第四章 生贄の小屋
とある山の中、そこには名前すらない小さな村があった。辺りには深い霧が立ち込めており、少し先に何があるのかさえ分からない有様だ。地元の人間でさえ霧の濃い日は外出を避けていた。
村の中心には小川が流れており、ここに住む者達にとっての生命線となっている。その小川のほとりに、一人の少女が座り込んでいた。少女の茶色い長髪はぼさぼさになっており、所々ほつれていたり、小さな穴が開いた着古した服を着ている。
深い霧が立ち込める、小川のほとりで、少女は水の流れをじっと見つめていた。その目には涙を浮かべながら……
「リノ!」
少女の後ろから一人の少年が声を掛ける。少年は少女に輪をかけてボロボロの恰好をしており、その手には木刀が握られている。よく見れば彼は傷だらけだ、喧嘩でもしてきたのだろうか?
「え……ハンスくん?」
少女は驚き、慌てて涙を拭って立ち上がり、少年に振り返る。そして少年の酷い恰好に気付き、再び驚きの声をあげる。
「どうしたのその恰好!? は……はやく手当てしないと……」
「そんなことはどうだっていい!」
少年は大きな声をあげる。怒気と悲しみと、悔しさを滲ませたような……そんな声だった。
「リノ、聞いたよ君の事……『生贄の小屋』に行くんだろ?」
「うん……村の会議でそう決まったんだって……」
「どうして!? どうして君がそんな所に行かなきゃならない!? あいつらはクズだ! 自分達が助かりたいばかりに君を犠牲にしようとして……」
それを聞いた少女は笑顔に変わる。
「ありがと、ハンスくん。私なんかのためにそんなに怒ってくれて……でもね? 何もできない、誰の役にも立てない私が、唯一みんなのために出来る事なんだって。私怖いけど……ちょっとだけ誇らしいんだよ?」
「僕は認めないぞ……いくら村のためだからって、こんなの絶対間違ってる! 絶対に、絶対に間違ってる!」
少女は静かに泣き始めてしまう、少年の怒りがただただ嬉しかった。少年はしばらくその涙を見つめていたが何か、意を決したような表情で落ち着いて語り始めた。
「リノ、よく聞いてほしい。僕は君の事が好きだ」
え……と呟いて少女は少年の目を見る。その目はひたすらにまっすぐで、強い決意と想いを感じさせる。少女の返事を待たずに少年は続けた。
「でも僕は弱い……君を助ける事も、連れて逃げる事も出来やしない、あのクズ共に君の痛みのほんの少しですら与えてやる事が出来ない。だから……待ってて欲しいんだ、強くなるから、僕は絶対に強くなって、君を迎えに行くから!」
それだけを言うと少年は振り返り、走り去ってしまった。
「ハンスくん……」
少年の後姿を霧が覆い隠しても尚、少女はその背中を見つめ続けていた。
「まずいな、だんだん霧が濃くなってきたぞ……」
剣を背負った黒髪の剣士、アレスが後ろを歩く二人に振り返らずに話しかける。
「こういう時ってサ、迂闊に動き周らない方が良いんじゃないの?」
その少し後ろを歩く魔導士の少女、ヨリが返事を返す。彼女は腰に下げた魔導書を左手で持ちながら、周囲を気にしつつ歩いている。
「そうですね……万が一にも山道から離れてしまうのは避けたいですし……」
謎の女性、ユリアが最後尾から声を出す。いつもの三人だ。
三人は現在港町ランドラードへと向かう旅の途中である。彼らは今山を登っていた。この山を抜ければ目的地は目と鼻の先だ。しかし突如発生した濃い霧が三人の行く手を阻む。
「かといって、この山の中で夜を迎えてしまうのも出来れば避けたいな、今のところ魔物の姿は見えないけれど油断は出来ない。危険な野生動物や山賊に出くわす可能性もある。これ以上視界が悪くなる前に早めに抜けよう」
「え、これ以上ペース上げるの? アタシはいいけどお姉ちゃん大丈夫?」
「が……頑張るわ! お姉ちゃんを信じて、ヨリ」
「えっと……その……いざとなったらユリアは俺が背負うよ、嫌じゃなければだけど……」
「ア……アレスさん……ありがとうございます」
「フン、じゃあ大丈夫だね。さっさと行くよさっさと」
三人は徐々にペースを上げていく、しかし霧はどんどん濃くなっていくばかりだ。三人は不安な気持ちを抱えながらも黙々と足を進める。
しばし歩くと、それまでの狭い山道から急に開けた場所に出る。そこには古い作りの山小屋がぽつんと建っていた。
「やった! ラッキー! ねぇ二人とも、今日はもう無理しないであそこで休んで行こうよ」
ヨリは山小屋を見つけたとたんに、喜びの声をあげ走って行ってしまう。
