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第5話 真紅の猛獣

 びりびりと脳に響く危険信号。


(くっ、間に合わない)


 メリッサがそう思った瞬間、銃声がして敵のゴーレムの腕が斜め上に弾かれた。

 直後、ゴーレムの放たれる赤い閃光――


 光の激流は轟音と衝撃波を放ちながら、メリッサ達の頭上、ターミナルの岩肌を溶かして抉ってゆく。眩い光と鉱山全体を揺する衝撃に、全員が身を伏せた。

 バラバラと落ちてくる石。辺りに漂う焦げ臭さ。


 暫くして閃光が消え、ターミナルに静けさが戻った。

 メリッサがゆっくりと顔を上げ、状況を把握しようと辺りを見渡すと、眼前の光景に自身の目を疑った。

 閃光が直撃した岩肌に、ぽっかりと大穴が開いているのだ。穴の淵は溶けてマグマのように赤く熱をおびている。


(何をしたんだ、あのゴーレムは……)


 メリッサは目の前のことを理解できないでいた。


「危なぁ。大丈夫、お嬢様?」


 ヴァルが、唖然としているメリッサに声を掛ける。


「あ、ああ……ヴァルが奴の腕を弾いたのか?」

「いえす♪ ロゼッタの対ゴーレム用ライフルで狙い撃ちしたよ」


 にっこりと笑って得意げに話すヴァル。


「ありがとう、ヴァル」


 あの閃光が直撃していたと思うと、背筋が寒くなる思いがした。


「えへへ。でも、あいつ、このライフルでも弾くのが限界。硬すぎ……。正直、今の武装では倒せる気がしないな。あはは……」


 ヴァルは、メリッサのお礼の言葉に一瞬照れた笑いを浮かべるが、その笑いも敵の強さを語るうちに乾いた笑いへと変わった。


「そうか……」


 正直、メリッサも同じように絶望感でいっぱいだ。しかし、努めて笑顔を作り、しゅんとするヴァルの頭を一撫でし、視線をゴーレムに戻す。

 敵は今、閃光を放った姿勢のままで固まっており、装甲の至るところから湯気が上がっていた。


「どうやら放熱してるみたいですね。でも、その内また動き出しますぜ」


 アルレッキーノが分析する。

 それを聞いて、メリッサは意を決して、指揮官に近寄った。


「スターチ殿、撤退を進言する」

「おい、逃げろというのか? テロリストを前に撤退などありえん!」

「しかし、あのゴーレムの戦闘力は規格外です! あなたも見たはずだ、ブロッケン6機がたった数分で全滅させられた上に、あの威力の魔法。それに、おそらく全力を出していない」


 メリッサはさらに詰め寄った。スターチは現実を言葉にして突きつけられ、苦虫を潰したような表情になる。


「しかし……しかし、テロリストに屈するのは……」


 スターチは眼を逸らして言った。その歯切れの悪い言葉と態度には、彼にも譲れないものがあるのか、葛藤が見て取れた。


「敵の目的はこの下にあるレアメタルだ。ここを明け渡して撤退すれば、殺されることはないはず。幸い敵は今、放熱中で動かないでいる。動き出す前に撤退しましょう。」

「うむ……」


 しかし、メリッサには彼の葛藤が煮え切らない態度にしか思えず、怒りがこみ上げる。そして、がっとスターチの胸ぐらを掴んで吠えるように怒鳴った。


「あなたは指揮官だろ! しっかり現実を見て考えろ! このままでは全滅だ、あなたは部下に死ねというのか? 警備のための私兵と言えど、あなた方にも矜持はあるのだろう。しかし、レアメタルがここにいる全員の命より重いとは思えない。賢明な決断を」


 メリッサのまっすぐな瞳が、スターチをじっと見つめた。一瞬の沈黙後、スターチが口を開いた。


「…………わかった、撤退しよう」


 こうして、指揮官から撤退の命令が下ることになった。


「この鉱山から撤退する。この階のエリアFより、エレベーターで地上に出るぞ」


 彼の指示のもと、全員が撤退しようと動き出したときだった。

 機械の動く音が鳴った。

 皆が一斉に赤いゴーレムに視線を向ける。


「くっ、少し遅かったか」


 メリッサが唇を噛む。

 その時、また“穴からの声”がした


 ――キコエテイルハズダ……ワレハココダ……


(私を呼んでいるのか?)


