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第33話 無言の背中

今日、明日とちょっと真面目な話ですので、悪しからず。

 繁華街の飲食店の多い通りを抜け、宿の多い通りに入ろうとした時だった、クロードが立ち止まり、メリッサに声を掛けた。


「おい、娘、確か不死鳥石を落札したカルロス・マルバールの家は、この首都にあるのだったな?」

「ああ、そうだ。今は焼け落ちて、炭しか残ってないだろうけどな」

「ここから遠いのか?」

「彼はおそらく高級住宅街のD地区に住んでいるはず・・・・・・いや、そんなに遠くは無いな」

「そうか、では行くぞ。案内せい」

「え……今から行くのか?」


 クロードの提案に、メリッサは唖然とした。もう夕食時も過ぎた夜である。長旅の疲れに、程よい満腹感、さっさと宿を取ってゆっくりしたいが、彼の表情を見るに、これは言っても聞かないパターンだ。


「……分かったよ、馬車で行こう」


 メリッサ達は馬車を拾って、D地区に向かうことにした。

 こんな時間に、旅行者が多い繁華街から高級住宅街に行きたいというので、御者には不審な目で見られたが、マルバール邸のことを告げると、「あ~あそこね」と御者は納得した。どうやら新聞に載った事件以降、野次馬が多いらしい。

 馬車に揺られて15分ほどで、D地区のマルバール邸の前に着いた。


「想像以上に酷いな。襲撃されたからといって、こんな風になるか・・・・・・」


 凄惨な焼け跡を見て、メリッサが顔はしかめた。

 豪華な装飾で権威を誇っていたであろう正面の門は、熱で溶けたように拉げて原型を留めていない。襲撃の壮絶さが見て取れる。マルバールは普段から相当の人数に警護をさせていたらしいが、その全てと、更に使用人までが焼死し、生存者はゼロということだった。


 今は敷地の周りに、立ち入り禁止を示す看板とロープが張られており、警察官が数名立っている。警戒の為か、警察によって照明が炊かれ、敷地内は明るかった。

 邸宅の大きな敷地は鉄の柵で囲まれており、見るからに高級な構えだ。その柵越しに中を覗くと、事件前なら林や池など豪華な庭園があったのだろうが、今は全て焼け焦げた灰になって見る影もない。その黒一色景色の中心には、屋敷だったと思われる炭の塊が無残に横たわっているのが見えた。


「見てみろ」


 クロードが門の足元の石畳を指し示した。メリッサは、張られたロープから少し身を乗り出して、クロードの指す場所を見る。すると、石畳がキラキラと光っているのが目に入った。一瞬、高級な石畳か何かだと思ったが、すぐに違うと気付く。


「ガラス質化している・・・・・・」

「そうだ。ざっとだが、ここから見て焼け跡が酷いのは、門から真っ直ぐ邸宅までを繋いだ一直線だ。正面から邸宅まで焼き尽くしながら前進したんだろう」

「警備体制を根こそぎ潰しながらか……テロリストのやり方じゃない。そんなことが出来るのは、フェネクス……」

「間違いないだろう。フェネクスの奴は随分と力を誇示するのが好きなようだ」


 仕切られたロープの外からでは、これ以上の何も分かりそうにないので、メリッサ達はその場を離れることにした。

 少し距離を置いて邸宅前を見回してみると、夜であるのに、記者や野次馬らしき人間がちらほらといて、皆が敷地の中の様子を窺っている。御者が納得する訳だと、メリッサは苦笑いを溢した。

 そんな時だった。


「ん? あれは・・・・・・」


 野次馬たちを眺めていたメリッサの目が、一人の男性に留まった。


「あれは、グリューエン先生じゃないか?」


 白衣でなかったため気付くのが遅れたが、正面の門より少し離れた柵のところに、レマール湖の畔の村で会った放浪医、ヨハン・グリューエンらしき人物を見付けたのだった。彼もマルバール邸を窺っているようだ。

 メリッサは声を掛けようと、数歩近づいたところで、向こうがこちらに気付いた。すると、こちらを避けるように、早足で路地を曲がって消えてしまった。


「どうしたんだろう?」


 メリッサは首を捻る。


「おい、早くしろ。馬車を拾いに行くぞ」


 後ろのクロードにせっつかれたので、メリッサは立ち去ったヨハンらしき人物を追うのを止めて、馬車を拾える大通りまで歩き始めた。

 マルバール邸から離れると、高級住宅が並ぶ道は夜の闇の中でひっそりと静まり返っていた。そこを、あれこれ事件について思案しながら歩いていると、大通の一つ前の十字路に差し掛かったところで、誰かに声を掛けられた。


「あら、メリッサじゃなくて?」


 メリッサ達の右手の道から声がしたので、そちらに顔を向けた。そこには乗用車が止まっており、その横に召使いと共に女性が立っていた。


「あ、エレーナ……こんばんは……」


 挨拶をするメリッサの表情が強張る。

 エレーナと呼ばれたその女性は、ボリュームのあるカールした髪を揺らしながら、メリッサの目の前までツカツカと歩いて来た。年齢はメリッサと同じくらいのようだが、高そうなパーティードレスに身を包み、化粧もうっすらしていて、大人びて見える。