「待つんだヨリ、一人じゃ危険だ。山小屋の中に何がいるかも分からないんだぞ」
アレスとユリアもヨリを追いかけ走り出す、しかしヨリは足を止めずに真っ先に小屋に辿り着くと、勢いよくそのドアを開けた。
「へへ、いっちばーん」
山小屋の中に入り辺りを見回す。テーブルに椅子、一人用のベッド、奥には小さな台所があるようだ。山小屋というよりは民家だろうか。テーブルの上にはランプがあり、明らかに誰かが住んでいるような気配。
「誰かの家かなぁ? 勝手に入っちゃって悪い事しちゃった……」
「ヨリ! 大丈夫か?」
アレスが焦った様子でヨリを追いかけて小屋に入ってくる、こういった山小屋は魔物や山賊の住処になっている事もあるのだ。心配するのも当然である。
「はぁ……ヒィ……やっと追いついた……」
最後にユリアが入ってきてドアを閉める、完全に息が上がってしまっているようだ。ずっと体を鍛え続けてきたアレスと、生まれながらの肉体派であるヨリに対して、普通の女性並みの身体能力しか持たない彼女が二人に付いていくのは大変な苦労を伴う。
「どちら様ですか?」
「うわぁ!」
いきなり声を掛けられ驚く三人、声の主は小屋の奥の薄暗い台所から現れた。
「び、びっくりしたぁ(あそこさっき見た気がするけど人なんていたっけ……)」
「驚かせちゃってゴメンね? 私存在感薄いからよく人をビックリさせちゃうんだ」
声の主がゆっくりと歩いて近付いてくる、その正体は茶髪の少女だった。ヨリと比べると少し年上に見える。
「私の名前はリノといいます、皆さんは何故こんな所へ? というかよくこの小屋を見つけられましたね?」
住処に勝手に侵入されたというのに、リノと名乗った少女はとても気さくに声を掛けてくる、他人と会話出来る事を喜んでいるような気配すら感じさせた。
「リノさんというのですね、私の名前はアレスといいます。すみません、勝手に家に入ってしまった事は謝ります」
「アハッ、そんなに丁寧にしなくていいですよお兄さん。どうせここには私一人ですし気にしないでください。それより皆さんのお話が聞きたいな……」
リノは三人にやたら興味を示してくる、怒られて追い出されてしまう事も覚悟していたが、ここまで歓迎されてしまうというのもそれはそれで妙だ。
とりあえず三人は床に座り、自己紹介と山に入った経緯をリノに説明した。
「そうだったのですね、この山はよく濃い霧が出るんですよ。何も見えなくなってしまうので、村の人でも霧が出た日は外出しません」
「村? この辺に村があるの?」
「うん、ここから少し下りたところに私が生まれた村があるんだ」
「う~ん……地図にはそんな村載ってないな……」
付近の地図を広げてアレスが唸る。
「名前もない小さな村ですからね……地図には載ってないかも……」
「リノはさ、なんで故郷の村が近くにあるのに、こんな所に一人で住んでるの?」
「ヨ、ヨリ……あんまり突っ込んじゃ悪いわよ……ごめんねリノちゃん?」
ユリアがリノに謝る。少女が一人、村から離れたところで住んでいるなど、碌な事情がない事を察したからだ。
「アハッ、気にしなくていいですよ? ここはね……生贄の小屋なんです」
リノは何処か楽し気に身の上話を始める、しかしそれはとても笑顔で聞いていられるような話ではなかった。
「この山には守り神様が住んでいるんです。でも守り神様は気性が荒いお方で……私たちの村では十年に一度、守り神様に村の娘を差し出すという決まり事があるんですよ。そうしなければ村が危険なんです」
そこまで聞いて三人は既に何かを察して険しい表情に変わる、リノは相変わらず軽い調子で話を続けた。
「差し出される事になった娘は、この小屋に一人で生活することになるんです。ここは守り神様の通り道だから、身を清めてひたすらここで守り神様を待ち続けるんです。」
「ちょっと待ってよ! じゃあリノはその神だか何だかに殺されるために、こんな所に独りぼっちでいるっていうの!? アンタの家族や村の連中は何考えてんのよ! 女の子一人犠牲にしてでも村が助かればそれでいいってワケ!?」
「ちょ……ちょっとヨリ、落ち着いて……」
立ち上がって怒鳴るヨリをユリアがなだめる、それを見ていたリノはさらに機嫌を良くして語る。
「ありがと、ヨリちゃん。私なんかのためにそんなに怒ってくれて」
「な……なんでそんなに嬉しそうなのよ……」
「だってヨリちゃんったら、私の大好きな人と同じ事言って怒るんだもん」