 先ほどから聞こえる声が、実は自分を呼んでいるのではと思い、メリッサの意識が、その声に囚われる。

 ただ、それは一瞬のことで、ゴーレムがゆっくりと動き出した音に我に返った。

 メリッサは、さっと視線を音の方に向ける。

 ゴーレムの動きは緩慢に見えた。まだ完全に稼働できるわけではないのかもしれない。

 しかし、悠然と歩みを進める様は、いつでも皆殺しに出来るのだという余裕の態度にしか、この時のメリッサ達には映らなかった。


「スターチ殿、我々で時間を稼ぐ、その間に撤退を!」


 メリッサがスターチに提案する。


「何を言っているんだ! お前らだけで何とかできる訳ないだろう!」

「時間ぐらい稼げる。それにあなた方はもう戦えるほど力も残っていないだろ」


 メリッサの言う通り、警備兵たちは連戦により疲弊しており、闘い続ける余力はなかった。


「余力がないのはお前らだって同じだろ……」

「撤退を言い出したのは私だ。それに、私達はああいうのを相手にするのは馴れているんでね」


 メリッサは、にっと笑った。


「さぁ、早く」

「……すまない。無理はするな……」


 メリッサが促すと、指揮官を先頭に警備兵たちは駆け足で通路へ出ていった。 


「やっと出番か」


 ヘルマンがメリッサを見ながら言った。愛用の大剣を肩に担ぐと不敵な笑みを浮かべている。


「悪いな、ヘルマン」

「いいさ、お嬢。銃や魔法は、俺は不得手だからな。さっきから暇だった」

「すまないが、皆にも付き合ってもらう」


 仲間を見回すと全員、心得たといった様子で、力強く頷いた。


「マリア、拘束結界は使えないか」

「あれだけ早く動かれると難しいですね。それに例え、拘束できたとしてもあの出力を抑えるのは数秒が限界でしょう」


 メリッサの問いに、マリアが難しい顔をする。


「それなら俺に考えがありますぜ」


 アルレッキーノが横から割って入ると、ある方向を指して説明し始めた。


「時間がないんで簡潔に。俺の準備が整ったら合図するんで、お嬢たちで、あの辺りにゴーレムを誘導してもらえますかい。で、ゴーレムが定位置に着いたら、マリアちゃんが拘束結界を使ってくれ」


 アルレッキーノの顔には自信が見て取れた。今は彼の考えに賭けようと即決断を下す。


「分かった」


 メリッサを含め、全員がアルレッキーノの作戦に了解をした。


「マリア、身体強化の魔法をかけてくれ」

「はい」


 マリアが、杖をメリッサに向け詠唱すると、メリッサの体が一瞬光の膜で覆われる。一時的ではあるが、メリッサは身体能力が上昇した。


「ヘルマン、あなたにも」

「いや、俺はいい。どうもあの感覚は慣れないんでな」


 マリアがヘルマンにも杖を向けて魔法をかけようとするが、ヘルマンは片手を振りそれを断る。

 マリアは呆れた様に溜め息をついた。


「じゃあ、行くぜ。お嬢」



 ――ココダ……ワレハココダ……


 ヘルマンの言葉に被る様に、あの“穴からの声”が聞こえた。さらに大きくはっきりとした声だったが、メリッサはそれを振り払うように自らの声を上げた。


「おう!」


 ヘルマンとメリッサが、ゴーレムに向かって駆け出した。

 先行するメリッサ。

 身体能力向上の魔法によってスピードに乗る。そのメリッサに向けて、敵の右腕が振り下ろされた。

 その動きを視界に捕らえ、急停止から、後ろに飛び退く。


(よし、まだ完全に動けるわけではないみたいだ……)


 目の前で空振りした敵の右腕が地面に突き刺さった。

 メリッサが攻撃を誘い出し、左からヘルマンが大剣振るうが、敵は左腕でそれを防御した。

 ガキンッ! と金属どおしの衝突する音と火花が弾けた。


「さすがに防御するか。だが……」


 ヘルマンが、にやりと笑った。その直後、ヘルマンの大剣に埋め込まれたクリスタルが一瞬光りを放った。


 ギギギギギッ!