「こんばんは。こんなところで何してるのかしら?」

「いや……首都に来る用事があったから、その、新聞にあったマルバール氏の邸宅をちょっと見ておこうかと思って……」


 メリッサの声に力が無い。目を伏せ、怯えているようにすら見える。エレーナは微笑を湛えながらも、蛇のように冷たい視線でメリッサを眺めていた。


「ふぅん、あんな事件、私たち白銀(はくぎん)腕手(かいなで)には関係ないと思うけど。というよりあなた、まだ回収班しているの?」

「あ、あぁ……」

「しかも班長だものね。うちの組織も身内には甘いのよね……はぁ、コネっていいわよねぇ」


 俯くメリッサの顔を、エレーナは意地の悪い笑みを浮かべて覗き込んだ。


「本来、回収班のリーダーは魔導遺産を封印する力を持つものが担うもの。それなのにあなたは、封印どころか魔法すらろくに使えない……」


 エレーナが真顔になる。


「さっさと辞めていただけない? 出来もしないのに回収班の真似事されても迷惑なだけ」

「…………私は辞めない」


 メリッサがぽつりと呟いた。


「私は父上のためにも、辞めるわけにいかない」


 メリッサの言葉に、エレーナの表情が一変した。


「あなたが、ロバート様を父などと呼ばないで! 」


 閑静な住宅街にエレーナの声がこだます。


「あなたの……あなたのせいでロバート様は死んだのよ! 何? 罪滅ぼしのつもりかしら? そんな半端な力でやっても、あの方への冒涜でしかないわ。貴女の活躍なんて誰も望んでない! 貴女は所詮、呪われた血よ!」


 メリッサは目を伏せたまま、奥歯を噛み締めた。

 言われるままに、ぐっと耐えている様な苦悶の表情が彼女の顔に浮かぶ。

 すると突然、クロードが二人の間に割って入り、エレーナの前に立ち塞がった。


「失礼致します」

「……何かしら、あなたは」


 突然のクロードの出現に、エレーナは少し驚いて身を引いた。


「私、お嬢様の秘書をしております、クロード・ブラックと申します」

「なに? 主人を馬鹿にされて文句でも言うつもり?」

「いえ、そんなつもりはございません。ただ、間違った情報を訂正させていただきたく。確かに、貴女様の言うとおり、お嬢様は封印どころか魔法すら使えない半端者」


 朗らかに、それでいて淡々と語る。


「ただ、それは少し前までの話。もともと、お嬢様は強大な魔力を持っていました。ただそれを使う方法がなかっただけです。しかし今は、私という協力者を得て、強大な魔法もつかえますし、封印もできます。強い魔導士なのですよ」


 にっこり笑って、言葉を付け加えた。


「貴方様よりもね」


 その言葉に、エレーナの顔がみるみる険しくなってゆく。


「ちょっと貴方―――」

「それと」


 エレーナが再び怒りに駆られて言葉を吐き出そうとしたところに、クロードが言葉を被せて、機先を征する。


「誰もお嬢様の活躍を期待していないというのも間違いですね。少なくとも、私は期待しておりますから」


 言い放つとクロードは、メリッサの手をぎゅっと握り引っ張った。


「お嬢様はこの後も予定が詰まっていますので、これで失礼します。さぁ、行きますよ、お嬢様」


 メリッサは、はっとして顔を上げる。手を掴むクロードの横顔が目に入った。

 エレーナは口を開いて何やら言おうとしていたが、クロードはそれを無視して、メリッサの手を引いて速足で歩き出した。

 

 ――なぜ、この悪魔は私を庇ってくれたのだろう……


 少し肌寒い夜の街路をクロードに引かれて歩く。掴むその手は大きく、力強く、そして暖かかった。



 大通りで馬車を拾い、宿場に向った。

 会話はない。

 馬車の走る音だけが耳に届く。

 少しして、沈黙に耐えらなくなったメリッサが口を開いた。


「その……さっきの女性はエレーナといって、第8回収班の班長で、えっと、第8回収班はBクラスなんだ。うちみたいなDクラスとは違って優れた――」


 メリッサはしどろもどろになりながら話す。


「今は喋るな」


 車窓から外を眺め、クロードが呟く。メリッサからはクロードの表情は分からない。ただ、声に苛立ちを感じた。


「そうか……あと、その……」


 メリッサは、クロードの寄せ付け難い空気を察して、それきり何も言わなかった。

 過ぎ行く夜景を眺めながら、クロードは自身の言動を反芻していた。


(何故、この娘を庇ったりしたのか……)


 理解できない。考えれば考えるほど、苛立ちが募るだけだった。


 ――誰からも期待されない


 ――呪われた血


 エレーナがメリッサに浴びせた言葉が頭をよぎる。

 メリッサを庇ったあの時、古い記憶が甦った。


 ――何者からも望まれない


 ――忌まわしき存在


 蔑れ、罵倒された記憶。


(昔の自分とこの娘と重ねたか……馬鹿馬鹿しい……我は、我を虐げる者たちを蹂躙し、屈服させてきた。ただ言われるだけのこの娘とは違う…………では、何故だ……何故こんなにも苛立つ)


 夜道を走る馬車の車輪とは対照的に、クロードの思考は苛立ちの中で空回りするばかりだった。


昔の知り合い登場。

次回はメリッサの過去に触れます。

サービスシーンもありますよ、げへへ


さて、次回もサービス、サービス♪

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