リノはとても嬉しそうな笑顔でヨリを見つめる、ヨリを通して過去の出来事を見ているようだ。それはリノにとってとても大切で美しい思い出なのだろう。
そんな彼女の様子を見ていたら、一人で熱くなっているのもバカバカしくなってしまいヨリも再び座る。
「あっ、そうだ! みなさん今日は泊って行かれますよね? 今丁度食材を切らしちゃってて何もないんですよ、私ちょっと取ってきますね」
リノはパチンと手を叩き、何かに気付いたような動作をして立ち上がる、部屋の奥に行って出かける準備を始めてしまった。
「あっ、待ってリノ、アタシも手伝うよ。っていうか霧凄いけど大丈夫なの?」
「うん、私なら大丈夫」
それを聞いてアレスとユリアも慌ててリノを追いかけていく。
「ちょっと待つんだリノちゃん、話を聞いてる限り霧以外にも外は危険だよ。俺たちも手伝う」
「もっと私たちの事頼ってくれてもいいのよ? 私はいてもあまり役には立てないけど……」
「アハッ、お兄さんもお姉さんもありがとう。でも私なら本当に大丈夫! 三人はここで待ってて、ね?」
リノは本当に何も恐れていない様子だ。霧も守り神もまるで気にしていない。
「アタシは何が何でもリノに付いていくからね? アレスとお姉ちゃんはここで待ってて」
ヨリがアレスに目配せする、アレスは黙って頷いた。そのままリノとヨリの二人は出て行ってしまう。
「アレスさん、守り神って……」
「ああ、恐らく魔物だよ。ヨリが付いていれば接近に気付いて逃げる事も出来ると思う」
「リノちゃん……このまま放っておくことなんて出来ないですよね……」
「ここを出ていく前にどうにかして倒そう、ヨリも同じ気持ちだ」
アレスとユリアは二人で決意を固める、あんな少女を生贄にするなど許せるわけがない。
いつ守り神が接近してきても気付く事が出来るよう、ユリアは精神を集中し警戒を欠かさない。アレスもすぐに動けるように、体をほぐしながらヨリとリノを待つことにした。
「お兄さんもお姉さんもすごく良い人だね、ヨリちゃんが羨ましいな」
取った山菜を籠に入れながらリノがヨリに話しかける。
「へへ、まぁね」
ヨリはそれに対して笑顔で返す、大好きな二人を褒められるのは嬉しい。
「あの二人は恋人同士なの?」
大した事でもないようにリノは質問を投げかけた、手伝いで山菜を集めていたヨリの手が止まる。
「違うと思う……たぶん」
その様子を見て何かを察したような態度になるリノ。
「ごめんね、ヨリちゃん。嫌な質問しちゃった」
「え、別にいいけど……」
「ヨリちゃんはさ、アレスさんの事が好きなの?」
またもやストレートな質問が飛んでくる、ヨリにとってはこちらの方が答え辛く黙ってしまう。もちろんアレスの事は好きなのだが、それを答えるのが妙に気恥ずかしい。リノの言う好きと自分の考える好きでは意味が違うのだろうなとヨリは考えた。
「ふ~んそっか、そういう事か」
ヨリは黙っていただけなのだが、リノは何故か勝手に納得しはじめた。
「そういうリノはどうなのサ、いるの? 好きな人」
仕返しだとばかりにヨリは答え辛い質問を投げ返す、それを聞いたリノはヨリの方を向きニマ~っと笑って答える。
「いるよ、大好きな人」
「そういやそんな事小屋で言ってたっけ……どんな奴?」
「すごくすご~くまっすぐな人! ちょっと怒りっぽくてすぐケンカしちゃったりするんだけど、私には優しいんだ。私の事好きだって言ってくれたんだよ? あの時は嬉しかったな……」
「へェ、両想いなんじゃん。恋人同士ってやつ?」
それを言うと今度はリノが黙ってしまう
「ゴメン、アタシの方こそ嫌な事聞いちゃった?」
「ううん違うの、私ね、その人に自分の気持ち、伝えられてないんだ。生贄の小屋に来る前の日にいきなり言われて、それだけ言うと何処かに行っちゃって……本当はすぐに追いかけて伝えなきゃいけなかったんだけど、私口下手で意気地無しだから」
「そう? リノってお喋りだと思うけどな」
「それはヨリちゃんの前だからだよ。大切な時になると……その人の前だと特にダメなんだ……あの時の事……ずっと後悔してるんだ」
その場の空気が急に重くなっていくのをヨリは感じていた。リノの激しい後悔と悲しみがその空気を通して伝わってくるような、それほどまでに彼女の雰囲気は変わってしまった。
「口下手か……あ、そうだ」
そう呟くと、ヨリはスカートのベルトに付いていたポーチをあさり、何かを取り出した。
「じゃ~ん、レターセット」
