第31話 そうだ首都へ行こう
「うぅん……んん……うう」
ペンを握った手が止まってどれほど時間が経っただろう。どう書いたものか、アイディアが出てこない。出てくるのは呻き声だけだ。
メリッサは、執務室の机で紙と睨み合っていた。
「こうすると……いや、だめか……」
独り言が口から漏れる。
「何をそんなに悩まれているのですか?」
マリアがメリッサの傍らにやって来て、彼女の手元を覗き込む。
「ああ、本部に出す定期報告なんだが……」
「報告書に悩んでたんですか。でも、今回は書くことには困らないですよね?」
「その書くことが問題なんだ」
マリアが首を傾げた。
「今回の報告事項は、テストゥムについてだ……だが、回収班の中でも成績最下位の私達だ。下手に本部に伝えれば、テストゥムは荷が重いと増員が来て、手柄を横取りされてしまう。そうなれば、第4回収班のクラスアップはない」
「確かにそうですねぇ。でも、報告しないわけにもいかないし、ましてや嘘を書くわけにもいかないし……」
二人そろって眉間に皺を寄せて呻く。
「美人が揃って台無しですぜぇ」
机で新聞を読んでいたアルレッキーノが、軽い調子で声を掛ける。
「む……アル、あれからゴーレムについての調査に進展はあったのか?」
他人事のアルレッキーノの態度に、メリッサの声がやや棘っぽくなった。
「調査? あぁ……進展は……ないです……お嬢、そんな怖い顔しちゃいやですぜ」
アルレッキーノはコソコソと持っている新聞に顔を隠した。
メリッサの目が、アルレッキーノの持つ新聞の一面の記事に留まる。
「アル、新聞の一面なんだが、何か起きたのか?」
「ん? これですかい?」
新聞を折って、一面の記事を軽く読み上げる。
「えぇと……『昨日、首都ベオティノープルにある、カルロス・マルバール氏の邸宅が何者かの襲撃に遭った。邸宅は全焼、同氏は死亡した。同氏には、テロ組織へ資金提供していたなどの疑惑があり、組織となんらかのトラブルになった結果、襲撃を受けたと考えられる』ってことですぜ」
「なに? マルバール氏が?」
メリッサの少し声が大きくなった。
「このおっさん、悪い顔してますねぇ。いかにもって感じ、いや、絶対黒だわこれ」
アルレッキーノが新聞の写真を見ながら顔をしかめた。
メリッサは、ポンパドール夫人が言っていたことを思い出した。マルバール氏に関する黒い噂……
「しかし、妙だな――」
落ち着いた声と伴に、扉が開いてクロードが入ってきた。
「お前どこ行ってたわけよ。仮にも秘書だろ、仕事しろ、仕事」
アルレッキーノの言葉を無視して、真っ直ぐメリッサの机に向かって行く。
「この国の首都で、暗殺ならまだしも、武装したテロ組織が襲撃などできるのか? しかも相手は、黒い繋がりを持つ大金持ちだ。邸宅も警備は厳重だろうに」
確かにクロードの言う通りだった。メリッサの腑に落ちない点はそこだ。
クロードがメリッサの座っている椅子の真横に立つ。
「まあ、今はそのことはよい。それより、娘、フェネクスの足取りは掴めたのか? オークションとやらで情報収集をしてきたのだろ?」
「まったく、職務をほったらかしてるかと思ったら、いきなり来て随分だな。まだ、何も掴めていない」
「そうか。では、行くぞ」
そう言ってメリッサの腕を掴むと、彼女を立ち上がらせた。
「ちょっ、ちょっと、クロード、いったい何を――」
そのまま執務室の外に引っ張って行った。
突然のことに、マリアとアルレッキーノは二人が出て行くのを何も言えずに見送るしかできなかった。
クロードに連れられるまま、メリッサは馬車に乗り込んだ。
「おい、どこに行くんだ!?」
「御者、バスターミナルまで頼む」
メリッサの質問に答えることなく、クロードは御者に行き先を告げる。
「バスターミナル? おい、いい加減行き先を教えろ」
「まったく喧しい娘だ。少し黙っていろ」
クロードは目を閉じて黙ってしまった。
十分後、馬車はバスターミナルに着いた。馬車から降りると、大型のバスがそこかしこに停車している。都市間を移動する長距離バスだ。
メリッサ達が今いるロウラムや首都ベオティノープルの様に、大都市同士は、国が整備した街道で繋がっている。街道には一定の間隔で、クリーチャーを退ける石塚があり、交通の安全を確保している。
「ベオティノープルに行くのか? クロード」
「そうだ」
「おいおい、今からベオティノープルなんて行ったら、着くのは夜だぞ。泊る気か?」
「そうだ」
「……はぁ、わかったよ。マリア達に連絡してくるから――」
「時間がもったいない。早く乗るぞ」
クロードは聞く耳を持たないといった感じだ。メリッサは何を言っても無駄だと悟り、うな垂れてチケットカウンターに歩き出した。
「いらっしゃいませ、どちらに行かれますか?」
チケットカウンターの向こうで女性職員がにこやかに応対してくれた。
「えっと、ベオティノープル行きを大人二枚ください」
「……一等席にしろよ」
メリッサの後ろでクロードが、ぼそっと呟く。
(こいつ……)
苛立ちを覚えつつ、カウンターの向こうの女性が怯えないように努めて笑顔を作る。しかし、かなり引きつっている。
