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終章 胸いっぱいの想いを込めて

 



 誰かがヨリを呼んでいる、優しい男の声だ。目の前は真っ白で何も見ることが出来ない。それでも男の声だけは聞こえていた。ヨリは何かに腰かけているようだった。背もたれがある椅子のようなもの。目は見えないが、触れて確かめる事は出来る。次第に目が見えるようになってきた。ヨリを呼ぶ声もどんどん近づいて来る。

「ヨリ、ヨリ! 分かるかい? ちょっと意識を集中して、自分の体をイメージしてごらん」

 言われるがままに、自分をイメージするヨリ。次第に視界は開け、目の前にその男が現れる。帽子を被った優男が現れた。それはヨリの知っている男だった。


「ロキ……」

「おぉ? 覚えていてくれたね、いい子だ」

 ロキは笑顔でヨリの頭を撫でた。辺りを見回すと、そこは見覚えのある場所。夢の中で見たヤイネの神殿だった。

「アタシ……なんでここに……?」

 椅子に座ったまま、きょとんとした顔でヨリが尋ねる。

「それは僕が言う事じゃないかな、次に来る人に聞くといいよ。僕には僕の目的があって君に会いに来た、『ある人』の力を借りてね」

「アンタが何言ってるか分かんないよ……」

 ヨリの疑問には答えず、ロキは勝手に続ける。

「見たんだろ? 僕たちの事。というか、ペンダントに残っていたヤイネの力を借りて、僕が見せたんだけどね」

「そうだったんだ、アタシにあんなもの見せてどうしたいの?」

「ヤイネを救って欲しい」

 この質問に対してはハッキリと答えるロキ。

「無理だよ」

 ヨリも即答だった。

「龍の力を抑える方法なんてアタシは知らない、ヤイネの封印だってアンタがいなきゃ解けないでしょ? そもそもアタシはもうすぐ死ぬ」

 笑顔のまま、優しい声でロキは言う。

「救って欲しいと言ったのは、別にヤイネを元に戻してやれって意味じゃない。楽にしてやって欲しいんだ。彼女はずっとあそこに独りぼっちだ。自らを封印して、毎日のように心で泣いている。半分魔物化した心のままでね」

「魔物?」

「うん、ヨリには話しておかなくちゃいけない事だよね。龍族っていうのは、最上級の魔族の一種なんだ。大きな知性と能力を持ち、魔物の本性を封印した種族。彼らを魔王族と記していた資料もあったくらいだ。ヤイネが最後の一人だったんだけどね」

 驚きはしなかった。互いだけでなく、魔物の気配まで察知することが出来た理由もようやく分かった。ユリアはこの事を知っていたから、自分やアレスに正体を知られる事を恐れていたのではないだろうか、とヨリは思う。

「封印に関しても心配はいらないよ? 別に僕が行く必要はない。『条件と合言葉』、夢で見たんだろ? そのために過去を見せてヨリに伝えたんだから」

「アタシじゃ……無理だよ……アンタにしか……あんな条件……」

 泣き始めてしまうヨリ、ロキはそんなヨリを優しく抱きしめる。

「ヨリなら出来るさ、いやきっとヨリにしか出来ない」

 ロキはそう言うと、ゆっくりヨリから離れる。

「さぁ、立つんだヨリ。僕の話はもう終わりだ。あの階段を上がってごらん」

 ロキはヨリの後ろを指差した。神殿の真ん中には、不自然に階段が出来上がっている。椅子から立ち上がり振り返るヨリ。

「あの先ではね、『君をずっと心配していた人』が待ってる。これ以上待たせちゃ悪いよ? さぁ行くんだ」

 ヨリは言われるがままに歩き出す、階段を一段一段力強く踏みしめて登っていく。そんなヨリの背中を、ロキは小さく手を振って見送っていた。



 階段をヨリが上がりきると、何故だか山の中に出た。不審に思い、上がってきた階段を確認しようとするも、そこには何もない。山の中は明るかったが……何故か深い霧が出ていた。

「ヨーリーちゃーん」

 何処かで聞いた覚えのある少女の声がした、霧の中から誰かが歩いて近づいてくる。その少女は、ヨリの心に焼き付いていた姿のまま現れる。あの時と、何も変わらない姿で。それはヨリの初めての友達。