ヨリが取り出したのは、綺麗な花柄の刺繍が入ったお洒落な封筒だった。
「わぁ、可愛いね。なぁにそれ?」
「こういうの見た事ない? 封筒と便箋がセットになってるんだ」
そう言って封筒の中に入っている便箋を見せる、便箋にも封筒と同じ綺麗な装飾が施されていた。
こういったお洒落なレターセットに自身の想いを綴り、意中の相手に渡すというのが町の若い女性の流行であった。ヨリは普段こういった物にはあまり関心を示さない、だがウォーレンの図書館で仲良くなったお姉さんが、町を離れる時にひとつくれたのだ。
「口で上手く伝えられない事でもサ、手紙なら大丈夫なんじゃない? これあげるよ」
そう言ってヨリはレターセットを手渡す。リノは珍しいものでも見るかのように、まじまじとレターセットを観察する。そして明るく笑ってヨリに礼を言った。
「ありがとう、ヨリちゃん! どうしよう、こんな素敵なもの貰っちゃって……私何もお返しできるものないよ」
「お返しなんていらないって、泊めてもらえるだけでもこっちの方が世話になっちゃってるのにサ。こんなので喜んでもらえるなら安いくらいだよ」
「そんなことない……こんな……こんなに素敵なもの貰ったの……私初めてだよ……」
リノはレターセットを胸に抱きかかえると、涙を流して泣き始めてしまう。
「ちょっと、大げさだってば……こんなの町に行けばいくらでも売って……う~んまいったな」
静かに泣くリノの前でヨリは困ってしまう、同年代の友達がいたことがないヨリにとって初めての状況だった。
泣きやまないリノを前になんと声を掛けるべきか、ヨリがそんな事考えていると――
「なっ!? なに……コイツ……」
ヨリの体に戦慄が走る、圧倒的な力を持つ魔族の気配に体が咄嗟に動かない。
「これが……『守り神』……?こんな化け物がこの山にいたの……」
近くに凄まじい怪物の存在を感じる、そしてその近くには最愛の姉の気配もあった。その二つの気配は山小屋、リノの住んでいた生贄の小屋から発せられていた。
「リノ! あんたはしばらくここにいて! 小屋には戻ってきちゃダメ! やばいのがいるから!」
それだけを一方的にリノに告げると、気配のする方へヨリは全速力で走っていく、恐らく今この化け物とアレスが戦っている。何を置いてでも助けにに向かわなければならない。そう考えると、自然と恐怖の呪縛からヨリの体は解き放たれていた。
「ヨリちゃん……」
静かに泣いていたリノは、黙ってヨリの背中を見送っていた。霧の中に消えていくその背中を……
ヨリの耳に巨大な金属音が連続して届く、音の発生源はそう遠くない。アレスが戦っているのだ。その場所を目指しヨリは全速力で霧の濃い山を駆けていく。
(間に合って……間に合って……)
愛しい二人の顔が浮かぶ、二人の事を考えれば考えるほどヨリの体は限界を超えて動く。そしてヨリはついに山小屋の前に辿り着いた。
「アレス! お姉ちゃん!」
「ヨリ! 来ちゃ駄目よ、逃げて!」
ユリアが叫び、ヨリが辿り着くと同時に、アレスは血を吐き地面に崩れ落ちた……
「アレス!」
ユリアの逃げろという叫びもヨリの耳に入ることは無く、体中の骨を折られ血をまき散らし、剣さえもへし折られたアレスの姿がヨリの視界を支配する。ヨリの頭は真っ赤に染まり、対象への攻撃以外の選択肢を奪う。
「うあああああああああああ」
狂ったようにファイアを対象に撃ち続けるヨリ。ヨリの説得を諦めたユリアはアレスに近付き、彼の体に手を当てる、すると彼女の手は緑色の光を発し、その光はアレスの傷を徐々に癒していった。
「はぁ……はぁ……」
疲労からヨリの手が止まる、そして爆炎と霧の中からその対象はゆっくりと現れた。
シルエットは人間とそう変わらない、頭、胴体、腕と足が左右に一本ずつ。体格は並みの成人男性より少し大きい程度、体は真っ黒な鎧のような皮膚に覆われ、足や手の指先は刃物のように尖っていた。
唯一特異なのはその頭部であり、口は大きく裂け、目は鋭くツリあがり、鼻が前に突き出ている、凶暴な獣のような形をしていた。
「くそ……コイツが……『守り神』か」
守り神はファイアの直撃をくらい続けたにもかかわらず、まるでダメージを受けていなかった。そして拳を握り構えると……ヨリの視界から"消えた"
「え……?」
次の瞬間音を立ててヨリが横に吹っ飛んだ、殴られたのだ。ヨリはそのまま地面をバウンドしながら吹き飛び、生えていた木に激突して地面に落ち、一撃で気を失う。アレスが通用しない相手にヨリが単独で立ち向かえるはずも無かった。
