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第一章 三人の旅人

全十話の物語になります、お暇でしたらどうぞ



 照りつける太陽の下、広大な平原を歩く旅人たちの姿があった。ただそこにいるだけでも汗が噴き出すような気温の中、先頭を歩く黒髪の青年は、地図を見ながら顔の汗を拭う。少し後ろを歩いていた小さな女の子が青年に話し掛けた。

「ねえ、アレス……アタシもう疲れたよ。水ちょうだい、水!」

 女の子のショートカットにした銀髪の毛先から、汗がしたたり落ちている。ツリ目が萎れ、そこから覗く赤い瞳にも元気がない。その場にぺたんと座り込んでしまった。アレスと呼ばれた黒髪の青年は、苦笑しながらも背負っていた剣と、肩からかけていた旅人用のバッグをその場に下ろす。そして荷物の中から水袋を取り出し少女に手渡した。

「ヨリ~……私にも……私にも水を……」

 後ろからフラフラになった女性が二人を追いかけてきた。頭が前に下がりすぎて、長い銀色の髪が地面についてしまいそうだ。よく見れば整った美しい顔立ちをしているが、これでは台無しである。ヨリと呼ばれた少女は心配そうに飲んでいた水袋を女性に手渡した。

「お姉ちゃん、お願いだからこんな所で倒れないでね……」

「ううう……新婚ホヤホヤだっていうのに、こんなに情けない姿をアレスさんに見せてしまうなんて……ごめんなさい! 弱い妻でごめんなさい!」

 女性は泣いているように見えるが涙は一滴も出ていない、全て汗だ。

「ユリア……重症だなぁ。かわいそうだけど、モタモタしていて日が落ちてしまったら魔物が怖い。少しだけ休んだらすぐに出発しよう。町で聞いた話だとエンデの村までは半日も掛からないって話だし、もうすぐだよきっと……」

 結局この後も三人は何時間も歩く事になってしまうのだが……



「やぁっと着いたー!」

 ヨリが両手をバンザイさせて歓喜の声をあげる。時刻は既に夕方になってしまっていた。三人はようやく目指していたエンデの村に到着する。

「早く宿を探そう! ユリアはもう限界だ!」

 ゾンビのようになってしまっているユリアを見てアレスが焦る。

「ちぇー、相変わらずお姉ちゃんの心配ばっか」

 ほっぺたを膨らませて不満を顔に出す、だが俯いて両足をガクガク震わせている姉を見てあれじゃ仕方ないか……とヨリは真顔に戻った。


「この村……何か様子がおかしいな……」

 村の中を少し歩いた後、アレスがそう呟きながら辺りを見回す。外には人影が見えず、村は静まり返っているが、民家の中からはこちらを窺うような視線をいくつも感じる。

 その時、民家のドアが力強く開かれ、一人の青年が中から現れた。青年はその手にクワを持ち、険しい顔で三人の方へと向かってくる。姉妹を守るように、背中の剣に手を掛けアレスは前に出た。青年はアレスの前まで来ると警戒した様子で口を開く。

「あんた達、この村に何の用だい?」

「俺たちは特別何かをしに来たわけじゃない、旅の途中で立ち寄っただけだ。何を勘違いしているのか知らないが、迷惑だというのであれば今晩だけ宿を取って出ていく」

 村の青年はそれを聞くと、アレスの後ろにいる姉妹に一瞬だけ目をやり、少し表情を崩して構えていたクワを下ろした。

「いや、悪かったね。この村は今山賊団に目を付けられててさ……あんたらが奴等の使いなんじゃないかって勘繰っちまったんだ」

 それを聞きアレスも剣から手を離す、緊張を解き青年と会話を始めた。

「いえ、それなら警戒するのは当然ですね。山賊団の人数はどれくらいなんです?」

「ざっと二十人くらいはいたな、昨日村に突然やってきて……五日後までに村の食糧と金、若い女を差し出せ、出来ないなら力尽くで奪う、と告げて去っていきやがった……みんなで夜逃げでもするかって沈んでたトコにあんたらが丁度やってきたのさ」

 後ろで話を聞いていたヨリが不機嫌そうに会話に入ってくる。

「なっさけないね、あんたらそれでも大人なの?自分たちの居場所が脅かされているのなら逃げずに戦いなさいよ!」

「無茶言うなってお嬢ちゃん……この村には若い男が十人もいねーんだ、そもそもまともに武器を扱える奴だって一人もいない……俺たちだって本当は悔しいんだよ」

 そう言うと青年は俯いて黙ってしまった、拳は震え目には涙が滲んでいる。ヨリもやってしまったと言わんばかりにばつが悪そうだ。


 落ち込む青年をどうフォローすべきか、とアレスが考えていると村の中に大きな声が響いた。

「テメーらぁ! 準備は進んでんのかぁ!」

 風体の悪い男達が五人、村の入り口方面からアレス達に近付いて来ていた。大きな声で五人は会話をしている。

「んあ?こんな連中昨日いたかぁ?」

「見なかったけどなぁ」

「ゲヘヘ、見ろよこの女、良い体してやがるぜ……ツラも美人だしよぉ……よだれが出ちまう」

「同じ銀色の髪に赤い瞳、こっちのお嬢ちゃんは妹かなぁ? こっちは目付きがちっとアレだが悪かねーな」

「はっ! テメーこんなガキが趣味かよ」

 などとアレス達の目の前で下品な会話を続けている。全員汚い恰好をしておりサーベルや斧などで武装していた。

「お前達が村にちょっかいを出している山賊団か?」

 アレスが目を細め山賊たちを威嚇する、しかしそんなアレスを無視して山賊達は話を続けている。その中の一人がいやらしい笑みを浮かべてユリアに近付いた。

「ヘヘ……ねーちゃん俺たちとイイコトしようぜ?」

 と言って山賊がユリアに触れようとした、その瞬間――

「ファイア!」

 突然ヨリが右手を山賊に向け、声を発する。すると、ヨリの手の平から握りこぶし程の火球が凄い勢いで発射され、ユリアに触れようとしていた山賊の顔面を捉えた。火球による攻撃を受けた山賊は何メートルも吹き飛び、村の道に積んであった薪に突っ込む。薪を空中にばらまきながら大きな音を村中に響かせた。

