第4話 地獄の鐘が響くとき
スターチはメリッサにちらっと見ると、向きを変え、他の兵士たちに指示を出し始めた。彼も不測の事態に焦っているのか、声に厳しさが滲む。
急き立てられるように、ターミナルにいる人間が慌ただしく動き出そうとする中、響き渡る重い音。
ゴウン ゴウン ゴウン
ターミナルの大型エレベーターが立てる大きな音だった。エレベーターはゆっくりと下降し、メリッサ達のいる階の一つ上で止まった。
(地下二階は突破されたのか……)
敵の進行の速さに、メリッサは不安と不気味さが胸中に渦巻いた。。
横にいたスターチも地下二階が突破されたことは理解しているらしく、兵士たちに出す指示が慌ただしさを増している。
彼の指示により、手当てをした負傷者がトラックで搬送されてゆく中、残った兵士が集められ増援部隊が組織され始めた。
「あんたらも来てもらうぞ」
指示を出していたスターチが、メリッサ達の方を向き少し強い口調で言った。
「はぁ、まだお仕事か続くぅ」
「しょうがないよ、ヴァルちゃん。がんばろ! 帰ったら美味しいケーキがあるからさ」
ぐったりうな垂れるヴァルを、ロゼッタが励ます。
「……け……ケーキ……」
ロゼッタの垂れていた頭が少しずつ上がってゆくなかで、眼に光が戻ってゆく。
「ケーキ! ケーキ! おっしゃあ! テロリストかかってこい! さっさと蜂の巣にしてケーキ食べるぞぉ!」
「はは、ケーキって乙女な単語に、物騒なセリフがトッピングしてるな」
横で見ていたアルレッキーノが苦笑する。
場の空気にそぐわない緊張感を欠いたやり取りに、少し緊張がほぐれたと思った矢先、突如、無線機が鳴った。
一同の表情が一瞬で神妙な面持ちになる。
『こ……ちら‥…地下三階……』
無線の声は弱弱しかった。スターチが無線に応答する。
「こちら地下四階警備A班。そちらは、敵の新勢力と交戦中か?」
『こ……ちら……は……』
「増援部隊の準備は整った。すぐそちらに向かう」
『こちら……は……もう、ダメ……だ………』
通信を聞いていた全員が、無線機から流れた言葉に凍り付いた。
「そんな、地下二階が突破されてから十分も経っていないぞ。もう地下三階が……」
メリッサは、驚きのあまり、思ったことが口を出てしまっていた。しかし、本人を含め周りの人間も、その独り言に気付いてすらいないほど動揺している。
「敵の勢力はそんなに強大なのか? おい、しっかりしろ!」
スターチが怒鳴るように無線に呼びかけた。しかし、返ってきた言葉は短く、驚愕の正体内容だった。
『敵……は……一機……』
グシャッ
何かを砕くような音が聴こえ、無線からノイズ音以外は聴こえなくなった。
オープン回線で届いた無線は、ターミナルにいる人間全員が聞くことととなり、ザワザワと動揺が広がった。たった一機の敵が、二階層分もの兵力を壊滅させた、そんな信じがたい事実が恐怖や不安となって一同の精神を侵食していく。
「全員落ち着け! 敵はこちらに確実に向かってくる。迎撃体制に入れ!」
その場の空気を払拭するように、スターチが大声を出した。先ほどまでザワザワと浮足立っていた兵士たちは、指揮官の指示の下、テキパキと配置に着く。
敵はターミナルのエレベーターを使用して下階に移動していることから、エレベーターを半円状に囲むように、1号機から6号機のブロッケンが前方に、歩兵が後方に布陣した。
メリッサたちも、警備兵のライフルを借りて構える。銃の扱いは得意ではないが、ここは指揮官の指示に従うことにした。
全員がエレベーターに向け武器を構えて、固唾を飲む。
ターミナルを包む静寂。
ゴウン ゴウン ゴウン
遂にエレベーターが動き出した。緊張感に満ちた静寂のせいで、エレベーターが響かせる重低音が体の芯を叩くようにはっきり響いた。その音は、まるで残酷な運命の来訪を告げる鐘の音だった。
聞く者に不安と恐怖を呼び起こす音色。
エレベーターが、地下三階と地下四階の間を抜け、少しずつその姿を現す。
エレベーターには、囲いがなく足場部分のみが動くため、下降に合わせ、搭乗者の姿が脚の方から見え始めた。
全員が武器を握りしめながら攻撃命令を待つ。
じわり、じわりと迫る緊迫の時。
ついに、エレベーターに乗る敵影を捉えたと思った時、指揮官から命令が発せられた。
「全員撃つな! 乗っているのは味方だ!」
気持ちが逸る兵士たちが、慌てて動きを止めた。
乗っていたのは、二機のブロッケンであった。上階に配備されているものだろう。
なんだ、味方か……と皆が緊張の糸を緩めかけたときだった。下降を続けるエレベーターの中で、その二機のブロッケンが不自然にバランスを崩して倒れたのだ。
「違う! 敵はいる! ブロッケンの後ろだ!」
乗っていたのは既に破壊された残骸だったのだ。
メリッサが叫んだ次の瞬間、残骸の後ろから獣の如く跳躍する一つ影があった。
半円の陣形の中央で迎撃態勢を取っていた3号機のブロッケン、その目の前に着地する敵影。