「リノ……」

「アハッ、ヨリちゃん久しぶり! おっきくなったね~」

「リノ!」

 それは霧の山に存在していた、生贄の小屋の少女、リノだった。思わず走り寄って手を握る。出会った頃はリノの方がやや大きかったが、既にヨリの方が身長が高い。

「もう……なんで急にいなくなったんだよ……びっくりしたじゃんか……」

「ごめんねヨリちゃん、本当はじっくりお別れしたかったんだけど、ハンス君の事も面倒見てあげなきゃだったから……」

「へへ、大切な人とは会えたんだ……気持ちは、伝えられたの……?」

 もちろん! と笑い、リノはヨリの手を引いて歩き出した。何処かへヨリを案内するように。

「私が頑張ったんだから、次はヨリちゃんの番だよね~? 手紙でとか言うのは無しだよ? 詳しい話は次に会えた時、たっぷりと聞かせてもらおうかな!」

 顔だけをヨリに向け、歩きながらリノは笑顔で言った。

「相変わらず喋るね、アンタ……」

 頬を染めながら恥ずかしそうにヨリが言う。リノにそう言われると、なんだか大した事のないように思えてくる。昔と変わらず、不思議な包容力を持っている少女だった。


「アタシ……まだ生きてるのかな?」

 気になっていた事をリノに聞いてみた、ロキやリノと会って話しているのだ、自分は既に死んでいるのではないかという疑問があった。

「大丈夫、ヨリちゃんはまだ生きてるよ。なんとか……だけどね。肉体が限界を迎えて、魂が抜けかかってる。だからこそ私たちが、『あの人』の力でヨリちゃんをこっちに引っ張り込めたんだ」

「こっち……?」

「うん、説明すると長いんだけど……ここは現世と霊界の狭間、幽界と呼ばれる場所。中間地点みたいなものかな?」

「このまま……アタシの事もそっちに連れて行ってくれないかな?」

 その言葉を聞いたリノは足を止める、優しく微笑んでヨリに尋ねた。

「どうして?」

「もう……辛いんだよ……あんな思いをしながら生きていくのは……楽に……なりたいよ……」

 泣き出してしまうヨリ、リノは背伸びをしてヨリを抱きしめた。

「私はね、ヨリちゃんに何もしてあげられない。何も言ってあげられない。それが出来るのはあの人だけだから……だからね? 私の素直な思いを伝えるよ? 生きて、ヨリちゃん。私はあなたにまだ生きていて欲しい、最後の時までその命で歩いていて欲しい」

「リノ……」

 しばし抱き合う二人、ヨリはずっと涙を流していた。やがてリノはヨリを離し、再びその手を引いて歩き始めた。

「でもびっくりしちゃったなぁ、ヨリちゃんすっごくカッコよくなってるんだもん」

「……へへ、ありがと。本当は泣いてばっかりなんだけどね。そっちじゃ歳は取らないの?」

 涙を指で拭いながらヨリが返す、少し落ち着いたようだ。

「そんなことないよ? ちゃんと大人になれる。姿を自由に変えられるから、今はヨリちゃんと出会った時の格好だけどね」


 霧の中を歩きながら、二人で他愛のない雑談をする。リノとのお喋りを続けているうちに、ヨリの心はどんどん軽くなっていった。ユリアが死んでからというもの、ずっと張りつめていた心が、和らいでいくのをヨリは感じていた。

 二人で霧の中を歩いていると、一つの小屋が見えてきた。リノが住んでいた生贄の小屋だった。そこでリノは足を止め、ヨリから手を離し、生贄の小屋を指さして話す。

「着いたよ、ヨリちゃん。あそこに向かって? 私の出番はここまで」

「リノ……嫌だよ……ずっとここにいたい」

「だ~めっ、どっちみちこの世界はすぐに消えちゃうから……それに安心して? いつかヨリちゃんが本当にこっちに来る時には、必ずまた来るから……それにあそこでは、『あの人』がヨリちゃんを待ってる。『あなたを一番愛していた人』がね」

 リノはヨリの背中をそっと押した、頑張って……と小さく呟いて。



 背中を押され、何度もリノの方を振り返りながら、ヨリは歩いて行く。生贄の小屋の前まで来ると、何故か懐かしい匂いを感じた。ドアに手をかけ、ゆっくりと開き中へと入る……

 そこは見慣れたヨリの家だった。エンデの村で、家族三人で暮らしていたあの家。テーブルの椅子には、一人の女性が腰かけてこちらを見ていた。美しい銀色の髪に赤い瞳、その人物が視界に入った途端、ヨリは駆け出していた。

