第27話 霧の奥
宴の翌日、メリッサ達は脱出に使ったボートに乗って湖の中心近く、三又岩を目指して漕ぎ出していた。
時刻としては昼過ぎだ。
それというのも、さすがに巨大魚との戦闘による疲れと遅くまでの宴で、皆昨晩はぐっすり眠り、起きてきたのは翌日の昼近くになってからだったからだ。
太陽が真上から、湖を照らしている。
「まだ面白いことがあるなんて、本当にメリッサちゃんのところに依頼してよかったわぁ」
ポンパドール夫人が楽しそうに弾んだ声を上げる。
今回の探索は、回収班の任務になる。当然、一般人の夫人は村に置いてくるつもりであったが、連れて行けと彼女が駄々を捏ねたため、メリッサは仕方なく連れていくことにした。
岸から漕ぎ出して数十分、遠くに見えていた三又岩が徐々に近づいてくると、うっすらとしていた霧もどんどん濃くなってゆく。
岩の目の前に来る頃には、手が届く範囲がやっと見えるほどに濃くなっていた。
そして、メリッサの感じた違和感もまた、強くなっていたのだった。
「岩に近づけますよ」
ボードを漕いでいたジョナサンが声をかける。慎重にボートを岩に寄せる。間近で見ると、岩は意外と大きく。三又の一本だけとっても、人一人と同じぐらいの大きさだった。
メリッサが岩をじっと眺めて言った。
「この岩自体から、何か感じるんだが……」
隣に座っていたクロードも岩を凝視して呟く。
「なるほど……どうやら、娘、貴様の様な存在は、この仕掛けを作った者にとって想定外だっただろうな」
そうクロードが呟くのには理由があった。
メリッサが違和感を感じている三又岩は、隠されている何かを開放するための“鍵穴”となる。
霧には、魔法を感知する感覚を阻害する特性があり、それは魔力が高い者ほど効果が出るものだった。また、鍵穴自体にも偽装の魔法が施してあった。
それ故、魔力が高い者ほど鍵穴だと感知しづらくなるし、魔力が低い者は偽装の魔法を見破れないのである。
しかし、メリッサは、そのどちらのタイプでもなかった。持っている魔力は高いが、その魔力をまったく使えないほどに内側の奥深くに眠っている。そのため、彼女は霧の阻害を受けることなく、直感の様な形で、三又岩に違和感を感じることが出来たのだった。
水面から出ている三又の根元部分には、二人ほどしか降り立つことが出来そうにないので、メリッサとクロードが降りて調べることにした。
「……これだ、この岩が違和感の根源な気がする」
そう言ってメリッサが三又岩の真中の一本に触れた。ゴツゴツとした、肌触りが手に伝わる。
「ふむ……なるほど、小癪なことに鍵が掛かっておるわ」
クロードも真ん中の岩に触れ、手に魔力を込めた。“鍵”を開錠したのだ。
すると、岩の先端から細い一筋の光が、立ちこめた霧の中へと真っ直ぐに伸びた。メリッサ達がその光景に呆気に取られていると、更に信じられない光景が目の前に広がる。
「し、島?」
メリッサは思わず驚きの声を漏らした。
光の筋が伸びた先に、濃霧が一角だけ晴れており、そこに浮かび上がるように島が現れたのだった。
「おい、さっさとあの島に上陸するぞ」
突如現れた島に目を奪われているメリッサに、クロードが声を掛ける。その声にメリッサは我に返ると、すでにボートに乗り込もうとしているクロードの後を追いかけた。
♦ ♦ ♦
「はぁ、おっきな塔だねぇ」
ヴァルが上を見上げて、声を漏らす。
島に上陸したメリッサ達の目を引いたのは、石作りの大きな塔だった。上陸した海岸のすぐ傍にその塔は佇んでいた。他にこれといって見る物がない小さな島において、ひと際強い存在感を放っている。
「四階立てくらいか……大掛かりな建築物だな。ここに重要な何かがあることは間違いなさそうだ」
クロードの言葉に、メリッサは黙って頷いた。
「さて、塔の中に探索に入るに当たって、二班に分かれるぞ」
メリッサが全員を見渡して言う。探索する班と、不測の事態に備えて、外で待機する班に分かれることにした。
探索班は、メリッサ、クロード、ヴァル、マリア、アルレッキーノで編成し、待機班は、ヘルマン、ロゼッタで編成した。言うまでも無くポンパドール夫人は探索班に加わり、腰が引けながらも夫人と一緒に行こうとしたジョナサンは、夫人に待機を命令され、残念さと安堵とが入り混じった表情をしながら夫人の命令を承った。
メリッサを先頭に、塔の入り口――大きな門に相対する。
門は木製で所々朽ちて穴が空いている。その様子から鍵が掛かっていないのはすぐに分かった。また、マリアに魔法の探知もしてもらったが、特に結界や罠の類も見当たらなかった。
