表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第六章 そして五年後…

 



 ここはエンデ村に存在する空き地、訓練用の木剣を持った男達が集まっている。中には小さな男の子も混じっていた。

「よし、ジャン! 次は君だ!」

 一人、前に出ていた黒髪の男が木剣を構え、ジャンという者を指名する。

「おっしゃー!」

 ジャンと呼ばれた男は気合を入れ、前へと歩き出す。黒髪の男より一回り体格が大きい。

「アレスさん! 今日こそ一本取らせて貰いますよ! それが出来たらヨリちゃんをデートに誘います!」

 そう言ってジャンは両手で木剣を握り、高めに構えた。

「ハハハ、なら負けられないじゃないか」

 黒髪の男アレスは、笑いながらも片手で木剣を構え、すぐに笑みを消す。互いに睨み合い、場を緊張が支配する。

「行きます!」

 先に動いたのはジャン、一気に間合いを詰め、剣先ギリギリが当たるようにアレスに剣を振り下ろす。体格とリーチで勝るジャンにこうされてしまうと、アレスの剣は届かないからだ。アレスはそれを難なく横に回避、そして反撃を打ち込むべく一歩間合いを詰める。

 だが、ジャンはこの変化を最初から読んでいた。こんな分かりやすい大振りが、目の前の男に通用するとは微塵も思っていない。アレスの『この一歩』の瞬間、そこで振り下ろしたばかりの自らの木剣をアレスに向かって蹴り上げた。流石にこれは想定外だったのか、アレスの反応は一瞬遅れる、大きくしゃがみ込みギリギリで回避。ジャンの木剣がアレスの髪を数本飛ばした。アレスはしゃがんだ姿勢のまま上半身を前に出し、木剣でジャンの銅を払う。


「いっってェ!」

 ジャンは木剣を落としてしまい脇腹を抑えてうずくまった。勝負はアレスの勝利だ。周りで見ていた男達から、余計な事を言うからだ、と野次が飛ぶ。

「くっそー、今日は自信あったのに……やっぱアレスさんはつえーな……」

 脇腹を抑えながらジャンは立ち上がる。

「いや、今日は危なかったぞ? まさかあんな事をしてくるとは思わなかった。でも実戦で相手に刃を向けて剣を蹴り上げるなんて真似はするなよ? 足先が裂けるぞ」

 励ましながらも注意をするアレス。

「あ……そういやそうだった……」

 それを聞いてジャンは顔を青くする、ジャンの見せた技は木剣だからこそ出来るものであった。

(これはジャンだけを責められないな……)

 アレスはジャンを始め、エンデ村の若者たちに剣を教えてきた。だが未だに実戦を経験させるどころか、真剣を握らせた事すら無い。今回のジャンの失敗は、木剣しか持たせていなかったアレスにも原因があるのだ。そろそろ頃合いかもしれないとアレスは考える。

「ジャン、最初の頃に比べて君は見違えるほど腕をあげた。そろそろ実戦を経験してみないか? 本気で村を守りたいなら真剣にも慣れておいた方が良い。もちろん最初は俺の付き添いになるが……」

「ええ!? ホントですか! や、やった! いい加減村の中で木剣だけ振ってるのは嫌気がさしてたんですよ!」

「そうか、なら今度町に出ていく時に剣を選ぼう。その後で簡単そうな魔物退治があれば君を連れて行く」

「魔物退治! うおー燃えてきたぁ!」

 ジャンはとても嬉しそうに木剣の素振りを始める、頭の中では凶暴な魔物と戦っているのだろう。アレスはそんなジャンの様子を満足そうに見ると、その場にいた他のメンバーの方を向き大きく声をあげる。

「みんな! 今日はここまでだ! 怪我や体の痛みがある者はすぐに医者に行くこと! それじゃあ解散!」

 これはアレスがいつも言っている言葉だ、その場にいた全員がそれを聞くと同時に、アレスに礼を言って帰っていく。全員が帰って行ったのを確認しアレスも家路につく。


(ジャンは剣の扱いこそ荒々しいが面白い発想をする奴だ、大きく戦士に向いた体つきをしているし、数年実戦を積めば間違いなく俺を超えていくな)

 剣の握り方から教えた弟子の未来の姿を想像し、思わず笑みを浮かべるアレス、しかし手合わせをする前に彼が言っていた台詞を思い出し、難しい顔になってしまう。

(俺に勝ったらヨリをデートに誘うとか言っていたな……あれは俺を動揺させるためなのか……それとも本気でヨリの事を? 本気だというのであれば俺も安心できるが……)

 アレス達がエンデの村に住み始めてから、既に五年の月日が経とうとしていた。アレスは村の周辺の賊や魔物を倒し、まれに村の中で起こるトラブルの解決や仲裁などをして村から収入を得ている。そして空いた時間で村の若者たちに剣技を教えていたのだ。ユリアとの結婚生活も順調だ。しかし最近アレスの頭を悩ませている問題が一つある、それは義理の妹ヨリの事だった。



「ただいまー!」

 アレスは自分の家のドアの前で大きく声をあげる、そして数秒待ってからドアを開け中へと入った。何故こんな面倒な事をしているのかと言えば、一度黙って家に帰った時に、ヨリが着替えている所を見てしまった事がある。その時のヨリの怒りは尋常でなく、半月近くも口をきいてもらえなかったのだ。それ以来家に帰る時は必ず大きな声を出して存在を知らせるようにしている。