「お姉ちゃん!!!」

 そこにいたのは最愛の姉、ユリアだった。ユリアは飛びついてきたヨリをどうにか受け止め、頭と背中をさする。

「久しぶりだね、ヨリ……あれ? そうでもないかな?」

「お姉ちゃん……ごめんね……アタシ……アタシは……お姉ちゃんに酷い事……」

 ヨリは号泣しながらユリアに謝り続ける。ユリアはヨリを抱きしめながら落ち着くのを待っていた。ヨリが一通り想いを吐き出し終わるのを待ってから、ユリアはヨリをテーブルの対面に座らせ、話始めた。

「ごめんね、ヨリ。あなたを楽にしてあげようと思って言った最後の言葉が……逆にあなたを追い詰めてしまった……」

「そんなことないよ……アタシの方こそ……ずっとお姉ちゃんを裏切ってきたんだ……嫌な事ばっか考えて……最低な事ばっかり考えて……」

 それを聞いたユリアは険しい顔になる。ヨリはユリアのそんな顔を見たの初めてだった。

「ヨリ、それは間違ってるわ。いい? 例え相手が何処の誰だって、人が人を好きになるというのは素晴らしい事なのよ」

 ヨリは涙を流しながら聞き入っていた。

「あなたに良くないところがあったとするなら……それはあの人に抱いた感情じゃなくて、受け入れられない事を恐れて、私を理由にあの人から逃げてしまった事」

「お姉ちゃん……」

 ユリアはいつの間にか笑顔に戻っていた。テーブルの上に身を乗り出し、ヨリの額に手を置く。

「私はねヨリ、あなたに『勇気』を持ってほしい。あの人と、自分の気持ちから逃げないで欲しい。最後に少しだけ時間を作ってあげる。だからお母さんを助けてあげて? あなたにならきっとできる……あなたの名前には……『そういう願い』が込められてるんだから……」

「おねえ……ちゃん……」

 ユリアの手から緑色の光が溢れ、ヨリを包んでいく。その暖かな光に抱かれながら、ヨリの意識はあるべき場所へと還って行った。




 ヨリは目覚めた。その瞳から涙は既に消えている、体も軽い、飛び上がるように元気良く立ち上がる。ここはドラクロア山にある、オーランが住んでいた山小屋。隣ではまだアレスが眠っていた。その様子を笑顔で見ると、ヨリはドアを開け外に出た。ヨリの体を朝日が照らす、外に飛び出し全身で風を感じた。そのまま大きく深呼吸をする。

