第38話 戦闘開始
メリッサ達は、玄関の大きな扉を開き、外に出た。
肌寒い風が、彼女たちの肌を撫でるが、肌が粟立ったのは夜風のせいではない。前方に見える人影の醸す空気が、それほどまでに威圧感を与えるのだ。
青白い炎を纏い、夜の散歩でも楽しむかの様に、悠々とこちらに歩いて向かってきていた。
近づくにつれて、その姿がはっきりと見えくる。
湖の塔と同様にローブを着て、フードを深く被っていて、違うのは纏う炎が青いぐらいだった。
「あやつ、我らが準備万端になるのを待っていたようだな」
「クロードもそう思うか? やはり相当な自信家のようだな……」
フェネクスを見据えながら、メリッサとクロードが言葉を交わした。
緊張がピークに達する頃、ついにフェネクスが玄関の目の前までやって来た。歩くのを止め、じっとこちらの出方を伺っているようだ。
微動だにせず佇む侵入者に対し、玄関の上のテラスに設けた照明器具が、ぱっと点灯され、フェネクスと周辺を照らした。それと同時に、メリッサが叫ぶ。
「アル、やってくれ!」
「了解!」
アルレッキーノが、二階のテラスから数発のロケット花火を空に向かって打ち出した。すぐさま花火はフェネクスの頭上で弾け、キラキラと煌めく粒子の雪を降らせた。
「ヘルマン! ヴァル!」
メリッサの指示と同時に、ヘルマン先行して飛び出した。
「おらぁ!」
一気に距離を詰めて切りかかる。ヘルマンの大剣が、ブンと空を裂いて振り下ろされた。
その攻撃に対して、フェネクスは片手に剣を具現化し、それでヘルマンの剣を受けるようと構えた。フェネクスにとって、ヘルマンの一撃は簡単に受けられるはずだったのだ。
しかし、受ける直前、片膝からがくりと力が抜けた。
「へへん、今度は弾を消せないよ」
ヴァルの弾丸がフェネクスの膝を撃ち抜いていたのだった。アルレッキーノが撒いた粒子が、魔法を弱めたおかげで、フェネクスを包む熱気のオーラが弱まっていた。そのため、今なら弾丸も通るし、剣も溶かし切られることもない。
「よし、いけるぜ!」
アルレッキーノが拳を握って喜ぶ。
フェネクスが体勢を崩したところに、ヘルマンの強烈な一撃が叩き込まれた。
ガンッと響く金属音。
フェネクスが、押しつぶされそうになって着いた片膝が地面にめり込んだ。片手の剣で何とか受けつつも、苦しい体制のままヘルマンの剣を押し返せないでいる。
そこに横からヴァルが更に銃弾を浴びせた。
しかし、その銃弾は、フェネクスの片手の前で甲高い音と伴に火花を散らして弾かれた。空いていたもう一方の手で、魔法による障壁を出現させ、弾丸全て防いだのだった。
それでも、フェネクスの両手を塞ぎ一方的に押している状況。
ただ、このまま押し切れるほど、この相手は容易くなかった。
突如、フェネクスが背中に青い炎の翼が出現させた。
すると、ゴオオと音を立てて燃え盛るその翼から、ヴァルに向かって拳大の火球を雨あられと放ったのである。
「うわぁ、危なっ!」
ヴァルは紙一重で、火球の雨を躱す。しかし、躱すので精一杯で銃撃が行えない。
その間にフェネクスは脚を再生させ体制を立て直すと、へルマンの剣と鍔迫り合いながら、じりじりと押し戻してゆく。
「ぐ、なんて馬鹿力だ」
屈強なヘルマンが力で押されている。
「くっ……」
その光景を見て、メリッサは飛び出して加勢したい気に駆られた。
「おい、こっちに集中しろ。奴を封じるには魔法の高度な錬成を要するのだ」
メリッサの腰を抱くクロードにも力が入る。
「分かっている……」
クロードは、より強力な魔法を使うため、時間を掛けてメリッサの魔力を吸い上げながらそれを錬る。フェネクスを封じるには、中途半端な力では足りない。
切り札を切り札たらしめるため、時間を掛ける。そしてヘルマン達がその時間を稼ぐのであった。
ドカッ!
フェネクスが鍔迫り合いから、ヘルマンに蹴りを入れた。強烈な蹴りだった。
「うぐっ」
ヘルマンの巨体が数メートル蹴り飛ばされた。両足を踏ん張り倒れることはなかったが、低い呻きが漏れる。
フェネクスは続け様に剣を振り払った。ヘルマンから二階のテラスを繋ぐように振られた剣の軌道に合わせて、炎の波が飛ぶ。
「障壁展開!」
マリアが魔法障壁を展開し、建物に飛んできた斬撃を防御する。斬撃がバンッと弾けて掻き消えた
「軽く一振りでなんて威力なの……ロゼッタ、追撃お願い!」
「はい!」
ドドドドドドドドッ!