「おかえりなさいアレスさん」

 家に帰ったアレスを笑顔で出迎えたのは妻のユリア……ではなく青い髪を左右で纏め、団子のようにした一人の少女だった。

「ああ、レナちゃん来てたんだね」

 ヨリの友達、レナだ。アレスが初めて会ったころのレナはヨリと同じくらいの小さな女の子であったが、この五年で背もだいぶ伸び、随分女性らしい雰囲気を纏うようになっていた。

「エヘヘ、お邪魔してます。もうすぐヨリちゃんの誕生日じゃないですか、だからプレゼントを買いに町に遊びに行こうって話をしてたんですよ」

「誕生日? ああ、そうか。そういえば今くらいの時期だったな、ヨリはいくつになるんだっけ?」

 部屋の奥で椅子に座っていた少女にアレスはそう尋ねた、目の前にいたレナは、アレスの言葉を聞き一瞬冷たい表情をするがすぐに元に戻る。

「……十四だよ」

 椅子に座っていた少女、ヨリが不機嫌そうに返事をした。ツリ上がった目から覗く赤い瞳は決してアレスの方に向かない。

「そうか、もうそんなになるのか。旅をしていた頃はまだこんくらいだったもんな、ハハハ」

 アレスは自分の腹あたりに手をやると何かを撫でるような仕草をする。ヨリも当然この五年で成長していた。目付きがキツイのは変わらないが、ユリアとはまた違った美しさを持っており、その顔は美少女と呼んでも差し支え無いものだった。手足はすらりと伸び、体つきもとても大人びたものになっている。身長も背伸びをすればアレスと目線が会う程度には伸びており、姉以上に美しく、手入れの行き届いた『長い銀色の髪』をリボンで縛って纏めていた。ポニーテールというやつだ。

「そりゃアタシだっていつまでも子供じゃないし、大きくもなるよ」

 相変わらずそっぽを向いたまま答えるヨリ、明らかに機嫌が悪いのがアレスにも伝わってくる。

「えっ……と」

 ヨリの機嫌が悪い理由が分からない、かと言って黙っているわけにもいかず必死で話題を探すアレス。そして思い出す、先ほどの事を。

「そうだ、さっきまでジャン達と訓練をしていたんだけどさ。ジャンの奴、俺に勝ったらヨリをデートに誘うなんて言い出してね。あんがい本気なのかなって……ヨリはどうなんだ? 最近はずいぶん洒落た格好をしているが、気になっている男とか――」

「ゴメン、用事思い出した」

 ヨリは椅子から立ち上がると、つかつかと入り口の方に歩いていく、途中から心配そうに見ていたレナの横を通り過ぎ、ごめんね……と耳打ちする。そして家から出て行ってしまった。

「あ、ああ。ヨリ! 暗くなる前には帰るんだぞ!」

 困惑しつつも見送るアレス。少し困ったような表情で残っていたレナに、どうしたんだろうな、ヨリの奴……と声をかけた。

 その直後に部屋の中の空気が凍る。部屋中の空気がパキンと音を立て、家全体がミシミシと悲鳴を上げる。驚くアレスを暗く、冷たい、視線だけで相手を殺せてしまいそうな程の表情をしたレナが見つめている。そしてレナはゆっくりと口を開いた。

「私、アレスさんの事は尊敬しています……だけど一つ言わせてください。あなたは、ヨリちゃんに対して少し無神経だと思います」

 それだけ言うとレナはお邪魔しました、と言って出て行ってしまう。家にはアレスが一人で残された……



「ただいま帰りましたー」

 アレスの家に美しい女性が入ってくる、アレスの妻ユリアだ。見た目は以前とあまり変わらないが髪だけは短くしてしまっていた。家事をするのに邪魔だったからである。

「ヨリーお土産あるわよ~って……あら?」

「……おかえり」

 留守番をしているはずのヨリの姿は無く、そこには力なく椅子に座り、テーブルに突っ伏しているアレスがいた。

「あらら、ずいぶん落ち込んじゃってますね。ヨリも見当たらないし、『また』ですか……?」

 お土産の袋をテーブルの上に置きながら、アレスに話しかけるユリア。口ぶりからしてこれはよくある事らしい。

「ああ……今度はレナちゃんにまで怒られてしまったよ……」

「もう! 十個も下の女の子達に振り回されて、大の男が本気で落ち込まないでください! そんな情けないお父さんは嫌だよね~?」

 そう言って、少し大きくなっている自分の腹を撫でるユリア、それを聞いてアレスはびくっと反応する。

「生まれてきた子が女の子だったら……俺はその子にも嫌われてしまうんだろうな……」

「本当に今日は重症ですね……」

 そう、最近のアレスの悩みはこれだ。義妹であるヨリとの付き合いが上手くいかないのである。アレス本人としては実の妹のように可愛がっているのだが、何故かいつも怒らせてしまう。着替えの時のように怒っている理由が分かる時は、対策が出来る分まだマシで、今日のように原因が不明だともうどうしようもない。おまけにレナからの視線もだんだん厳しいものになってきている。村では慕われているアレスも、家の中では小動物のように縮こまってしまっていた。

「昔のヨリはどちらかと言えば『男の子』っぽくて、大分話しやすかったんだがな……」

「あ~、それヨリに聞かれたら余計怒らせちゃいますね……そういう所ですよ、あなた」

「そうか、こういう所か……」

 確かに一人の人間に対して昔の方が良かった、というような事を言うのは失礼だな。とアレスは反省をする。だがヨリの機嫌を損ねるのは、今の発言のその部分ではないという事にアレスは気付けない。