「……いい天気だな」

 雲一つない空を見上げ、思わず笑みがこぼれる。

「よ~し! やるぞぉ!」

 気合を入れ、手で前髪を少し整える、後ろの髪の毛も縛りなおした。その場で準備運動を始め、最後に頬を叩く。

 そうこうしている間に、アレスも起きて外に出てくる。しかし様子がおかしい、ヨリを見つめ固まってしまっている。

「お! アレス! おはよ!」

 ヨリが笑顔で元気良く挨拶をした。アレスはまだ信じられない、と言った様子でヨリを見て固まっている。次第に涙を浮かべ、口を開く。

「ヨリ……か、髪が……目も……」

「これ? ヘヘヘ……昨日夢でさ、お姉ちゃんに会えたんだ。めそめそすんなって怒られちゃって……」

 後ろで縛った長い髪を掴んでアレスに笑いかける。

「これはね……勇気出せって、お姉ちゃんが持たせてくれたんだ」

 ヨリの髪は美しい銀色に戻っていた、その銀髪が朝日に照らされて輝く。瞳も宝石のような赤に戻っていた。もう何年もアレスに見せていなかった、満面の笑みでニカッと笑う。

「そうか……ユリアが……良かったな……ヨリ」

 アレスの涙はどんどん溢れて止まらない、ヨリはそんなアレスに元気よく駆け寄ると、大声で話しかける。

「まだ終わりじゃないよ? これは一時的なものだから、時間が経てばすぐに戻っちゃう。だから早くヤイネのところに行かないと!」

「あ、ああ……そうだな……」

「ヤイネの封印を破るにはアレスの協力が絶対に必要なんだ! それにアタシから伝えなきゃ行けない事もあるし……だから、サ……アレスもしっかりしてよね!」

「俺に出来る事があるのか? 何でも言ってくれ! 何をすればいい?」

「それは必要になったら話すよ、ここじゃ……その……なんか言い辛いし……」

 俯いてもじもじし始めるヨリ。

「よく分からんが……ヨリについて行くよ」

「うん、お願いね。こっからはアタシがアレスを守ってあげるからサ! 行こ!」

 アレスの手を取り、体を気遣いながらヨリは山を登っていく。目指すはヤイネの神殿。二人の旅はようやく終点に辿り着こうとしていた。



 場所は変わり、ここはドラクロア山のふもと。背中に大剣を背負った大男が、山へ向かって歩いている。男はウェーブのかかった青く長い髪を垂らし、まるで爬虫類のような眼をしている。全ての元凶、カーマインだ。

「止まれ、カーマイン」

 ローブを着た長髪の男がカーマインを呼び止める。ロキの弟でヨリの名付け親、オーランだった。

「貴様か、オーラン。龍は見つかったのか?」

 にやけた顔でカーマインは尋ねた。オーランにその意思がない事は分かっている。

「龍の居場所などを知ってどうする? 貴様は今からここで死ぬというのに」

 オーランがローブを脱ぎ、その姿が明らかになる。体中にベルトをいくつも巻き付けており、そこには切り取られた魔導書のルーンが大量に付けられていた。両手の手袋にもルーンが描かれている。その姿を見てカーマインは歓喜する。

「ハッハッハッハッハ! ここでやる気か! いいぞ! そうでなくてはな! だからこそ我は貴様が好きなのだ、オーラン!」

 初めてカーマインに挑んだ時のオーランはとても弱い男だった。実力だけを見るならば、間違いなくカーマインは部下になど誘っていない。しかしカーマインがオーランに惹かれたのはその殺気だった。何が何でもカーマインを殺すという強い意思に惚れ込み、生かして部下にした。その後オーランはカーマインに何度も挑戦するもその度に敗北、しかし一戦毎に必ず腕を上げてくるオーランは、いつの間にかカーマインの部下たちの中でも随一の使い手に成長していた。

「今日こそは確実に貴様の息の根を止めてやる。そのためにこの数日間、方々を周り準備をしていたんだからな」

「ククク……たしかに今日は普段とは違ったものを感じるな……何か理由でもあるのかオーラン」

 少し間を置いて、オーランは答える。

「今までは……兄の仇討ちだけが貴様を殺す目的だった。だが事情が変わってね。増えたんだよ」

「増えた?」

 オーランは少し笑みを浮かべて続ける

「可愛い姪の仇討ちもそこに加わった、それに今日は……俺と同じ過ちを犯そうとしている! 馬鹿な娘のために時間を作ってやらねばならん!」

 叫ぶと同時に、オーランは両手を別々のルーンに触れさせる。

「アースクラッシュ!」

 オーランが地面に手を置くと、巨大な地震が発生しカーマインの足元を割る。カーマインは横に飛んでそれを回避、オーランはすかさずもう片方の手を向けカーマインを追撃する。

「シルフィード!」

 巨大な風圧の壁がカーマインを弾き飛ばした、しかしカーマインはこれを大剣で防ぎ致命傷を避ける。カーマインは着地の瞬間に地面を強く蹴り、オーランへと向かって行く。大剣を持ち、鎧をまとっているのが信じられないほどのスピードでオーランへと迫る。

「ウォーターウォール!」

 オーランとカーマインの間にある地面が盛り上がり、巨大な水の壁を発生させた。流石にカーマインも足を止める。次の瞬間水の壁は一瞬で弾け、水蒸気へと変わる。

「ぬぅ、視界が」

 視界を奪わたカーマインの後ろに、オーランは既に回り込んでいた。

「ボルトスピア!」

 雷によって生成された槍を振り下ろす。カーマインは振り返り、大剣によってオーランを迎え撃った。一瞬切り結び、オーランの体が真っ二つに切り裂かれる。しかし切り裂かれたオーランの体は水蒸気へと変わって広がる。水で生成された傀儡であった。

「ククッ……どこだ……オーラン」

 楽し気に辺りを見回すカーマイン。次第に足元の巨大な影に気付き、顔をあげる。空中には……家一軒飲み込んでしまえるほどの、大きな炎球が浮いていた。その炎球の上に立つオーラン。

