第1章 出会い…そして… 第1話 ゲームショップ「異世界」
第1章 ゲームショップ「異世界」
「ありがとうございましたー」
事務的な言葉とともに客を送り出す。現在は18時に差し掛かろうとしている。窓から見える景色は雨がぱらつき始めており、その為真夏ゆえの明るさは鳴りを潜め、どんよりとして暗い。バイト終了時刻にはうだるような暑さと上昇した湿気で誰もが思う不快感ナンバー1の劣悪環境となるだろう。
レジに座りながらこれから訪れる帰宅時の試練に思い耽る。
「だめかぁ!変化する兆しすらでないな!」
「だから言ったろ?無駄だって。これまで何人も挑戦したけど一人として変化した奴はいなんだって」
「あれ?確か一人か二人程変化したって話なかったっけ?」
「あんなのただの噂だろ?出鱈目だよ。大体変化したならもう今頃買われてだろ?」
「そうかな?たとえ変化してもこの値段と条件があるからなかなか手が出せないだろ?噂だと決めつけるのはまだ早い」
店内にいる二人組の客の話が聞こえてくる。ちなみにこの手の内容の話はこの店では珍しくなく、むしろ名物といっても過言ではない。
彼らはこの店の名物であり看板でもある「運命のゲームソフト」について語っている。
「運命のゲームソフト」とは、店の中央に目立つように陣取り、たった一つポツンと台に鎮座しているパッケージが真っ白なゲームソフトである。台に貼られた説明文にはこう書かれている。
『このゲームソフトを手に取り、10秒程度無心になってください。もし、あなたと深く繋がる「縁」が存在するならばゲームソフトのパッケージに画像が浮かび上がってくるでしょう。もし、縁を結ばれたお客様がおりましたらこちらのゲームソフトをお買い上げいただく権利を得られます。』と記載されている。
店のホームページ上でもこのゲームソフトの事は取り上げられており、噂を聞きつけた客がよく来店してくる。この店でバイトを始めてから約1年程挑戦者の様子を眺めていたが、一人としてゲームソフトに変化が現れた客は見たことがない。
店長曰く、「変化したことはあるよ~」と言っていたが果たして本当の事なのか…。第一もし変化したことがあるのなら、もう既に買われているはずだ。だがそう簡単にはいかない。なぜなら説明文はまだ続きが存在するからである。
『こちらのゲームをお買い上げいただく場合、現金にて50万円を用意して頂きます。ただし、ゲームを起動した際、正常にゲームが動作を行わなかったとしても当店では責任を負いません。ゲームソフトを購入した時点で「このゲームソフトに関するあらゆる事態に対して当店は一切の責任・関与を否定する」という事に購入者は同意したとみなされます。あらかじめご注意ください。』と続いている。
せっかくゲームソフトに変化が生じ、大金を払ってゲームを持ち帰っていざゲーム起動というところになって、何も始まらなかった……なんてことになったとしてもお金は返さないし文句も聞かないということである。つまり、騙されている可能性があるということである。
この説明文がある為もしパッケージに変化が起こっても誰も怪しんで買わないのだ。
よく考えたものだと思う。つまり店長はこの世にも珍しい不可思議なゲームソフトを集客目的で使っているのだろう。実際には変化することのない、何の変哲もない真っ白なパッケージを飾って…。
「失礼な…。あれはちゃんと縁を結ぶことで変化するゲームだよ?嘘じゃないさ」
そう言って店長が店の奥から現れる。
「そうは言いますけどねぇ。さすがにこれだけ何も起きないと疑ってしまうのも仕方ないですよ?お客さん達の反応も去年に比べて大分淡白になってますし……」
「あはは…まあそうだね。まぁもともと簡単に購入者が現れると思ってないからね…。ま!あれのおかげで店の売り上げは悪くないし良いんだけどね!」
やっぱりただの客寄せパンダじゃないか……。前にこの手の話をした時は「この店はあのゲームソフトの真の所持者を見つける為に存在しているのさ!」なんて言っていたくせに、ちゃっかりしている。
店長のアラトさんは金髪碧眼の8頭身というモデル体型でイケメンという、なんでゲームショップを経営しているのか分からない人だ。外国人だが日本語は達者で性格は穏やか。日本の文化や食生活にも深く浸透しており完全無欠だ。あ、なんかそんなこと考えていたら世の中の不条理にイライラしてきた…。ちくしょー。
