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第45話 Red scythe

 メリッサ達が立ち入り禁止の警戒地域に足を踏み入れても、特に変わったことはなく、変化といえるのは緊張感が高まったぐらいだった。

 国土として主張するために実効支配を強めた結果、この辺りではクリーチャーも出現しない。いつでも隣国と戦えるように、余計な邪魔は排除されたのである。だからと言って、何も警戒しないわけには行かない。他にも危険はあるのだ。その兆しを初めに感じ取ったのは歴戦の兵だった。


「……どうも嫌な臭いがしやがる」

「何? なんか臭うの?」


 ヘルマンの呟きに、マリアが反応する。


「血……それに何かが焦げる臭いだ……戦闘があったのか?」

「そんな臭いするかしら?」

「さっきから巡回の兵士が一人もいねぇ、基地で何かあったのか……」


 ヘルマンは辺りをゆっくりと見回した。少しづつ明るくなってきた森は、これといって得意なところはなく、鳥の囀りが聞こえる穏やかな雰囲気だ。


「まぁ、すぐに危険ってわけじゃ―――」


 高まった警戒心を落ち着かせようとした最中、ヴァルが声を上げた。


「みんな、ちょっと止まって」


 言うや否や、ヴァルが地面に伏して耳を付けた。

 目を閉じ、地面を伝わる音に耳を澄まして「……14、15」とブツブツ何かを数えている。


「人数はおよそ15人、距離はまだかなりあるかな。でも向こうもこっちに気付いてるのか、4時の方向から真っ直ぐ向かってきてるよ」


 ヴァルの説明に、メリッサは一瞬、侵入が気付かれたかと考えた。


「お兄ちゃん、全然探知結界を回避できてないじゃん」

「いやいやいや、そんなことないよ。天才の俺の発明に失敗なんてあるわけないよ」

「どうだか」


 ロゼッタの疑いももっともだが、もし探知結界に引っかかっていたら、もっと早い段階で、刺客が来ていただろう。


「足音や気配の消し方も尋常じゃないレベルだね。しかも、かなりの移動速度のはずなのに、それぞれが等間隔に距離を保ってる。手練れの集団って感じ」


 ヴァルが起き上がり、服に付いた土埃をはたく。彼女の口から説明された情報は、メリッサに判断を迫る。

 当然、そんな手練れの集団が森でピクニックをしている訳はなかろう。こちらに敵意を持ってやってくるのだ。迎え撃つのか、逃げるのか、メリッサは思考する。

 長考しているメリッサを見て、ヴァルが口を開いた。


「お嬢様、ヴァルが食い止めるから、先に行ってて」

「え? ヴァルが? 今の武装でいけそうか?」


 確かに急いでいる。目標以外との戦闘で消耗は避けたい。

 若干の葛藤の残るメリッサの視線に、ヴァルが得意げな笑みを浮かべ、力強く頷いた。


「ゴーレムとか固そうなのはいないようだから、大丈夫だよ」

「……では、お願いしよう」

「はぁい、任せて!」


 メリッサ達は、元気よく返事するヴァルをその場に残して、森の奥へと先を急いだ。

 それを見送ったヴァルは、肩から掛けていたケースを降ろした。そこからライフルを取り出し、付属のパーツを取り付けてゆく。少ししてライフルが完成すると、近くの倒木の上に置いて構えた。

 くりっとした大きな瞳でライフルに付いたスコープを覗くが、まだ敵影は見えなかった。


「さて、お仕事頑張りますか」


 独り言を吐いて、引き金に指を掛ける。その瞬間、ヴァルの顔から少女の無邪気な表情が消えた。


 ♦  ♦  ♦


 森の中を疾走する集団。

 深緑の防具に身を包み、顔にはすっぽりと覆う黒いマスクをしている。息を切らすことなく、個々が同じだけの距離を保って編隊を乱さない。まるで、集団が一つの機械の様に、任務遂行の為に動いている。

 右腕の紋章―――赤い髑髏と鎌が彼らを物語っている。彼らの存在を知る者にとって、この紋章は力と恐怖を象徴だ。


 彼らは、ガルディア国軍第二特殊作戦部隊、通称レッド・サイズと呼ばれる。ガルティア国軍の中でも、抜きに出た能力を持つ者だけの精鋭部隊である。

 この部隊の全員が、魔法に関しては上級魔術師と同等レベルであり、加えて、格闘術や爆破、隠密行動など多岐にわたる分野で高度なレベルの能力を有している。

 ヴァルが、まさに迎え撃とうとしているのは、この精鋭集団であった。


『隊長、探知結界に反応が出ました。数は1です』


 サイズの隊長の無線に情報が入る。


「そうか。各員、探知した反応はターゲットの可能性がある。これより予定通り攻撃に移る。相手は普通ではない、気を抜くな」


 隊長が“普通ではない”と判断したのには、2つ理由があった。1つは、もともと普通ではない者を相手にすることが今回の任務内容だったことだ。

 もう1つは、標的は、部隊の優れた索敵によって見つかったが、この地域に張られた探知結界にはたった今反応した。つまり、相手はこの厳重警戒地域に入ることを想定しているのだ。