「エルン・ファイア……これで死ね! カーマイン!」

 炎球をオーランが踏みつけ、カーマインへと向かって落下を始める。カーマインは大剣を大きく振りかぶると、全身に力を込めた。

「ぬぅん!」

 カーマインが全力で大剣を炎球へと振るう、その衝撃波によって空中で大爆発を起こす炎球。その後地面に着地したオーランの前に立つカーマイン。

「クハハハハハ! 楽しィ! 楽しィゾォオーラン!」

「くっ……化け物め……」

 両者の戦いは激しさを増していく……



 ヨリとアレスは手を繋ぎ、山の中を進んでいく。アレスの残った左手をしっかり握って、ヨリが少しだけ前に出て歩く。その横顔は昨日までとはまるで違い、明るく自信に満ちていて、何処か楽しそうだ。アレスはそんなヨリを見て、初めて出会った頃の彼女を思い出していた。いつも元気いっぱいで駆け回り、よく笑い、時に泣く。生まれて初めて人に笑顔を見せたのも、彼女が初めてだったかもしれない。いや、見せたわけじゃない、笑顔にさせられたのだ。

「なぁ……ヨリ」

 何となく、声を掛けた。特に何か用事があったわけではない。ただヨリの元気な声が聞きたかった。

「なぁに? アレス」

 少しだけ顔をアレスに向けて、ヨリが返事をした。それは間違いなくあの頃のヨリだった。何も変わらない、アレスを笑顔に変えたあのヨリだ。

「すまない、何でもないんだ。何となく……ヨリと話したくて」

「え~? なんだよそれ」

 クスっとヨリは笑った、釣られてアレスも笑う。ヨリとこんなやり取りをしたのは何年ぶりだろう。止まってしまっていた二人の時間が動き出したような、そんな幸せな気持ちに包まれた。

「もうすぐ着くよ、あとちょっとだけ頑張って」

 ヨリがペースを上げた、アレスも足を庇いながらどうにか付いて行く。


 次第に開けた場所へ出た。そこには花が咲き、風が抜け、朝日が差し込んでいる。中央付近には石作りの、あまり見ない様式の建物があった。建物の近くまで二人は歩き、やがてヨリは足を止める。アレスから手を離し口を開いた。

「ここだ、この建物の地下にヤイネの住んでいた神殿があるんだ」

 立ち止まったアレスより数歩建物に近付いて、ヨリは手を前に出した。するとそこには赤く、透明な壁のようなものが現れる。

「これか……ヤイネの封印は……」

 それはヤイネが神殿に張った結界だった。結界は神殿をドーム状に包み込んでいる。ヨリが触った途端に、赤い光を放って侵入者を阻む。そしてその光は、結界に触れるヨリの手に集まり始めた。

「この光はヤイネの……そっか、アタシの心を探ってるんだ。ロキを……『あの想いと言葉』を待ってる……」


 ヨリは結界に触れながら独り言のように呟いている。アレスには何の事だか分からない。黙って見ているしか出来なかったが、ヨリは一旦結界から手を離し、その場でくるっとアレスに向き直って話始めた。

「これがヤイネの結界。これを使って、暴走する自分をここに封印したんだ。誰も傷付けないように、誰にも利用されないように」

「結界を解くにはどうすればいいんだ……ヨリが来たことを伝える方法が何かあれば……」

「アタシが来たことを伝える方法はないけど、この結界には解除の条件と合言葉があるんだ」

「知っているのか? ヨリ」

「うん! ヤイネはね、夫だったロキにだけ、この結界を解除できるようにしたんだ。その条件は……」

 少し言い淀んでから、何か覚悟を決めたようにヨリは続けた。

「その条件は……ロキが……ヤイネに向けていた感情……その想いだけで心を一色に染めて、その言葉を口に出す事……」

 それを聞いてアレスは黙る。それはきっと、アレスがユリアに向けていた感情と同じもの。

「アレス!」

 ヨリが大きな声を上げる。

「何も考えないで! 疑わないで! そこで、まっすぐにアタシを見ててね!」

 言われるがままヨリを見つめるアレス、ヨリが何をしようとしているのか分からなかった。ただ黙って見つめる。


 ヨリは結界の方に体を向けると、大きく深呼吸をした。次に縛っていた髪をほどく、銀色の髪がその場に広がる。そして結界に右手を当て、ゆっくりと……アレスの方へと振り返る。朝日に照らされ、長く美しい銀色の髪が、輝きながら流れる。目に少しだけ涙をため、左手で胸のペンダントを強く握り、天使のような微笑みを浮かべながら、彼女はアレスの瞳をまっすぐに見つめその言葉を伝える。たった一つの想いだけで、胸をいっぱいにしながら……