「汚い手でお姉ちゃんに触んな」

 右手でグーパー運動をしながら、左手に手帳程度の大きさの赤い本を持ってヨリが言い放つ。本の表紙には魔法陣のようなものが描かれている。それを見た仲間の山賊は武器を構え、怒声をあげる。

「こ……このガキ――

 言い終わる前に、剣を抜いたアレスの横薙ぎが山賊三人の腹を一太刀で切り裂いた。

「ヒィ!? たっ、助けてくれー!」

 最後に生き残った山賊が逃亡していく、村は一瞬で静けさを取り戻した。

「一人逃がしちゃったね、でもこれで二十人が十六人になったかな?」

 一連の流れをぼーっと見ていた青年に振り返り、ヨリがニッと笑う。その笑顔はどこか得意げだ。

「兄ちゃんもお嬢ちゃんもスゲーんだな……『魔導書』なんて持っちまって、お嬢ちゃんは魔導士だったのかい」

「へへ、長く旅してりゃこれくらい身に着くよ」

 感心している青年の様子を見てヨリはさらに得意になる。褒められるのが嬉しいのか明らかに上機嫌になっていた。

 そんな彼等の様子を家の中から窺っていた村人たちが、次第に外に出て彼等の周りに集まってきた。

「頼むよ兄ちゃん! 他に頼れる奴がいねーんだ! あいつらを何とかしてやっつけてくれ!」

「うちの娘をあんな奴等に渡すわけには行かないんです! お礼なら出来る限りさせていただきます。どうかこの村をお救い下さい」

 村人たちは皆口々に助けを求めてくる。周りを囲まれてしまいアレスは動けなくなってしまう。

「まいったな……どうしよう。ねぇユリア……ユリア?お、おいユリア!」

 その時、ついに限界を迎えたユリアがどさりと音を立ててその場に倒れ込んでしまう。

「ユリア!? たっ、大変だ! とりあえず宿の部屋をお願いします! 話なら後で聞きますから!」

 ユリアを抱きかかえたアレスが、村人の案内で大慌てで宿へと走っていく。

「そういやお姉ちゃん、村に着いてから一言も喋ってなかったね……」

 少し呆れた様子で、そんなアレスをヨリが追いかけて行った。



「は~、死んでしまうかと思いましたー」

 口いっぱいに夕食を頬張りながら幸せそうにユリアは笑う、ここは村の宿の一室。外はすっかり暗くなっており虫の声が耳に心地いい。部屋の中をランプの明かりがぼんやりと照らしている。

「勢いで手出しちゃったけどサ、余計な事に首突っ込んじゃったかもね」

 ベッドの上に座ったヨリが短めの銀髪を大事そうにクシでといている、アレスと先程の事について相談しているようだ。

「でも放っておくわけにもいかないだろ? 何か策を考えないと」

「あんな連中相手に作戦なんているの?」

「一対一ならともかく、十人以上で同時に来られたら流石に厳しいな……逃がした一人が全員を引き連れて戻ってきたら厄介だ、村の人に犠牲が出てしまうかもしれない」

「へへ、そんなのアタシらでまとめて返り討ちでしょ」

 ヨリが自信ありげに拳を作る、その様子を見ていたユリアが微笑んだ。

「ふふふ……そうね、ヨリもアレスさんもとっても強いもんね!なんてったって私の妹と旦那様だもの」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね、油断はしない方がいい」

「フーン……まぁ作戦とかそういうのはアレスに任せるよ、アタシはもう寝る~」

 そう言ってヨリはクシを自分のポーチにしまう。そしてすぐにベッドに戻るとこてんと横になってしまった、要は丸投げだ。ヨリのそんな様子を見てアレスは思わず笑顔になってしまう、そこでユリアと目が合い、二人でまた微笑み合う。

 ユリアと二人でそんな幸せな気分に浸っていると、何者かに部屋のドアがノックされた。アレスが返事をするとドアがゆっくりと開かれ、昼間出会った青年が顔を出した。

「こんな時間にすまないね、自己紹介まだだったよな?俺の名はジャン、よろしくな」

 ヨリが既に眠っていることを確認したジャンは小声で喋る。

「実は村の皆からの伝言で来たんだけどさ、明日の朝村長の家で山賊団についての会議をする事になってたんだよ。よかったら兄ちゃん達も参加してもらえないかな?」

 それは恐らくどう逃げ出すかの会議だったはずだ、だがアレス達の協力が得られるとなれば話が変わるのだろう。彼等の機嫌を取る為か宿の代金も取られてはいなかった。

「分かりました、明日の朝村長さんの家ですね」

 アレスがそう返事をするとジャンの顔が明るくなる。

「いいのかい?助かるよ、明日の朝俺が迎えに来るからさ。よろしく頼むよ」

 アレスに何度か礼を言ってから、ジャンは帰って行った。ジャンを見送ってドアを閉じ、アレスはユリアに振り返る。

「危険な目にあってしまうかもしれないが……これで良かったよな?」

「ええ、もちろんです」

 ユリアは嬉しそうに微笑んでいた。


 一方その頃……ここは村から少し離れた洞窟の中、たいまつの明かりで男たちの顔が照らされている。男達は皆緊張した面持ちで、目の前にいる巨大な何かを見つめている。その何かは男たちの一人にゆっくりとした口調で問いかけた。