だがそんなアラトさんだが、一応弱点らしいものもある。朝が弱く、自分を着飾る事に無関心な為、何回も着まわして少々汚れも目立つようになってきたスーツを着用している。ジャケットは羽織らず、ワイシャツの上から店のロゴ入りエプロンを着ている。しかし、髪はボサボサで寝起きそのままといった感じ、シャツはズボンから半分ほど外にでてしまっており、ネクタイも緩めている。足に至ってはサンダルを履くという中途半端ぶりだ。
それならそれでもっとラフな格好にすればいいのではと提案したのだが、スーツが好きなんだそうだ。こんな恰好をしていても元の素材が良いからか、むしろこういうファッションなんじゃないかと思わせるようないでたちに見え、女性客からの反応は良い。あ、なんかまたイライラしてきたぞぅ。もう考えるのはやめよう……。
「あ。アラトさん。そういえば今日は店内整理があるんでしたよね?」
「そうだよ。ビッグタイトルが一気に来たからね!新作コーナーをちょっといじりたいんだよ」
いろんなメーカーの新作ゲームの発売日がバッティングしてしまい、それがどれも各メーカーの虎の子であった為、ゲーム業界はてんやわんやしている。ビッグタイトル発売日が明後日に迫っている今日。うちも大々的に宣伝すべく、閉店時間を早め、店内整理を行うことになっていた。小さい店舗とはいえ、今日は店長と俺しかいない。整理作業にはそこそこ時間がかかりそうだ。
予約だけでもかなりの数になる。小型の個人営業店なのにここまでの売り上げを誇るのは、ひとえに店長の人柄と例のゲームソフトのおかげだろう。おかげで俺に支払われる給料も悪くないのだから文句などあるはずがない。
いつの間にか雨脚が強くなり、客もまばらになった頃。いきなりの大きな雷でアラトさん共々びっくりした際、あ互いに何となしに時計を確認する。そろそろ20時をまわろうかといったところだ。
「っと。もうそろそろ閉店作業しなきゃいけない時間だね。あそこの女性客がお帰りになられたら表の看板しまっちゃおうか」
「分かりました」
「見た感じあの子傘を持っていないみたいだから、折をみてうちで余ってるビニール傘で良ければお譲りしますよと提案してみてくれるかい?」
なるほど。こういうさりげない気遣いを自然と振る舞えればかっこいいな。本当にこの人は……。ベンキョウニナリマス。
しかし、気が付いたら女の子は店舗から出ていく背中が一瞬見えたのを最後に走り去ってしまっていた。声をかける事すらできなかった……。
何となく申し訳ない気持ちになりつつも、気持ちを切り替えて外にある看板を店内へしまう。<営業中>となっている札をひっくり返せばもう客は入ってこない。さらに店のシャッターを半分ほど閉める事で閉店だと分かりやすくする。
「アラトさん!店閉めました!最初は何しましょうか?」
「じゃあ新作コーナーを拡張してから展示品の整理整頓と埃とり。その後床掃除をしようか」
「了解です」
新作ゲームコーナーを大きく拡張し、レイアウトをアラトさんとあーだこーだ意見を言い合い、納得のいく出来栄えにはなったものの、少々時間をかけすぎていた。さっさと次の工程に移り、作業を進めていく。
さて閉店作業時の掃除を進めていくうえで毎回力を入れて掃除する場所がある。それは例のゲームソフトエリアである。
ここはゲームソフトとゲームソフトが置かれた台座しか設置されていない。人一人分ほどの広さをとりながら円形にパーテーションで区切っている。そしてなんと足元は本物の芝生が生えており、真上から照明がスポットライトのように照らし出しているのだ。なかなかに凝った演出をしている。剣と魔法のファンタジーの世界なら岩に刺さった伝説の剣のような感じだろうか。まあこのゲームソフトの在り方を考えればあながち間違っていないからこれで良いだろう。
そんなわけで伝説の剣を求める勇者達は一度剣が抜けなくても何度でも挑戦する為、ゲームソフトには指紋がべっとりついているし、今日のように雨の日は台座周りも濡れたりしている。掃除のし甲斐もあるというものだ。
ゲームソフトを持ち上げ殺菌消毒用の布で拭き取ろうとしたその時だった。
「………え……??」
思えばこの時、ゆっくりと歩くような速さで進んでいた俺の人生は加速したんだろう。立ち止まって休む暇さえ惜しいと。この足が壊れるまで駆け抜けてもいいと思わせてくれるような出会いを果たしたのだと。
この瞬間。青年の人生を描くpaletteに、新たな色が加わった。