「ただいま」

 ドアが開きヨリが帰ってきた、アレスは途端に姿勢を正し緊張した面持ちになる。

「お、おかえり……」

「おかえり~ヨリ、お土産あるわよ」

「ん、ありがとお姉ちゃん」

 アレスの対面の椅子に座り、テーブルの上のお土産を広げ食べ始めるヨリ。ユリアは夕飯の準備をするために台所へ向かってしまい、アレスとヨリは二人きりになってしまう。

「あ、あのな、ヨリ……さっきはその……すまなかった……」

「え? なんでアレスが謝るワケ?」

 ヨリは手を止めアレスに問う。アレスは沈黙、答えられるわけがない、アレス本人も何故謝っているのか分かっていないのだ。

「もしかして、レナからなんか言われたの? 気にしないでいいよ別に」

「そ、そうか? なんだかヨリは怒っていたみたいだったから……また何かしてしまったのかと……」

「アタシが怒ってるように……見えた?」

「え? 違うのか?」

「……違うよ」

 少し俯き、寂しそうにヨリは答える。

(分からない……ヨリが何を考えているのか本当に分からない……)

 ヨリはユリアのお土産を食べ終わると、ご飯出来たら呼んで、とだけ言って奥の部屋に行ってしまう。

 ヨリは現在その部屋に一人で寝ている。元々は三人で一つの寝室を使っていたのだが、三年程前にヨリが二人と同じ部屋で眠る事を嫌がってからは、その部屋に一人で寝ていた。アレスはため息をつくと、体の力が抜けて再びテーブルに突っ伏してしまう。最近のヨリとの会話はとにかく緊張するのだ。

「お疲れ様です」

 台所から戻ってきたユリアがテーブルにお茶を置く。

「ありがとう、ユリア」

「向こうで様子を窺ってましたけど、怒ってはないみたいですね」

「うん、少し安心したよ」

「明日……平気ですか?」

「それは大丈夫だ、心配しないで行ってきてくれ。実は秘策もあるんだ」

 明日ユリアは村の集会に呼ばれていた。村の女たちで集まり様々な情報交換やルールなどを作る、というのが建前で、実際は男連中のいない場所で愚痴や料理教室などをする集まりである。明日アレスは暇であり、朝からヨリと二人きりになってしまう時間が続くので心配されていた。

「じゃあ、お言葉に甘えて行ってきちゃいますね♪」

 ユリアはそう言って笑う、強がってはみたものの、やはりアレスの胸には不安が渦巻いていた。



 一方その頃、ここはアレス達の住むエンデの村から少し西、港町エルネポートにある酒場だ。この酒場には昼過ぎからは漁師達が、夜からは旅人や村の男達が集まる。現在は夜、仕事を終えた町の男達で酒場はにぎわっていた。

 そこに一人の女性が入ってくる。女にしては身長が高く、周りの男達より目線がやや高い、ブロンドの髪をなびかせながら大股で歩き、酒場の店主の目の前に座る。服装は動きやすさ重視の冒険者風の装いで、腰のベルトには水色の魔導書が四冊付けられていた。女は低めの声でビールだけを注文し、それを受け取ると一つ質問をした。

「なぁマスター、この辺に銀色の髪で瞳が赤い奴は住んでないかなぁ?」

「私は見たことないですね」

「フゥーン、そうかぁ、だろうなぁ」

 ブロンド髪の女はそれを聞くと知らなくて当然というような態度で流し、その後料理をいくつか注文した。それを隣で聞いていた酔っぱらった男が女に声をかける。

「うへへ、ねーちゃん。俺見たことあるぜ? 長い銀色の髪した赤い目の女」

「ああ? 本当かぁ? 酔っ払い」

「ほんと、ほんと! まだちょっとガキっぽい感じだったがよ、こ~んな短いスカート履いてたから良く覚えてるぜ。目付きは悪かったが、ありゃあと三、四年もすりゃ良い女になるぜ、へへ」

 それを聞いた女は、酔っ払いの顔を両手でガシッと掴み引き寄せる。

「うおっ!? な、なんだこの女……は……はなせっ!」

 酔っ払いはそれを振り払おうとするが、凄まじい力で掴まれており抜け出せない。

「ダメだよ酔っ払いクン、君を逃がすわけには行かないなぁ……ちょっと今夜は私に付き合ってくれないか? 君も男ならこぉんな美人の誘いを断るような真似はしないよなぁ?」

 女はカウンターに代金を置くと、酔っ払いを捕まえたまま酒場を出て行ってしまった。



 翌朝、アレスは家の前で出かける妻ユリアを見送っていた。

「それじゃあ少し早いけど行って来ますね、ホントに朝食作っていかなくていいんですか?」

「ああ、簡単なものくらい俺でも作れるよ。ヨリの分もね」

「そうですか、では行って来ますね~♪」

 ユリアは機嫌良さそうに村の集会所へ向かっていく、アレスはその後ろ姿を見送るとよし! と気合を入れた。ヨリの朝食を作り共に食べ、心を少しでも開いてもらう作戦を昨夜から考えていたのだ。ユリアをさっさと行かせたのもその為である。

(う~んメニューは何がいいかな? なるべく簡単で失敗しないものを……)

