第6話 闇の世界
メリッサが目を開けると、暗闇の中にいた。光も何もない漆黒の闇。
ただ、暗闇ではあるが、自分の体ははっきりと見える。先ほどまで着ていた服を着ている。真っ暗で、上も下もないようだが、自分が立っていると、はっきり分かった。
「ここは……」
今まで鉱山にいて闘っていたはず……
突如として目の前の景色が一変したことに、メリッサは困惑した。
妙な所だ。
ここに来る前の記憶を思い出す。
「私は、ゴーレムの攻撃を受けて……死んだのか……」
思考は、当然の結論に帰結し、腹の底が冷たくなうる様な不安に駆られた。死というものを実感できていなかったが、目を開ける直前の記憶は、敵に攻撃される瞬間のものだった。
どう考えても、自分は死んだんだ、そうとしか思えない。
「ここは、冥界という場所なのか……みんなは、大丈夫だろうか……」
色々考えるが、混乱していて思考が纏まらない。
途方に暮れて、はぁっと溜息が漏れた。
そんな時、ふと闇の中に小さな青白い光が見えた。
「あれは……」
それは見たことのある光だった。
視界に何度も現れた穴の中に見た、青白い不思議な光。
思い当たったメリッサは、はっとする。
――ココダ……
あの“声”もした。呼んでいる。
「怪しい」と警戒する気持ちもあった。それでも、無性に「行ってみよう」という気に駆られ、平衡感覚が揺らぐ闇の中をよたよたと歩き始めた。
光は、メリッサが歩みを進めるほど、大きくなっていった。
確実に光源に近づいている。
そして、ある程度近づくと、その光が何から発せられているのかが分かった。
大きなクリスタルだ。
光りが放っている。淡く、ぼんやりとした光だ。
「浮いている……のか?」
クリスタルは、装飾用にカットされた宝石のような美しい形をしており、闇の中に静かに浮いているように見えた。闇の中では、はっきりしないが、彼女にはそう見えた。
大きさはメリッサの身長とさほど変わらない。
よく見れば、透明なクリスタルの中に青白い光の球体が入っており、先ほどからの光は、この球体が根源であることが分かった。
――ソウダ……モット……モットチカクニコイ……
怪しげな声は尚もメリッサを誘う。
しかしなぜだろうか、人を惹きつける不思議な輝きだった。
メリッサは、吸い寄せられるように、そのクリスタルに手を伸ばした触れてみた。
ピシピシッ
彼女が触れた途端、クリスタルにひびが入ったのだ。
あっとメリッサは声を上げた。
驚いて手をさっと引っ込めるが、ひびはクリスタル全体へ渡り、とうとう音を立てて弾け飛んでしまった。
「ぐっ」
自分に向かって飛んでくるクリスタルの破片に、メリッサはとっさに腕で自身を庇った。
しかし、不思議なことにクリスタルの破片は、彼女の体に当たることなく、空中で消えてなくなった。
ぐっと細めた目でクリスタルのあった場所を見ると、そこには先ほどまでクリスタルの中で光っていた球体が、青白い光を失わず浮いていた。
「今のはいったい……」
この暗黒の空間といい、突然割れたクリスタルといい、訳が分からない。
もう声も聞こえなくなった。
彼女が状況を呑み込めずにいると、光る球体は空中を滑るように移動し始めた。
「あ、待ってくれ!」
彼女は訳が分からなかったが、追いかけなければという気になり、咄嗟にその球体を追いかけた。
ふわりふわりと飛行し、少し進んだところで停止する球体。
行き止まりなのだろうか。
闇の中に、同じ黒なのだが、何となくだが壁の様なものが見える。
よく見ると球体の先の空間が少し波打っていた。まるで真っ黒な水のカーテンがあるようだ。
球体は、カーテンの前で完全に停止している。
「この先に何かあるのか……」
球体が、この先だと言っている気がした。
メリッサは、誘われるように、今度はそのカーテンを恐る恐る触った。
すると触った場所から、闇に穴が開き、光が広がっていく。そして、みるみると真っ暗だった空間全体が眩い光に包まれていった。
そのあまりの眩さに、またメリッサは目を瞑ってしまった。
「お嬢おおぉぉぉ!」
誰かが叫ぶ声に、はっと目を開けた。
そこは、鉱山のターミナルだった。
目の前には、片手を広げたゴーレムが立っていて、突き出した腕からは、白い煙が所々から出ている。
あの閃光を放った直後といった状態らしい。
「………え?」
再びの周囲の変化に、今の状況が呑み込めずに、素っ頓狂な声を出してしまった。
自分は夢でも見ていたのか、それとも幻だったのか。
色々と考えるが、考えが纏まらず混乱するばかりだ。
「お嬢! 無事なのか!? お嬢!」
