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第46話 狩人

 ヴァルは、ライフルに取り付けられた射程距離を延ばすための強化パーツを手早く取り外してゆく。全てを取り外すと、銃身は通常のライフルの長さになり、重量も相当軽くなった。

 最後にスコープを外そうと手を掛けたその時、ヴァルのこめかみに生じる静電気にも似たピリついた感覚。


 ――来る!


 その感覚と同時に、ヴァルがその場からさっと飛び退いた。

 次の瞬間、ヴァルがライフルを置いて構えていた倒木が、何かに喰い千切られた様に大きく抉れた。

 バリバリっと大木が、軋みがひしゃげる音が響く。


 それはエアースネークと呼ばれる、入り組んだ場所でも障害物を避けながら目標に空気の爆弾をぶつけることのできる、高等な風魔法であった。


 ヴァルはそのまま後方に走った。すぐ後ろでは、走る彼女を追うように地面にクレータが幾つも出来き上がる。バコッ バコッという破砕の音を背後に感じつつ、猫の様に俊敏に岩に飛び乗り、そこから近くの枝に飛び移った。


「みっけ!」


 遠くの木の上に人影を見つけた。

 言葉と同時に放たれる銃弾。

 響く銃声の後に、彼女に見られた人影は木の上から落ちていった。


 ――一撃必中。


 しかし、ヴァルは留まることなく別の枝に飛び移る。留まればエアースネークの餌食となるからだ。

 飛び移った先で敵影を捕捉し撃ち落とす。また飛び移り撃ち落とす。

 まるで次の枝がどこにあるのか把握しているかの様に、彼女は銃を構えたまま軽々と空中散歩としゃれこみつつ、正確無比な射撃を繰り出した。

 銃の音から少しおいて、地面に人が落ちる音が鳴る。

 ドサリ、ドサリ――

 木の上から3人撃ち落としたところで、魔法の攻撃が止んだ。


「魔法は終わりかな?」


 枝の上で足を止めて辺りを伺う。ライフルのコッキングレバーを引いて次弾を装填した時だった――


 ギシギシギシ


 音を上げてヴァルの立つ木がゆっくり傾き始めた。


「おお!?」


 ヴァルは一瞬慌てるが、枝を蹴って後方に宙返りした。

 彼女の目は襲い来る光る刃を捉えていた。

 彼女の動きを追うように、光る刃は彼女が立っていた枝をすぱっと切り落とした。


 宙返りから傾いて今まさに倒れつつある幹へと着地。すぐさま光の刃の出どころを見る。

 地上には剣を持った兵士。

 その手中の剣は刀身が光を帯びて、数倍の長さになっている。それを振り回して、大木ごとヴァルを切り刻もうというのだ。


 シャイニング・エッジ、剣や槍などに光の刃を纏わせて切れ味を増したり、間合いを広げる攻撃強化魔法。切れ味も間合いの長さも術者の能力によって変わる。

 地上から、10メートル近く離れてたヴァルに届くこの術者は相当の使い手と言えた。


 倒れてゆく木の幹の上で、何度と迫りくる刃を後ろにステップして避ける。

 倒木まで刹那の時間。

 常人ではあり得ないスピードでの攻防。

 猛烈な連続攻撃によって、大木の輪切りが量産されてゆく。

 そんな中、攻撃の一瞬の隙をついて敵を狙い撃とうとヴァルがライフルを構えた。


 ――ッ!?