「ヨリィ!」
ユリアが再び叫び声をあげる、その目には涙が滲んでいた。ヨリに止めを刺すべく守り神が歩いて近付く、それを見たユリアは両者の間に駆け込み、ヨリを守るように両手を広げた。
「あの子を殺すのなら、まず私からにして下さい!」
その時、ユリアは自分のすぐ後ろから何者かの声を聞いた。
「お姉さん、大丈夫ですよ。こちらから手を出さなければ、その人は大丈夫」
「リノ……ちゃん……?」
守り神は足を止め、何やら呟きながら虚空を見つめていた。
「ド……コダ……ドコ……ニ……イル……」
そしてふらふらと、霧の中にその姿を消していった……
「リノちゃん……? あなたどうして……」
「お姉さん、そんな事よりお兄さんとヨリちゃんの手当てをしましょう。まだ助かるかも……」
「え、ええ。そうね」
ユリアは我に返ったようにはっとなると、リノと二人でアレスとヨリを小屋の中へ運び入れる。幸い二人とも息はあった。
守り神が拳で戦っていなければ、両者とも確実に死んでいたはずだ。武器の有無というのは戦闘においてそれほどまでに影響が大きい。
守り神が爪も牙も使わなかった理由は分からない、握り込んだ拳のみで戦う魔物など通常は存在しない。
「良かった……ヨリは大した事ない、問題はアレスさんね」
両手を二人にかざし、手先を緑色に光らせユリアはそう呟く、ヨリの傷は既に綺麗に修復されており、アレスの傷も徐々に塞がっていく。
「お姉さんは神様ですか?」
隣でその様子を見ていたリノが、首をかしげてユリアに声をかけた。
「か……神様……?」
ユリアはこの能力を人前で使ったことはあったが、神と疑われたことは流石に無かった。
「人間じゃ……ダメかな?」
悲しみの混じった笑顔でリノを見るユリア、その声にはほんの少しだけ怯えも入っていた。
「いえ、良いと思います」
それだけ答えると神妙な顔でリノは黙る。そういった反応もまたユリアにとっては初めての事だった。まるでユリアの心を感じ取り気を使われているかのような態度。
「お姉ちゃん……リノ……アレスは?」
ヨリが目覚めたようだ、横になった姿勢のまま問いかけてくる。
「大丈夫、アレスさんも無事よ。だからあなたもまだ寝てなさい?」
ユリアが安心したようにヨリに優しく語り掛ける。ヨリはそれを聞くと、よかった……と呟いて再び目を閉じた。
「他人に自分を知られる事が……怖いんですか?」
ヨリの頭を優しく撫でながら、リノはユリアを見ずに聞いてくる。ユリアは聞かれた瞬間に体をびくっと反応させ、少し間を置いてから答えた。
「……うん、怖いよ」
「そうですか……でも、お兄さんとヨリちゃんならきっと……大丈夫だと思いますよ」
そう言ってリノはユリアを安心させるように微笑む。ユリアの秘密も、恐れも全て知っているかのように……ユリアにとって、その姿は妹と同年代の少女にはとても見えず、老成した大人のような、まるで母親であるかの様に映り、返事すらも忘れその笑顔に魅入られてしまっていた。
翌日、ユリアの力によってアレスとヨリは無事に復活、だが一同の間では重い空気が流れていた。
「まさかあそこまで力の差があるとはな……甘く見ていたよ、ヨリとユリアがいてくれなければ完全に殺されていた……」
「むぐむぐ、まぁいひひへんらからほはっははん(まぁ生きてたんだから良かったじゃん)」
「むほほーおいひぃ~、りのひゃんしゅごいねぇ~」
そこまで重くも無かった、彼らにとって死にかける事はそう珍しい事でもないのだ。
時刻は現在昼過ぎ頃、三人は今目覚めたばかり(二人を治療していたユリアも深夜にダウンした)でリノが用意してくれた食事を摂っていた。
昨日から何も食べていなかった三人の為に、リノは朝早くから野生動物や山菜を探し回り大量の食事を用意してくれたのだ。
「次が出来ましたよ! もっともっと食べてくださいね」
そう言いながらリノが新しい料理の入った皿を三人の前に持ってくる。そして空になった皿を持ち再び台所に戻って行く。
「りのははへらいろ?(リノは食べないの?)」
ヨリが尋ねると台所から大きな声でリノが返事を返す。
「私は朝食べたから大丈夫だよー!」
「リノちゃん今ので良く分かったな……目の前にいてもなんて言ってるか分からないのに……」
「ゴクゴク……プハッ、そんな事よりあいつとどう戦うかを考えようよ」
「ああ……と言ってもなぁ、俺の剣は折られてしまったし……仮に万全だったとしても正面からの戦いでは通用する気がしないな……」
