第28話 飛び立つ者、それは
薄暗い塔の中、メリッサ達を驚愕させたその大きな物体は、忘れもしない、あの鉱山で遭遇した赤い怪物――ゴーレムだった。
「夫人さがってください!」
メリッサ達は、身構えた。
しかし、ゴーレムはまったく動かない。そのまま漂う静寂。
アルレッキーノが恐る恐る、ゴーレムに近づいてみた。
「……どうやら完全に機能を停止しているみたいだ」
彼の言葉にメリッサ達は、ふうっと溜め息を吐いて、構えを解いた。
「これって、この前の鉱山で襲ってきたゴーレムだよね?」
ヴァルがゴーレムに近寄り、指で突いて言った。
「アル、ここの装置はこのゴーレムを作るものなのだろうか?」
「う~ん、それは詳しく調べないと分からないですね」
「そうか……」
メリッサが腕組みをして首を捻る。何気なく目線を動かすと、クロードが目に入った。
クロードは、ゴーレムが出てきたシャッターとは別の、小さなシャッターの前で何やら熱心に眺めている。
「クロード、何を見ているんだ?」
メリッサがクロードに近づき声を掛ける。彼の眼前にある小窓ほどのシャッターからは、何かを乗っけるのであろう盆の様な台座がせり出ていた。
「ふむ……」
クロードはとメリッサの問いに答えることなく、指先程の小石を持って、それをしげしげと見ている。台座には、同じような小石がいくつも乗っていた。
「あらあら、クロード君の持ってるのって、不死鳥石じゃない」
クロードの脇から夫人が覗き込むような形で顔を出した。
「この緋色の石ころが、不死鳥石なのですか? そもそも不死鳥石とは?」
クロードは夫人の顔を見て聞きかえす。
「不死鳥石っていうのは、宝石の名前よ。不死鳥っていう永遠の命を持った炎の鳥が生み出す宝石って伝説があるのよ。
不死鳥はね、何十年かに一度、炎が消え灰になって、その命を終えるの。でもね、すぐに灰の中から蘇るの。
でね、その蘇った後に残った灰の中に、不死鳥の炎を宿した石が一個だけ残されているんだって。丁度、生え変わって抜けた羽毛みたいなものなのかしらね。まぁ伝説だから、本当に不死鳥が生み出しているかどうかは分からないけど。
でも、何十年に一度の蘇りの時しか生み出されないって伝説が頷けるくらい滅多に発見されないのよ。だからとってもの高価な宝石なのよ」
「この石ころが……」
クロードが手に持った石を凝視する。
「でも、不死鳥石が高い理由は、貴重だからってだけじゃないの!」
語りながら夫人の目が輝きを増していく。
「不死鳥石って、凄い強い魔力が宿っていて――」
「持ち主を不老不死にすると言われている」
夫人の話の途中でメリッサが横から話に加わる。
「だから、古の時代から権力者はこの石を求めたんだ」
「メリッサちゃんの言うとおり、ロマンのある伝説よね。まぁでも、実際に石を手にして不老不死になったなんて人間はいないんだけどね……」
言葉の最後に、夫人が少しさびしそうな顔をした。が、すぐにいつもの通りの雰囲気に戻って言った。
「それよりも、その持ってる石、よく見たら偽物かもしれないわね」
「そうなのですか?」
「ええ、本物の不死鳥石は、光に透かすと石の中に火の玉みたいな模様が見えるの。でもここにある石にはそれ無い様に見えるわ」
夫人の言葉を聞いて、クロードに石を透かしてみたいと興味が沸いた。持っていた石を光に透かそうと、マリアの頭上に浮かぶ照明の魔法の方に向きを変える最中、別の光源が目に入った。
天井近くの高い位置、暗い塔の中で壁の一カ所に窓が開いている。そこから差し込む、外の光だった。
……あんなところに窓があっただろうかと、ぼんやりとした違和感を感じる。
その一瞬の思考の後、感じた違和感に納得がいった。
「くっ、失礼します!」
クロードは言うと同時に、メリッサを蹴り飛ばし、その反動で夫人を抱えて横に飛び退いた。
三人がどいた位置に、人影が剣と共に降ってきた。その人影が着地ざまに剣を地面に突き刺したのだ。
「お嬢様!?」
マリアとヴァルが、ほぼ同時に声を上げた。突然の襲撃に、その場の空気が一気に凍り付く。
「痛たた……またこんな……お、お前は!」
メリッサが人影に気付き叫ぶ。
彼女の目に入ったのは、ローブを着た人間だった。同一人物かは分からない。しかし、ローブを見て、鉱山で見た人物を想起させた。
また蹴り飛ばされて、クロードに対して頭にきたが、目の前の謎の侵入者に気持ちを切り替え、剣を構えた。
その場の全員にも緊張が走る。
ローブの人物は、床に刺さった剣を片手で引き抜くと、紛い物の不死鳥石が置いてある台座に向かって軽く指を振った。すると、台座の上の小石が宙に浮かび、次々とローブのポケットに吸い込まれてゆく。
メリッサ達は構えながらも、その光景を動けず見ているしか出来なかった。
視線が集中するローブの人物は、フードを深く被っていて素顔が見えない。細身だが、男か女かかも判別がつかない。ただ、目を引くのは手に持った剣だ。身長の半分以上もあり、幅の広い両刃の大剣は、鍛冶場で鍛えあげたばかりの様に、真っ赤に光っている。その異形の大剣を軽々と片手で持つ姿は、隙がなく、この人物が強者であることを物語っていた。