「で?てめーはそいつらにビビって尻尾まいて逃げ帰ってきたのか?」

 低く、腹の底から恐怖を引きずり出すようなおぞましい声。問われた男はおびえながら答える。

「で……でもよぉボス、あんなつええ剣士と魔導士がいたんじゃ、俺一人が向かっていったって……」

 言い終わった途端、男に対して巨大な斧が振り下ろされた。断末魔の叫びすら許されず、男は赤い肉塊へと変わる。周りで見ていた男達から恐怖に染まったうめき声が漏れる。

「俺様の部下に臆病者はいらねーんだ、テメーらもこうなりたくなかったら腹はくくれよ?」

 焦った様子で返事をする男達を見ながらその何かは呟く。

「それにしても馬鹿だねェ村の連中も、大人しく従ってりゃあ死ぬことはなかったろうに……恐らくその剣士と魔導士は奴らが雇ったんだな、俺達を小さな山賊団だと思って甘く見たんだろう」

 それは邪悪な笑みを浮かべ男達に何やら指示を出す、その世界は暴力と恐怖で支配されていた……



 翌朝、ヨリは宿の部屋で朝食を摂っていた、部屋には彼女が一人。アレスとユリアは村の会議のため既に出かけてしまっていた、ヨリはおいてけぼりである。ヨリとしても面倒な会議などゴメンなのだが、二人に置いていかれたのだという事を考えるとそれはそれで腹が立つ。

(暇だし散歩にでも行こうかなぁ……)

 細かくちぎったパンの最後のひとかけらを口に放り込み、椅子からぴょんと降りると着替えを始めた。慣れた手つきで着替えを済ませると、最後に愛用のポーチから小さな赤い本を取り出す。赤い本には短いチェーンが付けられており、先端の金具をスカートのベルトに引っかけ固定する。この本は魔導士であるヨリの大切な武器だ。

 準備が整ったら部屋の中で軽くストレッチを行う、体は今日も軽い。ヨリは元気いっぱいに部屋を出て行った。

 

 ヨリが宿から外に出ると、そこでは小さな女の子が座り込んで誰かを待っていた。年齢はヨリと大きく変わらないように見える、青い髪の毛を三つ編みにしていた。その女の子はヨリが宿から出て来た事に気付くと、嬉しそうに立ち上がり、小走りで近付いてくる。

「あ……あのっ! 待ってたの! 昨日見てたけどあなた凄いのね!」

「……アンタ誰?」

 ただでさえキツイ目をさらに細めながら、ヨリは訝しげに尋ねる。

「あっ、ごめんね? あたしレナっていうの、あなたとお話がしてみたくて、出てこないかなって待ってたんだ」

「フーン、アタシの名前はヨリ、よろしくねレナ」

 ヨリはパッと表情を明るくして自己紹介を返す、二人はどこを目指すわけでもなく会話をしながら歩き始めた。


「昨日のヨリちゃん凄くカッコよかったよ! 私と同い年くらいなのに、あんなに大きな男の人をやっつけちゃうんだもん! 私のお兄ちゃんがね? ヨリちゃんは魔法を操る魔導士なんだって言ってた! 私魔法なんて見たの初めて!」

 レナは興奮気味にまくし立てる。

「ヘヘ、凄いでしょ? まぁこれしか使えないんだけどね」

 と言ってヨリはベルトから下げた魔導書をちらっと持ち上げて見せる、手帳程のサイズの赤い本、表紙には黒い魔法陣のようなものが描かれている。

「これなぁに? 魔法の使い方が書いてあるの?」

 興味津々といった様子でレナは尋ねた、目がキラキラと輝いている。

「うん、正解! これはファイアーの書、火の玉を飛ばして攻撃する魔法なんだ。馬鹿な大人なんてこれ一発で倒せるよ」

「昨日見てたけど本当に凄かったよね……あれ? でもヨリちゃんもう魔法使えるのに、なんで本を持ち歩いているの?」

「これがなきゃダメなんだ、ここに変なマークが付いてるでしょ?」

 魔導書の表紙にある魔法陣を指差しながら、ヨリは解説を続ける。

「このマークは『ルーン』って言うんだけどね、このルーンに自分の手を合わせることで魔法が発動するの」

「だったらこのルーンと同じものを紙に写しておけば、私にも魔法が使える?」

「それは無理ね、ルーンはすっごい魔導士が魔力を沢山込めながら描かないといけないの。形だけ真似てもあんまし意味ないんだ。それに本物のルーンを持ってたとしてもサ、手を合わせた時に自分の魔力を通さないといけないから、そういう練習もいる」

「やっぱり大変なんだね……私には無理かなぁ」

「そこはレナのやる気次第でしょ! ちょっと見せてあげるよ」

 ヨリはレナと少し距離を取って左手に魔導書を持つ、レナに分かりやすいように、ゆっくりと右の手のひらとルーンを合わせる。するとヨリの右手はぼんやりと赤い光を放ち始めた。

「この状態で魔法が完成! あとは魔力をコントロールして放つだけね」

 ヨリは右手をまっすぐ上に向けはっと声を上げる、その直後ヨリの右手に一瞬だけルーンが出現しドンッ! と音を出して空に向かって火球が放たれた、ファイアーの魔法だ。

「ふぁ~……すごい……」

 空を見上げ、ぽかーんと口を開けてレナは感心していた。

「ファイアーみたいな基礎魔法はかなり簡単だから、レナもきっと出来るようになるよ。魔力のコントロールについては図書館に行けば練習法を調べられるし、魔導書は町の武器屋さんに行けば基本的なものは大体売ってる。安いやつでも一冊三万ディーナとかするけど……」

「三万ディーナ!? 私そんなお金持ってないよ……魔導書って高いんだね……」

「ルーンを描ける人は少ないからね……このファイアーの書もサ、アタシが魔法に興味を持ってる事を知ったお姉ちゃんが、無理して買ってくれたんだ」

 そう言ってヨリは魔導書を大切そうに撫でた。その姿を見ていたレナは察する、きっとこの本はヨリにとって姉との大切な絆なのだろうと。気軽に貸してほしいだなんて言えなくなってしまったなぁ、とレナが考えていると……

