第47話 森を抜けて
奥に進むにつれて、森は空を覆うほど鬱蒼とし、注ぐ日の光が、茂る葉の合間を縫って微かに届く程度になってゆく。
日の出前に森に入ったが、今はもう昼近いのだろうか。そんなことを思いながら、メリッサは木々で覆われた空を見上げていると、ガサガサと彼女の近くの茂み揺れた。
「娘、お前が気を抜くなと言ったはずだ!」
クロードが声を上げると同時に、茂みから飛び出した何者かの攻撃を剣で弾いた。
「な、何だ!?」
メリッサは慌てて構え、攻撃してきた対象を視認する。視界に入ったのは、見たこともない姿をした動物だった。
若干の動揺に、まばたきが増えた。
「これは……クリーチャーなのか?」
目の前のそれは、鋭い爪をもち、裂けたように大きな口にはずらりと牙が並んでいる。体は蛇の様に鱗に覆われており、大きさは人間より1回り大きいぐらいか。前足は小さく、後ろ脚で2足歩行をしている。
「お嬢、この辺はクリーチャーはいないはずだ。しかもこいつら、見たこともねぇ種類だぜ」
ヘルマンが大剣を構え、周囲を伺う。気付けば、異様な未知の生物達に囲まれていた。数は十数匹、蛇の様な鋭い目をギラつかせこちらを見ている。
(ドラゴンにしては小さいが……)
相手が何なのかメリッサが考えていると、未知の生物の中でも体の大きな1匹が、鳴き声を上げた。
すると、その声は合図だったのか、一斉に襲い掛かってきた。
メリッサ達も、後ろを取られないように密集し、各々の武器で応戦する。謎の生物は飛び掛かりながら、鋭い爪や牙での攻撃を仕掛けてきた。メリッサは剣でそれを弾いて反撃に出るが、相手は身体能力が高く、こちらの剣を後ろに飛び跳ねて軽々躱す。
ヒット・アンド・アウェイで襲ってくる相手に、剣を使うクロードもヘルマンも手を焼いていた。
ロゼッタの機銃やマリアの魔法で、数匹を行動不能には出来たが、仲間がやられたのを見て学習したのか、俊敏に動き回って的を絞らせない。
かなりの頭脳を持っているようだ。
敵の数も多く、完全に足止めを食ってしまった。いや、足止めというよりむしろ、じわじわと消耗させられているとすら言えた。
そんな戦闘の中、メリッサ達の意識は謎の生物の方に完全に向かっていた。その為、輪になった陣形の内側に対して当然、警戒は薄くなっていたのである。
しかし、それが不味かった。
新たなる敵は、その輪の内側に舞い降りたのだ。
ズンッ!!
後ろから地面に何かが衝突する音がして、メリッサは振り返った。一瞬のことだったが、そこからの光景は、まるでスローモーションの様にはっきり見えた。
(な、なんだ!? …………まさか!)
メリッサ達の輪の内側に現れたのは、黒い甲冑を着込んだ人間だった。背中から生えた青い炎の翼は、はためくマントの様に鮮やかだ。
空から降って来たのか、膝を曲げて地面で着地姿勢を取っている。そして、そのまま地面を蹴った。
誰もがその一瞬のことに反応できなかった。
――ジーグリンデを除いては。
ジーグリンデは持っていた剣に炎を纏わせ、一直線に向かってくる黒い甲冑が振るう剣をそれで受けた。
受け止めた瞬間、ジーグリンデの着ていた看護服が赤い炎に包まれ、一瞬で白い甲冑へと変わった。
彼女も戦闘用の装備――本気を出すつもりだ。
しかし、剣を受けはしたが、相手の突進は凄まじく、剣と剣を交差させたまま黒い甲冑に押される様にして、森の深く奥へと消えていった。
「ジーグリンデ!」
吹き抜ける風のように、一瞬のことだった。彼女が見えなくなってから、やっとヨハンが声を上げた。
ヨハンは、堪らずジーグリンデが消えた方へ走り出した。
「駄目だ、グリューエン先生!」
メリッサは叫ぶと、急いでヨハンを追った。
輪から抜けたヨハンに容赦なく謎の生物が迫り、間一髪のところで、彼に向けられた鋭い爪をメリッサの剣が弾いた。
「うああ!」
ヨハンは驚いて尻もちを着いた。
ヘルマン達もメリッサに追い付きヨハンの前に壁を作る。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません」
「ジーグリンデさんが心配ですものね」
メリッサがヨハンを引き起こしながら微笑んだ。そして、神妙な顔に戻って謎の生物が群がる前方を向いた。
「ヘルマン」
「分かってるぜ、お嬢。ここは俺たちが何とかする。クロードと医者先生を連れて先に行け」
「すまない」
小さく頭を下げると向き変え、ジーグリンデの消えた森の奥へと3人で走り出した。
♦ ♦ ♦
全力で駆けること数分、森の出口が見えた。ヘルマンたちが上手く足止めしてくれているようで、追っ手はない。メリッサ達は薄暗い森から、太陽の光が注ぐ明るい場所へと一気に駆け抜けた。
「ここがカシメル地方の中心……」
