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第32話 首都ベオティノープル

 途中、街道沿いの宿場で休憩を取りながら街道を走り続け、その日の日没頃にはベオティノープルの停留所に到着した。

 1等席といっても長時間座席に座っていたため体が怠い。メリッサは、バスから降りると肩や首を回して、縮こまった体をほぐした。


「もうこんな時間か」


 首を回す中、停留所にある大きな時計が目に入り、メリッサが呟いた。

 時計から目を離して、遠くまで続く街並みに視線を移す。日没と伴に、街中に明かりが灯って、地上に星を散りばめたように幻想的な風景を作り出している。

 メリッサは輝く夜景を眺めながら、情報収集は明日以降になりそうだとぼんやり考えた。


「おい、娘、夕食にするぞ。我は空腹だ」


 隣に立っていたクロードが声を掛ける。


「図々しいな、無計画で連れてきたくせに。あまり旅費は無いんだからな……」

「安心しろ、庶民の店で我慢してやる。さっさと案内せい」


 メリッサは何度目かの溜息を着くと、繁華街の方へ歩き始めた。

 停留所を出て数分歩くと、すぐに宿屋や飲食店が並んだ繁華街に出た。相当数の旅行者が毎日やってくるのだろう、その旅行者を相手に商売をする繁華街は大いに賑わっていた。


「ロウラムの繁華街には行ったことがないが、繁華街とはこうなのか? 随分と明るい。看板が光っているな」


 人ごみをすり抜ながらクロードがメリッサに話しかける。


「どこも繁華街はそうだろうな。店の看板には光る魔法石から作った塗料が塗られているんだ。魔力を供給すれば、ああやって光る」


 あちこちで看板が様々な色の光を発している。


「久しぶりに来たが、やはり首都の繁華街だけあって煌びやかだな。ちょっと目に痛いぐらいだ」


 メリッサは眩しさに少し目を細めながら、きょろきょろと店の看板を見て回った。数分歩いたところで、お目当ての看板を見つけ、その店の前まで歩みを進める。


「ここだ。この店は、安くて美味いぞ」


 メリッサが指す目の前の店は、大衆酒場といった感じの店だった。店の中から、客の談笑の声が漏れてきている。なかなかの繁盛振りが窺えた。


「なんとも、粗雑な構えの店だな。まあよい、庶民の味で我慢すると言ったからな」


 メリッサは眉が引きつるのを感じながらも、自分も空腹だったので、黙って店の扉を潜った。

 店内の席は殆ど埋まっていて活気で満ちていた。酒も飲んでいるので、客たちの声は大きく、店全体に歓声が満ちているようだ。

 メリッサ達は空いている席を見つけ座った。


「おい、メニュー表が無いぞ」

「ここは、あれを見て決めるんだ」


 メリッサが壁に掛かった黒板を指さす。そこには本日のメニューが書いてあった。


「ふむ、まったく分からん。貴様に任せる」

「そうだなぁ……」


 メリッサは、メニューを眺めるとすぐに手を挙げて、ウェイトレスを呼んだ。


「いらっしゃいませぇ」


 笑顔のウェイトレスがスカートを靡かせてやって来た。可愛らしい制服だ。

 メリッサは料理を注文をしていく中、クロードが追加注文する。


「ワインを貰おうか」

「おい、酒なんか飲める余裕はないぞ」

「しかし、あの黒板にも書いてあるぞ。貴様が注文した料理にはワインが合うと」

「くっ……」


 確かにここの自家製ベーコンとチーズを使ったシチューは、ワインと一緒に食べると絶品だ。

 悩む、メリッサ。

 しかし、空腹は理性を簡単に踏み倒していった。


「……ワインをグラスで二つ……」

「ありがとうございまぁす」


 注文をとり終えるとウェトレスは、軽やかに厨房に戻っていった。

 頼んだ料理が届くまでの間、店内を何気なく見渡すメリッサ。席にいる殆どは、旅行者や行商人といった感じの人間だった。行商人などを守る警備の人間もちらほら見える。


 その客の中で、一際目を引く集団がいた。

 机四つを使って飲み食いしている大所帯だ。目を引いたのは、決して団体客だからではない。楽しそうに酒を飲んでいるが、一目で、武を生業にする者だと分かるからだ。しかも、全員がかなりの手練なのである。


