第3話 集合、されど終わらず
メリッサは死を覚悟し、目を強く瞑った。
「く……?」
しかし、銃弾が来ない。
瞼を恐る恐る開くと、メリッサは目の前の状況に驚かされた。
銃弾はメリッサの足元に落ち、ゴーレムは光のドームに囲まれて動けないでいるではないか。
状況の急変に混乱するメリッサだったが、直後、さらに彼女を驚かせる状況が発生する。
ギギギギとけたたましい音ともに、火花を散らしながらゴーレムの体が斜めに一刀両断されたのだ。
それはまるで、鉄の板を重機で切断しているような光景だった。
ズンッという重い音を発してゴーレムは崩れ落ち、機能を完全に停止した。
「間一髪ってやつだな、大丈夫か? お嬢」
大剣を持った見覚えのある中年の男が、ゴーレム残骸の後ろに見えた。
男は口の端を少し上げて、ふっと微かに笑う。
鍛えられた大柄の体、それと同じ長さの大剣が彼の肩に担がれている。
ゴーレムを一刀のもとに切り伏せた、その男の名をメリッサが呼んだ。
「ヘルマン!」
「なんとか大丈夫そうだな」
強面で眼光も鋭く口数もすくない、一見近寄り難いこの男の名は、ヘルマン。グレンザール警備会社の社員で、グレンザール家のコックも務める元傭兵である。
白髪まじりの古強者の登場に、メリッサが心強さと安心を感じていると、別の方向から別の声がした。
「合流地点に行ったらお嬢様たちはいませんでしたし、無線にも出ない。それで、戦闘に巻き込まれたと思いまして、馳せ参じました。読み通りでしたね」
涼しく透き通った女性の声がメリッサの背後から聞こえた。メリッサは振り返る。
声の方に向いたメリッサの目に、美しい女性が映る。
まるで彼女の背後に花が咲き乱れていると錯覚するほどに、美しさが彼女から醸し出されていた。
彼女の名前はマリア。強い魔力を持ち、あらゆる魔法に長けた魔法のエキスパートである。
「マリア!」
嬉しそうに名前を呼ぶメリッサに、マリアは紫がかった長 い髪をふわりふわりと揺らしながら歩み寄ってきた。殺伐とした戦場が急に華やかになったと感じるほどに、歩くこと1つで優雅な佇まいだ。
「助かった、マリアのあの魔法障壁がなかったら死んでいたよ」
姉の様な存在であるマリアの登場に、メリッサは頼もしく、心からの感謝を述べるが、マリアは眉間に皺を寄せて苦い顔をした。
「お嬢様! ああ、もう、こんなにボロボロになって! 女の子なんですから、もっとエレガントに」
メリッサの両肩を掴んで、マリアがヒステリックに説教を始める。
「だ、だって警備の仕事だし……」
メリッサは、怒られた幼い少女の様に縮こまって、口ごもった。
普段はお淑やかで優しいマリアであるが、メリッサを本当の妹の様に思っているせいか、彼女が無茶をすると心配で説教がましくなってしまうのが玉に傷である。
「だって、じゃありません。いいですか―――」
今回もマリアのお説教モードの“スイッチ ”を押してしまった。不味い、と思い、メリッサは咄嗟に話題を逸らそうと試みる。
「あ、ヴァルは? ゴーレムは2体いたはずだ!」
メリッサはそそくさとした挙動で、ヴァルのいた方へ向いて、彼女を探した。
「ヴァルの方は、ロゼッタが向かってる。大丈夫だろう」
ヘルマンがヴァルのいる方を指さして言った。
大丈夫――言葉の言うとおりで、メリッサが、指された方向にヴァルを見つけた時には、敵のゴーレムがスクラップになるところだった。
浴びせられる銃弾の雨。
ゴーレムの体は、ボロボロと削られるように破壊されていく。
銃弾の雨が止むと、ゴーレムは原型をとどめないほどバラバラになり、動かなくなっていた。
