ゴリマッチョおねぇは子供に親切
まずは服をどにかしなければどこにも行けない。よって二人の目的地は街の仕立屋だ。
市場の既製服でいいよと加奈子は言ったが、レオナルドが贔屓の仕立屋があるからと引きずって行く。
「あんたみたいなキラキラした服になるなら、市場で地味なやつ探す」
レオナルドの纏う赤いマントには金の刺繍が入っており、裾を蔦のように上まで這っている。マントの中身もなかなか豪華で、金のベルトやら、シャツには飾り紐がついていた。加奈子にはジャラジャラ、チャラチャラ、あまりにも受け入れられない恰好なのだ。
「大丈夫、最高の仕立屋だから、似合う物を勧めてくれるよ! 既成の物もあるから、まずは見てみよう」
道すがら周りを見渡すと、熊が立って歩いていたり、いかにも勇者な出で立ちの男が歩いて行く。
「やっぱり異世界かぁ……」
「ん? なんだって?」
加奈子はこちらに来て、初めて不安が混じった声でぽつりと呟いたのだが、ひっきりなしに女達に声を掛けられる魅了の魔導士には、加奈子の声は届かなかったようだ。
今は小さなお嬢さんに花を一輪貰っていた。
「はい、カナ」
そう言って加奈子の耳元に受け取った白い花を挿す。
「……あんた、最低ね」
「え?」
その花は小さな子がレオナルドにあげたものだ。安易に他の女に渡していいものではない。
しかし常に好意を貰うレオナルドは加奈子の真意に気づかない。
「なんでもない、早く行こう、日が暮れる」
数歩歩くたびに呼び止められては、進むに進めない。
先を急ごうと、レオナルドに方向を聞き加奈子は小走りになった。
「ここだよ!」
レオナルドがドアを開けたお店は、加奈子が想像していたものより、ちゃんとしたものだった。派手派手しくもなく、キンキラでもなかった。
「あらぁ、レオナルド様、いつもありがとうございますぅ!」
そうやって奥から出てきたのはフリフリのエプロンドレスを着たゴリマッチョ。その言葉からは想像もつかない低い声だった。
「マッティア、ちょっと急ぎの頼みがあるんだ、聞いてくれる?」
「いいわよぅ、それよりマッティって呼んでって、いつも言ってるじゃなぁい」
言葉と視覚の暴力が過ぎるマッティアだが、加奈子にはどうでもいい事だった。
目的の物さえ手に入れば。
「マッティさん、私に合う服、お願いできますか?」
不審者認定だったレオナルドに対しては塩対応だが、一般人にはちゃんと対応する常識人の加奈子だ。
「あらぁ、女の子連れてくるのは珍しくないけれどぉ。今日の子は黒い髪に黒い瞳、見かけないお洋服。ってことわぁ、あのヘンタイ王国からのお引越しねぇ」
引っ越しと呼ぶには少々語弊のある落ち方であったが、まぎれもないそのヘンタイ王国からの転移である。
「私は変態ではありませんよ?」
そう釘を挿しておく。今後日本からの転移者だとバレる度に、この一言が必要になるのかと思うと、癪に障るがレオナルドにお願いして、一刻も早く服を調達せねばならない。
「この子に、吊るしの服と下着を三セット、後はマッティが適当に五着くらい仕立ててくれる?」
下着も買ってもらう事になるのは、嫌な気分な加奈子だが持ち金はゼロだ。他に手はない。
「かしこまりぃー」
そうレオナルドに答えるマッティアの声は、最後にハートマークが付いていそうな勢いだ。
「よろしくお願いします」
加奈子がマッティアさんにお辞儀をすると、あらあらご丁寧にどぉもね、と頭を撫でられた。
マッティアさんはレオナルドに首ったけな様子だが、他の女の子に嫉妬はしないようだ。といっても恐らくマッティアさんは男だが。
マッティアさんが見繕ってくれた既製服は、街行く人に馴染むような、シンプルなものだったが、生地は最高級と分かる滑らかさだ。所々花やら鳥やら模様が派手でない色で刺繍がされており、加奈子も大層気に入った。