「あの客か、相当できるな……」


 メリッサの視線に気付いて、クロードが呟く。クロードも気付いていたようだ。


「別に彼らと一戦構えるわけじゃないんだが、仕事柄、ああいう人間には目が行ってしまうな」


 メリッサが小さく自嘲気味に笑う。


「お待たせしましたぁ」


 元気よく先ほどのウェイトレスが料理を持ってやって来た。チーズの香ばしい匂いが広がる。料理がテーブルに乗せられていく光景は、空腹を加速させた。


「実に美味しそうだ。随分前にここのシチューを食べたが、とても美味しかったよ。ベオティノープルに来る時は、夕飯はここにしようと決めているんだ」


 メリッサがウェイトレスに話し掛ける。


「ありがとうございま~す」


 ウェイトレスは料理を並べながら嬉しそうに笑った。


「ここは美味しいから、繁盛しているみたいだね。団体さんが入るくらい」

「ああ、あの人たちですか? あの人達はオビリオン商会のキャラバンの人たちですよ。なんでも、とっても高価な宝石をここで仕入れたから、ここで手続きして、他の都市で売るんだとか。難しい話は分からないですけどね」

「なるほど、オビリオン商会か……」

「それでは、ごゆっくり」


 ウェイトレスは、小さくお辞儀をすると離れていった。


「では、頂くとしよう」

「これが美味いのか? 普通のシチューの様だが」


 クロードが訝しげな目でシチューを見ている。


「まあ、食べてみろって」


 そう言ってメリッサは、スプーンですくってシチューを食べ始めた。とろとろのチーズに、噛む度に出るベーコンの肉汁が合わさって口一杯に旨味が広がる。美味そうに食べるメリッサを見て、クロードも食べてみた。