メリッサが銃弾の発射元に目をやる。そこには、敵のゴーレムよりかなり小さく、人とさほど変わらない大きさのゴーレムがいた。
銃口から煙を上げる機銃を構えている。
この小さなゴーレムがロゼッタである。元々は8歳の人間の少女であったが、ある事情でゴーレムの体に人格を丸ごと移植した。
アルレッキーノとは兄妹でるが 兄とは対照的に真面目でしっかり者である。
ゴーレムのパワーを活かして、先ほど撃った機銃をはじめ、様々な重火器を扱うことができた。
「どうやらヴァルたちも問題ない様だな」
メリッサは安堵しながら呟いた。
残っていたテロリストも一掃し、この階については、安全は確保された。
警備兵たちが集合し、現状の確認や負傷者の手当てなどを行っているので、メリッサ達も一度集合し、現状の確認と今後の行動について話し合った。
「全員無事だな」
メリッサが全員に声をかける。
「お嬢が一番無事じゃ無さそうだったがな」
近くの石に腰を掛けていたヘルマンが、苦笑まじりにぽつりと言った。
「そうです。お嬢様、もう大丈夫ですか? 痛いとこありませんか?」
「マリア、もう平気だから。落ち着いてくれ」
マリアが心配そうに、メリッサの体をペタペタと触りながら、上から下までしげしげと見つめるが、メリッサは慌ててマリアを引き剥がす。
「マリアちゃん、俺も! 俺も! マリアちゃんを見てると胸がドキドキして、痛いんだ。この悲鳴をあげる胸に治療をしておくれ~」
マリアの横で、アルレッキーノが芝居臭く自分の胸を押さえて言った。
直後、バンッ! という発砲音。
マリアが苦笑いを浮かべ目の前で、突然アルレッキーノの体がグニャリと「く」の字に曲がり、横に吹っ飛ばされた。
「お兄ちゃん、そういうことは恥ずかしいから止めてよ」
「ご、ごふっ……ひ、ひどいなロゼッタ……」
ロゼッタから暴徒鎮圧用のゴムで出来た弾を食らい、アルレッキーノは地面に転がって咳込んだ。
「お兄ちゃんの病気には“これ”が一番でしょ?」
「ロゼッタよ、お兄ちゃんはな、女性の愛なくして生きていけない哀れな病人なのさ……そんなゴムで出来た弾では治らないんだよ」
アルレッキーノは立ち上がり、懲りずにまたマリアに近寄る。
「というわけで、さ、マリアちゃん、俺の強く抱きしめて……」
バンッ!
再びアルレッキーノの体が、くの字に曲がり、吹っ飛ばされた。
「ごふっ」
「何が“というわけで”よ! はい、私の愛だよ、お兄ちゃん。持病の発作は治ったよね?」
ロゼッタの声に威圧感が強く込められている。
「あはは……ロゼッタの愛は痛いなぁ……うん、お兄ちゃん、ロゼッタの劇薬で治ったよぉ」
「それは良かったね。それよりお兄ちゃん! お嬢様やヴァルちゃんが大変な時に何してたの!」
「ほら、お兄ちゃんメカニックだから戦闘はね? それにちゃんと支援はしたんだよ」
アルレッキーノがゴム弾で撃たれたところをさすりながら言った。
実際、彼は戦闘の心得はまったくない。戦闘が始まった時、彼にできるのは先ほど行った魔法の力を弱める粉を撒くなど、支援活動ぐらいであった。
「そういうことじゃないでしょ! もう、大の男が……」
「まあ、そう責めるな。アルの道具で実際助けられたわけだし。危なかったのは、敵のゴーレムを想定していなかった私の落ち度だ」
メリッサがアルレッキーノを庇って言った。
その直後、また“あれ”が出た。
――キコエテイルノダロウ……ココダ……ココニコイ……
戦いに集中して忘れていたが、また空中に穴があり、声が聞こえた。
声はよりはっきりとし、言っていることが分かる。加えて、その穴から声が聞こえてきているのも分かった。
(一体何なんだ。ここに来いだと? 穴の向こうということか?)
