第48話 栄光と挫折
ジャン・ユグノーは天才である。
100人に聞けば、100人が天才だと答える、天才の中の天才である。
それは、ジャンの輝かしい人生の軌跡をざっと辿るだけで分かる。
――6歳で魔動エンジンを1から組み立てた。
――10歳でゴーレム1人で設計、開発した。
――12歳で超難関の国立大学に飛び級で入学。
――1年学年を飛び越し、15歳で首席で卒業。
大学在籍中に彼が考えた理論や技術は、ゴーレムの開発現場で今も利用されている画期的なものばかりである。
――16歳で世界的大企業、マーリンインダストリに入社し、魔動開発部門でその驚異の頭脳を活用し、様々な偉業を成し遂げてきた。
そして、弱冠20歳で魔動開発部門の最高責任者となった。
ここに上げたのは、彼の黄金の人生のほんの一握りの出来事である。
しかし、そんな天才ジャン・ユグノーが、生まれて初めて挫折を味わったのである。
その日、ジャンは多くの重鎮たちと共に、彼の企画した“催し物”を見学していた。
重鎮たちとは、MI社の重役たちとガルディア国軍東方司令部の高官たちである。
「実戦に近いデータを見せたいからといって、自社の警備兵たちを巻き込むとは、君たちは本当の意味で死の商人だな」
軍服の中年男がニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべた。彼の胸にはいくつもの勲章や階級を現すバッチがジャラジャラと付いている。
「いやはや、これは厳しい意見ですな。しかし、兵器は戦闘時にこそ真価を発揮します。それに准将も、標的を壊すだけのデモンストレーションより、実戦形式の方がご覧になりたいだろうと思いまして」
「ははは、それはそうだ。分かっているじゃないか」
准将と同じように、MI社の重役の一人が黒い笑いを浮かべた。
まったく、金と権力に溺れた無能な豚どもめ、何がそんなに面白いんだ。
目の前で繰り広げられる中年男どもの政治的思惑が見え隠れする戯れは、ジャンには正直、うんざりする光景だった。が、自分の研究のためには、こういった付き合いが必要なのも事実だ。
気持ち程度に口もとに笑みを作り、その場に溶け込むことに努めた。
すると今度は准将とは別の軍人が口を開いた。
「今回の新型は、君が主体で設計、開発したとか。噂に名高い天才ジャン・ユグノーの作品だ。期待しているぞ」
「ありがとうございます、大佐。その期待には、確実に応えられると確信しています」
大佐という男に、今度はにんまりと笑みを見せるジャン。本心を語るその笑いには自信が漲っていた。
「それでは、そろそろ良い頃合いでございますので、今回の新型機のデモンストレーションについて説明をさせて頂きます。お手元の資料をご覧ください」
ジャンに促され、その場にいた全員から紙が捲られる音がした。
「この度の東方司令部の新世代ゴーレム導入にあたり、弊社がご提案させて頂きますのが、MRZ-001、バーミリオンです。これは従来の搭乗型ではなく、事前の命令によって半自律型で動く次世代のゴーレムなのです」
そこからざっと新型機バーミリオンの性能説明がされ、その性能の高さに軍関係者からは時折、おおっと感心する声が上がった。
「そして、よりバーミリオンの性能の高さを分かって頂くために、今回、このような大掛かりな舞台を用意させていただきました」
ジャンが言う舞台とは、鉱山のターミナル呼ばれる大型エレベーターを備えた広場を指していた。この鉱山はMI社の持つ鉱山の一つである。
そして、そのターミナルの岩壁の一角、劇場の2階席の様に、前後10人ずつの2列で座席が設けられていた。
「皆さまにはここから、デモンストレーションをご覧になって頂きます。もちろん、特殊ガラスで覆っていますので流れ弾の心配はありませんし、高度なカモフラージュの魔法をかけてありますから、向こうからはこちらは岩壁にしか見えません。」
「ほほう、これはまるで円形劇場のようだな」
「まさにその通りです。しかもこの座席は各ターミナルを行き来できるエレベーターになっておりまして、どのターミナルの戦闘も座ったまま快適にご覧いただけます」
「凄い力の入れ様だな。当然、演目にもこだわりの筋書きがあるのだろう?」
准将が、ターミナルを見下ろして上機嫌に言った。
「はい、筋書きはこうです」
ジャンが、自ら考えた筋書きを得意げに説明する。
彼の筋書きでは、現在彼らがいる鉱山を、そこに貯蔵されているレアメタルを強奪しにテロリストが襲撃することになっている。もちろんテロリストは本物である。
