第43話 贋作
静まりかえった客間。そこで語られた昔話に、全員言葉を忘れて聞き入っていた。ジーグリンデの落ち着いた声は、その静けさの中でよく響いた。
「その後、名前を変えて放浪医を続けながら、子供たちの不死鳥石を探しました。石を取り戻し、弔うことが私にできる唯一の贖罪だと思えたから……ただ、ヨハンにはずっとその旅に付き合わせてしまい、申し訳ないと思っています……」
「いいんだよ、ジーグリンデ。昔にも同じことを言ったけど、僕は、僕がそうしたいから君と一緒にいるんだから」
ヨハンが彼女の手を優しく握って微笑んだ。ジーグリンデも優しい笑みを彼に返し、話を続ける。
「ただ、追手が来ることはありませんでした。どうやらそれも、私達が逃げてから一ヶ月しないで隣国との戦争が終結したことが原因だったみたいです。
終戦後、ミハエルの班は解体。それどころか、今までの非人道的な研究が明るみに出て、戦争犯罪人として政府に追われる身になってしまったそうです」
「追われる身?」
メリッサが聞き返す。
「はい。彼は掴まる前に逃亡したそうです」
「では、子供たちから錬成した不死鳥石はミハエルが持って逃げたのですか?」
「少しは持って逃げたみたいですが、殆どは、彼が犯罪者になる少し前に、副官だったマルコムが持って逃げてしまったそうです」
ジーグリンデの口から、マルコムの名前が出ると、メリッサの脳裏にふとあることが思い浮かんだ。
「マルコム……そうか、シュトラール社の創設者はこの人物だったのか」
「そうです。持ち逃げした不死鳥石を売って、彼はシュトラール社を立ち上げたのです。私たちがそれらの事情を知った時には、既に全ての石は売却され、各地に散り散りになってしまっていました」
「私とクロードで、シュトラール社の記録を見ましたが、記録では、殆どが盗難か所在不明になっていました。あれは、全てあなた方によるものだったんですね」
「はい、忍び込んで盗んだり、金庫を破壊したりと色々やりました。持ち主の方には申し訳ないと思ってます。ただ、盗む際に人を殺したことはありません。信じてください……」
「ええ、信じますよ。先ほども言いましたが、あなたが手段を選ばない人なら、私は湖の塔で殺されていましたから」
メリッサの柔らかい表情を見て、フェネクスは安心したように小さくふぅっと息を吐いた。
塔の話を出したところで、メリッサは赤いゴーレムについて思い出し、そのことについて聞いてみることにした。
「そういえば、塔や鉱山に赤いゴーレムがいたのですが、あれについて何かご存知ですか? 今回の青い炎のフェネクスの件に関係あるように思えるのですが」
「ごめんなさい。私もヨハンも赤いゴーレムについては知りません。私は、正確な位置までは分かりませんが、不死鳥石の反応を感じ取れるので、その反応を追っていったら、鉱山であのゴーレムに遭遇したんです。ただ、あのゴーレムには不死鳥石が使われていました。だからメリッサさんの言う通り、今回の件に、何らかの関係があるのは間違いないでしょう」
「そうですか。では、青い炎のフェネクスについては、何か知っていますか?」
「詳しくは分かりません。でも、あれは……恐らく私のコピーでしょう」
「コピー?」
思わぬ言葉に、メリッサの眉がぴくりと動いた。
「はい。ミハエルは逃亡したと言いましたが、彼が逃げ込んだ先が、あの湖の塔なのです。あの秘密の研究所で、私、つまりフェネクスについて研究を続けていたようです。
そして、最近になって、何者かがその研究を引き継いで私のコピーを作り上げた。私が破壊したあの装置がコピーを作るものだったようです」
ジーグリンデの言葉の後に、アルレッキーノがぽんと手を叩いて、うんうんと頷いた。
「なるほどぉ、通りで装置自体は年代物だってのに、最近起動させたような状態だったのかぁ」
アルレッキーノに移した視線を、再びジーグリンデに戻して、メリッサは質問を続けた。
「では、塔の装置内にあった赤い模様のない不死鳥石は……」
メリッサの言葉を肯定する様に、フェネクスが頷いた。
「ミハエルが持って逃げた不死鳥石です。コピーを作る為に魔力を抽出されてしまい、模様が消えてしまったのでしょう。あの石たちは抜け殻です。子供たちの魂はあの石にはないでしょう……」