「お前は、あの鉱山にいた奴か? 正体を見せろ!」
メリッサが強い口調で威嚇した。
もし、鉱山に現れた人物だとするなら、相手はテストゥムだ。大声を出すのも、虚勢でしかない。
しかし、ローブの人物は何も話すことなく、再び指を振り、クロードが落とした小石も床から浮かせて、ポケットに吸い寄せた。
「返答がないなら、実力行使をさせてもらうぞ……」
メリッサの剣を握る手に力が入る。汗がじんわりと額に浮かんだ。
相手は警告を意に介する様子はなく、石をポケットに全て入れると、メリッサの方にゆっくりと歩き始めた。
「おい、止まれ!」
更に強い口調で警告するが、ローブの人物の歩みは止まらない。
「くっ、この!」
メリッサは剣を振るった。胴に対しての横薙ぎ。
しかし、メリッサの剣は、相手の赤い大剣に軽々と弾かれた。
いや、弾かれたはずだった。
直後、カランっと金属音が響く。
そして、剣が軽くなったのがはっきり分かった。
メリッサは自身の剣を見て固まってしまった。なぜなら、刀身の真ん中から先が切れて無くなっていたからだ。
「結界展開!」
メリッサの危機に、マリアが咄嗟に結界を張った。
敵は淡く光るドームに囲まれ、動きを止めた。
「よっしゃ、いいぞマリアちゃん!」
アルレッキーノが歓声を上げた。
相手が動きを止めている間に距離を取るメリッサ。
しかし、優勢に見えた状況もすぐに覆った。
敵の魔力が一瞬、跳ね上がった。
それを感知したマリアの表情が凍る。
次の瞬間、敵は結界の壁に拳を叩きつけた。ガツンッと空間が揺れたと思った瞬間、結界はガラスのように脆く崩れ、空中に霧散して消えてしまった。
「このぉ!」
マリアの結界がいとも容易く破壊され、皆があっけに取られる中、ヴァルだけが瞬時に攻勢に移った。
構えた二丁拳銃から、敵の脚に向けて、数発の銃弾が発射された。
確実に脚を捉えた。
捉えたと思った。
しかし、弾丸は標的の脚どころか、どこにも着弾した痕跡を残さなかった。
「……え? なんで?」
手ごたえがない。ヴァルは何が起こったか分からずに困惑した。
乱入者の歩みは止まらず、悠々とメリッサたちを通り過ぎ、一番大きな装置に向かって歩いてゆく。
後ろから、もう一度銃弾を脚にめがけ発射した。
敵の後方から銃弾が迫る。しかし、脚に当たる瞬間、銃弾が消えた。
「え? 弾が消えた……」
「おいおい、あいつヴァルちゃん弾を空中で蒸発させやがった……弾が蒸発するほどの熱を発してるってのかよ……」
ヴァルの横で、アルレッキーノが唖然としながら呟いた。
肩や腕など、いたる所に向かって残弾全てを撃ち尽くしたが、結果は同じだった。
そうしている間にも、敵は巨大装置の真下に到着した。
「はあっ」
歩みを止めた乱入者に、メリッサが折れた剣で、果敢に攻撃を仕掛ける。
反対の方向からは、クロードも剣を抜いて迫る。しかし、メリッサの一撃はあっさり避けられた。そしてそのまま、メリッサは腕を掴まれ、投げ飛ばされた。
「ぐはっ」
投げ飛ばされたメリッサは、クロードに直撃し、二人とも後方に倒れこんだ。
「くそっ、おい貴様、邪魔だ。重いぞ」
「う、うるさい」
二人の言い争うのを尻目に、敵は携えていた大剣を両手で構えた。
すると、更に魔力が膨れ上がった。それと同時に、肌を焦がすような熱風がメリッサ達に吹き付けた。
「熱っ……」
メリッサ達は顔の前に腕をかざし、熱風を遮る。そうせずにはいられないほどの熱風だった。まるで今いる場所が、鍛冶場に変わってしまったのかと思えるほどの熱さであった。
人を寄せ付けない熱波の中心で、敵が構えた剣に変化が起きた。剣が巨大化したのだ。
正確には、刃の部分に火柱が発生し、炎の大剣となったのである。その大きさは人の三倍はある。
そして、敵は炎の大剣を巨大装置に向かって、
――一閃
――二閃
交差するように振るった。
直後、けたたましい音を立てて崩れる装置。
崩れた装置は、熱した小手を当てられた飴細工の様に、切り口からドロドロに溶けた。
高熱を帯びた残骸の山から火が上がった。
乱入者は装置が崩れるのを見届けると、天井近くの窓の淵に軽々と跳躍した。
「待て! お前はいったい――」
メリッサが言い終わる前に、乱入者は窓の淵を蹴って外へと消えた。
「おい、退避するぞ」
クロードがメリッサの肩を掴んで言った。
メリッサ達は、炎が轟々と燃え盛る中、急いで塔を脱出した。
「お嬢、大丈夫か!?」
外で待っていたヘルマン達が駆け寄って来る。
メリッサ達の後ろでは、塔全体が炎に包まれていた。
「全員無事だ。それより、塔の最上階付近の窓から誰か飛び出てこなかったか?」
「いえ、人は出てきませんでした」
「“人は”というのは?」
「それが……飛び出てきたのは人じゃなくて……鳥でした」
ロゼッタの声に困惑の色が見える。
「……鳥だと?」
「はい、炎を纏った……いえ、炎の鳥が飛び去って行ったんです!」
メリッサは言葉を失った。
燃え盛る業火が全ての音を飲み込んでいった。
第2章もこれにて終了です。
明日からは第3章へと突入します。お楽しみに