普段着二着と、余所行き服一着を取り急ぎ買い、普段着の一つを店の奥で着替えさせてもらった。
これ、袋に入れておくわね、と今まで着ていた部屋着代わりのワンピースを買ったものと一緒に包んでくれたマッティアさんには、加奈子は甚く感謝した。
身一つでこちらの世界に来てしまったのだ。持っていたはずのトートバッグも転んだ途端に放してしまったのか、いつの間にか握っていなかった。
加奈子を唯一日本から来たと思い起こさせてくれるのが、この部屋着一枚である。
<マッティの仕立屋>から出て、すぐ横が雑貨店だったので、そこで入用な日用品も買ってもらった。化粧水や髪ゴム、歯ブラシなどだ。そこでもレオナルドの魅了を発揮して、あれもこれも、と袋に詰め込まれ、あっという間に大荷物となった。
「部屋に一度荷物を置いてこようよ」
そう言うレオナルドに連れてこられたのは、いかにも最上級と分かる宿屋だった。らせん階段を上り、最上階である三階の最奥、スイートルームと呼ぶべき部屋がレオナルドの部屋だった。
「あんた……、今夜ここに泊まるの? それとも、ここに住んでるの?」
「うーん、泊まるっちゃ泊まるんだけど、住んでるともまた違う……」
なんともはっきりとしない返答である。
「ほら、僕って世界一の魔導士だから……、あちこち仕事で行くんだよ。この街に来たときはココに泊ってるよ」
この部屋はレオナルドがいつ来てもいいように、キープされているのだ。この宿屋の女将さんの厚意で。いや好意と言うべきか。
「この部屋ベッドルーム二つあるんだ。あっちの部屋自由に使っていいよ」
そうレオナルドが指さした部屋に入ると、専用のお風呂も付いていて、快適そうである。
しかし、いくら寝室と浴室が別でも、男と女が同じ屋根の下だ。間違いが起こらないとは断言できない。
身元を確認した方がいいのかな、と加奈子はレオナルドに色々聞いてみる事にした。
クローゼットに服を仕舞って、リビング部分へと戻った。
「ねえ、あんた……。レオ……は、何歳なの?」
どんなに女たらしの男でも、色々買ってもらった上に、泊めてもらうのだ。いつまでもあんたと呼ぶのはさすがに加奈子でも気が引ける。言い直して尋ねた。
「僕? 僕は二十二歳だよ。そういえばカナは?」
「私は十八。一年って何日間あるの?」
「三百六十日、四つの月に分かれてる」
一年で地球とは約五日の差。四か月で一年という事は、一つの季節で一か月みたいなものか、と加奈子は納得した。
「レオの職業は……魔導士?」
「そう、王直属の宮廷魔導士。でも世界一の魔力持っているから、あちこち呼ばれて、城にはほとんどいないなぁ」
世界一とは自称という訳でもないらしい。
「で、そのいつもレオの周りをキラキラ舞っている光はなんなの?」
レオナルドはなんだか尋問みたいになってきた、と笑いながら答える。
加奈子にとってはまさに今尋問中なのだが。
「これは僕が生まれながらに身に纏ってる、魅了の効果が目に見える様に可視化したものだよ」
「魅了って何? あと可視化する理由は?」
「人を惹き付けたり、好意を持たせたりする力。可視化はその方が目印になるデショ。僕ここですよーって」
「……意味不明」
え? そう? と不思議そうに答えるレオナルドには、一般人には分かるまい思考を持っている。なにせ産まれた時から強い魅了を持っており、常に人に注目されてきたのだ。そしてそれを心地よく思って育ったレオナルドは、光を可視化させる本当の理由に気づいていない。キラキラを纏っていようといまいと、レオナルドは目立つのだ。しかし常に好意にさらされているレオナルドは自分から人に好意を持ったことがない。その誰かに見つけてほしかったのだ。僕はここにいるよと——
マッティアさんは、加奈子を子供だと思ってます。種族にもよるが、百四十八センチの身長は、この世界では十代前半が多いので。