「そうですか……その後、コピーは他の不死鳥石を求めて、各地で襲撃を行ったわけですね? 奴の石を求める目的は何なんでしょうか?」
ジーグリンデの表情が少し硬く、険しくなる。子供たちの魂が利用されていることへの怒りだとメリッサは思った。
ただ、声のトーンは変わることなく、ジーグリンデは質問に答えた。
「それは恐らく、石から魔力を吸収し、更に強くなることでしょう。あれが起こした一連の事件は、まるで力を試しているように感じました。きっと石を手に入れる度に、強化し、他の石を回収がてらに力を試していたのでしょう。
それと、戦ってみて分かったのですが、コピーには意志の様なものは無いようです。だから、コピーを作った人間が指示を出して事件を起こしていたと思います。コピーの強化もその者の意志でしょう」
「首謀者はマッドサイエンティストのようですね。コピーや不死鳥石を作る技術を野放しにしておくのは危険だ。またイゴ村の人たちのような犠牲者が出てしまう」
メリッサの表情も険しくなった。
「はい、その通りです。首謀者は不死鳥石の錬成方法にも気付いているでしょう」
そう言ってジーグリンデは一度、瞑目した。そして少し間をおいて、目を開き、真剣な面持ちで言葉を続けた。
「私はコピーに取り込まれた子供たちの魂を救いたい。そして、フェネクスの力が生んだ狂気の運命を終わりにしたいのです。その為に、あのコピーを消し去ります。しかし、今の私の力だけでは、あいつに打ち勝つことはできません……」
メリッサの目に、真っ直ぐなフェネクスの視線が注ぐ。
「正式にグレンザール警備会社に依頼をいたします。どうか、あのコピーを消す協力をしてください」
フェネクスを見つめ返すメリッサの目にも覚悟の光が灯る。
「……はい、その依頼お受けいたします!」
力強い返事を返した。
フェネクスも、ヨハンも嬉しそうに笑みを浮かべると、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。
「では、今後のことですが、夫人の不死鳥石があるので、これを守りながらコピーを迎え撃ちますか?」
メリッサが今後のことについて話を振ると、ジーグリンデが首を横に振ってから言った。
「もうコピーはこの石を求めてこちらには来ないでしょう」
「え? それは何故ですか?」
「どうやら向こうは標的を変えたみたいです。さっき、私は石がおおよそ何処にあるか分かると言いましたね。石と同じようにコピーの居場所も分かるんです。
今まで意図的に隠していたみたいですが、急に反応を隠さなくなりました。それどころか、反応を強め、一ヶ所に留まっています。きっと私を誘っているのでしょう」
「つまり、今の奴の標的は貴方自身ですか?」
「そうです。私に標的を変えた理由は、本物を消してコピーを本物にする、そんなところでしょう……」
「しかし、向こうは待ち構えているんですよね? 確実に罠じゃないですか」
「ええ。でも私が行かなければ、私を誘い出すために非情な手段を取るでしょう。そうなれば、犠牲者が増えるだけです。
それに、メリッサさんたちが協力してくれる。相手が罠を張っていようと、負けませんよ」
ジーグリンデが微笑に、メリッサは力強く頷いて返した。
「そうですね。我々も全力を持ってあなたを支援します。絶対にコピーを消し去りましょう。それで、コピーはどこで待ち構えているんですか?」
「カシメル地方のカラコム山にいます」
フェネクスの言葉を聞いて、その場がどよめいた。
「随分と厄介な場所に誘われたもんだ」
ソファーに腰かけていたヘルマンが呟いた。
「カシメル地方か……何か目的があるのか……」
メリッサは顎に手を当て、考え込む。
「まぁ、そこがどこであれ、行くことには変わりないんだ。ベストを尽くすだけだろ? お嬢」
「そうだな、ヘルマン。明日1日で装備を揃え、深夜に出立しよう。ジーグリンデさんもそれでいいですか?」
「ええ、よろしくお願いします」
窓から日の光が差し込む。気付けば夜が明け、日の出を迎えていた。
4章突入しました。
待ち受けるのはフェネクスのコピー
最終決戦まであとわずか!




