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第36話 街道に異常あり

 アカシック財団の敷地から出て、すぐに馬車を捕まえ、長距離バスの停留所へと急いだメリッサ達だったが、停留所に着くと、そこは沢山の人でごった返していた。

 広い作りになっている首都の停留所ではあるが、ロウラム行きのバスが出る停留所を中心に、人垣が出来ている。


 バスを待っているのかと思ったが、よく見ると人々の様子がおかしい。なんとも不安そうな表情をして立ち尽くしている。人垣の中心の方では、バス運行会社の職員に数人で詰め寄って、何か言い争っているのも見えた。

 どうしたのだろうかと、メリッサは気になって、人垣に近づいた。ただ、近くに行っただけでは、何が起きているのか分からず、近くにいた老婆に聞いてみた。


「すみません、何かあったのですか?」

「ああ、なんでも、ロウラムに続く街道でクリーチャーが出たらしくてね。街道を行ってた人たちが襲われたらしいの。安全が確保されるまで、ロウラム行きのバスは出ないらしいわ。困ったわねぇ」

「そうなんですか……困ったな」


 メリッサは腕組んで首を捻った。よりによって急いでいる時に運航停止とは。焦りで無意識に、組んだ腕に乗る指をトントンと上下させた。


「急いでいるのね? そのうち軍がクリーチャーを討伐に向かうと思うけど、今日の運行は無理そうね」

「あ、失礼しました。教えていただきありがとうございます」


 ふと我に返り、メリッサは老婆に礼を言って、人垣から離れた。


「どうするのだ?」


 状況と伝えると、クロードが少し苛立った声で聞いてきた。


「今考えている」


 メリッサも苛立っていた。


「フェネクスが不死鳥石の在り処を把握していないという前提だが、急がねば、作戦を準備する時間もないぞ」

「そんなことは分かっている! だから今、考えて―――」

「おおい、グレンザール警備の社長さんじゃないか?」


 後ろの方から太い男の声がした。なんとも呑気な感じで声を掛けられ、メリッサは荒れた感情のまま、振り向いて声の主をぎろりと見た。


「ああ、やっぱりそうだ。というか恐い顔で睨むな……」


 声の主が分かり、あっとメリッサの表情が一気に朗らかになった。見覚えのある黒い肌に、太い眉毛だ。


「スターチ指揮官殿!」


 鉱山の警備の時に、警備兵の指揮官をしていたスターチだった。メリッサの声に、スターチは歯を見せて、にかっと笑った。

 鉱山の時とは異なる印象を感じさせた。


「ははは、指揮官はやめてくれ。もう、警備兵は辞めたんだ」

「そうだったのですか」


 戦いのある職を離れたせいか、目の前のスターチは、前の様に厳しい雰囲気はなく、豪胆だが人の良さそうな中年男に見えた。話し方も前より砕けた感じがする。


「あんたは仕事で首都に?」

「ええ、そんなところです。しかし、ロウラムに帰ろうにも、長距離バスが運行休止で、困ってしまいました」

「へぇ、そいつは難儀だな。それじゃ、俺の車に乗ってけよ」

「え? スターチ殿の車?」

「おう。さっき警備兵は辞めたって言ったろ? なんか知らんが、退職金がすげぇ額出たんだ。だからそれで最新の運送用トラックを買って、他の退職したやつらと都市間の運送業者を始めたんだ」


 そう言ってスターチは、力こぶを作って見せた。


「ちょうどロウラムに配達の仕事があったし、荷台で良ければ乗っていけよ。今、近くの店に配達した分で、首都での仕事は終わりだったんだ、すぐにでもロウラムに向かえるぜ?」