『……愛してるよ……』


 ヨリが触れていた結界が……光の粒子となって溶けていく、ヨリは笑顔のまま涙を流して、少し俯いた。一方アレスの時は止まっている。その言葉の意味を理解した瞬間に、過去の出来事が走馬灯のように流れていく。ユリアとの結婚を伝えた時のヨリの様子、三人で暮らし始めてからのヨリの不自然な態度、理解不能だったヨリの怒り、いつの間にか髪を伸ばし始めていた理由、全てのピースがその言葉で繋がっていく……


「いつから……なんだ?」

 最初に出てきた言葉は、それだった。あの時……ヨリがアレスに投げかけたものと同じ質問。

「初めて……会った頃から……」

 ヨリは頬を赤く染め、恥ずかしそうにそっぽを向いた。二人の間を風が通り抜けていく。

「お……俺は――」

「ま、待って!」

 何かを伝えようとしたアレスをヨリが止めた。

「へ、返事はサ……後でいいよ……今は……もっと大事なことあるジャン?」

 アレスと目を合わさないようにしながらヨリは言う、顔は真っ赤に染まり息は荒くなっていた。もう勇気が尽きてしまったようだった。

「そうか? そうだな……」

「そうだよ! ほ、ほら! 行こ? 結界……解けたしサ……」

 ヨリはアレスの手を強引に掴むと、引っ張るように神殿へと入っていく。誰かがそんな二人を見て笑う声が聞こえた気がした……



 二人は階段を下り、ついにヤイネの神殿へと到達する。そこには一体の石像があった。半分人の姿を、もう半分は怪物になったヤイネの石像だった。

「いた! ヤイネだ!」

 それを見てヨリが声をあげた。ヨリはアレスから手を離し走って近付く。

「ヤイネ! 聞こえる? アタシだよ! アンタに助けてもらったヨリだ!」

「この石像が……ヤイネさんなのか? ユリアとヨリの母さんか……」

 アレスが追いついてきてヨリの隣に並ぶ、ヨリはヤイネに向かって話し掛け続けている。

『久しぶりだね、ヨリ』

 二人の心の中に何者かの声が響いた。

「ヤイネ!」

「ヤ、ヤイネさんですか!? 私はアレスと申します」

『ふふふ……あの赤ちゃんがこんなに立派になって帰ってくるなんてね……結界を破ったのはヨリだね、ってことはアレス君? あなたがヨリの恋人かな』

「私は――」

「ちょっと待って! その辺今複雑だから口出さないで! アレスも答えちゃ駄目だからね!」

 ヨリが慌てて二人を止める、凄い焦りようだ。ヨリの目が凶悪にツリ上がる。

「あ、ああ、分かったよ」

『……よく分かんないけど……とにかく会えて嬉しいよ……ロキは……どうなったの?』

「ロキは……あの後すぐに亡くなったってサ、オーランの花畑覚えてる? あそこにお墓があるよ」

『……そっか、なんとなくだけど、気付いてはいたんだよね』

「それから……お姉ちゃんも死んじゃった……」

 ヨリは悲しそうな顔に変わった、アレスも俯いている。

『ユリアまで……オーランは?』

「オーランは復讐を考えてる。ヤイネ達の事、どうしても許せないみたいだから」

『そうなんだ……』

 一旦そこで会話が途切れる。少しして、ヤイネが思い出したように語り掛けてきた。

『ヨリ、ユリアがいないという事は……その……あなたの体の事なんだけれど、知っているの?』

「もう全部知ってるよ。そのためにアタシはヤイネに会いに来たんだ。どうにか出来ないかな?」

 ヤイネは少し考えてから答えた。

『方法はある。ヨリ、あなたの胸のペンダントは、私がロキに渡したものだよね? それは力を蓄えて置ける特殊な宝石が使われているの。私が石化を解いて、解放された龍の力を全開で使えば、ペンダントに大量の力を流し込んだうえで、あなたと融合させることが出来る。そうすれば……少なくとも人間としての寿命が終わるまでの間は、大丈夫だと思う』

