出会い頭に当たり屋よろしく肉を得る
なろうの方では初めてです。
よろしくお願いします。
その国にはある一人の有名な魔導士がいた。歩くたびにキラキラと光を反射させる、世界一の美男子とも言われる。しかし彼は、自分が皆を惹き付ける事を知っているため、誰にも靡かない事でも有名だった。
「リーリア、エルグの魔導書は入荷したかい?」
「エマ、このパナ一つ、貰っていい?」
あっちの女の子に声をかけては、こっちに声をかける。
夏の夜に光に虫が集まるように女が集まって来る。
彼は自信いっぱいに街をさまよう。さながら鱗粉を振りまく蝶のように、光を纏って。
「ふぎゃん!!」
女子大生は盛大に転んだ。絵にかいたようなコケっぷりである。
道路を歩いていたら、一センチにも満たない段差で転んだのだ。
「いたたたたたー! あー、恥ずかし……」
膝をさすって誰かに見られていないか確認すると、さっきまで歩いていた遊歩道はどこにも見当たらない。
右を見ても左を見ても、石造りかレンガの家。
どう考えてもそこは日本ではなかった。
「どこ、ここ?」
そんなおまぬけな少女と、光を纏う世界一の魔導士の話。
加奈子はふらふらと歩みを進めた。
あっちの果物の屋台も、こっちの串刺しの肉屋も、日本ではお目にかかれないものが並んでいる。いや、見た目はさほど変わらないのだが、動いているリンゴや、青色の肉でできたシシカバブ。あまりにも派手な柄の服など、次から次へと新しいものが目に留まって、足を進めた。
「ぎゃん!!」
本日二度目の激突である。しかし今度は道にではなく、ヒトだった。
「あ、ごめんね、許してくれるよね?」
尻餅をついた加奈子に、そう言いながら手をこちらに伸ばすのは、少しウエーブのかかった金髪に青い瞳、赤の煌びやかなマントを纏った男だった。
「え? 許さないよ? あっちのお肉買ってくれたら許してあげる」
加奈子がそう言うと男は演劇かかった素振りで、大仰に驚いた。
「え? なんだって?」
「だから、あの、お に く。買って」
加奈子の指さす屋台には、先ほどのシシカバブ屋。加奈子は夜食を買いにコンビニへと向かい、転んだ瞬間この国へやって来たのだ。腹が減っては戦が出来ぬとばかりに、当たり屋よろしく、ぶつかった男にたかったのだ。
「う……、うん。 ねぇ君、僕の光は見えないの?」
加奈子が男を見ると、なるほど、男の周りがキラキラ光っている。
ラメでも黒子が飛ばしているのか、この変人は、という感想しか持たない。
「あれ、あの青い一番大きいの」
「分かったよ……」
この男は自分に興味を示さなかった女は一人も会った事がなく、不思議そうに首をかしげながらも、頷いた。
屋台に向かう男の後ろは、そのキラキラが残滓のように残っては消えていく。
このキラキラは魔導士のもつ魔力で、魅了の効果を可視化したものだ。
「ねぇ、ノラ、特大の青猪シシカバブ一つくれる?」
「あいよ! 一本まけて、二本にしとくよ! また買いに来ておくれ!」
「ああ、また来るよ、ノラ」
男の頭には、一度会った事のある女の名前は全部入っている。
そして例外なく、赤子から老婆まで、彼の虜になるのだ。
一本買えば二本くれるこの屋台の店子、ノラのように。
「はい、シシカバブ。この街の西にある山で取れる特産、青猪だよ」
「ふーん、美味しければ何でもいいや」
加奈子は男の前で大口を開けて食べた。しかし加奈子は百四十八センチしかない小柄な女子大学生だ。口のサイズも小さい。
「んっ! ひほふがほほひい」
そう加奈子が言うと、派手な赤マントの男が指をパチンと鳴らした。
その瞬間肉が串に刺さったまま、スライス肉となった。
「大きいお肉にかぶりつくのが美味しいのに……」
派手男の魔法の使い損である。
「でも、ありがとう!」
大抵な事では驚かない図太い神経を持つ加奈子だが、お礼だけはキチンとできる子なのだ。
小柄な加奈子が、全力で笑う笑顔に、その男は目を見開く。
それは魅了の光を纏う世界一の魔導士、レオナルド・ワイズマンが初めて女に興味を持った瞬間だった。