 意図しない別の方向から迫る光の刃。

 瞬時に飛び退くと、刃がチャームポイントの赤い髪の先を切断してすり抜けていった。

 躱した。が、髪だけでなく、ライフルが切り裂かれてしまった。


「ちぇっ、もう1人いたのか……」


 切られたライフルを捨てながらぼやく。

 シャイニング・エッジの使い手はもう1人いた。ヴァルの動きが止まるのを待っていたのだ。

 術者は2人になり、危機は続く。

 その時ヴァルの体は空中にあった。2本目の刃を躱すのに、大きく跳躍し過ぎたためだ。それに足場にしていた木の幹は、もう全て輪切りになってしまっている。

 空中で落下を始めたヴァルを、2本の刃が同時に狙う。


 交差することなく異なったタイミングで、しかしほぼ同時に迫る白刃。何千回と繰り返した連携だ。回避は不可能。

 二人の使い手は彼女を捉えたと確信した


 今までの敵なら決まっていただろう。

 しかし、ヴァルは違った。彼らが連携して倒してきた敵とは次元が違ったのだ。

 その能力は彼らの創造の遥か上をいっていた。


 刃が掛かる刹那、その標的は空中で身を捻ったのだ。


 変わるヴァルの軌道。

 兵士たちには、その光景がスローモーションに見えた。ゆっくりと流れる世界の中で、少女が木の葉のようにヒラリ、ヒラリと空中で刃を避けたのである。

 悪夢だった。

 体験したことのない悪夢――勝利の確信がスローの中で絶望へと変わる。

 ヴァルは空中の動きの中で、腰のホルスターにある愛用の2丁拳銃に手を掛け、引き抜くと同時に発砲した。


「ぐっ」

「がぁっ」


 くぐもった悲鳴が2つ重なって上がる。

 ヴァルの銃は、それぞれ肩と脚に1発ずつ、防具の隙間に弾丸を撃ち込んだ。行動不能にするのに1発、乙女の髪を切った報いに1発だ。

 光の刃を振り回していた2人が地面に転がり悶絶した。

 

 しかし、一息つく暇はない。

 ヴァルが着地した瞬間、勝利の余韻も与えず背後から敵が迫る。

 振り降ろされる剣を躱して、銃弾を脚にお見舞いする。相手が倒れるのを横目で見ながら、新たな敵の気配を感じ、次の動きを取ろうとした時だった。


「あれ?」


 足が地面に張り付いた様に動かない。

 足元を見ると、先ほど転がした兵士が倒れながらヴァルの影に剣を突き刺している。


 シャドウ・バインド。相手の影に作用して、地面に接している部分を張り付ける魔法だ。

 動きが取れないヴァルに、餓狼の如く、剣を構えた兵士たちが4方向から押し寄せた。



 ♦  ♦  ♦



「本当に小娘1人で良かったのか?」


 森を奥へと歩きながら、クロードがメリッサに質問する。


「ああ、ヴァルなら問題ないよ」


 メリッサが特に気にする様子もなく、けろりした顔で答える。


「あの小娘が普通ではないのは分かるが、それでも1人で15人も相手にするなどできるのか?」

「彼女が大丈夫と言ったなら、大丈夫だ。むしろ我々が残った方が彼女の邪魔になるさ」

「随分と信頼を置いているな。あの小娘の狙撃の腕は、確かに大したものだ」


 クロードが腕を組んで、横目でメリッサを見る。


「しかし、狙撃手や銃使いは本来、長距離や中距離からの攻撃が領分のはず。敵とて馬鹿じゃない、必ず近接戦闘を仕掛けてくるぞ。その時、小娘一人で防げるのか?」

「ヴァルが心配か? クロード」

「馬鹿を言え。フェネクスを相手に駒は多い方がいいからだ。それに、奴の実力に少し興味が沸いた。奴は謎が多い」

「ふふ。ヴァルはな、弓矢から大砲に至るまで、何かを射出する武器であれば自在に操ることが出来るんだ。もちろん命中精度もずば抜けていい。ただ逆に、近接武器は一切使えないんだ」


 そう言って何か面白いことを思い出したのか、メリッサは小さく笑った。


「昔、試しに短めの剣を持たせてみたら、ふらついて構えることもできなかったよ。重い銃は軽々持っているのにな……ふふふ」


 そんな話を聞いてクロードは首を傾げる。


「妙な性質だな。あの小娘は本当に人間か?」

「え? クロードには言ってなかったか? ヴァルはテストゥムだぞ」


 一瞬、クロードが呆気に取られたように固まる。


「な、なんだと? そういう事は早く言え! 分かっていたらあの小娘から―――」


 クロードが急に大きい声を出しそうになったので、メリッサは慌ててクロードの口を塞ぐ。そして近くを歩くマリアたちに聞こえない様に声を潜めた。


「やめろ。いいか、ヴァルには一切手を出すなよ。大切な仲間なんだ。手出ししたら協力はなしだぞ。それにヴァルのような戦力がいた方が、目標達成には近道だろ?」


 クロードが落ち着いたようなので、そっと口を塞いだ手を離す


「……ちっ。まぁ良かろう、その件は心得た。で、小娘はなんと言う名の悪魔なのだ? ヴァルなどという悪魔は聞いたことがないぞ」

「彼女の本当の名前は“バルバトス”さ。しかし、本人が可愛くないという理由で、ヴァルという名前を使っている。ちなみに発音が“バル”ではなく、“ヴァル”なのも、そっちの方が可愛いからだそうだ」