「ほ、本当ですか! ありがとうございます! ヤイネさん! どうかヨリを助けてください!」

 それを聞いてアレスが歓喜の声をあげる。安堵から既に泣いていた。一方ヨリは少しだけ暗い顔をしている。

「でも、その直後に……アタシが始末を付けなきゃだね」

「……え?」

『ふふ、そうだね。そのまま放っておいたら私は完全に龍化してしまう。ヨリには……嫌な役をさせちゃうね』

「そ、そんな! どうにかならないんですか!? 二人とも助かる方法はないのですか!?」

『いいのよ、アレス君。そんな方法なんて存在しない。仮にあったとしても、それを探している時間なんてヨリには無い。だったら私はヨリを助けて楽になりたい』

「実はサ、その事もアタシはロキに頼まれてるんだ。ヤイネを楽にしてやって欲しいって」

『そう……あの人が……』


 ヨリは無言で魔導書を取り出し、腰のベルトに付けた。アレスは二人から距離を取る。ヤイネの石像は徐々に赤く光り出した。

『アレス君、この子をお願いね? ヨリ! 行くよ!』

 ヤイネの石化が解除される。途端にヤイネの体は音を立てて、人ではないものへと変化を始めた。苦しみながらも、ヤイネは異形なものへと変化した手をヨリの胸に当てた。ペンダントを手の平で包み込むように。

「ガアアアアアアアアアアア!」

 ヤイネの体を強い光が覆う。その光はヤイネの手を伝い、ヨリの胸のペンダントに注がれていく。そしてそのペンダントは、ヨリの体と融合を始めた。その様子を見ながら、ヨリは腰の魔導書に手を触れる。そして触れた手をヤイネの胸に……

「ヨ……リ……モウ……ダイ……ジョウ……ブ……ハヤ……ク……」

 絞り出すようにヤイネが伝える。ヨリはそれを聞き……大きな声で――

「ありがとう! もう一人のお母さん!」

「フフ……ヨ……リ……アナ……タモ……イッショクダネ……アノヒトト……オナジ……」

 ヤイネの胸に当てた、ヨリの手から魔法が放たれ、ヤイネの体を粉々に吹き飛ばした。



「ヤイネさん……ヨリを助けてくれて、ありがとうございました」

 粉々になったヤイネの破片に、アレスが跪き、深く祈りを捧げた。

「さよなら、ヤイネ。ロキとお姉ちゃんによろしくね……アタシ、あなたに貰った命を一生懸命生き抜くからね」

 ヨリもまた目を瞑り、二人目の母へと祈る。神殿の中にしばし静寂が訪れた。その静寂を一人の男の声が破る。

「素晴らしい反応だ! 貴様達が龍だな!?」

 声を聞きアレスとヨリは振り返る。そこに立っていたのは、手に赤い石を持った大男。石はヨリに対してとても強く反応していた。大男は背中に巨大な大剣を背負い、体を漆黒の鎧でまとっていた。その鎧にはひびが入っている。よく見ればウェーブのかかった青い長髪も、すこし焼け焦げているようだった。しかしその爬虫類のような眼は喜びにギラギラと光っている。オーランとの戦いを終え、石の反応を頼りに二人を追ってきたカーマインだった。

「貴様……カーマイン!」

 アレスがカーマインを睨みつける。その姿は間違いなく父ロアンを切った男だった。

「ほう、我を知っているのか? 何処ぞで会ったか?」

「俺の事など覚えているわけもないか……俺は父を貴様に切られている! ロアンという剣士だ!」

 ロアンの名を聞きカーマインの目がカッと開かれる。

「ロアンだと? あの鬼人ロアンか! 覚えている! 覚えているぞ! あの男との戦いも素晴らしいものだった! あれほどの戦士とは十年に一人出会えるかどうかだ! そうか……貴様はロアンの子かぁ!」

 さらに楽し気になりアレスを見つめるカーマイン。玩具を買ってもらった子供のようなはしゃぎようだ。

「オーランとの死闘に龍との出会い! そしてあのロアンの子と来たか! 最高だ! 今日は人生最高の日だぁ! ハーッハッハッハッハッハ!」

 その言葉にヨリが反応する。

「オーラン? そうか、オーランはアンタに負けたのか……」

「ああ、素晴らしい戦いだったぞ? あれほど心が踊ったのはロアン以来だ! さぁ! お前たちも我を楽しませてくれ!」

 大剣を構えアレスとヨリに飛び掛かろうとするカーマイン。

「クソッ、どうすればいいんだ……」

 それを見て焦るアレス、右腕を失い、足を怪我し、剣まで手放していては勝ち目など万に一つもない。仮に万全の状態であったとしても、ロアンに勝つほどの男が相手では、勝てる可能性はほぼ無かった。