 あごに手を当てそんな事を考えながら、家に入り台所へ向かう。しかし向かった先で思わぬ人物を目撃した。

「げっ! ヨリ!」

「おはよー、げってなによ、げって」

 そこには台所で調理をしているヨリの姿があった。

「な……何してるんだ?」

「見て分かんない? 朝ごはん作ってんの」

「そうか、そうだよな……うん」

 アレスの作戦は何もしないまま失敗に終わった。呆然と調理を続けるヨリを見つめる。今日のヨリはいつにも増して短いスカートを履いてテキパキ動き回っている、何かの拍子に下着が見えてしまいそうだ。それを見たアレスは顔をしかめる。

(年頃の娘がなんて恰好だ……娼婦じゃないんだぞ。気を引きたい男でもいるのか知らんが、家の中でくらいもう少し落ち着いた格好をしたらどうなんだ)

 わなわなと震えそんな事を考えるが口には出せない、以前それを注意したら一週間目を合わせてもらえなくなったうえに、さらに際どい恰好をするようになってしまったのだ。

(そもそもあんな恰好を見て心が動かされるような男は碌な奴じゃないぞ! もっとこう……清い付き合いの中で丁寧に心の距離を詰めてだな……)

 口には出せないので心の中で説教をする。一目惚れだったうえに勢いで告白し、その数日後にプロポーズまでした自分の事はすっかり棚に上げていた。

「ねぇ……さっきからずっとどうしたの? アタシ……なんか変?」

 アレスの視線に気付いていたヨリが、しびれを切らして聞いてくる。

「ハッ!? い、いや、何でもない」

「……まぁいいけどサ、もう少しで終わるから待っててよ。ずっとそこにいてもいいけど」

「わ、分かった」

 そう言うとアレスは台所から離れテーブルの椅子に座る。自分は何を作って食べようか考えるが、自分一人という事を考えるとどうにもやる気が出ない。

 何なら一食くらい抜いてしまってもいいか、などと考え、テーブルに頬杖をついてぼーっとしていると、いきなり目の前に皿がコトンと置かれる。

「はい、アレスの分」

「え!? 俺の分まで作ってくれたのか?」

「一人分も二人分も手間なんて大して変わらないし、今日はお姉ちゃんいないんでしょ? アタシがやるしかないジャン」

 そう言ってアレスの対面に座り、自分の分を食べ始めるヨリ。アレスの表情が感動でぱぁっと明るくなる。

(相変わらず理由は分からんが、今日は随分と優しいぞ!)

 自分の分のパンを取りに行こうとしたところで、皿の中身に気付く。

「あっ! これクラシスじゃないか、一体どこで手に入れてきたんだ?」

 クラシスというのはアレスが好きな魚だ。村では保存しておくのが難しいため、町の飲食店に行った時くらいしか食べる事は出来ない。

「レナに頼んでサ、氷魔法のルーンを仕込んだ箱を作ってもらったんだ。結構強力で複雑なルーンだから、定期的にレナに調整してもらわないとダメなんだけど、これがあれば肉とか魚をしばらく保存して持ち歩けるよ」

「お前たち……普段こんなことやってたのか……」

 魔法に関して素人なアレスは思わず舌を巻く。氷魔法を応用した食材の保存箱という存在は知ってはいたが、まさか自作してしまうとは思わなかった。戦闘用ではないがこれもれっきとした魔道具である。

「そんな事より、冷めちゃうからサ……早く食べなよ?」

「あ、ああ」

 慌ててパンを手に取りテーブルに付く。

「実はさ、クラシスは俺の大好物なんだよ」

 そう言ってアレスは美味しそうにヨリの作った料理を食べ始める。

「フーン、良かったね」

 相変わらずヨリの返事は素っ気ない。お互い黙ってしばらく食べた後で、ヨリがそっぽを向きながらアレスに質問する。

「ねぇ、味……どうかな?」

「凄く美味しいぞ! ヨリがこんなに料理上手いなんて知らなかったな」

「……お姉ちゃんより……美味しい?」

 そう聞かれてアレスは一瞬手を止める、そしてニヤッと笑い少し身を乗り出して小声で囁いた。

「ここだけの話だぞ? ユリアより上手だよ」

 それを聞いたヨリは少しだけ笑顔を見せた後ですぐに俯く、何か悪い事でもしてしまったかのように。

「そ、そっか……アリガト……」

 だがそんな態度とは違って、礼を言ったその声色は、暖かな感情で満ちていた。


 俯いて、黙ってしまっているヨリの前で、アレスは食べながら困っていた。

(また俺は……何かやってしまったか……)

 もはや味はしていなかった。会話の流れを必死に思い出すが、自分の何がヨリを傷つけてしまったのかが分からない。家の中が一転して静まり返る。

 そんな重い空気を打ち破ってくれたのは、コンコンとドアを叩くノックの音だった。

「どちら様ですか?」

 アレスが立ち上がり、ドアを開ける。そこにいたのは不安そうな顔をしたレナだった。

「アレスさん、この間は失礼な事を言ってしまってごめんなさい……あの、ヨリちゃんは?」

「レナちゃんか、ヨリなら今――」

「ごめんレナ、今ご飯食べてたからちょっと待ってて」

 奥から返事をするヨリ、慌てて自分の食器を片付けているようだ。

「ヨリ、片付けなら俺がやっておくよ。レナちゃんを待たせちゃ悪いぞ」

「で、でも」

「いいから任せてくれ」

「……うん、ありがとう」

 ヨリは片付けを中断し、アレスに礼を言うと家から出ていく、アレスは一人でテーブルに戻ると食事を再開した。

(レナちゃんに救われたなぁ……)