ゴーレムに押さえつけられながら、ヘルマンが必死に叫ぶ。それもメリッサの様子がおかしいからだ。見た目にダメージはなさそうだが、彼女は立ち尽くしていた。
ヘルマンには、それが無事なのか、ダメージがあるのか分からなかったのだ。
叫び続ける彼に対して、ゴーレムは、押さえつけながら彼の側面に、空いた左腕を叩き込んだ。
ドガッとぶつかる音がして、ヘルマンが吹っ飛び、地面を二、三回転がった。
「ヘルマン!」
咄嗟にマリアが、悲鳴にも似た声を上げた。
「やべぇ、ヘルマンの旦那が不味いの喰らっちまった……」
マリアの横でアルレッキーノの顔面も蒼白になる。その場の全員も表情が凍った。
「ぐはっ……あ、あいつ、あの魔法の後は停止するんじゃ……かはっ……ねぇのか」
ヘルマンは紙一重で受け身を取り即死は避けた。が、ダメージは大きく、地面に這いつくばって吐血した。
「ヘルマン!」
ヘルマンが攻撃されたのを見て、やっとメリッサが我に返って、叫んだ。
すると、その声に反応してか、ゴーレムはヘルマンに止めを刺さず、即座にメリッサの方に反転して襲いかかってきた。
はっと意識を赤いゴーレムに向けると同時に、頭上から迫る大きな赤い腕がメリッサの視界の隅に入った。すかさず、彼女は横に飛び退きその攻撃をかわす。
ゴウッという空気を切る音が、メリッサの頬をかすめ耳を抜けていく。直後、重量感のある鈍い音をたてて、ゴーレムの腕が地面にめり込んだ。
咄嗟に回避行動を取ったが、意識と身体がまだ上手く繋がっていないのか、横飛びの後、脚がもつれ尻もちを着いてしまった。
――しまった!
追撃が繰り出されると思われた時だった。
ガシャンッ! と金属の塊どうしが衝突するけたたましい音。
後方から何か大きな物に衝突され、ゴーレムは跳ね飛ばされると、その衝撃で地面に転がった。
ゴーレムを突き飛ばしたのは、鉱洞内でトロッコなどを牽引する大型の自動車だった。その牽引車も、衝突の衝撃で横転し、煙を上げている。
何が起こったのかと呆然と眺めるメリッサの視界の中で、横転している牽引車の運転席から、のそのそと人が這い出てきた。
「スターチ殿!」
メリッサが、声を上げ牽引車に駆け寄る。
「大丈夫ですか? しかし、なぜ?」
「う、痛っ。ああ、あんたらばっかりに任せておけなくてな」
痛みに表情を歪めながら、スターチはメリッサにほほ笑んだ。
そうしている間にもゴーレムは、片膝をつき、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。その姿を見て、アルレッキーノが叫ぶ。
「マリアちゃん今だ! 拘束結界を使ってくれ!」
「はい! 拘束結界、発動!」
運が良いことに、牽引車の衝突によって、ゴーレムを、アルレッキーノが指定したポイントに入れることが出来たのだ。
マリアの掛け声とともに、ガラスのように透明なドームがゴーレムを中心に広がる。すると、そのドームから抜け出そうゴーレムがともがき出した。
「ダメ! 十秒ともたないわ!」
術を発動させながら、マリアが叫ぶ。
「任せろ!」
アルレッキーノが勇ましく声をあげ、地面に両手をつき魔力を込めた。それに合わせて、ゴーレムに破壊された六機のブロッケンの残骸が、青く発光し始めた。
次の瞬間、ゴーレムを覆っていたマリアの結界を、更に覆うように青い透明のドームが作られた。
目の前に出現した2重の結界は、この危険なゴーレムが激しく暴れても、まったく影響を受けていない様子である。
「これは……結界が強化されたの?」
「そうさ、マリアちゃん。一般的にゴーレムには、駆動用に魔法強化の鉱石が使われているからね。だから、ブロッケンの残骸を魔法陣でつないで、マリアちゃんの結界を強化するのに利用したのさ」
「だから残骸たちの輪の中に赤いゴーレムを誘導してほしいっていったのね」
「そゆこと。どう? 惚れ直した?」
「ふふふ、うちのメカニックは流石ね」
アルレッキーノがマリアにウィンクを送る。マリアは美しい微笑を返し、素直に彼の機転の良さに感心した。
「やるじゃん、アル!」
「いたっ! へへ、どうも。でも、ヴァルちゃん痛いよ……」
アルレッキーノに駆け寄って来たヴァルが、背中を強く叩くと、彼は照れくさそうに叩かれた背中を擦った。
「よし、今のうちに撤退するぞ!」
メリッサはヘルマンに肩を貸し、撤退の号令を掛けると、全員、急いでターミナルを後にした。
強化した結界であっても、いつまでもつか分からないのだ。
撤退するメリッサ達の背後では、赤いゴーレムが結界を破ろうともがく音が鉱洞に重く響き、彼女たちの逸る気持ちを更に急き立てるのだった。