ロゼッタの機銃が火を噴く。テラスから降り注ぐ銃弾のシャワーに、フェネクスは障壁を展開するが、その場に釘付けになった。
「おい、クロードまだか!?」
メリッサがクロードを急かす。
「……待たせたな、出来たぞ」
クロードの右手が禍々しい黒いオーラに包まれている。それを見て、メリッサが声を放った。
「よし! みんな準備完了だ!」
異常な魔力の高まりに危険を感じたのか、フェネクスが動いた。青く燃える両翼を展開し、銃弾の雨をもろともせずメリッサ達に突っ込んでくる。
「行かせるかよ!」
ヘルマンがフェネクスの正面に回り込み、大剣を振り下ろすが、フェネクスは自らの剣でそれを受けた。
再びガンという重い金属の衝突音が響き、フェネクスの突進が止められた。鍔迫り合いの中、ヘルマンが叫ぶ。
「マリア! やれ!」
作戦通りなら、クロードの魔法の威力を最大限にするため、マリアの風魔法でアルッレキーノが序盤に撒いた粒子を吹き飛ばす手筈だった。
また、フェネクスをあるポイントまで押し戻すことも風魔法を使用するもう1つの目的だった。
しかし、今、魔法を使えばヘルマンも巻き込んでしまう。
マリアが躊躇する。
「俺ごと押せ!」
ヘルマンが再び叫ぶ。
必死のその声に、マリアは意を決し、詠唱した。
「吹き荒れる風よ、吹き飛ばせ、エアーバースト!」
ゴオオオオォォォォ!
杖が振られ、それと同時に、大気を震わせる轟音を響かす突風が吹いた。いや、それは突風というより、もはや衝撃波だった。
空気の激流は、真っ直ぐ門の方に向かって吹き抜ける。
「ぐっ……」
ヘルマンの背面全体を、巨人の拳で殴られたような衝撃が襲う。痛みに鬼の形相で堪えながら、大剣を掴む腕に力を籠めた。
「うおおぉぉぉ!」
暴風の中、ヘルマンの雄叫びが轟く。
突風の衝撃を追い風にして、ヘルマンがフェネクスを鍔迫り合うまま押し戻し、数メートル地面を引き摺って止まった。
その瞬間、風が止み、それと同時にヘルマンが横に転がるようにしてフェネクスの前から離脱する。
「我、紡ぎしは金色の鎖……」
フェネクスがその場に一人残される形になったところで、マリアの魔法が再び放たれる。
「その輝きをもって我が敵を縛る枷となれ、ライジング・チェーン!」
突如、フェネクスの頭上に生じた魔法陣から光輝く鎖が伸び、蛇の様に絡みついて雁字搦めにした。一瞬面食らったように止まるフェネクスだったが、すぐに鎖を引きちぎろうともがき出す。
「させるかよ!」
すかさずアルレッキーノが手元のスイッチを押した。すると、地中から数十本の金属製のポールがフェネクスを囲むように飛び出した。そして、それぞれのポールから、光の筋がフェネクスへと延びる。
「どうだ! 俺とマリアちゃんの愛の連係プレイ、強化拘束結界の味は」
アルレッキーノが腕を組んで、したり顔をフェネクスに向ける。
地中から飛び出たポール――魔力増幅装置によって、もともと高度な拘束結界だったマリアのライジング・チェーンは、大型のクリーチャーですら身動きできなくなるほどの拘束魔法となった。その証拠に目の前のフェネクスも、もがくことすらできなくなっていた。
「よし、ゆくぞ」
そう言ってクロードが、がっちり拘束されたフェネクスに向かって黒いオーラに包まれた右手を向けた。
後はクロードの封印の魔法で作戦完了だ。
誰もがそう思った時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
地面が大きく揺れた。
次の瞬間、フェネクスを中心に、ビシビシと音を立て四方八方に地割れが起き、地割れは大きな裂け目へと変わった。直後、裂け目からは火柱が吹き上がる。
「うわっ! ま、不味い、増幅装置が!」
大きな揺れによろめきながら、アルレッキーノが声を上げた。
地割れにより、地中から伸びている増幅装置は損壊し、機能を停止してしまった。
それを見計らって、フェネクスはぐっと拘束された両腕に力を籠めた。すると巻き付いていた鎖は弾け飛び、散り散りになって消え去った。
圧倒的な力だった。
人智を超えたテストゥムの力の前に、メリッサ達は、驚愕し、立ち尽くしてしまった。
そんな彼女たちの前に、フェネクスが剣を上段に構えた。すると、地面から噴き出した炎がフェネクスの剣に集まり、刀身が一本の青い火柱となった。
湖の塔で見せた炎の大剣だった。
全てを一刀のもとにけしさるつもりか、そう思った直後、フェネクスが燃え盛る巨大な剣を振り降ろした。
長いから分割しましたので、ちょっと終わり方と次の話の先頭が変ですが、すみません。




