第37話 襲来
太陽が赤みを帯びて、地平線に接しようかという頃、メリッサ達を乗せたトラックはロウラムに到着した。
「ありがとうございました」
警備会社の近くのメインストリートで降ろしてもらい、メリッサは運転席の近くに回り込んで、窓から顔を覗かせるスターチに礼を述べた。
「はは、気にすんな」
スターチが豪快な笑顔を見せる。が、すぐに神妙な顔になって言葉を続けた。
「……なんか、やばい事件に関わってるみたいだな。あんた等は、普通とは違うみてえだが、あんまり無茶するんじゃねえぜ」
「ご心配痛み入ります。でも、私たちがやらなきゃならないことなので」
「そうかい……あ、そうだ」
何かを思い出したのか、スターチが着ている作業着の胸ポケットを手で探る。そして1枚の紙を取り出し、メリッサに手渡す。見るとそれは名刺だった。
「輸送とか移動手段のことでなんかあったら、俺の会社に言ってくれよ。安くしとくぜ」
「分かりました。その時はお願いします」
メリッサが軽く頭を下げると、スターチは手を振ってから、トラックを発進させて去っていった。
スターチのトラックが離れて行くのを見送ると、メリッサは走るのを嫌がるクロードを置いて、1人でグレンザール警備会社の社屋に急いだ。
数分後、見慣れた社屋に前にたどり着いた。一階の喫茶店はいつも通り、客で賑わっているのが見える。メリッサは、二階の事務所に繋がる階段を駆け上げり、玄関の扉を開けたところで、掃除をしているロゼッタと出会った。
「あ、お、お嬢様、お、お、お帰りなさいませ」
突然現れたメリッサにロゼッタはあたふたと慌てていて、普通じゃない。何かあったのだろうか。
しかし、今はポンパドール夫人の身の安全が心配だ。皆を一度集め、すぐに出動の準備をしなければ。
メリッサは、自分の要件を優先することにした。
「ああ、ただいま。ロゼッタ、マリアはいるか?」
「マリアさんだったら―――」
「お嬢様! どこに行っていたのですか!?」
大きな声と伴に執務室から、マリアが飛び出してくると、玄関にいるメリッサのもとに向かって、ズンズンと突き進んできた。
「マ、マリア、ただいま」
まずい……それが最初に抱いた感情だった。
この表情の時のマリアは危険なのだ。
迫る彼女の気迫に、メリッサは縮こまった。
「ただいまじゃありません! なんですか、朝帰りなんてして! 朝帰り? いえ、もう夕方です!」
「そ、そうだが……それより、大変なんだ」
「それより、ではありません!」
怒り過ぎて、1人で自問自答する妙な怒り方をする始末だ。メリッサが本題のフェネクスの件について言い出そうとするが、取り付く島がない。
「いいですか? お嬢様は未婚のうら若い乙女なんですよ!? それが異性と無断外泊なんて! 私はお嬢様をそんな不良に育てた覚えはありませんよ!」
(まずい、マリアの説教マックスモードだ……ここから長いぞ……どうしよう)
メリッサは、まくし立てるマリアに小さくなるばかりで、本題を切り出せずにいた。
「お嬢、お帰りなせぇ。へへへ、短い愛の逃避行でしたねぇ。大人の階段はちゃんと上れましたかい?」
マリアの後ろからやって来たアルレッキーノが、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
「お兄ちゃん、駆け落ちってことは、やっぱり二人は……」
「ふふふ、ロゼッタはおませさんだなぁ。そうだぞ、お嬢とクロードは、男と女に…………なったんだなぁ」
「あわわわ」
ロゼッタが機械のボディから湯気を吹いた。
そういうことか。
メリッサは二人の会話を聞いて、帰ってきた時のロゼッタの慌てぶりが理解できた。アルレッキーノに余計なことを吹き込まれていたようだ。
(何が『なったんだなぁ』だ。 アルレッキーノめ、覚えてろよ……)
メリッサはアルレッキーノを恨みがましく睨んだ。
「ちょっと、お嬢様? 私の話を聞いてるのですか?」
「え、はい、聞いてます」
「ですから、このような軽率な―――」
「ただいま帰ったぞ」
