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第35話 情報マニア

 翌日、メリッサ達は宿を出ると、まず銀行へ行って金を用立て、馬車で首都の中央に向かった。

 メリッサのホームタウンであるロウラムとは違った、荘厳で大きな建物が多いベオティノープル。その中央で、ひと際大きく、白い建物の前で2人は下車した。

 広い敷地にビルというほど高くはないが、横に大きい建物が幾つも建っている。


「表向きはアカシック財団の学術研究施設となっているが、ここが白銀はくぎん腕手かいなでの本部だ」


 メリッサが歩きながらクロードに説明すると、クロードは興味深そうにきょろきょろと辺りを見回していた。

 説明もそこそこに、敷地の入り口で警備員にカードを見せ、敷地内に入る。回収班の人間は特別な待遇をされているので、カードを持たないクロードもメリッサが同伴ということで、すんなり入ることが出来た。

 

「この建物全てが、本部なのか?」

「本部に違いはないが、これらの建物は表向き通り研究施設さ。本部として機能しているのは、あの1つ頭抜けて高いビルだ」


 庭園の様に手入れされた敷地内の遊歩道を歩きながら、メリッサが指さす。その先に、他より一際大きくて白いビルが建っていた。


「だが、私たちが行くのはこっちの建物だ」


 言いながら、メリッサが正面のビルを指し示した指を右に向けた。新たに指し示す先には、2階建ての低く広い建物があった。

 外からはどんな目的の為にある建物か、クロードには見当がつかなかったが、入ってすぐに分かった。

 建物の中には夥しい量の本が収納された大きな棚が、何百と並んでいたからだ。

 一目で書庫だと分かった。ただ、事務所の書庫とは規模が違う。まさに本の森と言ったところだった。


「ここにはありとあらゆる学術や魔法に関する本が集まっているんだ。恐らく国の図書館よりも多いだろうな」

「ほう、興味深い……」


 メリッサは、クロードと伴に棚の並んだ通路を進みつつ、キョロキョロと辺りを見回した。


「普段はここにいるんだけどな……」


 メリッサが呟いた時だった。


「おや、メリッサじゃないか」


 本棚の上の方から声がする。立ち止まって声の方を見ると、本棚に掛けられた梯子の上の方に、利発そうな少年がいた。

 その少年は、いそいそと梯子を降りるとメリッサの前に駆け寄って来た。


「久しぶりだね、メリッサ。元気してたかい?」

「ああ、こっちは変わりないよ。君も元気そうだね、ダンタリオン」


 ダンタリオンと呼ばれる少年は、無邪気な笑みをメリッサに向けた。

 見かけは可愛らしい子供なのだが、ぼさぼさの髪に、ダボ付いた白衣を着ていて、くたびれた科学者の様な成りだった。


「お? そっちの男性は……彼氏かい?」

「違う。新しく使用人になったクロードだ」

「だろうね、その格好なら。しかし……」


 ダンタリオンは、執事服のクロードを舐める様に上から下まで眺めてから言った


「へえ……クロードね……君もメリッサと同じように、美味しそうな情報に匂いがするねぇ」

「そんなことより、ダンタリオン、今日は君に調べてもらいたいことがあるんだ」


 メリッサが話を切り出した。


「ん? 魔法の解析かい?」

「ああ」

「ちゃんと本部の許可取ってきたかい? メリッサ」

「それは……」

「ダメダメ、それじゃダメだよ。力を勝手に使ったら、怒られちゃうもん」


 ダンタリオンは首を横に振った。


「……調べてくれたら、門外不出の希少物資に関する顧客情報を君に渡せるんだが?」


 メリッサの言葉に、ダンタリオンがぴたりと止まり、じっと彼女を見つめた。


「具体的には?」


 ダンタリオンが小さく呟く。

 メリッサは交渉の有利を確信し、更に畳み掛けた。


「シュトラール社がもつ、不死鳥石の所有者情報」


 彼の目の色が変わるのを見て、メリッサはにやりと笑った。餌に魚が食いついたのだ。


「うぅん……しょ、しょうがないなぁ……本部には内緒だよ?」

「ふふ、ありがとうダンタリオン」

「ここじゃあ何だから、僕の部屋に行こ」


 そう言って、てくてくと歩き出したダンタリオンに、メリッサ達はついて行った。

 本棚の並ぶ通路を抜け、壁に突き当たる。壁といっても、びっしり本が収納されている本棚の壁だ。

 ダンタリオンが、その本棚の本を慣れた手つきで3冊引っ張ると、ズズズと重い音をたてて、本棚の一角が扉の様に開いた。

 