 何故いつもこうなってしまうのか、だが独りぼっちで寂しく生きていた時の事を考えれば、こんな悩みを持てる今は幸せなのだろうな……とアレスはヨリが作ってくれた朝食を味わいながら考えていた。



「ヨリちゃん、大丈夫? 今日は邪魔しないつもりだったけど、ヨリちゃんの魔力が急に乱れたから、心配になって来ちゃった」

「……ごめんね、心配かけちゃって……アタシ馬鹿だからサ」

 ヨリの目と声には涙が滲んでいる。

「アレスさんに、何か言われたの?」

 自身も泣きそうな顔でレナが尋ねる。

「違うよ、アレスは何も悪くないんだ……アタシの料理……やっと食べてもらえたんだ……やっと……」

 そう、アレスの好物を作ったのは偶然ではない。ユリアが集会でいなくなるのを分かっていて、大分前からレナに習い練習し、食材も昨日町で用意したものだった。

「じゃあ、どうして?」

「美味しいって……言ってくれたんだ……それで……アタシ嬉しくて……つい聞いちゃったんだ……」

 それはヨリにとって最低で、最悪な一言。

「お姉ちゃんのより美味しい? って……アタシ……それ聞いて喜んじゃったんだ……お姉ちゃんより上手って言ってくれて……喜んじゃったんだよ……」

 レナは無言でそっとヨリを抱きしめる、レナはヨリの気持ちを知っていた。置かれている環境も当然理解している。ヨリの複雑な胸中も、また理解している。だからこそ、ヨリへ対するアレスの態度に我慢ならない時があるのだ。たとえアレスは何も悪くないのだとしても。

「そうだヨリちゃん、気晴らしに町へでも行こうよ? まだ朝の馬車も出る前だしさ」

「うん……」

 レナはヨリを落ち着かせながら村の入り口まで連れて行く、馬車に乗って港町エルネポートに行くためだ。二人は何かとエルネポートへ出かけていた。エンデ村には何もなくてつまらないからだ。エルネポートには戦士ギルドがあり、金も稼げるうえ飲食店も服屋もある。ヨリはたとえ辛い事があっても、レナと町で遊んでいる時はそれを忘れることが出来た。



 そしてここはその港町エルネポート、多くの店などが並ぶ街の中央付近。

「よぉ~やく見つかった手掛かりなわけだが、この辺をたまに通るってだけじゃねぇ……」

 ブロンド髪の背の高い女が、店の壁を背にして胡坐をかいていた。片手に透き通った赤い石のような物を持ち、もう片方の手で頭をばりばりとかいている。ズボンのベルトには水色の魔導書が四冊ぶら下がっている。通行人がちらちらと彼女を見ながら歩いて行くが、本人は一切気にしていない。大口を開けて欠伸をしていた。

(暇すぎてうっかり心臓が止まりそうになるなぁ。そこらの奴手あたり次第に締め上げてもいんだが、手掛かりがこの町しかない以上、自警団にでも目を付けられたらめんどくせーしなぁ)

 女はぼけ~っとした表情でただ手元の赤い石を見つめていた、するとその石が小さな光を発しはじめる。

「うおおっ!? マジか? いるのか? この辺にィ!?」

 女はそれを見ると大慌てで立ち上がる、凄い驚きようだ。周りの視線が一斉に女に集まる。しかしそれでも女は周りを気にしない、石を持った手を色々な方向に向けている。

「おお~? 反応が少し強くなった、こっちだな? いいぞ、面白くなってきた」

 そして石を前に突き出したまま歩いて行ってしまう、その顔に邪悪な笑みを浮かべて。


 赤い石の光に導かれるように、女は町の東へと歩いて行く、大股でかなりの速足だ。

(こっちは町の東の入り口だな? なるほど今着いたってところかぁ、だから急に石が反応を始めた! 少なくともこの町の人間ではないな?)

 あっという間に町の東門へと到着、そこには現在馬車が止まっていた。女は建物の陰へさっと隠れ馬車を見張る。しばらくすると馬車から二人の少女が降りてきた。ヨリとレナだ。

(当たりだ! 銀色のポニーテール! ここからじゃ瞳の色はワカランが多分あの娘で間違いない! やるじゃないか酔っ払い、たしかに記憶に残る素晴らしい太ももだぁ!)

 馬車から降りてきた二人は、会話をしながら町の中央方面へと向かっていく、隠れながら女は二人を尾行し始めた。

「あ、じゃあブボールさんトコの新作今日からなんだ」

「うん! 三種類のケーキだって! 三つ全部頼んで半分ずつしようよ!」

「へへ、でも太っちゃうね……」

「ヨリちゃんはいつも動いてるんだから少しくらい平気だよ、ユリアさんなんてあんなに食べてるのにスタイルいいし」

「お姉ちゃんは、特別だからサ」

 二人は楽しそうに会話をしながら歩いている、それに聞き耳を立てながら女は影から付いて行く。

(ヨリチャン? ヨリチャンというのかあの太もも少女は、青い髪のお団子頭は何者だ? 手下か何かか? あっちも人間ではないのかな? くくく)