「……い、一等席でお願いします」
「は、はい、それでは1等席2枚で、1万8000ギグでございます」
メリッサは自身の財布を開け、紙幣を取り出して女性に渡す。
「あの……領収書ください……」
(経費で落ちるだろうか……)
チケットと領収書を受け取ると、メリッサとクロードはバスに乗り込んだ。バスは2階建てで、1等席は2階にある。席はリクライニングできるビロードの椅子で、飲み物も出た。
クロードは、席に着くと早々にリクライニングを倒しご満悦だ。
(人の金だと思って……)
少ししてバスが走り出した。
「おい、ベオティノープルに行く目的を教えてくれ」
メリッサが話しかける。クロードはいつの間にか、紅茶を注文して、それを優雅に啜っている。
「お前はフェネクスの足取りが掴めていないと言ったな」
「ああ、そうだ」
「だろうな、貴様ではな」
いちいち腹の立つ態度だ。
「なんだ、お前は掴んだって言うのか?」
「ふん、当然だ。国立図書館で、不死鳥石の市場での流通の記録について調べた。およそ百年分な」
「百年分、すごいな……」
メリッサは素直に驚きの声を漏らした。クロードの速読と記憶力なら、この短時間で調べることも可能なのだろう。
「なかなか面白いことが分かったぞ」
「何が分かったんだ?」
「ふむ、茶が安物だな。1等席と言ってもこんなものか……」
もったいぶっているクロードの態度に苛立つが、話を聞くために気持ちを抑えて、言葉を待った。
バスがロウラムの結界を抜け、街道に出た。街道の景色がメリッサの目に映る。
クロードはティーカップを備え付けのテーブルに置くと、話し始めた。
「うむ。よく言われているように、不死鳥石は希少なものだ。それこそ、王などしか持てないような、世界に数個しかないもの“だった”」
「だった?」
メリッサが聞き返す。
「そうだ。約80年前を境に不死鳥石は、毎年一個ずつ市場に供給され、現存する数を増やした。それは、およそ15年間続き、その後はまた供給が止まっている。オークションなどで売買されているのは、その頃、市場に供給されたものだろう」
「80年前に何があったんだ?」
メリッサが質問する。
「さあな、それは分からん。書物には書いてなかったからな。しかし、毎年1個ずつ市場に供給していた供給元は分かっている」
「15年間の供給が、全て一つのところからだったのか?」
「そうだ。供給元は全て、シュトラール社という会社だ。初めはマルコムという個人が、不死鳥石を売りに出したが、その後、マルコムはシュトラール社を立上げ、会社の名前で1年に1個ずつ売りに出していた」
「シュトラール社といえば、有名な老舗の宝石会社だな」
「そのシュトラール社によって供給された不死鳥石は、数十年の間に、売り買いされて持ち主を変えている。図書館の資料では、その全ての所在を掴むことは出来なかったが、分かっただけで3割が盗難に遭っており、現在も所在不明だ」
クロードの説明に、メリッサが頷く。
「高価な品だから、盗まれることもあるだろうな」
「我も普通の窃盗と考えた。しかし、盗まれた当時の新聞記事を読むに窃盗と言い難い。
盗難事件の一つに、銀行の厚さ十センチの鉄で出来た金庫の扉を切断して盗んだ事件があった。古い事件で写真は無かったが、溶かし切ったような切り口だったとか」
メリッサの脳裏に、レマール湖での一件が浮かぶ。
「まさか、フェネクスか?」
「恐らくな」
驚くメリッサを見て、クロードがにやりと笑う。
「目的は分からんが、奴は不死鳥石を入手して回っている」
クロードの言葉に、閃いたとばかりにメリッサの眉が上がる。
「不死鳥石の所在が分かれば、奴が現れそうなところに先回りできるな」
「そういうことだ。そして、不死鳥石のような高価で希少な物は、国外への持出しや輸出が制限され、当局に管理されている。
売る側の企業にも、現在の所有者が分かるような記録を残すように義務付けられているほどだ」
「そうか、シュトラール社にあるその記録が見ることが出来れば……シュトラール社の本社があるのは、ベオティノープルか。なるほど、この遠出の目的がやっと分かったぞ」
話に合点がいってメリッサの気分が盛り上がる。クロードはやっと分かったかと言いたげに、得意な顔で頷いている。
ふとある疑問がメリッサの頭に浮かぶ。
「でもどうやってその記録を見せてもらうんだ?」
「ん? そんなもの言えば見せてくれるだろう」
さも当然の様にクロードが答える。
「おい、不死鳥石みたいな重要物の所有者に関する記録だぞ、そんな簡単に見せてくれるわけ無いだろ! 馬鹿!」
「なに? 貴様に馬鹿と言われると恐ろしく腹が立つな。では、実力行使しかあるまい」
「首都でそんなことしてみろ、即拘束されるぞ!」
メリッサは大きく溜息をついた。何故、このバスに乗ってしまったのだろうと深く後悔した。
彼女の帰りたいという気持ちなど関係なく、バスは首都ベオティノープルに向けて街道をひた走った。
不死鳥石の情報を求めていざ首都へ。
しかし、行き当たりばったりの無計画に、さっそく無駄足になりそうな予感。
果たして、メリッサたちは情報を得られるのか、そして、出費は経費で落ちるのか。