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 大きな悲鳴が二人の耳に飛び込んでくる、驚いて固まってしまっているレナ、それとは対照的にヨリの反応は早い。

「もう来たの!? 昨日の今日じゃない!」

 そう呟いた途端に声のした方向にヨリは駆け出してしまった。それを見てハッと我に返ったレナが叫ぶ。

「ヨリちゃん! 待って! いくらなんでも一人じゃ危ないよ! 待って~」

 長いスカートを手で握りながらレナもヨリを追いかけて行く。しかしヨリの足は速く、レナはぐんぐん離されて行ってしまう。

 エンデ村での死闘は、こうして幕を開ける……



「奪え! 殺せ! 女はさらえ! 俺たちに逆らったことを後悔させろ!」

 山賊団のリーダー格の男の声が響く、山賊達は各々が武器を手に村を闊歩している。頭数は十人以上だ。彼等に立ち向かう者はいない、村人達は悲鳴をあげ逃げ惑う。その様子を民家の影から窺う者が一人……ヨリだ。

 (あの人数をアタシだけで同時に相手するのは無理かな……散らばってくれれば楽なんだけど……)

 ヨリが物陰から動けずにいると、山賊の一人が逃げ遅れて転んでしまった村の少女を見つけ、大きな声を上げる。

「おい見ろよ! 女だ! 女がいるぞ! 捕まえろォ!」

「い……いや……」

 少女は恐怖で足がすくんでしまい上手く立ち上がれない、声を出した山賊の手が少女に触れようとしたその瞬間――

「ファイア!」

 ズドン! と音がして少女の目の前で横に吹き飛ぶ山賊、「魔法だと!?」という声と共にその術者に対して注目が集まる。そこには道に飛び出し、右手を突き出しているヨリの姿があった。

「こっちだクズ共! アタシが相手ンなってやる!」

 大きな声を出して山賊達の注意を更に自分へと引き付ける。ヨリは目の端で少女が立ち上がり、走り出したことを確認し、道の真ん中に移動し彼らと対峙した。やっちゃったなぁ……と内心では呟きながらも。


「オイ……今のあのガキがやったのか?」

「まさか村の連中が雇った魔導士ってあのチビかぁ!?」

「見ろよ! 生意気にも魔導書なんて持ってやがるぜ、うへへ」

 などと山賊達はざわつき始める、小さなヨリの姿を見て油断しているようだ。ヨリはその緩みを見逃さなかった。すぐに足を開き姿勢を固定、ベルトに装着した魔導書のルーンに、両の手のひらをマッチ棒に火を付けるようにシュシュッと順番に擦らせる。そして両手を別々の攻撃対象に向け……

「ファイア!」

 高速の火球が左右の手から同時に発射され、二人の山賊を倒す。

「あのガキィ!」

「やりやがったな!」

「殺せ! あいつから殺せェ!」

 残りの山賊達がいきり立ち一斉にヨリへと襲い掛かる。次弾発射の隙は無いと判断した瞬間に、ヨリは横に飛び、近くの民家へ駆け込みドアを閉めた。追いかける山賊達が乱暴にドア開けた瞬間、ヨリはルーンをタッチしながら上半身だけを反転させファイアを発射。ドアに群がっていた数人をまとめて吹き飛ばす。そして民家を駆け抜け窓から脱出、先程の道とは家を挟んで反対側に飛び出した。

(やれる! アタシ一人でもやれる! こっちから攻めなくても、このままアレスが来るまで逃げきれればアタシの勝ちだ!)

 呼吸を整えながら山賊達の次の動きを数秒待った後……

「キャアアアアーーーー」

 という甲高い悲鳴が元居た方の道からあがる、ヨリと歳もそう変わらないであろう……少女の声だった。まさか……と思い民家の脇を通り様子を窺いに行き、その光景を目にし……ヨリは戦況が著しく悪化してしまった事を知る。


「いや! 助けて! 離してぇ!」

「お嬢ちゃんさっき『ヨリちゃん助けて!』って言ってたよな? もしかしてあの魔法を使うガキの友達かい?」

 悲鳴の主はレナだった、リーダー格の山賊に捕まり真っ赤な目で泣きじゃくっている、三つ編みは解け髪が乱れてしまっていた。

(レナ……なんで追ってきちゃうかな……)

 決して優秀ではない頭を全力で回転させながらヨリは次の手を考える、しかしその時間すらも与えてはもらえなかった。

「おいガキィィィィ! 聞こえてんだろ!? 今すぐ本を捨てて出てこい! じゃねーとこのお嬢ちゃんヤっちまうぞ!?」

 リーダー格の山賊はレナの首に短剣を突き付け叫ぶ。

「待て! やめろ!」

 観念したような様子で民家の脇からヨリが現れる。

「よーし出てきたな? 本も捨てな」

 ヨリはベルトから魔導書のチェーンを外すと地面に置き、そこから離れた。

「……これで満足?」

 憎たらしそうにヨリは山賊達をにらみつける、それがこの状況で出来る唯一の抵抗であった。思わず泣いてしまいそうになるのをグッと堪える。

(アレス……何やってんだよ……はやく来てよぉ)

 心の中で泣き、必死に呼び掛けるも彼は現れない。

「いい子だ、動くなよ? オイお前ら! このガキやっちまえ」

 リーダー格の山賊が仲間に指示を出す、山賊達が下種な笑顔を浮かべながらヨリを取り囲む。ヨリは既に強がる事も出来なくなり、涙を流しながらしゃくりあげてしまっていた。

「ヒヒ……こうなっちまえばただのガキだな」

「かわいいねェ……よく見りゃツラも悪かねェ……ここで壊しちまうのは勿体ないかもな?」

「連れ帰っておもちゃにでもするかぁ? ヒャハッ」

 山賊達は口々にヨリの恐怖を煽り追い詰める、反応を楽しんでいるのだ。ヨリはついにうずくまって泣き始めてしまう。

「アレス……たすけてぇ……」


 ――その時、ヨリの後ろに回り込んでいた山賊が頭から真っ二つに切り裂かれた、切り裂いた者はすぐさま剣を脇に構え直し遠心力を利用した横薙ぎを放つ、近くにいた二人の首を同時に飛ばした。

