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第30話 ウエザビーオークション

 会場に足を踏み入れると、そこは先までのパーティー会場より更に広い空間だった。革張りの座り心地の良さそうな椅子が、半円のすり鉢状にずらりと並んでいる。

 天井には壮大な絵画が描かれており、美しい花が咲き誇る園に、色鮮やかな鳥たちが飛び交う豪華な景色が広がっていた。その派手な天井をさらに絢爛とするように、幾つものシャンデリアがぶら下がっている。

 前のホールも豪華な造りだったが、この会場は輪を掛けたように贅を尽くされていた。


「ここでオペラの公演とかオーケストラの演奏とかもするのよ」


 椅子たちが向く先ある舞台を指して、夫人が説明してくれる。

 メリッサもオペラやオーケストラに鑑賞に行ったことはあるが、ここまで絢爛豪華なシアターは見たことがなかった。さすがセレブ達の会員制オークションを開く場所なだけはある。


 メリッサは煌びやかさに呑まれそうになるが、気をとりなおして、夫人を指定された席まで連れて行った。通路は階段になっている為、夫人の手を取ってエスコートする形になる。


「ふふふ、やっぱり王子様みたいね」

「もう、なんでもいいです……」


 諦めたように、メリッサは眉をへの字にした。

 少し歩いて、席に辿り着く。夫人の両隣にメリッサとマリアが座った。見た目通り、椅子は柔らかく、雲のようなすわり心地が良かった。

 三人の席は前列から十番目の真中で、遠すぎず、それでいて舞台の上を見渡せる絶好の場所だった。 

 夫人によれば、お友達に頼んだらこの席を用意してくれたのだとか。もちろん男性の友達だ。


「さてと、今日は何が出品するのだったかしらね」


 夫人は事前に貰っていた出品目録をぺらぺらと捲って眺め始めた。その間も、メリッサはボディーガードとして周りに目を配り警戒する。

 参加者たちが思い思いに歓談に興じているため、会場はざわざわと沸き立っていた。そんな中、メリッサの耳に気になる話が飛び込んでくる。


「貴方もやっぱり不死鳥石が目当てで?」

「はい、めったに出ない逸品ですからな。金に糸目はつけませんぞ」


 前の列の席で、恰幅のいい男性と初老の男性が話している。メリッサが耳を澄ますと、二人だけではない、そこら中で不死鳥石の話をしているのが聞こえた。


(それほどまで、金持ち達は欲しがるものなのか……)


 メリッサが考えていると、突如、舞台の上が照明に照らされ、赤い派手なスーツを着た男が舞台の上手より出てきた。

 先ほどまでざわついていた会場が、すっと静かになった。

 赤いスーツの男は、舞台の真中にあるマイクの付いた台の前に立つと、大きく息を吸い、声を上げた。


「淑女、紳士の皆様、これよりウエザビーオークションを開催致します! 

 今回も世界各地から、芸術、骨董、魔法具、貴金属などなど、珍しく、そして価値のある品をたくさん用意致しました。是非とも、ふるって入札くださいますよう」


 男がにんまりと笑って仰々しく前口上を述べる。


「ははは~、今回は超目玉商品もありますからね。皆さんが、今か今かと固唾を飲んでいらっしゃるのが、舞台の上からでもビシビシと伝わってきます。それでは、早速、エントリーナンバー1番の品から紹介していきましょう!」