怪訝な顔をしていると、それが悔恨の念で自分を責めていると勘違いしたロゼッタが、慌てて気にしない様にフォローを入れた。
「あ、いえ、お嬢様のせいじゃないです! ほんと、悪いのはお兄ちゃんなんで!」
「そうだ、気にするなお嬢。そういやゴーレムといえば、ブロッケンが動かないってのが痛かったな」
ヘルマンが顎に手を当て、考え込むようにぽつりとこぼした。
話しに出てブロッケンとは、この鉱山の警備用に配備されているゴーレムの機体名である。
ブロッケンは、MI社の最新機より2世代ほど前のゴーレムではあるが、未だに地域によっては警備用などに配備されている場所もあり、頑丈さと性能には信頼が厚い兵器である。
「そうね、ここに来る間、動いているブロッケンは見なかったわね」
マリアもヘルマンの言葉に、状況を思い出して言った。少し考え込む表情をして、耳に被さっている髪を掻き上げ耳に掛ける。女性らしい微かな香水の香りが近くのメリッサの鼻をかすめた。
「それはおそらく、テロリストの妨害工作だろ。鉱員に化けて潜入していた奴らが事前に仕掛けをしておいたんだろうな。おや?」
アルレッキーノが真面目に見解を述べていると、ターミナルに通路から数台づつ、合計6台のゴーレムが入ってきた。先ほどまで行動不能にされていた鉱山警備用のゴーレム――ブロッケンである。そのブロッケンに続いて、トラックがやって来て止まった。
中から医療班と思われる警備兵が数名降りてきて、怪我人たちを車内に収容していく。
「まったく、遅いよぉ、大事な時に使えないんだから」
ヴァルが集まってきたブロッケンに対して悪態をついていると、指揮官らしき警備兵がメリッサ達の近くを通った。その人物にアルレッキーノが話しかける。
「あ、スターチ指揮官。ブロッケンは動くようになったのかい?」
「ん? ああ、先ほど、突然動くようになった」
「妨害工作を解除したからじゃないのか? ふむ、急に動けるようにか……」
アルレッキーノが、顎に手を当て考え込む。
「今、他のフロアとも通信していたんだが、このフロアだけでなく他でもブロッケンが動けるようになったようだ。なんとも不可解なことだ……」
スターチも難しい顔になる。
「ただ、テロリストの鎮圧には成功したそうだ。奴らの投入したゴーレムは、このフロアに来た2体だけだったみたいだからな、ブロッケンが動いて片付いたみたいだ」
スターチの説明に、アルレッキーノの顔が辟易としたものにかわった。
「じゃあここが一番の死線だったわけかい、やれやれ……まぁ、この下のフロアが、奴らの目当てだったレアメタルの貯蔵庫だから仕方ないかぁ」
「やれやれって、お兄ちゃんは何もやってないでしょ!」
「そうだ! そうだ! 死線だったのはこっちだぞ! あとお腹すいたぞ!」
ロゼッタとヴァルがアルレッキーノに詰め寄る。
「お二人さん、落ち着いて、どうどう……お嬢、助けてぇ」
アルレッキーノは二人に気圧され、たじろぎ、先ほど庇ってくれたメリッサの方を見て助けを求めた。
「そうか、他のフロアも鎮圧完了か」
「え? 無視? お嬢ぉ、おおい」
スターチとの会話に集中しているメリッサの耳には、アルレッキーノの言葉は届いている様子はなかった。
しかし、ひと時の和やかな空気を打ち消すように、スターチの無線に新たな騒乱を告げる一報が入った。
『こちら地下2階警備C班! 応答してください!』
無線の向こうの声には切迫した雰囲気と、そして、恐怖が混じっていた。
メリッサとの話を打ち切って、スターチが神妙な面持ちで通信に応じる。通信機からの緊迫した様子に、近くで聞いていたメリッサの表情も硬くなった。
「こちら地下四階警備A班。どうした?」
『敵襲です! 先ほど一度テロリストを鎮圧したのですが、新たな敵が現れました! 戦況は切迫しています。増援を送ってください!』
通信機から銃声や人の怒号、戦闘の音が聴こえた。
「了解した。増援を送る。敵の人数、規模は?」
『敵は―――』
向こう側の声が、ザザーというノイズにかき消され聴こえなくなった。スターチが何度か呼びかけたが、ノイズの音が聴こえるだけで、返答は一切無い。
「まだ終わってなかったみたいだな……」
スターチの言葉に、メリッサが神妙な顔で呟いた。
凄腕な元傭兵、ヘルマン。
強面で寡黙だけど頼れるおっさんで、超振動の大剣を使います。
魔術師のマリア。
どえらいべっぴんなお姉さんで、聖母みたいなメリッサへの愛が深いからこの名前にしました。
ロボットな妹、ロゼッタ。
アルッレッキーノの妹です。硬そうなのでこの名前にしました(ロゼッタストーン……)
新たな種要人物です。よろしくお願いします。