守り神とアレスの戦力差は絶望的だ。昨夜の戦いで力、速さ共に桁違いである事を嫌というほど思い知らされてしまった。アレスは仮に父ロアンが生きていたとしても守り神には及ばないのではないかと考えている。
「そんな弱気でどうするのサ、ってアタシの魔法も効かなかったんだよなぁ……」
ファイアを十発以上撃ち込んだが、まるでダメージが入っていなかった事を思い出す。加えてあのスピードだ、あれでは仮に通用する威力の魔法を扱えたとしてもそもそも当てることが出来ない。ヨリの才能を持ってしてもあのレベルの敵と戦うには十年は早いだろう。
アレスとヨリは黙り込んで戦法を考えるが答えは出ない。小屋の中が静まり返り、奥でリノが洗い物をしている音だけが聞こえる。最初に口を開いたのはユリアだった。
「一つだけ手段があります……」
「お姉ちゃん……(皿が全部綺麗になってる……)」
「ユリア……(俺の分まで無くなってる……)」
ユリアは立ち上がり、口を綺麗に拭くとアレスを見つめ、何かを決心したようにその策を話す。
「アレスさん、ヨリ、私ね……傷を治したり魔物を探したりすること以外に……まだ出来る事があるの」
「そうなのか! 教えてくれユリア! どんな事が出来るんだ?」
「流石お姉ちゃん! もったいぶらずに早く教えてよ」
とても軽く爽やかな二人の反応にユリアはキョトンとしてしまう。隠していた事を責められたり、正体を怪しまれたりする事を恐れていたからだ。ユリアは傷を治す能力ですら、緊急時以外は人前では決して使おうとしなかった。自身の正体について質問されることをいつも怯えていた、妹のヨリに対してもそれは例外ではない。
「二人とも……私の事……変だって思わない? 普通じゃないって」
恐る恐る二人に聞くユリア。アレスとヨリは互いに顔を見合わせてから笑いあって答える。
「だって、お姉ちゃんだし」
「なぁ? 俺はもう空を飛べると言われてもユリアなら驚かないよ」
「で、なんでそんな事が出来るかってのは答えたくないんでしょ? アタシらもう分かってるから」
二人の言葉に思わず胸と目が熱くなる、二人はユリアの事をとてもよく理解してくれていた。何も語らない、何も言えない弱い自分を受け入れて寄り添ってくれていた。ほんの少し勇気が持てなかっただけで、そんな事にも今まで気付くことが出来なかった。ユリアは少しだけ目を手で拭ってから話始める。
「うん……ごめんなさい……私変な事聞いちゃった。じゃあ教えるわね、もう一つの私の力について……」
そんな三人の様子を、小屋の奥からリノが嬉しそうに窺っていた。
そして1時間ほどが過ぎ。現在アレス、ヨリ、ユリア、リノの四人は、未だ深い霧に包まれた山の中を突き進んでいた。目標は守り神の根城、山中にある洞窟だ。その存在はリノが教えてくれた、場所も分かるというので現在三人は案内を頼んでいる。ある程度近付く事が出来ればユリアが探知可能なのだが、それでも霧の深い山中を歩く危険は大きく、三人を案内すると言ったリノの提案を受け入れたのだ。
「捉えました! 昨日と同じ巨大な気配です」
突然ユリアが声をあげる、能力の圏内まで接近出来たようだ。
「やった、リノ! 危ないからリノはもう帰りなよ。念のため目印を付けながら歩いてるから、アタシ達だけでも山小屋には帰れると思うし」
「せめて洞窟の入り口までは案内させて? 私だってヨリちゃん達の事心配なんだもん」
リノはそう言うとペースを上げてどんどん先へ進んで行く、一人で帰るつもりはまるで無いようだ。
「方角が分かっても、この霧の中で目的地まで辿り着くのは大変そうだし、ここはリノちゃんに甘えよう」
アレスがヨリを説得する、二人に言われてはとヨリは渋々納得した。そうこうしている間に、目的地の洞窟入り口へ到着する。
「じゃあ、私はここで待ってますね」
洞窟の入り口で、リノは三人に振り返ると笑顔でそう言った、相変わらず不思議な余裕を持った少女だ。
「よっし、待ってなよリノ! アレスとお姉ちゃんがズバーンとやっちゃうからサ」
まるで自分の事のように自信たっぷりに言い放つヨリ。
「よし、行こう。ユリア」
「はい、アレスさん」
アレスはユリアの手を取り洞窟に入っていく、その姿はまるで夫婦のようだ。ヨリはその後ろを付いて行こうとする、だがヨリが洞窟に少し入ったところでリノに小声で呼び止められた。先程までのリノの態度とは打って変わって、寂しそうな顔で……
