、初夏であったのだが、おおよその季節はユネルバと相対しており、青の月三十八日だとレオナルドは話した。


 加奈子がレオナルドに激突したのは、ユネルバの王都から西に位置するユスコーの街だった。任務によって王都と街々を行き来するレオナルドが加奈子に肉を強請られたのは、偶然の産物と言えよう。いくら加奈子がレオナルドを忌避したとしても、幸か不幸か、助けられた事には変わりない。レオナルドのおかげで、あらゆるヘンタイから追いかけまわされる事態は避けられた。


「大体は理解できたわ。で、この街ユスコーにはいつまでいるの?」


「そうだねぇ、丁度任務が一つ終わったところだから、次の呼び出しがあるまで、この宿に待機かな」


「ねぇ、なんで私を助けてくれるの?」


「うーん、何となく? あんなあからさまに邪険にされた事ないし、一緒にいたら面白いかなって」


「……あっそう。じゃあ、遠慮なく助けてもらう。今はそうするしかなさそうだし」


城にいって助けを求める事もできるが、その移動の路銀もなく、この国の常識も知らない。無事にたどり着けるか疑問でもあるし、たどり着けても城でヘンタイに追いかけ回されては堪らない。ここは大人しくレオナルドのお世話になるのが得策であると加奈子は考えた。

無数のヘンタイに追いかけ回されるくらいなら、一人の変人を相手にした方がいいという具合だ。


「気にしないで、僕何でも持ってるし、皆何でも僕の為にしてくれる」


「……」


加奈子はレオナルドのこの清々しいほどにあっけらかんとした自信に嫌悪感を持つのだが、今は敢えて指摘しない。自分は助けてもらう身なのだ。一刻も早く一人で生きる術を身に着け、お金を返し、この変人とおさらばしようと考えた加奈子であった。


 もう一度街へと出たのだが、数歩ごとにレオナルドが声を掛けられ、鬱陶しくなった加奈子は、宿へ帰る事にした。

唯一街で買ってこられたのは、ノートと鉛筆である。そこに加奈子がレオナルドに買ってもらった物の値段を記していく。大体買ったものはかなりの割引をされるか、買った物以上のおまけが着いて来るのだが、実際に支払った金額のみを記す事にした。ノートと鉛筆を買って、おまけに貰ったのが、子供なら一度は絶対読むこのユネルバ王国の建国史の本だった。


不思議な事に、こちらの文字が読めた加奈子は、建国史の付録で付いていた地図と貨幣の見本を見ながら、レオナルドに尋ねた。


「ねぇ、今日の服と雑貨、合計でいくらだったの?」


「なんで?」


「レオに貸しを作りたくないから。いつか返す」


「……別にいいのに」


レオナルドが不満そうな顔をする。


「私が嫌なのよ。で、いくら?」


「この紙幣三枚と、この紙幣一枚。 硬貨はこれ三つとこれ二つで、合計三百十ルクスと三十二レラだよ」


レオナルドは丁寧に、貨幣の図解を指さしながら教えてくれた。それをノートの、買った物リストに加える。


 その後も、地図を見ながらレオナルドはこの地方は気候がどうとか、美味しいものや、盛んな産業など教えてくれた。流石街々を行き来するだけはある。レオナルドは多彩な知識を持っているようだった。

話しているうちに加奈子は睡魔に襲われていた。日本では夜中だったのが、こちらに来たら朝だったのだ。加奈子の中では徹夜した上に、不慣れな発音の土地の名前を沢山聞いて、頭が虚ろになってきたところで、レオナルドにちょっと昼寝する?と聞かれて返事をする前に、机でそのまま眠ってしまった。レオナルドは加奈子を抱えて、ベッドに寝せた。


「カナは、なんで僕の魅了が効かないのかな?」


その問いに返事はない。

レオナルドはしばらく加奈子の寝顔を眺めてから、考えても仕方ないと首を振り、宿屋の一階にあるパブへと降りていった。





 加奈子が目を覚ますと、ベッドに寝かされており、サイドテーブルにはカツサンドらしきものが置いてあった。外はもう夜の星が出ており、夕食時をとっくに過ぎていたようだった。夕食を食べ損ねた加奈子の為にレオナルドが用意してくれたのであろう。横には何らかの果汁ジュースも置かれている。