ちょうどそこに、呑気に歩いてきたクロードが合流した。その瞬間、メリッサに向いていたマリアの標的が、クロードにロックオンされた。
「うっ……なんて殺気」
「フフフ……クロード、よくもやってくれましたね。お嬢様と無断外泊とは……楽に死ねると思わないでください」
彼女の表情に闇が掛かって見えた。目が笑っていない。さしもの悪魔もたじろぐほどの殺気を放っている。
この時ばかりはメリッサも、クロードに少しの同情と感謝を感じた。
「そ、それよりマリア、緊急事態だ! ポンパドール夫人が危ないんだ!」
「え?」
メリッサが叫ぶように出した言葉に、マリアがぴたりと止まる。マリアだけでなく、その場の全員が、話すのを止め、メリッサを見た。
「三十分後、完全武装でラウンジに集合だ! 詳しい話はそこでする。ヘルマンとヴァルにも伝えてくれ!」
「は、はい!」
メリッサの覇気のある号令に、マリアはびしっと背筋を正して返事をすると、一階の喫茶店で働くヘルマンとヴァルの元に駆け足で向かって行った。
♦ ♦ ♦
その後、ラウンジにて――
「なるほどな……マルバール、オブビリオン商会ときて、最後はポンパドール夫人って訳か」
ヘルマンが頷きながら呟いた。
メリッサの指示通り、全員いつでも出動できる武装状態でラウンジの長机を囲んでいる。
メリッサが、首都ベオティノープルで見てきたこと、フェネクスが不死鳥石を狙って襲撃を繰り返していることなどを集まった皆に話した。
「その通りだ、ヘルマン。どうやったかは分らないが、フェネクスも不死鳥石の在り処を知っていると考えられる。幸いまだ夫人の邸宅に火の手は上がっていない。しかし、やつがいつ襲撃してきてもおかしくないんだ」
「シャルちゃんが危ない! 急いで守りに行こう!」
メリッサの説明に、ヴァルが声を上げた。
「ああ、そうだなヴァル。先ほど夫人には電話で事情を説明して、警備の承諾は取れた。ただ、夫人には避難してもらおうと思ったが、『そんな面白そうなこと近くで見るに決まってるじゃない』と断られてしまったよ」
真剣な表情だった皆から、苦笑いが漏れた。しかし、メリッサが口を開くと、すぐに皆の表情は真剣なものに戻った。
「さて、皆、装備は万全だろうな? 相手はテストゥムだ、死力の限りを尽くしてもらうぞ!」
メリッサはそれぞれの顔を見渡す。皆、恐れなど無い自信に満ちたいい顔だ。
「白銀の腕手、第4回収班、出動する!」
メリッサの掛け声に各々が同時に力強く応え、席を立つ。高い士気が満ちている。それがぴりぴりと肌で感じられるほどだ。
一同は社屋前に手配した馬車に乗り込み、ポンパドール夫人の邸宅を目指した。
♦ ♦ ♦
夫人の邸宅に着いたメリッサ達は、客間に通された。レマール湖に向かうときに、通されたのと同じ部屋である。
ただこの時、ヘルマンとヴァル、アルレッキーノは警備の為、玄関に残していた。
客間に入ったメリッサたちが、ソファーに腰を掛け、夫人が現れるのを待っていると、部屋の外に足音が聞こえた。
「お待たせぇ!」
元気な声と伴に、扉が開いて夫人が入ってきた。手には巧みな飾りが彫られた木箱を持っている。夫人は部屋の中央の机に、その木箱を置いた。
「夫人、これが不死鳥石ですか?」
「ええ、そうよ」
夫人はメリッサの問いに答えると、木箱の蓋の開けた。箱の中には緋色の石をあしらったペンダントが優雅に鎮座していた。
「これが本物の不死鳥石……確かに火の玉のような模様が石の中にありますね」
クロードがペンダントを見つめて呟いた。
「そうよぉ、ちゃんと本物よぉ。でも、不老不死とか不治の病を治したりって凄い力はなかったけどね……」
一瞬、夫人が悲しい目をした。メリッサはそれを見て、今まで夫人が不死鳥石を持っていることを言わなかった理由が、分かった気がした。
しまっておきたい過去が彼女にもある。
それでも、夫人の顔は、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「それより今は、襲ってくる敵ね」