「ヨリちゃん、あのね……」
「ん? どしたの?」
「うん……実はね……ヨリちゃんにお願いがあって……」
「なんだよ水臭いな、何でも言いなよ!」
「アハッ、ありがと」
ヨリの言葉を聞き元気付けられたのか、リノの顔は見慣れた笑顔に変化する。
「ヨリちゃん、私と……お友達になってくれないかなぁ?」
それを聞くと、ヨリはニカッと笑顔を作って元気よく返した。
「な~に言ってんの! アタシ達とっくに友達でしょ!」
「うん! ありがと! ヨリちゃん!」
「ヘヘ、アンタさ……たとえ守り神倒せても、今更村には戻り辛いんじゃない? もしそうだったらサ、アタシ達と一緒に行こうよ!」
それだけ言うとヨリは振り返って洞窟の奥に駆けていく、リノはその背中をずっと見つめていた。今までで最高の笑顔で……
洞窟に入り、少し進んだ先には巨大な空間が広がっていた。天井には所々亀裂が入り、そこから陽の光が差し込み空間を明るくしている。空間の地面には、巨大な生物の骨か何かがバラバラに散らばっている。
その中央に、守り神はいた。姿は昨夜と何一つ変わらない。アレスとユリアがその正面に手を繋いだ状態で立つ。
「アレスさん、準備はいいですか?『同化』行きますよ!」
「ああ、いつでも大丈夫だ!」
ユリアは目を瞑り精神を集中しはじめた。ユリアの体が緑色の光に包まれ、徐々にその光と融合する。そしてユリアと融合した光は、繋いだ手を伝いアレスに流れ込んでいく。アレスの黒い髪は姉妹と同じ銀色に変わり、瞳は赤く染まって行く。ユリアの姿は消滅し、完全にアレスと一体化した。ユリアと同化し、変化したアレスの体は緑色の強い光に包まれていた。
『アレスさん、聞こえますか? ユリアです』
頭の中にユリアの声が響いてくる。
「大丈夫、聞こえているよ」
『手を前にお願いします、私が剣を作り出します!』
「頼む!」
アレスは胸の前あたりに手を出し、何かを握るような形を作る。するとそこに光が集まり、緑色に光り輝く光剣へと変化した。
「よし! これなら行ける!」
光剣を構えるとアレスは凄まじいスピードで守り神に接近する。その身体能力は完全に人間を超越していた。圧倒的な速さと威力の光剣を守り神に対して振り下ろす。しかし守り神はその攻撃をギリギリで回避し後ろへ飛んだ。
「グッ……」
アレスが腹を抑え少しよろける、守り神は敢えてギリギリで攻撃を回避しアレスの勢いを利用、腹に対して拳打を加えながら下がったのだ。
『アレスさん、すぐに治癒しますね』
「ありがとう、ユリア……」
腹の痛みはすぐに引いていく、ユリアと融合しているからこそ出来る高速再生だ。守り神は少し距離を取った状態で大きく足を開き、左手をアレスの方に突き出し、握りしめた右の拳を胸の前に置いている。
そんな守り神の構えを見たアレスは何かを確信したように声をあげた。
「昨夜から薄々感づいてはいたんだ、でも今の攻防と構えでハッキリと分かった! 守り神、お前は……いやあなたは『元人間』だ!」
昨夜の時点で確信を持てなかったのは、あまりの実力差に守り神はほとんど技を使わなかったからである。魔物というのは生まれ持った力や速さ、爪や牙などを武器とし、高い戦闘能力を持つ代わりに、自身を鍛えるという事はまずしない。武術を生み出し、習い、その技を研磨するのは人間の戦士のみだ。守り神は間違いなく人間の生み出した技を扱っている、それも達人と呼んでもいいほどの精度で。
人間が武道家用の武器として開発した、握り込んで扱うツメを持っていれば、既にアレスの腹を抉り飛ばしていたはずだ。守り神は明らかにそういう動きをしていた。
「敵ながら尊敬するよ。それだけの技はとても一朝一夕で見に付くものじゃない。何年も何年も、血の滲む様な鍛錬を繰り返したはずだ。一体あなたが何故そうなってしまったのかは分からない、だがあの少女を生贄になどさせるわけにはいかない!」
その言葉に、守り神は大きな反応を示した。
「イケ……ニエ?リ……ノオオオオオオオオ!!!」
突如絶叫し、アレスに襲い掛かる。先程までの落ち着いた動きとは打って変わって、力任せの大振りな攻撃を繰り出し続ける、それが幸いしどうにかアレスにも攻撃を捌くことが出来た。
「凄い……アレスもあいつも、動きが全然見えないや」
追いついてきたヨリが離れたところで二人の攻防を見ていた。既に自分が介入出来るレベルの戦いではない事を悟り静観の構え。
(なんて激しい攻撃なんだ……だがおかげで技のキレが死んでいるぞ!)