「……ヨリちゃん、聞いて?」

 レナは突然小声になりヨリに近づいて話始めた。

「私たち誰かに付けられてる」

「……ウソ?」

「ホント、町に着いてから大きな魔力が近くにいて、私たちの少し後ろから同じ方向に向かってる。多分そこそこの魔導士」

「ごめんレナ、アタシ剣も魔導書も置いてきちゃった」

「大丈夫、そこまでの相手じゃない。私一人で十分だと思う。でも念のため仕掛けを張るから、もう少し気付かないフリしてて?」

「わかったよ」

 そう言うとレナは歩きながら目の前の空間に指で何かを描く。そして二人でしばらく歩いてから振り返り、レナは声をあげる。

「そこで隠れている人! 出てきてください! 何故私たちを追っているんですか? 五秒以内に出てこない場合攻撃します!」

 レナは大きな声でカウントを始める。5、4、3、2、1。

「行きなさい!」

 レナが声を出すと、先ほどまでレナが歩いていた場所に巨大な青いルーンが出現する。そしてそのルーンから氷で作られた人形が現れ、女が潜んでいる物陰に突撃、ガシャアアンという巨大な音が町中に響く。レナとヨリは走って氷の人形を追いかけた。


「やられたね、レナ」

 ヨリとレナが物陰に着くと、そこには頭をもぎ取られた氷人形が倒れていた。それ以外には誰の姿も見えない。

「これ、武器でも魔法でもないよ……単純に力で壊されてる」

 氷人形の残骸を確認しながらレナは言った。魔法の発動が近くであった場合、レナはそれを察知することが可能である。

「で、まだ近くにいんの?」

「ううん、もういない。この子を壊してから凄い勢いで離れて行った。もう私の探知範囲内にもいないよ」

「そっか、それにしてもホント便利ね、レナのその技」

「エヘヘ、でしょ?」

 レナは自身の魔力を一定のリズムで周囲に拡散し、その反射によって付近に存在する他者の魔力を察知することが出来る。これはヨリが教えたわけでもなければ本から得た知識でもない、レナが独自に編み出したオリジナルの技である。レナの魔力コントロールは天才的と言っていいほどであり、魔道具の生成だけでなく、何も無い空間に指でルーンを描く事によって、魔導書無しでの戦闘まで可能にしていた。



「ハァ……ハァ……ここまでくれば大丈夫かぁ? 顔は見られてないよな?」

 ここは町の外の平原、女は乱れた呼吸を整えている。全力で走ってきたようだ。ブロンドの髪の毛先から汗がしたたり落ちている。女は呼吸を落ち着かせると、その場にドカッと胡坐で座り込み、腫れあがった自分の手を見た。

(クソッ、手が痛い……凍傷にでもなったかぁ? 傀儡を呼び出す魔法なら珍しくはないが、氷で出来たものなんて見たのは初めてだぞ……そもそも魔導書なんて持ってたかぁアイツ?)

 先ほどの氷人形はレナが開発した魔法のひとつだ。オートで動き回りただ目標に突っ込む事しか出来ないが、触られただけでも冷気によるダメージを受けるので、けしかけられた方として非常に厄介である。氷人形に対応しようとした瞬間に他の魔法を撃たれてしまえば、大抵の戦士や魔導士は詰みだ。

(タイミング見てやっちまおうかと思ってたが、あの青髪が近くにいる時は面倒くさそうだ。ヨリチャンの方はもっと強いのかな? 生け捕りは骨が折れそうだなぁ)

 女は手に息をふーふー吹きかけながら考え込む。

(ま、焦る事は無いか。あの町の東門から馬車が出ている範囲なら住処は大分絞れるはずだし。ようやく見つかった手掛かりだ。一応ここまでの事をカーマイン様に報告しておくかぁ)

 女は立ち上がり、町へとゆっくり歩きだす。

「あ、この手じゃ痛くてしばらく手紙も書けねぇや……」



(はぁ……気が重いな)

 エンデ村のアレスの家の前、ヨリはそこで家に入る事を躊躇していた。時刻は夕方、町でレナと気分転換をした後で戻ってきたのだが、やはり家には入り辛かった。アレスはヨリの気持ちについて何も知らない、ヨリとしてもバレるわけにはいかないのだが、かといって子供や妹のように扱われるのは耐え難いものがあった。それがどうしようもなく嫌で、一人の女性として見てもらう為に、ヨリなりの努力も色々してきたが効果は無かった。そしてたまに気付くのだ、自分は最愛の姉の夫に、色目を使っているという事実に。

 複雑に入り組んだ彼女の感情は日々自身の心を抉り続けている。時間が経てばきっと、自分の中で全て整理する事が出来ると、大分前から自身にそう言い聞かせてはきたが、ユリアの妊娠が発覚してもなおヨリの感情が治まるという事は無かった。ヨリはアレスとユリアの子供が生まれたら家を出ようと考えている。恐らく自分はその子を愛せないだろうという恐怖があった。

「ただいま」

 いつまでも家の外にいるわけにもいかず、覚悟を決め帰宅する。表情を硬く作り毅然とした態度を取る。

「あ! ヨリ! おかえり!」

 家の中に入ると台所からアレスが迎える、夕飯の支度をしていたようだ。

「ちょっと待っててくれ、夕飯は俺が作るからさ。もちろんヨリの分も」

「フーン、分かった」

 思わず笑顔になってしまいそうになるが顔に力を入れて堪える。あまりヘラヘラしているのは子供っぽくて嫌なのだ、特にアレスの前では気取っていたかった。ヨリがテーブルに付いて待っていると、アレスは料理が入った皿を運んでくる。

