第49話 狂気は笑う
「軍の奴らも会社の奴らも、この天才の僕に無能のレッテルを貼りやがった! あんな! あんな下等な奴らに、この僕が無能と言われたんだぞ!」
その時の悔しさ思い出し、ジャンは声を荒げて頭を掻き毟る。喚き散らすその表情は険しく、怒りに歪み、貴公子とはかけ離れたものだった。
その後、ひとしきり喚いて少し冷静さを取り戻したのか、ふぅと一息ついて落ち着いた声に戻り、話を続けた。
「その後、僕は会社を辞めた。傷心し、ふらふらと故郷の実家に帰って、そこに篭ったんだ。でも、ある日、何となく物置に仕舞ってある古い本が読みたくなってね。それを探していたら、曾祖父の手帳を見つけたんだ。曾祖父は戦争犯罪人で、処断される前にどこかに逃げてしまったという、我が家では話題にするのも憚られるような人だった。しかしどうだい! 実際は曾祖父はかなり優れた科学者だったんだよ!」
先ほどとは打って変わり、今度は興奮した様子で声を大きくする。
「彼の手帳を読んで、僕は衝撃を受けた。科学はもちろん、魔術、錬金術など多岐に渡る分野について、様々な革新的なことが書いてあったんだ。
そんな手帳の記述で何より驚いたのが、不死鳥石を使った人体の魔力強化の話だった。だって、魔法石を使った強化の考えはバーミリオンの設計思想と同じだったからさ。
人体実験に使った村のことや自身の秘密の研究所についても書いてあった」
ジャンの言葉に、ヨハンがはっと息を呑んだ。それは、あることが思い当たったからだ。
重力に押さえつけられながらヨハンが口を開く。
「まさか……貴方の曾祖父は……ミハエル・ハイマン……」
「ん? その通りだよ。彼を知っているのかな? 僕の曾祖父はミハエル・ハイマンさ。
そのミハエルの手帳を読んで、僕は一目散にレマール湖に向かった。そして、秘密の研究所を探り当てた。曾祖父が、戦争犯罪人になってからそこに逃げ込み、何を完成させようとしていたのか、そこで知ったよ。
彼はフェネクス自体を作り出そうとしていたんだ。フェネクスに逃げられ、不死鳥石が量産できなくなったけど、手元に残った不死鳥石からフェネクス自体を作れないか研究していたんだ。
それを知って僕は思ったんだ。曾祖父の研究成果に、僕の最新の魔導工学の知識が加われば、フェネクスを作れる。そして僕の宿願、いや、人生の目標を達成できると確証したんだ。
僕の目標、それは、魔導工学においてソロモン王を超えることさ」
大望を自信満々で語るジャンの目には一切の迷いがないことが窺えたが、その姿は自分に酔っているともいえた。聞いてもいないのに、ペラペラと自分の話を得意げに話す。一連の事件の犯人像を自信家だとメリッサ達が想像していたのは、間違いではなかった。
「そこからは、自宅に隠し持っていたバーミリオンの予備を湖の研究所に持込み、そのデータをベースに研究を進めていったんだ。
そして、完成した。僕のフェネクスがね。彼女は最高の作品だ。彼女には、オディールと名づけたよ」
「おい……あの湖の古代魚やこの森にいた二足歩行の生物も貴様の仕業か?」
未だに、両手足を地面から離せない程に強い重力が抑え付ける中、クロードが重力に耐える様にゆっくりと言った。
「そう、正解。あれは副産物みたいなものだね。オディールの力は、フェネクスと同じ蘇生や再生能力だから、化石に向かって使ってみたんだよ。そしたら、あの古代魚が蘇ったわけさ。あの魚には召喚獣用の命令を脳に上書きして、研究所の番人なってもらった。
ちなみに、この森で君たちが会ったのも、ギオラプトルっていう古代の生物さ。彼らもこの森に眠ってた化石から復元したんだ。
ただ、この蘇生って肉体が復活するだけで、中身空っぽなんだよね。だから、いちいち命令を脳に書き込まなければいけないし、複雑な命令は出来ないんだよ。人間にやってもゾンビを作るのと変わらないんだ」
飄々と語るジャンの態度にメリッサは嫌悪を覚えた。