「な……なんだテメェ!?」

 他の者たちが一斉に襲い掛かるがまるで勝負にならない、流れ作業のように一人一人を切り倒しあっという間に全滅させてしまう、彼はヨリの顔を覗き込み優しく微笑んで語り掛けた。

「ごめんな、少し遅れた。後は任せろ」

「遅いよバカァ!」

曇ってしまった自分の心が、一気に晴れていくのをヨリは感じていた。ずっと待ち望んでいたアレスの登場だ。


「身内が世話になったな」

 アレスは振り返るとレナを抱えた山賊に語り掛ける、ヨリに見せた笑顔とは一転して無表情だ。一連の流れを呆けた様子で見ていた山賊も我に返る。

「ち……近寄るな! このガキぶっ殺すぞ!?」

 慌ててレナに短剣を突き付ける、アレスは無表情のまま続けた。

「よく考えるんだな、その子を殺したらその直後にお前も死ぬぞ? しかし今すぐその子を離して村から去る、というのであれば逃がしてやってもいい」

「ふざけんな! どうせこのガキを離した瞬間に俺を殺すつもりだろ?」

「そこはこちらを信用しろとしか言えないな……だがこのままだと確実にお前は死ぬぞ? その子と心中することに意味は無いだろうし、生き残る可能性が少しでもある選択肢に賭けてみてもいいんじゃないか?」

 しばし考え込んだ後に山賊は問いかける。

「本当に……逃してくれるんだな?」

「その子を今すぐ離せばな」

 それを聞いた山賊はレナを離し、一目散に逃げ出した。

「レナ!」

 ヨリが心配そうに駆け寄るもレナは返事をしない、緊張の糸が切れ気絶してしまったようだ。倒れ込みそうになるところをヨリが支える。

「レナ……大丈夫かなぁ」

「ヨリ、私に任せて」

「お姉ちゃん!」

 ゆっくりと二人に近付いてきたユリアがレナを預かる。ユリアがレナの体に手を置くと、緑色の淡い光がレナを包みこんだ。するとレナの体の擦り傷や痣がゆっくりと消えていく。

「見たところ大きな傷は無いみたいだし、後はゆっくり休ませてあげれば大丈夫ね♪」

「ふーよかったぁ……」

 ヨリはため息をつくとその場にぺたんと座り込んでしまう。

「ヨリ……ごめんね、お姉ちゃん何もしてあげられなくて……あなたも怪我はない?」

「ん? ああ、アタシなら大丈夫! お姉ちゃんが気にする事ないよ!」

 カラっとした笑顔でヨリは答えた、ユリアはそんなヨリの頭を無言で撫でる、ヨリは嬉しそうにヘヘっと笑った。


 山賊達の死体と、気絶してしまったレナをどうしようかと三人が考え始めた矢先、唐突にユリアが何かに反応する。

「アレスさん! 魔物が近付いています。おぞましい気配を持った……とても邪悪で強い魔族です!」

「何だって!? ヨリ! その子を連れてここから離れるんだ! ユリアも! 俺はここに残って迎え撃つ!」

「ダメだよアレス一人でなんて! アタシも戦う! お姉ちゃんはレナを安全なところへ!」

 魔導書をベルトに装着しながらヨリが立ち上がる。ユリアは無茶はしないでね、と心配そうに二人に声をかけてからレナを背負って離れて行った。アレスは剣を抜き、ヨリは手足の筋肉を伸ばし戦闘態勢を整える。

「ヨリ、どこから来るか分かるか?」

「うん、あの山賊が逃げて行った方向からゆっくり近付いてくる、ここまで近付けばアタシにもわかるよ。向こうもこっちに気付いてる。」

「無理はするなよ?」

「フン、そっちこそ」

 二人は笑顔で顔を見合わせる、短いやり取りではあったが、絆を感じさせる言葉に互いの胸には勇気が湧いてくる。

「あそこの赤い屋根の家ね、あの家の裏にいる。数秒後には右側から姿を見せるよ」

 ヨリが指を差しながら言う、程なくして何者かが姿を現した。背の小さい細見の中年男である。上半身は裸で、下半身には布切れを一枚まいているだけのみすぼらしい格好だ。男の手には先程逃がした山賊の頭が握られていた。二人の近くまで歩いてくると男はニヤつきながら口を開く。

「みょ~な気配を二つ感じたんだよなぁ、小さいのとやたら強い奴だ。小さいのはそっちのガキだな? 強い方は……そこの野郎じゃあねーなぁ。ちっと離れたところにいるな? そいつが頭か、このゴミ共じゃあ勝てねーわけだ」

 無言で構える二人に男は一方的に語り続ける。

「お前らの正体に興味はねェ……どのみち生かしちゃおかねーんだからなぁ」

 ぼごっと音を立てて男の体が膨らむ、縦に、横に体中の筋肉がメキメキと発達し身長も伸びていく、全身が煙を上げながら赤く染まり、頭からはツノが突きだす、顔面は滅茶苦茶に変形し、次第に牛のような形に作り直されていく。

「アレス……これって……たしか……」

「ああ、聞いた事がある。『ミノタウロス』だ!」

 ミノタウロス、牛頭人身の上級魔族である。凄まじいパワーを持ち戦闘能力は非常に高い。身長はゆうに二メートルを超える。基本的には単独で行動することを好むが、稀に徒党を組んでいることがある。複数のミノタウロスに襲われ壊滅した騎士団なども存在する。

「グオォォォォォォ!」

 雄叫びを上げ変身が完了したことを目の前の二人に伝える、ミノタウロスが自身のツノを引っこ抜くとメキメキと音を立てて形状が変化し、巨大な斧へと姿を変えた。

「なんでこんなバケモンが山賊のケツ持ってんのよ!」

「ヨリ! 距離を取るんだ! 一撃でも貰ったら終わりだ!」

「オッケー!」

 その場でジャンプしてヨリはファイアを放つ。空中で放つ事によって魔法の反動を利用し後ろに吹っ飛ぶ、これで間合いを開けながら攻撃も同時に行う事が出来た。ヨリは経験不足を判断の速さとこういったセンスで補っている。放たれたファイアはミノタウロスの胸部を直撃……だが僅かに体を揺さぶる程度の事しか出来なかった。

(ダメージはほぼ無しね、でも一瞬なら動きを止められるな)

 初撃の手応えによって、ヨリは現在の自分が取れる最善の立ち回りを理解する。

(射程ギリギリの間合いをキープしてアレスを援護する!)