「……バルバトスか、くくく、ならばやつ一人でも問題なかろう。たとえ近接戦になろうがな」


 クロードがニヤリと笑う。


「どうした急に」

「あの小娘は、狙撃手でも銃使いでもない、“狩人”だということだ」



 ♦  ♦  ♦



 精鋭部隊を率いた隊長は、地面に倒れ、考え込んでいた。


「な、何故だ……」


 何が起こったのか。

 有体に言ってしまえば、一人の少女に国の中でも屈指の強さを誇る部隊が弄ばれたのだった。

 異様ないで立ちの少女だった。舞台衣装の様な明るい緑の服に、同じく緑のハットを被っていた。

 隊長は今あったことを頭の中で振り返った。


 犠牲を払いながらも、目標の少女をシャドウ・バインドで捕らえ、4方向からの攻撃を仕掛けた筈だ。 

 しかし、攻撃を仕掛けた4人は、今は銃創に呻き声を上げて地面に転がっている。

 正確には、少女を捕らえてなどいなかったのだ。なぜなら、4人が迫る瞬間、少女は魔法の縛りから容易く脱したのだから。

 それも想像だにしない方法――脚力で引きちぎったのだ。


 魔法は絶対ではない。縄より鎖の方が強く対象を縛っておけるが、鎖であっても物理的に引きちぎることは出来る。力の大きさの問題だ。

 それと同様に、鎖より魔法の方が強く縛っておけるというだけで、引きちぎれないことはない。魔法とて物理法則の一部に過ぎないのだから。


 しかし、理論的にはそうであっても、それを生身で出来るかといえば、非理論的な話になる。

 少女はその非理論的なことをやってのけた。

 魔法を引きちぎり、迫る4方向からの刃を軽く避けながら、刃を振るった隊員たちに銃弾を浴びせた。


 その後、戦えるのは隊長だけとなった。

 精鋭部隊の隊長だ、戦闘能力は他の隊員よりも群を抜いて高い。本人とて自負もある。1対1の決闘の様な戦いになっても、何も問題ない。


 相手は銃使い、接近戦が最も利があるだろう。

 そして、近接戦闘は、こちらが一番得意とするところである。

 たとえ他の隊員がいなくともやることは変わらない。戦場を戦慄させた赤い鎌は、獲物を刈るのみだ。


 魔法を使った高速移動による接近。

 目にも留まらぬ速さの斬撃。

 どれも何千、何万と繰り返し、鍛錬を積んで磨き上げてきた技だ。どんな戦場でもこの初撃で沈まなかった敵はいない。疾風の一撃。


 しかし、躱された。信じられないことにだ。

 剣を振るう瞬間、少女と眼が合った。彼女は確実にこちらの動きを見ていた、いや、見切られているという方が正しいか。


(まだだッ!!)


 攻撃はこれで終わりではない。

 一撃目は避けられたが、その動きから流れる様に体術を混ぜた高速の連続攻撃を繰り出した。常人なら眼で追うのも難しい速さだ。

 だが、目の前の少女はそれをも尽く避けた。

 避け方は武術の心得がある者の動きではない、滅茶苦茶だ。


 また眼が合った。笑ってやがる……


 身体能力が高さ、いや、それ以上に、どんな攻撃も少女の眼は見切るのだろう。そんな考えが脳裏を過る。

 焦りがじりじりと胸の内を炙った。

 熾烈な攻撃を繰り出すなか、驚愕の言葉が少女の口から聞こえた。


 ――もういいかなぁ……


 鳥肌が立った。

 その呟きにギョッとした瞬間、膝に衝撃が走り、前のめりに崩れ落ちる。

 何が起きたのか。

 脚に力が入らず、立つことが出来ない。

 そこで初めて膝を撃たれたのだと理解した。

 分かった途端、激痛が走った。


「ぐっ」


 小さく呻いた。


「これで全部かな、早くお嬢様たちに追い付かないと」


 少女はお使いでも済ましたかの様に、独り言を漏らすと足早に立ち去っていった。

 彼女の背中を見送ってから、5分が経っていた。


「何故だ……」


 痛みに苦悶しながら、精鋭部隊の隊長は、この結果が何故起きたのか反芻するのだった。


ヴァルちゃん、目標を狙い撃つ、いや、乱れ撃つぜぇ!!


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