第39話 舞い降りた不死鳥
防御も間に合わない、例え間に合ってもこの攻撃を防ぐ術がない。
全てが燃え尽されてしまう。
死を覚悟したその時、思いもよらないことが起こった。
――振り降ろされた炎の剣が止った。
「…………どういうことだ」
メリッサは自分の目を疑った。炎の剣は止まったのではなく、止められていたのである。
誰によってか。
メリッサは視線を、止められている大剣に沿って走らせた。
何者かが宙に浮かんで、迫る炎の大剣を止めていた。それは、先ほどまではこの場にはいなかった者。目の前のフェネクスと同じ、ローブを着た人物だった。
「フェネクスが……二体だと!?」
驚いたことに、もう一人のローブの人物の背中からは、赤い炎の翼が生えていた。目の前のフェネクスと炎の色が異なるだけで、特徴が瓜二つなのである。
赤い翼の方が、自らの燃える剣で、振り降ろされた攻撃を受け止めていた。
メリッサだけでなく、全員がその光景に困惑し固まった。
赤い翼の人物は迫る剣を跳ね上げると、急降下し、地上のフェネクスに一瞬で肉薄した。そのまま斬撃を繰り出す。が、フェネクスは後ろに大きく飛び退きこれを躱した。
そして、フェネクスも飛び退いたところから浮遊し、赤い翼の人物に向かって飛翔すると、一撃を振るう。
剣と剣が激突する。
火花が散り、金属のぶつかり合う音が鳴り響く。
そこからは、壮絶な空中戦が繰り広げられた。ガキン、ガキンと音を迸らせ、上昇しながら何十合と打ち合っていく。高度が上がると飛び回って切り結んだ。
地上からは、青い炎の翼と赤い炎の翼の二羽が、夜空に戯れる幻想的な光景に見えた。
緊迫した状況のはずなのに、言葉を忘れてメリッサ達はその光景を見入ってしまった。
しかし、拮抗して見えた戦いも、突然、終結を見ることになった。
二人が上空でぶつかり合った後、赤い翼の方が急降下を始め、そのまま庭の真ん中に墜落したのだ。
けたたましい音が響き、土煙が舞う。
一体、どうなったんだ。
メリッサ達は墜落地点に駆け寄り、様子を伺った。
平坦だった邸宅の庭は抉れ、小さなクレーターが出来ている。その真ん中に、赤い翼の方が力なく横たわっている。
メリッサ達がその光景を見ている最中、ビュウッと言う空気を切る音がして、青い翼のフェネクスが恐ろしい速さで降ってきた。剣を真っ直ぐ構え、追撃を掛けるつもりだ。
フェネクスが落下の勢いのまま、まさに剣を突き刺すという刹那、赤い翼の人物が身をよじると同時に、自らの剣を突き出した。
ザンッ!
赤い翼の人物の肩には、フェネクスの剣が深く突き刺さっていた。一方、フェネクスの脇腹にも、突き出された剣が突き刺さっていた。
一瞬止まる両者。
一拍の後、フェネクスは空中でよろめきながら後退し、刺さった剣を体から抜くと夜の空に飛び去ってしまった。
壮絶な戦闘を前に呆然と固まっているだけだったメリッサ達は、辺りに静けさが戻ってはじめて、我に変えった。
「こいつもテストゥムなのか? まぁ、よい。こやつから封印だ」
クロードが倒れて動かないローブの人物に、黒いオーラを纏った右手を向ける。既に赤い炎を羽根は消えていた。
「やめてください!」
卒然、叫ぶ声と伴に男が庭の木の陰から走り出てきた。
「お願いします、やめてください!」
叫ぶ男は、クレータの斜面をザザーと滑って下ると、両手を広げ横たわるローブの人物を庇う様に前に立った。
その男の顔を見てメリッサが驚きの声を上げた。
「あなたは、グリューエン先生!」
目の前に現れたのは、レマール湖で会った放浪医、ヨハン・グリューエンだった。
「お願いします。彼女を……ジーグリンデを殺さないでください!!」
♦ ♦ ♦