「はい、相手の目的はこの不死鳥石です。今からでも退避していただけませんか? 正直、今回の相手は夫人を守りながら戦えるような相手ではないと思っています」
「嫌よ。危なくなったらさっさと避難するから、出来るだけメリッサちゃんたちの戦いを拝見させてちょうだい。ね?」
夫人がメリッサの顔を覗き込む。まったく譲歩する気は無いようだ。
「それに、あの湖の塔で見た人だとするなら、一度戦ってるじゃない。メリッサちゃん、何か必勝策があるんじゃない?」
「まあ、無策ではないですが……」
「じゃあ大丈夫よぉ、何とかなるわ。最悪、この石をあげちゃえば引き上げてくれるでしょ?」
「はぁ、分かりました。ただ本当に危険な時は、避難指示に従ってもらいますからね」
「はぁい」
緊張感に欠ける返事に、メリッサは頭を抱えたくなる思いだったが、夫人の柔らかい性格に場が和んで、ちょうどいい具合に緊張が解れたともいえた。
気負いすぎるメリッサには、丁度良い弛緩剤だった。
『お嬢、こっちの準備は完了しましたぜ』
アルレッキーノから無線が入る。邸宅に着いてからずっと、彼はフェネクスに対する策の準備をしていた。
「そうか、ご苦労。打ち合わせた場所に移動して待機しててくれ」
『了解です』
アルッレッキーノの用意した仕掛けは、湖から帰った後、彼が開発していたものである。昨日完成したばかりで、テストはしていない。不安は残るが、フェネクス相手に無策よりは何十倍もましだった。
「では皆も、事前に打ち合わせた場所で待機してくれ」
メリッサが指示を出す。
「では夫人、二階に移動をお願いします」
「分かったわ。ジョナサン、ペンダントを持ってきてちょうだい」
「か、畏まりました」
マリアとロゼッタに付き添われて、夫人とジョナサンが2階へと移動を始める。客間を出るとき丁度、帰ってきたアルレッキーノも合流し、彼も一緒に夫人たちと2階に向かった。
「さて、私たちも行くとするか」
「よかろう」
夫人たちが出て行くのを見送ると、メリッサが横にいるクロードの顔を見た。
するとクロードもメリッサを見た。
2人の目に闘志が満ちている。お互い何も語らずともそれが分かった。
そして、視線を外し、無言で移動を始めた。
メリッサ達は玄関に一番近い部屋に移ると、ヘルマンとヴァルはもう中で待機していた。
「お嬢様、フェネクスはいつ来る?」
ヴァルが大きな瞳を瞬かせて、メリッサを見つめる。嵐の日の子供のように、この状況に興奮しているようで、目がらんらんとしている。
「いつかは分からないな。だが、今日中に来る。石の在り処が分かっている以上、やつに強奪を遅らす理由も無いからな」
「それと、フェネクスは本当に真正面からくる感じ?」
「ああ、来るさ。マルバール邸やオブビリオン商会への襲撃現場を見て思ったが、奴には力を誇示することに強い執着がある。どの事件も単に石を奪うだけでなく、真正面から全ての抵抗をねじ伏せるように襲撃しているんだ」
「なんか性格悪いなぁ」
「だから湖での件と比べると違和感があるんだが……」
メリッサは独り言の様に小さく呟いた、その時だった。
「どうやら奴さん、来たみたいだぜ」
窓際で、外を見張っていたヘルマンが知らせた。その知らせに、全員の表情が一気に険しくなり、場の空気も、張り詰めたものへと一変した。
予想通り今夜だったかと思いながら、メリッサも窓から外を注視した。
(あれか……)
夜の帳に包まれた邸宅の庭は、照明をつけていても、薄暗い。普通なら広い庭を先の正門は、日中でないと暗くて確認できないだろう。
しかし、正門に人影が確認できたのだ。なぜなら、その人影は青白い炎を纏っていたからだった。
「フェネクスらしき侵入者を正門前に確認した。全員、戦闘態勢に入れ」
無線で指示を飛ばす。
「さて、こちらも行くぞ」
メリッサは無線を切ると、その部屋にいた全員にも指示を出し、玄関に急いで向かった。
次回は久々に戦闘なんだなぁ~
自分で書いててなんですが、「なんだなぁ~」のくだりのアルレッキーノが好きです。