呟くメリッサの前には、荒涼とした岩だらけの風景が広がっていた。その風景の真中に、どっしりと構えた山がある。
その山は、雲を突き抜けるという様な高さではないが、岩肌むき出しの無骨な塊といった風体で、巨大さと威圧感を強く感じさせた。
風景に目をやるメリッサ達の耳に、ガキンッガキンッと金属がぶつかり合う音が岩山に反響して届く。
ジーグリンデが戦っている。いったいどこで。
メリッサ達は、目を凝らして見回した。
「あ、あれ!」
ヨハンの指差す方向に、視線を向ける。
岩山の中腹ほどの辺りで、ジーグリンデと黒い甲冑が熾烈な空中戦を繰り広げていた。
数合打ち合っては離れ、再び飛翔して打ち合う。その度に辺りには大きな音が鳴り響いていた。体が揺すられているような気がするほどの衝撃音である。
「僕らも行きましょう」
ヨハンに促され、もっとジーグリンデの近くに行こうと走り出した時だった。
「おっと、君たちはここで止まってもらうよ」
男の声がメリッサ達の足を止めた。頭上より聞こえる声の方を見ると、岩の上に一人の若い男が腰を掛けていた。
ジーンズにシャツと地味な格好をしている。それに明らかに軍人とは違う痩せ型の体型だ。厳重警戒地域の中心にいるような人種ではなく、異質以外の何ものでもなかった。
「何者だ、貴様」
クロードが睨みを効かせせる。
「あれ? 僕は割りと有名人なんだけどなぁ、分からないかぁ」
「貴様など知るか」
吐き捨てるように言うクロード。その横で、メリッサがはたと閃いた。
「もしや、ジャン・ユグノー……」
「お? 正解がでたね。そうだよ、あのジャン・ユグノーさ」
ジャンはにっこり笑って、正解だと言うように、メリッサを指差した。
「おい、娘。誰だ、そいつは」
「ジャン・ユグノー、若干20歳で、超大企業マーリン・インダストリ社の開発部門最高責任者になった男だ。魔導工学の天才貴公子などと言われている」
「マーリンインダストリ社の開発部門……ふむ、アルレキーノの奴が勝手にライバル視していた男か」
クロードはメリッサの説明に納得がいったのか、うんうんと小さく数回頷いた。
「そう、その天才の僕がこんな所にいる。どうしてか……もう分かるよね?」
ジャンの表情が無邪気な笑顔からニヒルな冷たい笑みへと変わった。
「あの偽フェネクスを使っての一連の事件……黒幕は貴方か?」
確かめるようにゆっくりとメリッサは言葉を紡ぐ。
「またまた正解」
「ならば、今すぐあの偽者のフェネクスを止めてもらおうか。実力行使も辞さないぞ」
おどけた態度のジャンに、メリッサはきつい視線と剣を向けた。
「やれやれ、その発言は不正解だな」
ジャンの態度は変わらず、おどけたままだ。
「僕は戦闘なんて野蛮行為は専門外だからね、わざわざ君たちの前に姿を晒す訳ないだろ。今君たちが見ているのは、魔法で作った虚像だよ」
「くっ」
メリッサは歯噛みした。いちいち癇に障る男だ。
「ならば先を急がせてもらう!」
ジーグリンデの援護に向かおうと、メリッサたちが足を踏み出した途端、急に体が重くなり、地面に膝をついてしまった。
クロードとヨハンも、何かに圧し掛かられたように地面に膝をついている。
「それも不正解だね。さっき、僕は『君たちには止まってもらう』って言ったんだよ。彼女の邪魔はさせないさ。
それよりも、グレンザール警備会社の諸君、君たちのお陰で僕は科学者として、更なる高みへと上るチャンスを得ることが出来たんだ。だからお礼に、僕が高みに上り詰めるその瞬間を、君たちも立ち合わせてあげるよ」
ジャンはここら一帯にトラップを仕掛けていたようだ。
体が一気に重くなった気がする。いや、実際になったのだ。恐らくトラップは、重力操作系のもの。今、メリッサたちには数倍の重力が掛かっているのだろう。
「うぐっ……私たちの……お陰だと? なんの……ことだ」
メリッサは重力に押さえつけられ、ぶつ切りに言葉を吐き出す。体が圧迫されて、息をするのも苦しい。
「そうだね。運命の時まではもう少し時間がある。お話でもしようか。君たち警備会社は、MI社の鉱山で赤いゴーレムと戦っただろ? あれはバーミリオンといって、僕が開発したものだったんだよ。あの日はね、実は、MI社がバーミリオンを軍の最新主力機として売込む為の、デモンストレーションが行われていたんだ」
そこから、語られたのはジャンの知る事実。
あのMI社の鉱山で起きた事件の裏側、そして一連のフェネクスを巡る事件の背後。
歪んだ笑みを浮かべて、狂気の天才は全てを語り出したのだった。
黒幕、ついに登場!
ジャン・ユグノーって誰だよって人は、1章第1話と2章12話を参照
ちゃんと彼についての描写があります。
次回はこのジャンのお話です。