「今日さ、普段面倒見てる子のお母さんから、キノコと野菜をいっぱい貰ったんだ。だからシチューを作ってみた! 焼きたてのパンも買ってきたぞ!」

「へぇ、シチューなんて作れたんだ」

「あまり甘く見るなよ? ユリアに作り方を聞いた事がある」

 悪い予感しかしないが食べてみる。

「ど、どうだ?」

「別に、悪かないんじゃない」

 はっきり言って美味しくはなかった。味が薄すぎるうえに、野菜の切り方が大きく火もしっかり通っていない。だがアレスが自分のために一生懸命作ってくれたという事実がとても嬉しく、シチューの味を何倍にも引き上げた。

「おおお! そうか、頑張った甲斐があったよ!」

 アレスはそう言って自分も食べ始めるが、何口か食べてから微妙だな……という顔になる、それを見てヨリは思わず笑ってしまいそうになるが堪える。二人で黙々と食事をしながら、ヨリはとても満たされた気持ちになっていた。次のアレスの言葉を聞くまでは……

「ところでさヨリ、今度生まれて来る子供の事なんだけど……」

 聞きたくない、そんな話は。顔を強張らせたヨリはどうにか返事をする。一瞬だけ胸に痛みを感じながら。

「……なに?」

「ユリアとも相談したんだけど、名前がどうしても決まらないんだよ」

 ヨリにそれを言ってどうするというのか。

「そこでさ、考えたんだけど……俺とユリアが出会えたのはヨリがきっかけだろ?」

 アレスは笑顔で、何の罪悪感もなくヨリの心を抉る。彼なりの愛情をいっぱいに込めて。

「だからヨリに……名付け親になってもらうのも良いんじゃないかなって」

「……そんな事くらい自分で決めたら? アタシに決められるわけないでしょ!」

 つい語気が強くなる、感情が隠し切れない。目を合わせる事が出来ず、そっぽを向くことしか出来なくなってしまう。目の奥が熱くなり激しい何かが吹きあがってくる。そんな姿をアレスには見せられない。

「ゴメン、アタシもういい」

 平常心を装い、どうにか一言だけ絞り出す。そして急いで自分の部屋へと逃げ込んだ。

「あ、ヨリ……」


 部屋へ逃げ込むと同時に自分のベッドへ飛び込む。布団を頭からかぶり、これでようやく泣くことが出来る。泣き声を聞かれてしまうわけにはいかず、ひたすら声を押し殺してヨリは泣く。あの時から伸ばしている長い髪を抱きしめて泣く。落ち着いてきた頃に自分の、アレスに対する酷い態度を思い出して、罪悪感でヨリはまた泣くのだ。

「ただいま帰りました~」

 ドアを開けユリアが家に入ってくる。そこにはテーブルで放心状態になっているアレスがいた。テーブルの上には食べかけの夕食が二人分、それを見たユリアは察する。

「やっぱり……『また』ですか……?」

「ああ……『また』だ……すまない……」

 こうした事がこの一家の日常になってしまっていた。




 数日後……アレスとユリアの二人はエルネポートの町を訪れていた、月に一度の夫婦水入らずのデートである。

「あなた、次は西にある喫茶店に行きましょう! 昨日ヨリから聞いたんだけどね、新作のケーキが美味しいんですって!」

 ユリアは目をキラキラさせながらアレスの前を歩いている。ヨリの話を聞いてからというもの、ケーキが楽しみで仕方なかったようだ。アレスは買い物袋を持ちながら、はしゃぐユリアを困り顔で追いかける。

「ユリア、お腹の子に触るかもしれないから、もう少しゆっくり歩いた方が良い。転んだりしたら大変だぞ」

「もう、あなたは心配し過ぎですよ」

「そんな事は無い! 君の体は今とても大切な時期なんだ! 食べ過ぎにも気を付けるんだ、ケーキは五個くらいに抑えてくれ」

「赤ちゃんのためにも栄養は取った方がいいんですー! お医者さんにもちゃんと食べるように言われてるんですよ? 二人分は食べなきゃ! 最低でも十個ですよ!」

 ユリアはぷりぷりと怒る、そこだけは譲れないらしい。

「そ、そうなのか。医者が言うなら間違いないな……すまなかった」

 夫婦喧嘩ではいつもアレスが折れて終わっていた。彼は基本的にこの姉妹には強く出られない、ユリアには惚れた弱みもあった。

「あ~あそこですね、あの店に行くの半年ぶりくらいかな? 新しいメニューは全部制覇しますよー!」

 そう言って速足になるユリアをアレスは慌てて追いかけていく。そんな二人を物陰から監視する視線がある事に、二人は気付いてはいなかった。



 夕方になり、アレスとユリアは町の東門付近にある馬車に乗り込もうとしていた。数年前からエルネポートとエンデ村の間には馬車が行き来するようになった。朝、夕に各1往復である。基本的には荷物や手紙などを運ぶ馬車なのだが、金を払えば人間も荷台に乗ることが出来た。こちらは主に行商人やエンデ村の人間が利用している。ヨリとレナは特に常連だ。

 エンデ村に帰還するため、アレスとユリアが代金を払い馬車の荷台に乗り込むと、そこには見慣れぬ女が先に乗り込んでいた。胡坐で座っていた女は、馬車に入ってきたユリアの顔を見るとニヤッと笑う。ユリアはそんな女に気さくに話しかけた。