 高いテンションの挨拶からそのまま、オークションの開始が高らかに告げられた。

 一つの目の出品物が、ビロードの敷物を敷いた台に載せられ、舞台の上に出てきた。

 魔法による仕掛け設備が施されているのだろう、台はフワフワと宙に浮き、ひとりでに舞台中央まで進み出る。


 出品物はエメラルド色の壷だった。東方の国で作られた翡翠の壷だとか。

 メリッサにはさっぱり価値が分からなかった。しかし、商品の紹介が終わると、続々と入札がされていく。司会の男が刻々と上がっていく入札額を読み上げる。


 あんな小さな壷が、数分で家一軒買える値段になってしまった。メリッサの理解を遥かに超えた世界だった。

 結局、壺はおよそ家二軒分で落札された。

 その後も品物が紹介されては、耳を疑うような金額で落札されてゆく。メリッサの理解が追い付く、いや、感覚が麻痺するころには、大方の品が競売を終了していた。


 何十個目かの競売品が落札され、舞台の下手に消えたとき、会場の空気が変わった。獣たちがギラギラと飢えた目で獲物を凝視している、そんな空気だ。


「それでは、大変お待たせいたしました! 本日のメイン! 目玉商品のご紹介です!」


 司会の男の声が一層大きく会場に響き渡る。品物を紹介する男自身も興奮気味だ。


「持つ者に永遠の命を与えると言われ、様々な王や権力者たちが求めた究極の財宝。現存する数もごく僅か、不死鳥が産み落とすという伝説の宝石、不死鳥石でございます!」


 ガラスのショーケースの乗った浮遊する台が、舞台中央に滑り出た。

 お目当ての品の登場に、静まり返っていた会場がどよめく。


「この輝き、美しさ、そして希少価値、これ以上の説明は不要でしょう。それでは、競売の方に移りましょう! 28億8千万ギグからスタート!」


「28億8千万だと!?」


 驚きすぎて、メリッサは声を上げてしまった。

 もはや家数軒のレベルではない、ビル数棟単位だ。

 メリッサの思考は停止した。

 しかし、競売は彼女の理解を置き去りにしたまま、どんどん進行していく。


 30億、30億5千万、30億8千万、40億、40億2千万……


 瞬きをする度に、とんでもない額が提示されていく。


「40億3千万、他ありませんか?」


 司会の男が会場を見回す。富豪の多いこの会場でも、さすがにこの額は太刀打ちできる者もいないのだろう。もはや入札される気配がない。会場の熱気が冷めつつある時だった。


 一人の男が手を挙げた。

 それを見た司会の男が上ずった声をあげた。


「ご、50億! 50億出ました! これは即決額! 50億ギグで、72番の方が落札でございます!」


 会場が再びどよめく。

 メリッサは振り返り、後ろの席を見た。入札の札を挙げている男が目に入る。男は不敵な笑みを浮かべていた。


「あぁ、マルバールさんが落としたのね……」


 隣で同じように振り返って、落札者を見ている夫人が呟いた。


「五十億を出せるなんて、凄い方ですね」 

「宝石商のカルロス・マルバール……マルバール商会の会長よ。この国で扱う宝石の四割は彼の会社の商品なの。一代で会社を大きくしたやり手の会長さんね。でも、黒い噂も絶えないのよね……」


 夫人の説明を聞いて、メリッサは再び男の顔を見た。顔の堀が深く、眼光の鋭いマルバール氏が腹黒い悪漢に見えてしまった。


「ただ今の品をもって、最後の品となります。今回のオークションも沢山の入札、誠にありがとうございました」


 舞台上の司会者が終りの挨拶をして、オークションは閉幕した。参加者たちがぞろぞろと、入って来たホールの方へ抜けてゆく。

 メリッサ達も、夫人に付き添いながらホールを通り抜け、建物の出口に向かう。ただ、何度か夫人にお近づきになりたい紳士達をやんわり受け流しながら来たので、大分時間を食ってしまった。

 次々と花に群がる虫のように、男たちが寄って来る。社交界の華、恐るべし。


 出口付近では、記者に囲まれているマルバールを見つけた。当然、不死鳥石を高額で落札したことについてインタビューを受けている。勝ち誇った笑みを浮かべ、ご満悦の様子だ。

 マルバールと記者の群れを横目に出口を出ると、ジョナサンが待っていた。


「奥様、お疲れ様でございました。あちらに車を回しておりますので」


 エントランスの階段の下に、高そうな乗用車が停まっているのが見える。


「ありがと、ジョナサン」


 車に乗り込み、ウエザビーホールを後にした。

 車内では、今日のオークションのことで話に花が咲いた。


「そういえば、夫人は今回のオークションで全く入札されなかったですね」


 マリアが話を振る。


「ええ、私はお金を積めば手に入る財宝には興味ないのよ。私が心から求めるのは、冒険を経て手に入れる財宝……いや、冒険そのものなのよね」


 夫人がにっこりと笑う。


「あ、でもお伽話に出てくるような、魔人のランプとか龍を呼ぶ玉とか、そういう不思議なものは欲しいわね」

「では、不死鳥石は欲しかったのでは? あれだって伝説の宝石ですよね?」


 メリッサが質問する。


「ふふ、あれには不思議な力なんかないわ……」


 そう言って、夫人が外の景色に目をやった。その眼差しは 一瞬、悲しみの色を帯びているように見えたが、すぐにいつもの明るい顔をメリッサ達に向けた。


「それよりも、最近ムージャーナルにね、伝説の狼男についての記事があってね! 今度は狼男を探しに――」

「お、奥様!」


 その後、メリッサ達が話に夢中になる内に、馬車はポンパドール邸へと着いた。この日のグレンザール警備会社の仕事は無事に終了するのだった。



億千万♪ 億千万♪ (エキゾチックでも、ジャパンでもない)

オークションに行ってみましたが、特にフェネクスに関する情報は得られませんでした。

金持ちの凄さを思い知らされただけ。

次回は情報収集に、メリッサはまた街を離れますぞ~


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