 反応を隠さなくなった以上、標的はこちらに気付いて迎え撃つ気だ。

 しかし、まだ大分距離がある。取り囲むよう陣形を変える指示はもう少し先か、そんなことを考えていた時だった。


「ぐぁっ」


 突如、隊員の悲鳴が響いた。


「がっ」


 間髪入れずに、また声が上がった。

 隊長の視線の片隅で、先ほどまで走っていた隊員が地面に転がり、前へと走る隊列の後ろへと流れていった。


 ――攻撃されている!?


 走るのを制止し、隠れる様にハンドサインを出す。

 瞬時に散会、各自が木の陰に隠れた。そこは精鋭部隊だ、即座の判断と行動が反射的にできる。しかし、思考の混乱は避けられない。

 捕捉している敵とはかなりの距離があり、樹木が乱立するこの森で狙撃できる訳がないのだ。


(馬鹿な、伏兵だと……)


 当然の可能性を考える。

 しかし、その可能性も低いのも承知だ。自分たちの索敵から、まして狙撃できる距離にいる敵が、逃れられる訳がないのだ。

 では、どこから、どうやって……


(未知の兵器なのか!?)


 隊長であっても、内心は大きく混乱した。

 もう一度周囲を警戒したが、やはり伏兵はいない。隊長は、冷静に、銃弾の飛んで来た方向に対して、木を盾にしながら進行するようハンドサインを出した。


 2名が先行する。命令通り、今いた木の陰から少し離れた木の陰へと駆け出した。

 隊員たちに緊張が走る。

 先行した2人がジグザグと、木の陰を縫う様に疾走する。

 ――大丈夫だ。

 彼らに続いて、他の隊員も走り出そう構えた刹那、恐れていたことが起きた。


 ドサッ ドサッ


 地面の草がざわつき、人が倒れる音が二つ。

 先行した隊員が1人、2人と、体制を崩して倒れたのだ。

 それを目撃し、瞬時に、全員が駆け出そうとしていた体を木の陰に戻した。


「た、隊長、信じられません……銃弾の発射地点は、あの捕捉した標的の地点です!」


 観測に長けた隊員から無線が入る。その声は、動揺が隠せていない。


「狼狽えるな。敵はこちらが動いた時に撃って来た。つまり、こちらが隠れるのを無視できる新兵器や特殊な能力というわけではない。敵が腕の立つスナイパーで、優れた性能の銃を持っているというだけだ。対処の仕様はある」


 堂々と落ち着いた口調だ。彼の言葉で、一瞬にして部隊は冷徹な機械へと戻った。


(やはり狙撃で間違いない……それも超長距離の精密射撃)


 隊員たちを落ち着かせた隊長も、マスクの下の表情は曇っていた。それでも、彼の頭の中から任務達成の軌跡は未だに消えていない。

 国の中でも屈指の精鋭部隊、そしてその隊長、潜り抜けてきた修羅場の数が違う。鍛え上げられた強靭な精神の前では、これぐらいの不測の事態は些細なことだった。

 曇った表情は、すぐに獲物を刈る冷たい表情に戻った。


(しかし、狙撃か……聞いていたターゲットとは特徴が違うな)


 隊長は違和感を覚えつつも、次の指示を下す。


「煙幕弾を使え」


 隊長の指示の下、隊員たちは進行方向に対して、煙幕を噴射する弾を打ち出した。緑掛かった濃い煙が森に充満する。


「へぇ、なかなかいい判断するね」


 レッド・サイスから遠く離れた場所で、スコープから眼を放して、ヴァルがにやりと笑った。

 手にあるのは、キャノン砲と見間違えるほど長い銃身のライフル。アルレッキーノがカスタムした長距離狙撃用のライフルである。

 魔法の力で銃弾を打ち出す点では、世に出回っているものと変わらないが、その射程は3倍以上もある。その分、重量も5倍以上になり、発砲時の反動も凄まじく、常人では到底扱えない。ヴァル専用の化け物兵器となっている。


「じゃ、次いってみよぉ。じゃなかった……ヴァル、目標を狙い撃つぜ」


 どこかで覚えた台詞を真似してニヒルに呟いた。そんな戯れもほどほどに、次に備え、手早く準備を進めるのだった。


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