どれほど研磨し、研ぎ澄まされた技であっても、それを扱う心が乱れてしまえば、それは途端に切れ味を失ってしまう。守り神が大きく腕を振り上げ、振り下ろした拳を避けながら、アレスはその胴体を真っ二つに切り裂いた――
ドシャアと音を立てて切断された守り神の上半身が地面に落ちる。
「やった! アレスが勝ったぁ!」
見ていたヨリが歓喜の声をあげ飛び上がる、ヨリの方を向きアレスは笑顔を見せ親指を立てた。そして仰向けに転がった守り神の上半身に近付き話しかけた、寂しげな表情で。
「何があなたをそんな姿に変えてしまったのかは分からない……だが以前のあなたはそれなりに名のある戦士だったのでしょう。ユリアの力を借りてなお、私は本来のあなたに勝てる気がしない」
守り神には既に聞こえていないようだった。まだ息はあるようだったが、守り神の目は、アレスではなくひたすら虚空を見つめ、小さな声で何やら呟いていた。
「アア……ア……リ……ノ……ソコニ……イタンダ……ね……迎えに……来たよ……ずっと探して……」
守り神の体は次第に煙を上げ溶け始める。その体はあっという間に消えて無くなってしまい、守り神の上半身が横たわっていた場所には、空の鎧が転がっていた。
「これは……魔道具……か」
その鎧にはルーンがびっしりと描かれていた、恐らく彼を魔物化させてしまったのはこの鎧が原因だろう。人間に力を与える代わりに、その体と心を侵食し魔に堕とす魔道具、聞いたことは無いがありえない話でもない。
やがてアレスから緑色の光が離れ横に集まりだす、次第にその光は人の形を成していき、ユリアの姿を実態化させた。
「お姉ちゃん!」
ヨリが嬉しそうに駆け寄って行く。
「ヨリ!」
姉妹で抱き合い喜びを分かち合う
「凄いよ! アレスもお姉ちゃんも! あんな強い奴に勝っちゃった!」
ヨリは大喜びで二人を交互に見る。
「うん、私もこんなに上手く行くとは思わなかった。アレスさんのおかげね」
「え? それは逆だよ、ユリアがいなきゃ俺は何もできなかった」
「もう! 二人が凄いって事でいーじゃん! どっちがいなくても成り立たないでしょ!」
三人はそれぞれで顔を見合わせ笑い合う、その姿はとても強い絆で結ばれた家族のようだった。
「ね、帰ろ? リノが待ってるよ」
「そうだな、彼の事は気になるけど……考えていても仕方がない」
「これでもう、リノちゃんは生贄になんてならなくていいんだものね♪」
三人は洞窟の出口へと向かい歩き出す、しかし……
「リノー! リノ! どこ~? あれ?」
洞窟の出口にリノの姿は無かった、先に帰ったのかな? とヨリは考え三人で山小屋を目指す、来る時に目印を付けておいたのが役に立った。さらにあれだけ濃かった霧も綺麗さっぱり無くなっていた、そうして三人はリノが住んでいた山小屋へと帰還した……
「どう……いう事……?」
ここは山中の少し開けた場所である、リノの住んでいた生贄の小屋がある場所だ。洞窟へ来る前に付けた目印もある。守り神に殴られヨリが吹っ飛び、激突した木も確かにある、彼女がぶつかったせいで木の皮が少しむけている。だがそこに"山小屋などは無かった"そこにあったのは……屋根が無くなり、壁は崩れ、床は穴だらけの、過去に小屋だったと思われる『廃墟』だ。小屋に置いてきた三人の荷物だけが外に綺麗に纏められていた。
「どういう事なの!? 何なんだよコレ!」
ヨリは完全に混乱している、だがアレスもユリアも答えることが出来ない。彼らにも意味が分からないのだ。
「リノ! リノ! どこにいるの? 隠れてないで出てきてよー」
ヨリが廃墟に入って叫ぶも返事はない、今にも抜けそうな床がギシギシと鳴っている。その時ヨリが廃墟の中に何かを発見する。
「こ……これって……」
朽ち果てた白骨死体だった、死後何十年も経過しているようでその骨はボロボロだ。しかしヨリを驚かせたのはその白骨死体の傍に落ちていたものだった。
「レター……セット……アタシが……あげた……」
それは確かに、リノにプレゼントしたはずのレターセットだった。廃墟に転がる朽ち果てた白骨死体には、とても不釣り合いな、綺麗で可愛い装飾の入った封筒。ヨリは慌ててそれを拾うと中身を確認した。
「何か書いてある……」
震える手で中に入っていた手紙を取り出し、呼吸を荒くしながら、書いてある言葉を確認する――
『お兄さん、お姉さん、ヨリちゃん、騙してしまってごめんなさい。そしてありがとう、苦しみ続けていた、私の大切な人を救ってくれて……おかげで私もようやく共に逝く事が出来ます。それからヨリちゃん。このレターセット、とてもとても嬉しかったです。いつかあなたがこっちに来る時は、必ず迎えに行くからね? その時はヨリちゃんの大切な人の話が聞きたいなぁ……あなたの友達、リノより』
大粒の涙がヨリの目からぽろぽろと溢れてくる、手が震えてしまって、手紙を掴んでいられずに落としてしまう、必死で堪えようとするもその感情の奔流を止められない。
「いつかって……いつなんだよぉ……今出てきて話してくれよぉ……アタシには何も分からないよ……せっかく……せっかく友達になれたのに……うわああああああああ」
廃墟の中で号泣してしまうヨリ、後から入ってきたユリアが黙ってヨリを抱きしめる。ヨリが落とした手紙をアレスが拾い目を通した。
「アレスさん……それはいったい……」
黙ってユリアに手紙を渡すアレス、そして泣きじゃくるヨリにそっと話しかけた。
「ヨリ……ここでの事が一体何だったのか、それは俺にも分からない。だけどリノちゃんは俺たちに感謝してくれてたみたいだ。だからきっと……間違ったことはしていない」
それを聞いてもヨリの涙は止まらない、彼女の泣き声が山中に木霊する。空は雲一つない晴天で、先程まで濃い霧が覆っていたのが嘘のように、山には透き通るような空気が流れていた。
次回、三人の関係は大きく変化します。過去編もいよいよ終盤です。