「それは願ったりですが、いいのですか?」

「あんたら腕が立つし、運賃は荷の警備ってことでどうだ?」

「ありがとうございます、ぜひお願いします!」


 メリッサが深々と頭を下げた。


「おう、気にすんな。あんたには世話になったしな」


 スターチが輝く様な白い歯を見せて、またにかっと笑った。


「うちの運送は脚の速さが売りなんだ。今から出て夕方にはロウラムに着くさ」


 厳つい肩で、風を切って歩くスターチの後に続いて、メリッサ達も歩き出した。

 停留所前の大通りにトラックは停めてあった。新品だけあって、ボディは光沢があり、青と白の塗装が鮮やかだ。


「さ、乗ってくれ。荷の上はダメだが、そいつは空箱だから、そいつに腰掛けててくれていいぜ。あと、なんかあったらその無線機で言ってくれ」

「分かりました、では宜しくお願いします」


 メリッサ達は荷台に乗り込むと、言われた木箱に腰を下ろした。

 運転席の閉まる音がして、エンジンの駆動する音が響く。その後、トラックは軽快に走り始めた。

 数十分で、トラックは首都ベオティノープルの結界線を抜けると、街道に出て、そこからはスピードを上げて高速でロウラムへとひた走った。


「何故、我が荷台なんぞに……」

「まだそんなことを言うのか。しょうがないだろ、クロード。それに、バスだったらぎゅうぎゅうの自由席だぞ?」

「くっ」


 ロウラムまで残り半分を切ったところで、突然、トラックの振れが大きくなった。ガタガタと揺れる荷台から道を見ると、舗装された街道を外れて、石が所々むき出した路肩を走っていた。


「どうしました?」


 何事かと、メリッサは無線で、運転席のスターチに確認する。するとすぐにスターチから返事が来た。


『どうやらクリーチャーが出たのはこの辺らしい。車の残骸がゴロゴロしてやがる。ちょっと揺れるが道を少し外れて走るぞ』


 バスを運行休止に追いやったクリーチャーが出た現場と聞いて、メリッサは警戒心を強めた。

 街道にも都市や村ほどではないが、クリーチャー避けが施してあり、弱いクリーチャーなら街道に近づこうとしない。しかし、それが効かない強力なクリーチャーが出たのである。否応にも、緊張感が高まる。


「焦げ臭いな……」


 先ほどから、異臭が、車に吹く向かい風に乗ってメリッサの鼻に漂って来ていた。

 油、金属、肉と様々なものが焼け焦げた嫌な臭いが、前方からする。何が道の先にあるのかと不信に思い、メリッサは荷台から身を乗り出して、街道の先に目をやった。


 そこには数台の大型車だと思われる黒い塊が、街道の真ん中に転がっており、辺りにはその部品が散乱していた。焼けている火元は、その大型車だ。ただ、既に火は小さく、所々で燻ぶった様に残るだけだった。


「無残だな……」


 横を通り過ぎる車の残骸を見ながら、メリッサは呟いた。そのように言葉が漏れるほどの惨状だった。

 車自体も原型が留めておらず、バラバラになって散らばり、その上で焼けている。もうこうなっては、生存者はいないだろう。

 いったいどうやったらこんな真似ができるのか。


「下等生物が、随分と派手に暴れたな」

「未知の部分も多い生物だ、どんな化け物がいても不思議ではないさ。ただ、こんな被害、私も見るのは初めてだ……」


 強大な脅威を想像し、メリッサの頬に嫌な汗が伝った。

 緊迫感と不気味さ、そして何より嫌な予感がする。それらによってドクドクと速まる鼓動を聞きながら、残骸の横を通り過ぎるとき、メリッサの目に思わぬものが飛び込んできた。