 すると硬い物を削るような騒音とともに、大剣を受け止めていたゴーレムの腕から派手な火花が噴出した。

 ヘルマンの大剣には魔力を込めると振動するクリスタルが埋め込まれている。そのクリスタルにより、大剣の刃が一秒間に3万回振動し、刃を当てた部分を切断するのである。

 ゴーレムは腕の異変を感じて、ヘルマンを振り払った。


「は!」


 今度はメリッサが、振り下ろされたゴーレムの右腕の肘関節部に剣を突き立てようとするが、ゴーレムは、後方に跳躍し、二人から距離を取った。


「ヴァル! ロゼッタ!」


 メリッサが大声を出した。


「はい!」

「OK♪」


 ヴァルとロゼッタによって集中砲火が浴びせられた。

 空中のゴーレムは、両腕を体の前で交差させて防御する。防御した腕に無数の銃弾が弾かれてゆく。

 やはり、他と比べようのないほど硬い。それでも、ゴーレムの着地地点に向けて、メリッサとヘルマンが再び疾走し、左右から追撃する。

 その時、二人の追撃に反応し、ゴーレムは、着地と同時に前かがみの姿勢になった。


(なんだ?)


 目の前に迫るゴーレムの行動に違和感を覚えた時だった。

 ゴーレムの両肩の装甲が上に開き、そこから散弾のような光線が発射された。


「くっ」


 突然の飛び道具。不意を突かれた。


「障壁展開!」


 マリアの魔法障壁が展開され、散弾はメリッサとヘルマンの直前でかき消された。


「へへ、こんな隠し玉持ってたのかよ」


 ヘルマンが少し肝を冷やしたのか、頬を汗が伝う。

 その後もメリッサとヘルマンが左右から攻撃、離れればヴァルとロゼッタが銃撃を加えるといったコンビネーションでゴーレムと互角に戦った。

 警備兵を逃がす時間は稼げた。しかし、相手の力は凄まじく強力で、一撃でやられてしまうという危ない状況は変わらない。


「お嬢、準備出来やした!」


 奮闘する中、アルレッキーノが合図の声を上げた。メリッサは彼の方を見て、黙って頷く。


(さて……後は、どうこいつを誘い込むか……)


 メリッサは目の前の敵を睨みながら思案する。しかし、敵は考える時間を与えてはくれなかった。

 ゴーレムは、近くの岩を両手で一つずつ掴むと、それを放り投げたのだ。岩の一つはヴァルのいる方に、もう一つはマリアの方に向かって飛んでいく。


「ちっ」


 それを見たヘルマンが、舌打ちと同時に岩を追いかけた。

 マリアの障壁は、既にヘルマンとメリッサに対し展開されている。そのため、マリア自身に展開した時、岩ほどの質量を防ぐだけの力が出ない。ヘルマンはそのことを即座に判断したのだった。

 飛でくる岩の一つ追い付き、跳躍から大剣でそれを切り落とした。


「うわあっ、ヘルマン! ヴァルの分も叩き落としてよぉ!」


 ヴァルが飛んでくる岩を避けようとライフルを抱えて、逃げ惑う。


「ヘルマン、危ない!」


 突然、マリアが叫ぶ。

 飛んできた岩が死角になるように、ゴーレムがヘルマンへと急速に距離を詰めていたのだ。ヘルマンからは、岩の陰からゴーレムが突然現れたように見えた。


 岩を落として隙が出来たヘルマンに、突き刺すように敵の右腕が振り下ろされる。

 展開されていた障壁が砕け散った。

 とっさに振りきった大剣の切り返し、その側面で防御するが、そのまま地面に叩きつけられる。両足で着地したが、衝撃で地面が割れた。


「うぐっ」


 咄嗟の防御だったため、圧力に負けて片膝を着いてしまった。そこに、ゴーレムは、ヘルマンを押し潰すように右腕に更に重圧をかけた。


「ダメ。ヘルマンさんが射線軸上にいて攻撃できない!」


 ロゼッタが機銃を構えるが、ヘルマンを巻き込んでしまうため攻撃できずにいた。


「ヘルマンから離れろっ!」


 ――ココダ……ココニイル……


 メリッサがゴーレムへと突進する。

 ヘルマンの危機に、早く助けなければという焦りが彼女の判断を曇らせ、不用意にゴーレムに接近してしまった。


「お嬢来るな!」


 ――キサマナラ……ココカラダセルハズダ……


 ヘルマンが叫んだ瞬間、ゴーレムは空いている左腕をメリッサに向けた。

 ゴーレムの左手の中に、赤く光る球体が見えたその刹那、光の渦がメリッサに向けて放たれた。


「ぐっ」


 ――ダセ! ダセ! ダセ! ココカラ、ワレヲダセ!!


 小さな呻きとともに、メリッサの姿は、ゴーレムの放つ光の激流に呑まれて見えなくなった。


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