「安心して、アレス」

 ヨリは落ち着いた様子でアレスにそう言うと、隣に移動し残された左手を握る。そしてその体が青い光に包まれ始めた。

「アタシね、今なら出来る気がするんだ。お姉ちゃんと同じ事」

「ヨリ!?」

「大丈夫、きっと出来る! だからアタシの事ちゃんと受け止めてね! アレス!」

 ヨリから発せられる青い光が、ヨリの体と溶け合っていく。そして光は繋いだ手からアレスに流れ込み、その体を包んでいった。アレスの髪は銀色に変化し瞳は赤く染まる、体中を青く輝く光が強く、強く覆っていた。やがてヨリの体は完全にアレスと一体化し、一人の人間となる。

「足の痛みが引いていく! これなら!」

『ごめんね、アタシの力じゃ無くなった右腕までは戻せない。だからアタシが代わりをやる!』

 アレスを包む光が徐々に右肩に集まる。右肩に集まった光は肩先から伸びていき、右腕の形を成していく、そして光は青い鱗を生やした強靭な龍の腕を生成した。それでも右腕の光は弱まらない、強く強く光り輝き、龍の腕の先に集結し、青く輝く一本の光剣を生み出した。アレスは龍の腕で光剣を握りしめ、カーマインに対して構える。

「行くぞ! カーマイン!」

 それを見たカーマインは、今までで最高の笑顔を見せた。

「クハハハハハ! その技! その腕! 間違いなく伝説の龍の力! そうか、貴様は『龍の姫に仕える騎士』だったというわけだ! さぁ、宴を始めよう! ロアンの子よ!」

 大剣を持ち恐るべきスピードで飛び掛かるカーマイン、それを迎え撃つはヨリと同化したアレス。

「うおおおおおおおおおおおお!」

『うおおおおおおおおおおおお!』

 身も心も一つになった二人が、全力でその光剣を振るう。二人の光剣とカーマインの大剣がぶつかりあい、凄まじい衝撃音を放ち山全体を震わせた。衝撃で両者の体は吹き飛ばされ距離が開く。

「ぐあっ!?」

 体制を整えようとしたカーマインが膝をついた。今の衝撃によって、オーランとの戦いで受けた傷がひろがってしまった。その隙を二人は見逃さない!

「今だ! はああああああああああ!」

『今だ! はああああああああああ!』

 強い光を身にまとい、アレスがカーマインへまっすぐ飛んだ。速度はどんどん上がって行き、その姿は光の矢のようにすら見え始める。

「来い! ロアンの子よぉ!」

 大剣を構え直しカーマインが吠えた。そして両者はぶつかり合い……その大剣と鎧もろとも、カーマインの体を切り裂いた――




 神殿からの帰り道。下山途中にある、山小屋の隣の墓の前で、ヨリは足を止めた。目を瞑り、産んでくれた母へと祈る。

「そのお墓は?」

 アレスが尋ねる。

「アタシの本当のお母さんの墓なんだ。オーラン達が作ってくれたの」

「……そうか」

 それ以上は尋ねる事をしなかった。アレスも黙って祈りを捧げる。ヨリは墓に向かって話し掛ける。

「お母さん、アタシね。みんなのおかげで、もう少し生きていられることになったよ。だから、見守っててね……」

 そしてヨリはアレスの方を向く、手を差し出して笑顔で言った。

「さ、帰ろっか、エンデにサ。レナも心配してると思うし……お姉ちゃんにもお礼を言わなきゃ……」

 アレスも笑顔でその手を取る。

「そうだな、帰ろう。ユリアの待つ……あの家に……」

 こうして二人は山を下りて帰っていく、互いの手を決して離さぬように……強く握りしめながら……



















































このお話を作った動機を最後にちょっと書いておきます。

元々自分はゲームが好きで、某同人RPGを遊んでいたところ、父親(主人公)に惚れてしまったというヒロインがいたんですよね。そのキャラがめっちゃ好きだったんですけど……その子主人公に想いを伝えられずに終わっちゃったんですよ……

そのキャラを何とかしてあげたいなぁと思って龍姫の騎士の物語が生まれました。

こういうものを書いたのは初めてだったんですけど、超楽しかったです!

読んでくれた人、ありがとう!


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