再びポンパドール夫人邸宅の客間に、メリッサ達は集まっていた。ただ、この部屋にいる人間に、ヨハンとジーグリンデが加わっていることが、先程と大きく異なっている。
あの後、ジーグリンデを庇って懇願するヨハンを見て、メリッサは作戦の終了を皆に告げ、ヨハン達を保護することにした。
何か事情があるようだった。
ヨハンも攻撃させることがないと分かると、ジーグリンデを背負い、大人しくメリッサ達に付き従った。
その後、客室に通され、ソファーにジーグリンデを寝かせると、ヨハンは彼女の枕元に腰を掛けた。そこまでは良かったのだが、ジーグリンデを心配そうに見つめたまま、彼は何も喋ろうとはしなかった。
重い沈黙の中、クロードが口を開く。
「おい、貴様、ヨハンとか言ったか? 貴様とその女はいったい何者だ? 何故、あの様な力が使えるのだ? あの青い炎の羽の者は何なんだ?」
クロードが疑問を矢継ぎ早に次々とぶつける。
「クロード、そんなにいっぺんに聞いても答えられないぞ」
メリッサが諌める。
「すみません、ヨハン先生。ですが、これだけ聞かせてください。ガルシア氏の邸宅にオブビリオン商会への襲撃、あれはあなた方がやったのですか?」
メリッサの瞳が、ヨハンを真っ直ぐ見つめる。
「……違う、私たちじゃない」
ヨハンが小さく答える。
「……やはりそうでしたか」
メリッサの反応にヨハンが以外といった顔をする。
「ええ、私もそうではないかと思っていたんですよ。湖の塔で私たちが遭遇したのは、ジーグリンデさんですね? あの時、彼女は手加減して戦っていた。もし、一連の事件の犯人が彼女なら、あの場で容易く私たちを消し炭にしていたでしょう。
私は、あの青い翼の方が一連の事件の犯人で、あなた方はあれを止めるために動いていると考えています」
メリッサの語り掛けは優しく、その顔には微笑を浮かべていた。少しでもヨハンに心を開いてもらおうと、丁寧に、かつ、真摯に彼に向き合った。
「そして魔法の秩序を守るという使命を持つ我々にとっても、あの青い翼は止めなければいけない存在なはずです。もし、私の考えの通りなら、どうか我々にあなた方の協力をさせて頂けませんか?」
メリッサは柔らかいが真っ直ぐな眼差しで、ヨハンを見つめた。ヨハンもじっとメリッサを見つめる。
「ヨハン……この方たちに協力してもらいましょう……」
その時、ジーグリンデの消え入りそうな声がした。
「ジーグリンデ!」
ジーグリンデが意識を取り戻したのだった。
ヨハンは、心底嬉しそうに彼女の名を読んで、その顔を覗き込んだ。
「ふふふ、泣かないで、ヨハン。私は平気だから。直に回復するわ。あなたはいつまで経っても泣き虫ヨハンなんだから」
涙で顔をくしゃくしゃにするヨハンの頭を、ジーグリンデが慰める様に優しく撫でた。
そのまま少しして、ヨハンが落ち着くと、ジーグリンデはソファーから上体を起こしてメリッサに話掛けた。
「メリッサさん、私たちや青い翼が何者か、どうして青い翼と戦うのか、どうして不死鳥石を追うのか、全てお話します。ですから、どうか私たちに協力してください」
ジーグリンデの真剣な眼差しに、メリッサは黙って頷いた。それを見てジーグリンデがほっとしたように表情を緩めた。
目を閉じ、ふぅっと小さく息を吐く。
「……少し昔話になってしまいますが――」
ジーグリンデは、その透き通る声でゆっくりと、そして自分でも噛み締めるように、自身の過去を話し始めた。
フェネクスは、ヨハンの助手、ジーグリンデだった。では、フェネクスだと思っていた青い炎を纏うあいつはいったい……そして、不死鳥石はジーグリンデたちの過去にどう関係あるのか。
次回、明かされるフェネクスの過去。
というわけで、回想に入ります。絶対みてくれよな