こちらが反応できないまま、一瞬で敵は片腕をまっすぐ3号機に突き刺さした。3号機は搭乗席を貫かれ、敵にもたれるようにして、ガクンと動かなくなった。
敵が突き刺した腕を振り払う。
地面に転がったる3号機の残骸。完全に露わになる敵影。
全身赤い装甲に覆われた異形のゴーレムが悠然と立っていた。
「迎撃開始だ!」
一瞬あっけにとられていたが、スターチから命令が下る。そこから一斉に攻撃が開始された。
「なんだ、あいつは? あんなゴーレム見たことないぜ……」
敵の外見は、アルレッキーノの知識にある限りのどのゴーレムとも異なっており、そのことに彼は驚きを隠せなかった。
正体不明、そのことが余計に不気味に感じる。
そんな彼の視線の先で、敵の赤いゴーレムに向かって、ブロッケンの機関銃が各方向から斉射された。
耳をつんざく銃声の嵐が、火力の高さを物語る。
しかし、敵は、機械の人形とは考えられないほど高く跳躍し、銃弾の雨を容易くかわした。
空中で弧を描き、4号機のブロッケンの前に着地すると同時に、右手の爪を振り下ろした。ギギギっと鉄がひしゃげる音を立て、4号機が紙細工のように引き裂かれる。
2機目がやられた。
「歩兵は魔法攻撃に切り替えろ! ライフルじゃ効果がない!」
スターチから指示に、銃撃をしていた歩兵が、魔法の詠唱をはじめる。
皆が攻撃方法を切り替える中、ヴァルも支給されたライフルを足元に置いた。
「だめだ。指揮官さんの言う通り、ライフルじゃ弱いや。ロゼッタ、対ゴーレム用ライフル借りるよ」
「え? う、うん、背中のバックパックにあるから」
機銃を連射している最中に急にヴァルに声をかけられたため、ロゼッタは若干戸惑いながら返事をする。
「あいよぉ、では失礼。あ、これね」
ヴァルはロゼッタの背中から対ゴーレム用のライフルを降ろす。ライフルは分解されて収納されているため、ヴァルは馴れた手つきでバラバラの部品を組み立て始めた。
その間にも敵のゴーレムの猛攻は続く。
引き裂いた4号機の残骸を片手で持ち上げ、機銃を防ぐ盾にすると、そのまま5号機に突進した。
そのスピードは恐ろしく速い。近くまでに走り寄ると、勢いそのままに、持っていた残骸を5号機に叩きつけた。
ガシャンと大きな音を立て、よろける5号機。
敵のゴーレムは、その隙に素早く横に回り、手刀を突き立てた。一撃で5号機の装甲に風穴が出来る。
「5号機はもう駄目だ! 魔法をありったけ放てッ!!」
スターチの怒号のもと、いくつもの火球が敵のゴーレムに飛んで行くが、敵はたった今止めを刺した5号機の陰にして、飛んで来た火の玉をしのぐ。
遠距離では致命傷を与えられないと判断し、残った3機のブロッケンが、格闘戦用に装備されているナイフを構え、三方向から囲む形で包囲の間隔を狭めていく。
しかし、それにたじろぎもせず、敵は包囲の狭まる前に、真正面から来る2号機へと疾走した。
まるで獲物に襲いかかる狼だ。
素早く間合いを詰めた途端、ナイフを振り下ろそうとした2号機の腕を、敵は左腕一本で掴んで止めた。
そして、空いているもう片方の腕を2号機の胴体に深々と突き刺した。
ガシャンッという破砕の音ともに崩れ落ちる2号機。
敵はがっしり掴んでいたその2号機の腕を、握りつぶす様にして引きちぎると、そのまま振り返りざまに後方から迫る6号機に対してそれを投げつけた。
腕ごとナイフが飛んでゆき、ズンという重い音を立てて6号機の操縦席を押し潰すように突き刺さった。
ナイフが命中した6号機は衝撃で体制を崩し、横転して動かなくなった。
最後に残った1号機が、隙の出来た背後から迫る。
突進ざまにナイフを突き刺そうとするが、そこで敵はゴーレムにはあり得ない動きを見せた。
後方に宙返りをしたのだ。
1号機を飛び越え、真後ろに着地する。本当に機械なのかも疑わしくなるほどの動き、まるで獣だ。
鋭利な爪の付いた手が、1号機の背中に突き立てられた。
6機のブロッケンが行動不能にされるまで、数分の出来事で
、その場の誰もが悪夢を見ている気分だった。
「あいつ本当にゴーレムか……あんな動き、最新鋭の機体ですらできないぞ……」
戦いを観察していたアルレッキーノが驚愕し、言葉が口から洩れる。
ブロッケンによる近接戦闘のため、味方を攻撃しないよう魔法攻撃を控えていた歩兵たちであったが、ブロッケンが全滅した以上、魔法を敵に向かって放ち始めた。
もはや警備兵たちは自棄に近く、意味不明な言葉を絶叫しながら魔法を放っている。
しかし、敵は右へ左へと飛退いて魔法攻撃をかわし、歩兵たちから距離を取った。
離れた場所に止まった敵のゴーレムは、おもむろに歩兵達の方へ片腕を伸ばした。広げられた掌の前に、赤く光る球が発生し、それが少しづつ大きくなっていく。
「まずい! 魔法障壁を展開しろ!!」
メリッサが咄嗟に叫んだ。
マリアはメリッサの声に反応し、すぐに障壁を展開したが、恐怖に狂乱する他の警備兵は、すぐに反応できない。
その間にもゴーレムの掌の赤い球体は、その体積を増し、今まさに弾けようとしていた。