 一方アレスはまっすぐ前に突っ込んでいた、ヨリを狙わせない為である。なにより近付かなければ切ることが出来ない。ミノタウロスはファイアにイラつきながらも前進してくるアレスに斧を振り下ろした。アレスは走りながら回避しすれ違いざまにミノタウロスの足を切りつける、肉ではなく鎧にでも剣を叩きつけたような鈍い音が響いた。

「硬い!」

 薄皮1枚切り裂いただけで肉にはダメージが通っていなかった、アレスはミノタウロスの脇を通り抜けそのまま少し前進、やや距離を取った状態で振り返る。体制を整えつつ、ミノタウロスが斧を叩きつけた地面を見る。

(地面が大きく抉られている……アレを防ぐのはやはり無理だな。密着状態で袈裟斬りでも出されたら逃げられない、ある程度の距離は維持しないと……)

 ミノタウロスを挟み込む様な立ち位置で構えるアレスとヨリに、ミノタウロスが低く、重い声で話し掛けてくる。

「おめーら結構やるな?人間相手の戦いで久しぶりにメンドクセーと思ったよ」

 そう言って斧を構えなおす、一方アレスとヨリは申し合わせたかのように同じ事を考えていた。決定打が無い……と。剣が通らない、魔法も効かないとなればもはや二人に打つ手はない。

(いや……一つだけ手はある……だが賭けになってしまう……)

 アレスが迷っている間にも戦況は動く、ミノタウロスはヨリの方を向き、腰をいっぱいに沈め、大きく勢いをつけて飛び掛かった。

「うわっ!?」

 ヨリは咄嗟に横に飛び回避する、一瞬前までヨリが立っていた地面にはミノタウロスの体重を乗せた凄まじい威力の一撃が放たれる、着地が上手くいかずに地面に転がるヨリ。ミノタウロスは転がるヨリの方を向きその場で斧を大きく振りかぶった。

「飛び道具は何もテメーだけの専売特許じゃねーんだぜ?」

「まずい! ヨリ!」

 アレスが叫んで走り出す、ミノタウロスはヨリに向かって勢いを付けて斧を投げつけた。転がりながらもアレスの声に反応し、魔導書に触れていたヨリは転んだ姿勢のまま飛んできた斧をファイアで打ち落とした、どうにか即死を免れる。だがミノタウロスは再びヨリに飛び掛かろうと腰を落とす、その瞬間走り込んできたアレスがミノタウロスの間合いに入った。

(やるしかない!)

 アレスはある一点を狙い剣を振る、ミノタウロスの左腕にある肘関節だ。例え鋼のような筋肉を持っていたとして関節ならば守りが薄いはず、アレスの剣はドスンとミノタウロスの左腕の関節にめり込んだ。攻撃は通った……だが。

「肉を切らせて骨を絶つって言葉知ってっか? 関節を狙ってくるのは分かってたぜ」

 ミノタウロスは左腕に力を込めてアレスの剣を肘で挟み固定する、アレスはこれを恐れていたのだ、一撃で骨を切断出来なかった時点で失敗である。

「くっ!」

 ミノタウロスは右手を強く握り力を込める、アレスは剣を手放して逃げようとするも既に間に合わない、ミノタウロスの剛腕から放たれるパンチがアレスに直撃した……人間の骨が潰れる嫌な音が鳴り響く、アレスは血を吐きながら何メートルも吹き飛ばされ地面を転げ回った。

「アレスー!!!」

涙混じりのヨリの叫び声を心地よさそうに聞いたミノタウロス。腕から引き抜いたアレスの剣を持ち、ヨリに向かって歩き始めた。このままヨリにトドメを差せば決着である。

(後はもう、お姉ちゃんの『アレ』しか……)

 ヨリはまだ諦めてはいなかった、涙を拭き、希望を胸に宿し立ち上がる。アレスは絶対に死んでいないと心から信じていた。

(お姉ちゃんは……すぐそこまで来てる、アイツは気付いてない、アタシが時間を稼がなきゃ)

「ほぉ……まだやる気かい、ガキのわりに良い根性してるじゃねーか」

「戦いはまだ終わってないよ!(攻撃を回避しながら徐々にアレスから引き離さないと……)」

 ヨリは右手でミノタウロスの足元にファイアを打ち込み転倒を狙う、だが横に飛ばれて回避されてしまった。

「わざわざ食らってやる義理はねーんだぜ?」

 ヨリに向かって突撃していくミノタウロス、ヨリは振り返ってアレスの倒れている方向とは逆に全力で走り出した。

「それはこっちのセリフだよ!デカいだけですっとろいアンタの攻撃なんか、一生当たらないね!」

わざとらしく挑発を入れ相手をイラだたせる、ヨリにとっては本日2度目、命がけの鬼ごっこが始まる。


「アレスさん……お願い……目を覚まして……あの子が……ヨリが……」

 ヨリがミノタウロスから逃げ回っている間に、ユリアはアレスの元にたどり着いていた。彼の体と意識を回復させるべく癒しの力を流し込む。

「うっ……ユリア……?」

「アレスさん!」

 アレスがゆっくりと目を開ける、数秒考えこんだ後にカッと目を見開く。

「ミノタウロスは? ヨリはどうなったんだ!?」

「今はヨリが戦ってくれています、でもいつまで持つかはわかりません……『同化』行けますか?」

「ああ、すぐに助けに行こう!」

 それを聞くとユリアは治癒を止め、アレスの胸に手を当て目をつむる。アレスは治癒を止められた事により、体の激痛を感じ顔を歪ませるも強靭な意思により耐えていた。

 次第にユリアの全身からは緑色の光が発せられ、肉体と光が融合していく。ユリアと溶け合った緑色の強い光はアレスの体に流れ込み、一瞬にして怪我を回復させてしまう。アレスの髪は姉妹と同じ銀色に変色し、瞳は赤く染まる、体中を強い緑色の光が包み込んでいた。