狂ってる。この天才には人として大切なものが欠如している。命さえも研究材料の一つぐらいにしか考えていない、最低な奴だ。
体が動かない中で、メリッサが彼を睨みつける。しかし、そんなこと気にすることもなくジャンは語り続けた。
「ただ、生まれたばかりのオディールは弱くてね。とてもじゃないが、ソロモン王の作ったオリジナルには勝てなかった。だから、不死鳥石を与えてみたんだ。そうしたら、一気に魔力が強まったんだ。
それで僕は確信した。あと数個、不死鳥石を与えればオリジナルを超えられるとね。
そこからは、各地にある不死鳥石探しさ。丁度良く、オークションで落札されたニュースが新聞で出てたからね。あのガルシアっておじさんの家から頂戴したよ。オディールの力試しついでにね」
あれだけの惨事を起こしながら、にこにこと悪びれもなく語る。むしろ自分は偉業を成し遂げたのだと誇らしげにすら見える態度だ。
「あの夜、オリジナルと初めて会えた。まさか向こうから来てくれるとは思わなかったからびっくりしたよ。でも戦ってみて分かったんだ。オディールはもうオリジナルにも負けないって。
そして、僕は思い立ったんだ。復讐を果たそうと。僕を無能呼ばわりした、この国の軍とMI社にね。そのためのカシメル地方なんだよ」
ジャンは顔を醜悪に歪めて笑った。
「君たちが来るまでの間、この地方にある2つの国の軍事基地にちょっかいを出しておいたんだ。犯行声明まがいなものまで残して、伝説のフェネクスだって印象付けたんだよ。
そしたら、両国ともフェネクスを捉えようと兵力差し向けてきたよ。ただ、大体的に兵を出せば紛争に発展するからね、それを避ける為に、こそこそと少数精鋭の特殊部隊を出してきた。
僕の予想通りにね。
そして、僕の計画では、その特殊部隊を軽く潰すんだ。実際、パルスタンの特殊部隊は3分と掛からなかったな。ガルディア国の特殊部隊は途中で君たちにやられちゃったみたいだけど」
「ふん、これが貴様の復讐か、随分と小さいな。ただ基地を一つ攻撃しただけではないか」
クロードがジャンを睨んで冷笑する。
「それは不正解だね。舞台がカシメル地方の意味を考えてよ。この地方はガルディア、パルスタンとそれぞれが基地を置いて実効支配しているね。でも、もう1国、シーナ共和国が領有権を主張しているだろ?
ここでガルティア、パルスタンの両国相手にデモンストレーションをして、シーナに僕の頭脳と技術を売り込もうと思っているのさ。僕の頭脳と技術があればカシメル地方を手に入れられるよってね。
今回はお披露目のみだけど、亡命後に僕の技術でシーナ共和国軍の兵器を強化し、この地方を手に入れるのさ。そうすればガルティア国軍のメンツは丸潰れ、軍に主力の兵器を提供しているMI社にも僕の技術的有利も見せつけられる。僕の復讐はこれで完遂する。あははは」
ジャンが狂ったように高笑い上げた。
「そしてシーナ共和国の強化には、不死鳥石を使ったゴーレムを量産するのさ。だから不死鳥石を量産しなきゃいけない。
でも、オディールはいくら強くなっても、不死鳥石を生み出す能力は手に入らなかった。そこで僕は結論を出した。オリジナルのフェネクスの力を奪えばそれができるってね。
だからオリジナルに分かるようにサインを出した。結果、オディールからのお誘いにオリジナルは上手く乗ってくれた。誘いに乗らなければ、乗る気になるまで殺戮を繰り返すつもりだったから、こちらの意図を分かってくれたみたいだね。
オリジナルの力を取り込み、フェネクスを超える唯一無二の存在になるのさ! そして、僕はあのソロモン王を超えられる! はははははは」
ジャンの狂気に満ちた笑い声が、カシメル地方の中心に高らかに響く。そんな中、2羽の不死鳥の死闘は佳境を迎えていた。
推理小説とかでいうところの、犯人が動機とか犯行について種明かしのように喋るとこなんで、やたらとセリフが多くなってしまいました。
もっとスマートに種明かし出来ればいいんですけど、精進せねば……(-_-;)