ただ、本物ではあるが、そこに仕込みがある。
その仕込みとは、襲撃当日、鉱山を警備するゴーレムーーブロッケンが機能停止するというものである。
テロリストには、偽の内通者がブロッケンの機能を停止させる工作を行うと伝えた。加えて、武器やゴーレムも提供し、彼らを扇動したのであった。
「つまりバーミリオンで、テロリストを殲滅するのか?」
「いえ、相手が逆です。弊社の警備を、バーミリオン1機で殲滅します」
「ん? どういうことだ?」
「テロリストの襲撃に、弊社の警備が臨戦態勢になることが重要なのです。
頃合いをみて停止していたブロッケンを起動し、テロリストには早々に退場して頂きます。すると、
地下2階から4階までに、各階にブロッケンが5体から6体、兵士20人ほどが臨戦態勢で配置されることになります。
これは、小規模場な拠点とほぼ同等の戦力。それをバーミリオン1機で征圧いたします」
軍関係者たちからどよめきが起こった。ジャンが提示した戦力差があまりにもおかしなものに聞こえたからだ。
「たった1機でその戦力を?」
「はい。ああ、もちろん八百長はありませんよ。警備兵たちは今回のデモンストレーションのことは知りません。加えて、情報隠ぺいの為、バーミリオン自体、テロリスト側の謎の兵器ということになるようにしてますので、警備兵も必死で戦うでしょう」
そこまで言ってジャンは、にんまりとした笑みを湛えた。それは自身の開発した兵器の質、その力を誇示する為のシナリオ、全てにおいて自信があることへの表れだった。
天才の笑顔に、その場の期待感は否応にも高まったのである。
そして数分後、満を持して演目は始まり、数時間後、ある結果を残して演目は終わった。
その結果は、演目を監督した天才ジャン・ユグノーの評価となった。
評価、それは――落第点。
生まれてから受けたことのない評価だった。
♦ ♦ ♦
「ユグノー君。まだ結果は出ていないが、この度の東方司令部の新型機導入の件……我が社は既に選択肢から消えたと言える」
「軍の関係者は前回のデモンストレーションに対して非常にがっかりして帰って行ったよ。私達も君には期待していたんだがね……正直、遺憾だ」
デモンストレーション翌日、重役たちが集まる一室に、ジャンは呼ばれていた。
そこでは、代わる代わる重役たちが彼を弾劾し、吊るし上げる。それを彼は黙って聞いていた。
「ブロッケンを計14体破壊したところまでは良かった。問題は地下4階での戦闘だ。ゴーレム、しかも最新鋭の機体が歩兵にいいようにされて、逃走を許し、あまつさえ追撃を掛けた結果逆に破壊させるとは……」
鉱山のターミナルでの戦闘で、バーミリオンは人間相手に苦戦し、彼らの逃走を許してしまった。その後、殲滅の命令を遵守したバ―ミリオンは、逃げた兵士たちを地下4階奥に追撃したのだった。
そこから何が起こったのかは、ターミナルにいたジャン達には分からなかい。
しかし、バ―ミリオンは地下4階奥で、胸より上を切断された状態で発見された。他にゴーレムやその他兵器は確認できていない。つまり、歩兵に負けたのだ。
「この事実に軍の方々も首を捻っていたよ。ブロッケン14体を倒して、なぜ人間に負けるのかと。そして、何か重大な欠陥があるのではという結論になり、今回の導入の選択肢から外されたのだよ」
――重大な欠陥だと? そんなものがあるわけないだろう! この馬鹿どもめ!
「今回の損失は、バーミリオンの開発費、デモンストレーションの為の施設準備費。そして、バ―ミリオンに使った不死鳥石も紛失した。今回の損害は計り知れないぞ!」
――何が損害だ。崇高な研究には金は掛かるんだ。それに僕のおかげで、今までどれだけ稼いだと思ってるんだ!
「まったく、天才ともてはやされていても、やはり若造だ。大したことがなかったな」
――ふざけるなよ! お前たちの物差しで、天才の器が図れるものか!
「今回の件で、君には責任を取ってもらうからな。あれは君が全て企画したんだから」
――結局、保身か。無能な豚どもめ。餌に群がり、餌がなくなればさっさと離れてゆく。無能で下劣な豚どもめ!
ジャンは黙って、重役たちの言葉を聞きながら、内心で彼らへの罵倒を叫んだ。
――僕はこんな所で終わるはずが無いんだ。
――バ―ミリオンだって足掛かりなんだ。
――僕は、僕はあの男を越えるんだ。
――ソロモン王を越えるんだ。
1章の襲撃事件の裏側が明らかに
天才にしてイケメン……別の世界から転移とか転生した人ではありません。




