エピローグ
「ん……ここは……」
クロードが目を開けると、真っ白な天井があった。
「真っ黒の次は、真っ白か……」
「あ、目を覚ましたか、クロード」
クロードの呟きを聞いて、ベッドの横にいたメリッサが声を掛ける。
「……病院か」
「ああ、あれから二日は寝ていたんだぞ」
「二日……」
記憶が鮮明になってゆき、クロードは慌てて上体を起こした。
「おい、娘! フェネクスはどうなった!?」
「ああ、クロードはあの時もう気を失っていたんだったな。グリューエン先生が自分の魔力の根源をジーグリンデに戻して、彼女は蘇ったよ。先生は逝ってしまったけど……」
「そんなことはどうでもいい、フェネクスは封印したのか!?」
「気付いたらお前は気絶してるし、出来るわけないだろ。
あ、そうだ、あのオディールを消し去った跡から不死鳥石が出てきたんだ。奴が取り込んだ不死鳥石らしい。ジーグリンデは子供たち全員分の不死鳥石が手に入ったと言っていた。そして彼女は子供たちを弔うために旅立ったよ」
晴れやかな笑顔のメリッサ。対照的に、それを見るクロードの眉間に皺が寄ってゆく。
「それに彼女は力を悪いことに使わないし、もう悪用もされないさ。私個人として封印はいらないと思うんだ」
「愚か者! 貴様の考えなどどうでもよい! 奴は、我の魔力を回復する糧だったんだぞ、なぜ逃が、ごほ、ごほ……ぐっ」
怒りを露わにするが、途中で咳込んで迫力を欠く。
「そう興奮するな、まだ治ってないんだから。異常な回復力のお前でも、時間が掛かるほど、今回の傷は深いんだ」
メリッサは、クロードの怒声など歯牙にもかけず、癇癪を起す子供をあやす様に彼の背中をさすった。
「ごほ……ごほ……おい、娘、今からでもやつを追っかけて」
「…………メリッサ」
背中をさすりながら、メリッサがぼそりと呟いた。
「は?」
「娘じゃない。メリッサだ。オディールと戦った時、呼んでくれただろ……」
「……聞き間違えだ。ふん、我は寝る」
クロードは背中を向けて寝転んでしまった。
その直後、二人の背後で病室の扉が開く音がした。
「なんか甘酸っぱい匂いがするな。お邪魔だったですかい?」
アルレッキーノがにやけ面で入ってきた。その後ろから、ヘルマンやマリア達、第4回収班の全員がぞろぞろと入って来た。
「ちょっと、お嬢様、クロードに近づきすぎです。離れてください」
「おいおい、マリア、お前は……」
「何? ヘルマン文句あるの? そもそも、男女が個室に2人きりなんて―――」
憤慨するマリアの横で、ヘルマンはやれやれといった具合に首を横に振る。
「え? 男と女が個室で2人きりだとなんか不味いの? ねぇ、ロゼッタ」
「えっと……ヴァルちゃん……それはね、えっとぉ……」
無邪気な目を向けるヴァルに、ロゼッタはしどろもどろになり、頭から湯気が出ている。
「それはね、ヴァルちゃん。うししし」
「ちょっとお兄ちゃん、やめてよ。ヴァルちゃんにいらないこと教えないで」
「え? なになに? 教えてよぉ」
賑やかになる病室。第4回収班のいつもの雰囲気が、日常が戻ってきた。
「えっと、マリア、新しい情報があるのか?」
メリッサが、マリアのお説教から話を逸らす。
「おほん、そうでした。首謀者のジャン・ユグノーですが、あの戦いの後すぐにシーナ共和国との国境付近で身柄を拘束されたようです。拘束したのは第8回収班です」
「エレーナたちが……」
「はい、彼女たちもフェネクスの件については、前から動いていたみたいですね。その後、ジャンは政治犯などが収監される特別監獄に収監されました」
事件の首謀者も漏らすことがない。やはりエレーナは優れた魔導士だとメリッサは感心した。
「それと……」
「どうしたんだ?」
「第8回収班が動いたことで、フェネクスの一件は本部の知る処となり……その……我が第4回収班にも報告書の催促がひっきりなしに来ています」
「あ……」
報告書のことがここに来てメリッサの頭に蘇る。
クロードに引っ張られて首都に行ったきり、報告書を未提出のままだ。
「あと……ダンタリオンの能力の無断使用、カシメル地方への無断侵入、それらについても顛末書の提出が求められています。場合によっては本部への召還もありうると」
頬を嫌な汗がメリッサの頬を伝う。
「お、おい、クロード! お前が私を引っ張り回したせいだぞ。お前も手伝え! お前は私の秘書だろ!」
メリッサが慌てて振り返って、背中のクロードに言った。
こいつにだって責任はあるはずだ。首都に行った経費だって落ちてないんだぞ。
「療養中に付き、休暇を頂きます。お嬢様」
ベッドの上の背中から棒読みな返事が返って来た。
「おのれ、薄情者! お前には情はないのか、悪魔め!」
病室にメリッサの賑やかな声が響いた。
和気あいあいとした雰囲気に自然と皆に笑みがこぼれる。
背を向けるクロードの口元にも、本人が無自覚な笑みがあった。
♦ ♦ ♦
その後、第4回収班の報告をもとに、白銀の腕手によってガルディア国の片隅にある廃村の調査が行われた。廃村には、最近建てたであろう真新しい石碑が建っており、かつていた村人と思われる名前が刻まれていた。
また、石碑には、あるはずの赤い模様がない、いわば偽物の不死鳥石が20個埋め込まれていた。ただ、偽物であってもどこか安らかな気にさせてくれる美しい輝きを放っていた。
そして、その20個の中に1つだけ、とても小さな不死鳥石があった。
そのとても小さな石の輝きは、どの不死鳥石よりも美しく、優しさに満ちたものだったという。
最後までお読み頂きありがとうございます。
物語はここまでですが、もう1話使って「あとがき」を用意しております。
後書きといっても何かを語るものではなく、「挿絵」を入れただけです。
「挿絵はいらない」とか「イメージが壊される」という読者様もいらっしゃるでしょうから、そういった方の為に別ページにしました。実際、絵自体も大して上手くないですからね。
ですから、挿絵はいらない方はここで戻ってください。
「地獄の皇太子は2度死ぬ」シリーズで、続編を書くつもりですが、皆様の反応で、次の作品にも士気が上がりますので、ご感想等お待ちしております。
ここにそのうち続編のリンク貼りますので、続編もまたよろしくお願いいたします。