「さあ、僕の部屋へどうぞ」


 扉の先には、書斎があった。クロードの部屋と同じぐらいの広さで、ベットやソファーもある。ただ、壁は一面本だ。ダンタリオンのプライベート空間だということは、よく分かった。


「さて、お客さんにはお茶を出さなきゃね」

「いや、お構い無く。それより解析を急いでくれ」

「そう? その方が僕も嬉しいけど」


 明らかにそわそわとしていたダンタリオンは、彼女の提案に喜びを隠さず、にやにやとしている。


「じゃあ、解析用のサンプルをもらおうか」


 ダンタリオンは、書斎机の前の椅子に腰を掛けた。

 机を挟んで向かいにいるメリッサが、ポケットからハンカチを取り出し、それを机上に広げた。


「髪の毛かぁ……」

「安心してくれ、まだあるんだ。ダンタリオン、手を出してくれ」

「ん? こうかい?」


 ダンタリオンが右手を前に出す。


「クロード、ダンタリオンに昨日吸い取った魔力を移してくれ」

「うむ」


 クロードは返事をすると、ダンタリオンの手に軽く触れた。次の瞬間、ダンタリオンが、興味津々といった感じで目を輝かせた。


「おお! すっごい!」


 すぐに手は離され、それを見たメリッサが説明する。


「不死鳥石の所有者情報を書き替えることのできる魔術師の魔力と髪の毛だ。これだけあれば、君なら所有者情報の源に接続できるだろ?」

「もちろん! 5分、いや、3分で出来るさ!」


 ダンタリオンが指を鳴らして、興奮気に言った。


「しかし……マジック・トランスミッション(魔力転送)を出来るなんて、君は一体何者だい?」

「余計なことは知らなくていい。早く解析を始めろ」


 興味に満ちた視線がクロードに向くが、威圧的な短い答えがそれを遮った。


「やれやれ、分かったよ」


 肩をすくませるダンタリオンだったが、すぐにその悪戯っぽい笑みが真剣な表情に変わった。

 片手を机上の髪の毛に乗せると、目を閉じ、ぴくりとも動かなくなった。時折、ぶつぶつと独り言を言っている。

 ダンタリオンの解析が待つ間、クロードがメリッサに話し掛けた。


「おい、あいつは何者だ?」

「ふふ、自分は何者か知らなくていいって言ったのに、彼が何者かは聞くんだな」

「うるさい、さっさと話せ」

「彼は白銀の腕手の誇る魔術分析のスペシャリストだ。魔術分析で彼に勝る者はいないだろう。そして無類の情報マニアでもある。自分が知らない情報には特に目が無いんだ。常に様々な情報に目を光らせているから、彼の頭には古今東西の様々な情報が入っていて、歩く図書館といっていい」

「なるほど、だから不死鳥石の所有者情報に目の色が変わったわけか」

「そういうことだ。そして彼もテストゥムだ」

「なに? では我の糧にして―――」

「やめろ。彼は白銀の腕手にとって重要な協力者なんだ。この組織は特殊な情報が集まるからな、それを共有する条件で、彼の分析能力と知識を提供してもらっているんだ。この先、お前の魔力回復に彼の力は色々と役立つはずだぞ」

「……ちっ」


 クロードは眉間に皺を寄せた。

 そうこうするうちに分析が終わったのか、ダンタリオンの目が開いた。


「終わったよ」


 そう言うダンタリオンの顔はなんとも満足げだ。


「なかなか美味な情報だったよ」

「それで、石の所有者情報を可視化して欲しいんだが」

「いいよ、ちょっと待ってね」


 メリッサの要望に、ダンタリオンは気安く返事をすると、指をパチリと鳴らした。すると、何処からともなく机の上に1冊の本が現れた。厚さは薄く、本と言うよりノートと言った方がしっくりくるようなものだ。


「ありがとう」


 メリッサはその本を開く。そこにはシュトラール社が販売した全ての不死鳥石について、持ち主の変遷とその個人の情報が乗っていた。

 メリッサとクロードは、肩を並べ、その本を食い入るように見る。

 ただ、いくらページを捲れども、盗難や紛失と、どの不死鳥石も所在不明の状態ばかりであった。おそらく、これらの不死鳥石は、既にフェネクスによって奪われているのだろう。