「おめーはよく頑張ったよ、人間のガキにここまでやられたのは初めてだぜ」

 足を怪我し、地べたに這いつくばるヨリを見下ろしてミノタウロスが語り掛ける。片目は焼け焦げて潰れていた、ヨリにやられたようだ。

「あと十年も生きてりゃそれなりに名のある魔導士になったかもな」

 ヨリはそんな絶望的な状況でも相手をキッとにらみつけている、魔力も体力も既に底をつき、動く事が出来なくなっても未だ彼女の心は折れていなかった、戦いは続いていたのだ。

「まぁ少しは楽しめたぜ?」

 と言って片足を大きく上げる。そしてヨリを踏みつぶそうと、全体重を乗せた足を振り下ろした。だが……その瞬間何かが凄い速度でミノタウロスの前を通りすぎて行く。

 「あれ?」

 ドスンと音を立てて踏みつけたものの、足の下にヨリの死骸は無かった。その時不思議な気配を感じる、村に入る前に感じていたあの気配だ、無意識にその方向を見た。そこにはヨリを抱き上げた、ついさっきミノタウロスが殴り殺したはずの男の姿があった。


「アレス! よかったぁ、お姉ちゃん間に合ったんだ!」

「ああ、危なかったな、遅れてすまない」

「それ今日2回目だよ?」

 アレスに抱き抱えられながら、ヨリが安心しきった様子でにこっと笑う。アレスはそんなヨリを近くに座らせ、少し頭を撫でてからミノタウロスのほうに歩いてくる。

「分かんねー事ばっかだな、虫の息にしてやったはずのおめーはピンピンしてやがるし、さっきは感じなかった妙な気配を今はよぉく感じる、見た目も変化してやがるな」

 アレスは黙ったまま右手を胸の前あたりまで上げると手のひらを上に向けた、すると体を覆っていた緑色の光が右手に集中し手のひらから放出される。光は徐々に形を成していき大きく、美しい装飾の、光り輝く剣を作り出す。アレスは無言のままその光剣を構えた。

(さっきまでとはまるで雰囲気が違う……)

 ミノタウロスは警戒し、アレスから奪った剣を構える。

(さっきのあいつは相当な速さだった……あれを捉えるのは難しい、組み合っちまえばこっちのもんだが……)

 にらみ合い、ミノタウロスは思案を巡らす、そして何かを思いついた様子でニヤッと邪悪な笑みを浮かべた。

「食らえ!」

 ミノタウロスは大きく剣を振りかぶると、遠くで座っていたヨリに向かって走りながら剣を投げつけた、しかしすぐさま間に入ったアレスに弾かれてしまう、剣をはじき構えを崩したアレスにミノタウロスが肉薄する。

「この瞬間なら動けねーはずだ! 死ね!」

 驚異的な破壊力の拳をアレスに振り下ろした、大きな音を立てアレスに拳が突き刺さる……だが。

「馬鹿な……」

 アレスは左腕一本でミノタウロスの拳を受け止めていた、そして右手に持った光剣を振るい、受け止めたミノタウロスの腕をあっさりと切り落としてみせた。

「ぐあああああ!」

 ミノタウロスが痛みでしゃがみ込むと、アレスが剣を構え口を開いた。

「当てが外れたようだな」

「ち……ちくしょぉぉぉ」

 アレスが横に光剣を振るい、ミノタウロスの首と胴体を切断した……エンデ村での戦いに、ようやく決着がついた瞬間だった。




 その日の夜、アレス達三人は村長の家に呼ばれていた。今回の戦いの礼として食事会に呼ばれたのだ。村長の家は村の集会所としても使われており、一階が大広間となっている。大広間には沢山のテーブルが並び、その上には美味しそうな匂いを漂わせる料理がいくつも置かれている。村人達は楽器を演奏し、歌い、踊り、食べ、酒を飲み笑い合う、数日前とは打って変わって、そこには沢山の幸せがあふれていた。