カツサンドを一口齧ってみると、青色の肉が見えた。昼間に食べた青猪のカツだろうか。食べ終わると、サンドとジュースがいくらだったかレオナルドに聞いてみようと思い、居間へ確認に出ると、ソファーでレオナルドが寝ていた。微かに香るのはお酒の匂いだろうか。思ったよりも夜更けだったらしい。レオナルドの寝室から毛布を持って来て上に掛けると、毛布の感触で起きてしまったらしい。加奈子はレオナルドに右手を掴まれた。


「カナ……? あ、ごめん……。あれ? 僕寝てた?」


昼間に手を掴んだことを咎められた事を思い出したのか、レオナルドがぱっと手を放す。


「うん、でもまだ夜中みたい。もう一度寝るね、レオもベッドで休んだら?」


「ああ……」


寝ぼけ眼でレオナルドが立ち上がる。

加奈子は今日与えられた自室へと向かうが……、なぜかレオナルドが後ろをついてきた。


「レオはあっちでしょ?」


加奈子の寝室に入ろうとするレオナルドを止め、もう一方の寝室を指さす。


「うん、そうだね……」


そう言ってふらふら自分の寝室へ戻っていくレオナルドは、なぜか傷ついたような表情をしていた。きっといつもは連れ込んだ女の子と一緒に寝たりするのであろう。なんせ彼は魅了を纏っているのだ。加奈子はなぜかそんな妄想にイライラしながら、扉を閉めた。





 「カナー! カナ、カナ、カナ―!!」


「……ちょっと、勝手に部屋に入らないでくれる? あと、人の事猫か犬のように呼ばないで!」


あの後イライラしながらも、いつの間にか寝てしまった上に、寝坊までしたらしい。


「カナ、王都から鳥が届いた。朝食食べたら王都にいくよ」


そう言うレオナルドの手には、半透明に光る青い鳥が浮かんでいる。


「それが、仕事か何かの連絡なの?」


「そう! 任務が入ったり議会があったりする時は、この魔法の鳥で招集が掛かるんだ。もう少しユスコーでゆっくりできると思ったけれど、僕世界一の魔導士だから……ごめんね」


「世界一って何度も言わなくてもいい。それに仕事なら謝る必要はないよ。それよりも、私も一緒に行っていいの?」


「もちろん! まだカナは一人にできないし、こっちの人のふりもまだ出来ないでしょ? 王都までは僕の魔法で一瞬だよ!」


じゃ、ご飯いこー、と言ってレオナルドに連れて行かれたのは宿屋の一階だった。夜はパブとして酒屋になり、朝と昼は食事ができるようになっている。

鶏の卵より大きい目玉焼きに、何の卵だろうと気になりつつも、加奈子はペロリと三つも平らげた。もちろん分厚い青いベーコンと一緒に。加奈子に肉は外せないのである。


 部屋に戻ると、小さめのボストンバッグをレオナルドに渡された。この宿のクローゼットとこの鞄は亜空間で繋がっており、この鞄からクローゼットの物はいつでも取り出せるようになっている。他の街のクローゼットにも後々繋げていくとレオナルドは説明した。

転移魔法はレオナルドと身体の何処かが触れている必要があるので、二人は手を繋いだ。

今度は加奈子も拒否できない。


「じゃ、行くよー、いち、にの、さん!」


普段は数えないが、加奈子の為にレオナルドは数えてから指を鳴らす。

その瞬間、加奈子とレオナルドの周りに風が渦を巻くように舞い上がり、二人の姿が消えた。

加奈子は風の勢いに思わず目を瞑った。





 「着いたよ、カナ」


そう言われ目を開けると、いかにもな、王の間に二人は立っていた。

玉座に男性が座っており、その一段下には身なりの良い人や、騎士らしき人がいた。

中にはレオナルドのような魔導士もいるようだ。


「ふふふ、レオナルドが女性連れで現れるなんて、街中はいざ知らず、初めてだね?」


檀上の玉座の男性が話す。


「陛下、ご機嫌いかがですか? 僕は急に呼び出されてちょっと不満です。僕に働かせすぎですよ」


「すまんな、火急な用事が出来てな。で、そこのご令嬢はどなたかな?」


「カナのこと? ……カナは僕の恋人だよ」


その瞬間、加奈子を含めその場にいた全員が目を見張り、加奈子は鞄を足の上に落とした————



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