 所在不明ばかりのページを読み進める中、持ち主の欄にあった、思わぬ人物の名前にメリッサ視線が留まる。


「ポンパドール・アントワープ・シャルロット……ポンパドール夫人! そうか、あの人も持っていたのか……」

「あの富豪の女なら不思議ではあるまい」


 メリッサは、オークションの帰りに、車内で夫人が呟いたことを思い出し、彼女が石の所有者だったからかと納得がいった。

 しかし同時に、夫人が所有者であるなら、とある懸念が沸いて出た。メリッサは、急いで石の現在の状態を見る。表示では、夫人が所有したままだ。


「まずいぞ! クロード! 夫人が狙われてしまう!」

「落ち着け」

「早くロウラムに戻らなくては!」

「落ち着け、たわけが!」


 クロードの大きな声に、メリッサは、びくりとして止まった。


「よく考えろ、奴は石の在処を知らんのだぞ? マルバールは、オークションで落札し、新聞に載ったから狙われたのだ。そして――」


 そう言ってクロードは、机の上に乗った何種類もの新聞の中から、1つを抜き出し、その1面をメリッサの目の前に突きつけた。


「次の標的は、こいつだ」


 そこに書いてあったのは、『第2の不死鳥石。オークションに再び蘇る、不死鳥の煌めき』という見出しだった。


「……また、オークションに不死鳥石が。そうか、次はこれか!」

「そうだ。そして、少なくとも不死鳥石がオークション会場に着くまでは、奴には所在は掴めん」

「そうか、まだ時間はあるな。よかった……」


 メリッサは胸をなでおろすと、ページを捲った。次のページでは、オークションで競り落としたマルバールの名前があった。彼もまだ所有者のままだ。

 結局、販売された全ての石のうち、夫人とマルバール、他に一点の所在が分かったが、他は全てが所在不明であった。


「マルバールのものは、もうすぐ所在不明になるだろう」


 クロードが口を開く。


「しかし、あの邸宅襲撃は奴の仕業なんだろうか? どうも私には違和感が残るな……」


 メリッサが呟き、ふと考える素振りを見せたが、すぐに話を戻した。


「まぁとにかく、奴を待ち構えることが出来るのはあと2回しかいないな。私たちに分かるのは、ポンパドール夫人とこのロナルド・マディガンという人物の持つ石だけだ・・・・・・しかし、マディガン氏がいるのは、ここから随分と遠いな」


 本に書かれたマディガンの所在地を見て、メリッサが腕を組んで渋い顔をした。


「おい、お前は馬鹿なのか?」

「何だと!?」


 その姿勢のまま、きっとクロードを睨んだ。


「この本の元になった魔力はどこで手に入れた?」


 クロードの言葉にメリッサは、はっと気付く。


「そうか、オビリオン商会か! 彼らが運んでいる不死鳥石が、次のオークションに出品される!」


 目を大きく開いた表情のメリッサに、クロードは、ふんっと小さく笑ってみせた。

 残り2つの石がメリッサ達のホームタウンに集まる。つまり、決戦の場所はロウラムだ。

 メリッサの瞳が、俄然、やる気に燃えた。


「ちょっとぉ、何二人だけで面白そうな話をしてるんだい。僕にも教えてよ」


 2人を見ていたダンタリオンが、話に割って入る。知らない情報が目の前を行き来している状態は、彼にとって堪らなく苦痛らしい。


「ダンタリオン、このマディガン氏の不死鳥石について、今日、何か変更したような形跡はないだろうか?」

「え? ん・・・・・・」


 メリッサの勢いに圧されて、ダンタリオンは大人しく目を閉じ、情報を調べ始めた。


「えっと、変更はしてないけど、変更可能にする認可証みたいなものを魔法で付与しているね。マディガンって人が付与したことになってる」

「やはり、マディガン氏のもので間違いない」


 メリッサが腕の時計を見る。


「ねぇねぇ、何のこと? 僕にも教えてったら」


 クロードとメリッサの視界に、ダンタリオンの姿は入っていないようで、2人だけで話を進める。


「よし、急いでロウラムに戻ろう、クロード、作戦を練る必要がある」

「おぉい、僕のこと見えてる? 僕の話が聞こえてますかぁ?」


 ダンタリオンが 一生懸命、2人の周りをピョンピョンと跳ねて自己主張をするが、メリッサとクロードは、なおも話しながら書斎の入り口の方へ足早やに歩き出した。

 扉の前でメリッサは思い出したように止まる。


「あ、協力ありがとう、ダンタリオン」


 メリッサは礼を述べると扉を開けて、クロードと伴に外に出て行ってしまった。まるで吹き抜ける風の様に立ち去る2人を、ダンタリオンは、ただ呆然と見送るしかできなかったのだった。



情報解析のテストゥム、ダンタリオン登場。

ちなみに、男の子です。男の娘ではありません、

その方面が好きな方は申し訳ありません。


さて、次回は久々にあの人が登場です。

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