「わぁ~、これ全部食べていいんですかぁ?」

 ユリアが喜びを隠しきれない様子でぴょんぴょん跳ねる。

「もちろんです! このガロウィンとポッカロ芋のスープは私が作ったんですよ?是非食べてくださいね! あ……ヨリちゃんもう食べてるね」

 レナがユリアとヨリに料理の解説などをしている、今回一番辛い思いをしたはずの彼女だが、ヨリ達に是非お礼がしたいと率先して準備を手伝っていたのだ。

「ずぞぞー、レナ……モグモグ、これンまいね、ガプ……ジュルル」

「ヨリちゃん、食べるか喋るかどっちかにしようよ……」

「ゴクン! ……レナ、アンタ凄いよ! こんなに美味しいスープあたし初めて! 入ってる魚はキモいけど」

「エヘヘ、ヨリちゃんに比べたら全然凄くないんだよ? そうだ! こっちにあるバクナロウスの丸焼きも私が……ってもうない!?」

 そこには満面の笑みでほっぺたを風船のようにパンパンに膨らませた、何かを咀嚼しているユリアがいた。

「んほほ~、おいひい、おいひいれすよ、れなひゃん」

「凄い! 人間のほっぺたってあんなになっちゃうの!? ユリアさんが一番凄いかも……」

「お姉ちゃんはいつもあんなんだよ、美味しい気の実がなってる木とか見つけたら丸裸になるまで食べてたりするし」

「それ気の実以外も食べちゃってるよね……」

「アタシから言わせればあんな美味しいスープ作れるレナが一番凄いんだけどなぁ」

 新しい料理を皿に取りながらヨリが上機嫌にレナを褒める、レナはそれを聞くと少しだけ寂しそうに口を開いた。

「ヨリちゃん達がこの村の人だったら、いくらでも教えてあげられるんだけどね……そういえばヨリちゃん達ってどこを目指して旅をしているの?」

 それを聞いたヨリは口に入れようとしていたものを一旦皿に置く、少し困ったような表情で答え始めた。

「事情がちょっと複雑なんだけどサ……特別大きな目的とかはなくて……アレスとお姉ちゃんが結婚してからは、家族三人でゆっくり暮らせる町か村を探そうって事になってるんだ」

 アタシが知らないトコで勝手に話が進んでくんだよね、とヨリは最後に小声で呟く、それを聞いたレナは表情を明るくしてやや興奮気味に話す。

「それじゃあさ、エンデ村に住んじゃえばいいんだよ! それならずっと一緒にいられるし、料理だって教えてあげられるよ!」

「う~ん、アタシは別にいいんだけどさ、アレスとかこの村の人達がなんて言うか分かんないよね。ほら、オトナってメンドくさいじゃん? 子供だからってだけでバカにするしサ」

「あるある、うちのお父さんもそうなんだよ? 子供は黙ってろ~とかそんな事ばっかり言うの! そうだ! まずはユリアさんに聞いてみようよ! ね~ユリアさん……アレ?」

 ユリアは既に付近の料理を平らげて、別のテーブルに移動し再び風船化していた。ホント勝手だよね、とヨリがクスクスっと笑う。レナはまだ諦めきれないと言った様子で話を続ける。

「じゃ、じゃあアレスさんに今からお願いしてみようよ!」

「ん~でもほら、今あんな状態だし」

 ヨリが集会所の上座を指差すと、そこには村の男性たちに囲まれて酒を飲まされているアレスの姿があった。ちなみに真横をしっかりキープしてお酌をしているのはレナの兄、ジャンだ。倒れるまで飲ませるつもりらしい、ジャンは既にパンツ一枚になり完全に出来上がってしまっている。どこの世界でも男という生物は酒や喧嘩の強さを競うのが好きなのだ。

「お兄ちゃん……」

 ヨリの前では見せたことのない、冷たい表情をしたレナに気付き、ヨリの直感が告げる。

(この子に魔法は教えない方がいいのかもしれない……)


 夜が更け始めるも宴会の熱気は収まらない。少し遠く聞こえる楽器の音と、虫の歌声に耳を傾けながら、ヨリは村長宅の前にある、木で作られたベンチに腰かけていた。酒の飲めないヨリは飽きて出てきてしまったのである、ちなみにレナはジャンを引きずってもう帰ってしまった。

(この村に住んじゃえば……か)

 ヨリには家を持ってどこかに住むという経験が無かった。物心付いた時には父と母がいて、帰るべき家がある。それは当たり前と言われる事、その当たり前をヨリは知らない。寂しいと思ったことは無かった、大好きな姉がずっと付いていてくれたからだ、それに今はアレスもいる。二人の事を思い浮かべるだけで、ヨリの心は温かい気持ちで満たされる。ヨリは二人を心から愛していた。

(帰る場所があるって、どんな感じなんだろ……)

 レナの言葉が心にいつまでも引っ掛かる。何となく、一つの家に三人で暮らす事を思い浮かべてみた、それはとても幸せで、満ち足りた時間だった。


 流石にこの時間帯になると少し冷えるな、と考え、屋内に戻ろうかとヨリが考え始めた時、アレスが辛そうな顔でゆっくりとヨリに近づいてきた。

「だ、大丈夫?」

 少し引き気味に尋ねる、アレスはヨリと目が合うと笑顔を作り答えた。

「なんとか大丈夫……しこたま飲まされたけどね」

 アレスはヨリと目が合うといつも笑いかけてくれる、ヨリが一番好きな顔だ、ヨリの機嫌が悪くても、我儘を言っている時でも、いつもヨリに笑顔をくれる。

「今日さ、ちょっと危なかったよね」

「ああ、ヨリとユリアがいなかったら勝てなかった」

「アタシは大した事してないけどね、アレスとお姉ちゃんの力だよ」

「何を言ってるんだ、一番頑張ってたのはヨリじゃないか」

 少し自虐をしてみると、アレスは必ずフォローをくれる、それが嬉しくてついそういう言い方をしてしまう、機嫌を良くしたヨリが上半身をユラユラさせていると、今度はユリアが現れる。

「お料理を十分に味わったので、私も抜けだしてきちゃいました♪」

 全て食べつくしたのか……とアレスとヨリの心の声がシンクロする。ユリアは手を後ろに組みながらヨリの近くまで歩いてくると、ヨリの隣に腰かけた、さらにアレスをちょいちょいと手招きして座らせる。ヨリを中心に二人が挟みこんで座る形になる、このベンチに三人は流石に狭い。

「せまいよ」

 特に嫌そうでもなく、抗議の声を上げるヨリ。

「いーの♪だって私たち家族なんだもの」

 上機嫌にユリアは答えるがまるで答えになっていない、だがヨリは、フーンと言って笑顔で納得する。ユリアはそんなヨリの頭を撫でる、姉妹のやり取りを見て再び微笑むアレス。

「家族か」

 と呟いて、何かを決心したようにヨリは立ち上がり、二人に向き直る。

「あのサ、ちょっと相談があるんだ。レナに言われたんだけどね……」

三人の旅が今、終わろうとしていた。






















 

 

 












 











次回から過去編となります。アレスと姉妹との出会いが語られます。

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