「うむ……なかなかの美味だ」

「だろ?」


 感嘆の言葉を漏らすクロードに、メリッサがにやりと笑う。そこから二人は、黙々と食べた。

 いくらか料理を腹に入れて人心地着いた時、ふとメリッサは、先ほどの団体客を見つめるクロードに気付いた。


「どうした、クロード?」

「あの集団、オビリオン商会といったか。何者なんだ?」

「オビリオン商会は、商人たちが連合で作った巨大な会社さ。各都市をキャラバンで渡り歩いて様々なものを売買している。

 それで、あそこにいる団体はオビリオン商会が抱えている警備兵たちだ。彼らがあの“地獄のオビリオン兵”なら、只者じゃない雰囲気も納得だ」


 メリッサがパンを千切って、口に入れる。


「随分と仰々しい名だな」

「オビリオン商会は潤沢な資金で、最新の武器を揃えている上に、兵士の質や練度も高い。盗賊はおろか、そこいらのクリーチャーでは太刀打ちできないほどの強さだ。

 しかも、品物を盗めたとしても、地獄のそこまで追ってきて、完膚なきまでの制裁を加えて品物を取り返すそうだ。だから地獄のオビリオン兵なんて呼ばれているのさ」

「なるほど、誰も手を出さないわけか」


 クロードが再び食事を続ける。食べながらも相変わらず、オビリオン商会の団体の方を見ている。数口食べたところで、スプーンを動かす手が止まった。


「今度はどうしたんだ。余所見をしながら食事とは行儀が―――」

「うるさい、少し黙れ」


 メリッサの嗜める言葉が、ぴしゃりと遮られた。クロードはむっとするメリッサを余所に、先ほどよりも集中して、向こうの席の一団を凝視している。

 少しの間、クロードは微動だにせず凝視し続けたが、突然、ワインを一口飲むと、小さくと笑った。


「ふ、面白いことが分かったぞ」


 上機嫌でクロードがメリッサの方を向く。目の前のメリッサは、しかめ面で食事を続けている。


「……」

「なんだ? 辛気臭いぞ」

「……お前が黙れって言ったんだろ」

「子供か、貴様は。それより、不死鳥石について情報を得たのだ」


 不死鳥石と聞いてメリッサの表情が変わる。


「先ほど、オビリオンの奴らの話している内容に耳を傾けていたが―――」

「ちょっと待て、ここから彼らの話が聞こえるのか?」

「そうだが? 人間の耳とて意識すれば、音を取捨選択して、任意の音を聴くことができる。多少聴き辛いところは読唇術で補完しているがな」

「それは意識すればできることなのか?」


 怪訝な表情を浮かべるメリッサを無視して、クロードは話を続ける。


「奴らの話によると、不死鳥石自体に、持ち主の生体情報を書き込む魔法が掛かっているらしい。おそらく盗難防止や所有者の証明の為であろう」

「つまり、シュトラール社にある所有者名簿だけでなく、石自体の持つ情報とあわせて、二重で所有者を証明するわけか」


 メリッサが納得したように頷きながら話す。


「左様。そして、石に掛かった所有者情報は、シュトラール社で名簿を書き換えて初めて、変更させることが出来る。名簿を変更後、石を新しい所有者の所に持って行き、そこで石に新しい所有者の生体情報を上書きするようだ。名簿と石の生体情報魔法は繋がっていると考えられるな。ただ……」


 意気揚々と説明していたクロードの表情が曇る。メリッサは気になって、クロードの顔を見つめる。クロードは話を続けた。


「一連の手続きは分かっても、名簿を見る手段にはなりえぬ。名簿と石が魔法で繋がっている以上、石に掛かった魔法から名簿を読み解けないかと考えたが、石自体が手に入らないのでは話にならぬ」

「ちょっといいか、クロード。あの警備兵の中に、新しい所有者ところで書き換えの魔法を行う魔術師がいるんじゃないか?」

「確かに。この名義変更は、特殊な技術が必要な魔法らしく、今回の不死鳥石の運送に同行しておるな。左から二番目の席の眼鏡の男がそうだ」


 オビリオン兵の一団に目を向けると、他の兵士と比べると体格も細い、いかにも事務方といった眼鏡を掛けた男が見える。


「クロード、お前は私の魔力を吸うように、他の人間の魔力も吸い取ることが出来るか?」

「前も言っただろう。人間の魔力を使うことはできないぞ」

「そうじゃない、一度吸い取ってから別の場所でまた放出できればいいんだ。出来るか?」

「それは出来るな。魔法として放つのでなければ可能だ」


 クロードの言葉を聞いて、メリッサの表情が明るくなる。


「よし、ではあの眼鏡の男から魔力を吸い取ってきてくれ、ほんの少しでいいだ。それとやつの髪の毛を一本抜いて持ってきてくれ。それで名簿は見れるぞ」

「話が見えん。なぜ、その様な真似を」


 クロードが渋っていると、眼鏡の男は席を立ってトイレに向かって行くのが見えた。


「ほら、チャンスだ。決行するなら今だ。行け」


 メリッサが急かす。何やら自信満々のメリッサを見て、クロードは渋々ながら席を立ち、トイレへと歩いていった。

 数分後、クロードが戻って来た。


「これが奴の髪だ」


 そう言って一本の毛髪をメリッサに渡す。 


「ご苦労。魔力も吸い取ってきたか?」


 メリッサは受け取った毛髪を丁寧にハンカチに包み、ポケットに仕舞う。


「愚問だ。それより、あの眼鏡から取った魔力と毛髪で、どうやって名簿を見るんだ?」

「魔力からその人間の使う魔法を解析できる人物に心当たりがあるんだ。そいつの力を借りれば、眼鏡の男から取った魔力をもとに、魔法を復元して、名簿まで遡ることもできるはずだ」

「そんなことが出来る人間がいるのか?」

「ああ、いるんだ。ただ、人間ではないが」


 メリッサは席を立ち際に、不敵に笑って見せる。そして、会計を済ませ、二人は店を後にした。


グルメは出張の醍醐味!

オレ、クウフク、オマエマルカジリ


そして、クロードの地獄耳(デビルイヤー)で、情報源をゲット!

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