「車を止めてください!」


 突然、メリッサが無線に叫んだ。


『ど、どうした?』


 スターチが慌ててブレーキを踏んだ。ぐっと前方に重力が掛かり、土の上を滑りながら車は減速した。 

 車が止まらないうちに、メリッサは荷台から飛び降り、残骸へと駆けて行く。


 先ほどより更に速まる鼓動。

 今の一瞬で目に入ったものが本当なのか、自身の目を疑った。疑いつつ、嫌な予想は拭えない。

 間違いであってくれと思いながら、焼け焦げた車の残骸に向かって走った。


「な……何てことだ……」


 残骸の目の前に辿り着いたメリッサの目には、最悪の予想が、現実となって突きつけられた。

 目の前の大型車の残骸は、真っ黒に焼け焦げていた。もはや元々の色も分からない。ただ、そのすすにまみれた車体に、よく知ったマークを見つけたのだ。


「どうした?」


 後から追って来たクロードが声を掛ける。スターチもやって来た。尋常じゃない様子で、残骸を見つめるメリッサに近寄ると、彼女の視線の先にある黒ずんだ車体に目を凝らした。


「おいおい、嘘だろ……こいつは……」


 スターチも絶句する。

 それは、知る人ぞ知る紋章。

 盗賊もクリーチャーも、一切の敵を寄せ付けない、最強の警備を誇る商会の紋章――オビリオン商会の紋章だった。


「だ、だがよ、あいつらがクリーチャーなんかにやられるかよ! 地獄のオビリオン兵だぜ?」


 スターチの言葉に困惑の色がありありと感じ取れた。メリッサも、未だに目の前の光景が信じられずにいた。

 いったいどんな化け物が、こんなことを出来るのか。


「まさか……」


 惨状を引き起こした犯人が思い当たり、立ち尽くすメリッサ。彼女の額からは、どっと汗が出た。

 そんな彼女を他所に、クロードは、表情を変えることなく、焼け焦げた車の辺りを歩いて、現場をしげしげと眺めていた。


「そこいらの軍隊と同程度の戦力なのだろ? 装備も最新鋭だとか。しかしこの様子では一方的に蹂躙されたようだな」


 現場を観察しながら、クロードが淡々と言った。

 車の運転席を覗き込むと、人間の形を辛うじて留めている炭化した死体が見えた。路上にも、人間の上半身や脚だと思われる炭が転がっている。しかし、全身を留めているものはない。


「……もう少し調べておこう。すみません、スターチ殿少し時間をください」


 メリッサは、スターチをトラックに戻らせると、クロードと辺りを捜索してみた。

 生存者はおらず、どの車も激しく破損し、焼け焦げていた。そして、その破損の傷はどれも溶かしか切ったような切り傷であった。


「どうやら、犯人はフェネクスで間違いないようだな」


 大型車に残った切り傷を見ながらクロードが呟いいた。しかし、フェネクスの犯行であることに、メリッサはずっと引っ掛かっていた。


(本当フェネクスなのか……確かにこんなことが出来るのは、フェネクスぐらいだ。だが、ここまで残忍で容赦のない奴が、どうして湖の塔では、私達を攻撃しなかったのだろう。その気になれば、消し炭にできただろうに……)


「やつの前ではオビリオン兵でも道端の草と変わらんな。容易く焼き尽くしていきおったわ。しかし、これで残る石は1つ――」


 思索に耽る中、クロードの声が耳に入って来て、ふと我に返った。いや、彼の言葉の最後部分を聞いて、雷に打たれた様な衝撃が、メリッサの意識を無理やり現実に引き戻したのである。

 とんでもない事実に気付いたのだ。


「おい、クロード……フェネクスは、どうして商会が不死鳥石を運んでいると分かったんだ?」


 オークションに出品されるのは新聞で分かっても、オークション会場に来るまでは、不死鳥石がいつどこを通っているかは分からないはずだった。


 だが、その前提が間違っていたのだ。

 フェネクスは、不死鳥石の在処を新聞などから知った訳ではないのだ。別の情報か、または何らかの探知が出来る。

 そこに考えが至った瞬間、メリッサが叫んだ。


「不味い! ポンパドール夫人が危ない!」


 メリッサ達は、すぐにトラックに乗り込み、ロウラムへと急いだ。


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