「こんにちは、エンデに御用ですか? 行商人さんって感じじゃなさそうですけど……」

「ンン? いやぁちょっと探し物をしていてね。この馬車の行く先そのものにはあまり興味が無いんだぁ」

 女は低めの声で答えた。いやらしい笑みを浮かべている。

「旅の方のようですね、一体何を探しているんです? この馬車の行き先は何もない村ですよ」

 アレスが少し警戒しながら会話に割って入る、女の腰のベルトに魔導書が付いているからだ。水色の魔導書が四冊。胡坐をかいて座っているため正確には分かり辛いが、女はアレスよりも身長が高そうだ、服装もどう見ても商人や町人ではない、探索や戦闘に向いた動きやすい恰好をしている。見慣れない、異質な雰囲気。

「ン~人というかモノというか、動物に近いのかなぁ? 凄い力を持った珍獣みたいな?」

 女は相変わらずニヤニヤしながら曖昧に答える。そんなやり取りをしていると馬車が動き出した、女のブロンドの髪が揺れるもニヤけた表情はそのままだ。見ていると妙に不安になってくるような嫌な笑顔だった。

「あ、珍しいものを探す冒険者さんなんですね。確かに見た感じそんな感じです~」

 ユリアは気さくな態度を崩さない、アレスは警戒した方が良いと思ったが、女の目の前で声に出してユリアに伝えるわけにもいかず黙っている。

「フフ、まぁそんな所かなぁ。お二人はこの先の村に住んでいるのかな? もしかしてヨリチャンという太ももが素敵な少女とお友達とか?」

「まぁ、ヨリのお知り合いですか? ヨリは私の妹ですよ」

「ああ、そうなの、やっぱりねぇ……フフ。ヨリチャンにはむしろ私の方がお世話になったのだよ? あの時はブッたまげたもんだぁ」

 ユリアと女は楽し気に会話を続けている、アレスも流石に考えすぎかと警戒を緩めた。ヨリの知り合いだという言葉に少し安心してしまったのかもしれない。

 ヨリとレナの二人はしょっちゅう村を抜け出して何かをしていたようなので、妙な知り合いがいたとしても不思議ではなかった。ヨリの事を思い出しアレスは少し暗い気持ちになる。子供の名前について話した日から、まともに会話をして貰えなくなってしまっていたからだ。

 どうにかして会話をするきっかけを作ろうと、今日はヨリへの誕生日プレゼントも買った。ユリアに頼み共に選んだクシだ。以前旅をしていた頃、好きなものを買ってやるとアレスが言った時に、ヨリがクシを欲しがった事を覚えていたからである。ヨリになんて言ってクシを渡そうかなどと考えているうちに、時間は経過していく――


「ところで、なんだがぁ……町を出発してそこそこに時間も経つわけだ、が。今この馬車は村まで後どのくらいの所まできているんだい? 外の景色はずっと平原ばかりだが……」

 女がユリアに質問をする、村までの距離が知りたいらしい。

「う~ん、今村と町の丁度中間くらいですかね。今まで乗っていた時間と同じくらいで村に着きますよ」

 ユリアがそれに明るく答える、女はそれを聞くと立ち上がり体をほぐし始めた。

「中間ねぇ、そりゃあいい。じゃあこの辺かなぁ?」

「この辺に何かあるんですか?」

「いんや何もない、何もないからいいのさ。町からも村からも離れているなら、余計な邪魔も入らないだろうし、な?」

 女は体をほぐし終わるとユリアに近づく。

「いや騙して悪かったね、私の探し物は実はもう見つかっているんだよ。なぁ? 『龍』のお嬢さん?」

 それを聞いた瞬間ユリアの顔から血の気が引く、女はベルトに付けた魔導書の一つに右手を触れさせ、その手で素早くユリアの首を掴んだ。

「バブルプリズン!」

 ユリアの首を掴んだ女の手から巨大な泡が出現しユリアを包み込む、ユリアは一瞬にしてその泡に閉じ込められてしまった。

「ユリアァ!」

 アレスがユリアの異変に気付き声を上げ、立ち上がり近づこうとするも間に合わない。女の次の行動を許してしまう。

「ハハハ! さぁ開戦だぞ龍! 存分に暴れろォ!」

 女は泡に包まれたユリアを走っている馬車の外に蹴り飛ばす、その直後に自分も飛び降りた。数秒遅れてアレスも馬車から飛び降りる。アレスが追ってきた事を確認し、女はユリアからさっと離れる。アレスは一目散にユリアへと駆け寄っていく。

「ユリア! ユリア! 大丈夫か!? なんだこの魔法は!?」

 アレスは懐から短剣を取り出し泡を裂こうとするが泡は破れない、ユリアも自身を包んでいる泡を破ろうと中から必死に叩くが泡はびくともしない、その様子を少し離れた所から観察していた女は首をかしげる。

「アレェ? おかしいなぁ、これくらいの拘束魔法はすぐに破ると思ったが……手加減してるようには見えないし、化け物に変身! とかしないのかな?」

 訝しがる女にアレスは振り返り怒鳴りつける。

「何を訳の分からない事を言っている! 今すぐこの魔法を解除してユリアを解放しろ!」

「嫌だよぉ? せっかく捕まえたんだからさ? こんなに簡単に捕まるとは思わなかったけどね。化け物と一戦やらかす覚悟だったが、拍子抜けだな?」

「もう一度だけ言う、今すぐにユリアを解放しろ。でなければ斬る」

 アレスは持っている短剣を女に向ける、女はそれを見て再びニヤけた顔に戻った。平原の真ん中で対峙する二人、アレスと女の戦いが始まる。




































































































































次回、謎の女とアレスの戦いが始まります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