メリッサが門扉をゆっくりと押す。ギギギと錆びた蝶番が不快な音をたてて、ゆっくりと大きな門扉が開かれた。ある程度門が開けたところでメリッサが振り返り、待機班のヘルマンたちに声をかける。
「では、行ってくるよ」
「お嬢、気をつけてな」
ヘルマンたちに見送られて、メリッサ達は塔の中へと歩を進めた。
「光よ」
マリアが、魔法で光の玉を頭上に浮かべる。光の玉はメリッサ達の歩みに合わせて、常に頭上にくるように空中を漂っている。暗い中を探索する時に便利な魔法だ。
暗かった塔の中が少し明るくなり、ある程度見えるようになった。光源を得て見渡してみると、相当な広さの空間が広がっていることがわかる。一番向こう端まで光が届いていない。
「外観から相当な大きさを予想してはいたが、中もかなり広いな」
メリッサは歩きながら辺りを見渡して呟いた。
「……しかし、広いだけでこの階は特に何もないですね」
「つまらないわねぇ、さっさと上の階に行きましょう」
ポンパドール夫人が不満を垂れる。確かに、広い空間には石畳の床に数本の柱がある以外は何もない。歩いて回ってみたが、上に繋がる階段を見つけただけだった。
メリッサ達は上の階に行くことにした。
しかし、二階に上った途端、景色は一変した。
「うわぁ、なにこれ!」
「ふふふ、楽しくなってきたわ」
ヴァルと夫人が歓声を漏らす。
そこには、研究施設や工場さながらの機械設備が所狭しと設置されていた。天井には、いくつもの管が張り巡らせてあり、謎の液体で満たされた水槽やいくつものボタンが並んだ装置など、何に使うかわからない設備で埋め尽くされている。
無機質な機械たちが、いくつもの管や配線で繋がる様は、臓器のような有機的なものに見えて気持ち悪い。うごめいているのかと感じるほどである。
「ふむ……随分と年代物の様だけと、設備自体はいいもん使ってるなぁ」
機械設備を興味深げに、しげしげと眺めるアルレッキーノ。
「なんだろこれ?」
「気になるわね。押しちゃおうか」
ヴァルと夫人は遊園地に来たようにはしゃぎ回っている。
「こらっ、むやみに触るんじゃない!」
アルレッキーノが強い口調で諫める。
「は、はい……」
普段の軽い感じとは違って、真剣な面持ちのアルレッキーノにヴァル達は気圧された様子でぴたりと止まる。アルレッキーノは真剣な面持ちのまま、装置を調べ始めた。
「ふむふむ……ああ、なるほどね。ほう……これがこうなって……」
たまに何かをブツブツと呟く。様々な機械の類は分からないメリッサ達は、アルレッキーノに調べることを任せて、黙って待つことにした。
「アル、どうだ? 何か分かったか」
そこからしばらく、アルレッキーノの分析は続いたが、「ふぅ」と彼が一息ついた様子だったのを見て、メリッサが声を掛けた。
「そうですねぇ、ここいらの機械は上の階に何かを送っているみたいですぜ。上の階の機械がメインで、ここはそれに付随する大きなパーツみたいなもんです。なんの為の装置なのかは上の階に行かないと分からないですね。それと……」
アルレッキーノは頭を掻きながら難しい顔をした。
「この装置、えらく年代物なんですが、ほんの数日前まで使っていた形跡がありますぜ」
「なに?」
メリッサの表情変わる。
この塔の設備が何のためのものか分からないが、厳重に隠していたことから、ここの主は見つかっては困るような研究を行っていたことは想像に難くない。
そして、数日前まで装置を使用していた痕跡。
人目をはばかる研究をしている人物がまだこの建物に潜んでいる可能性がある。
メリッサ達は警戒を強めた。
「今は上に進む以外なかろう」
クロードが一人で歩を進める。上に続く階段は、一階から登って来た階段とは通路を挟んで反対側にあった。メリッサ達は警戒しつつ、クロードに後について三階に続く階段の方に歩き出した。
階段を上って辿り着いた三階は、天井がひと際高い開けた空間であった。外観からは四階はあると思っていた塔も、四階が吹き抜けになった三階構造となっていたことが分かった。
ただ、三階に上ったメリッサ達の目を釘付けにしたのは、吹き抜け構造の高い天井ではなく、天井に届くほどのそびえ立つ、巨大な金属のオブジェだった。
そのオブジェから、配管や配線が伸び、様々な機械に繋がっていることから、オブジェ事態も巨大な装置であることが分かる。
しかし、装置というにはあまりにも異形だった。
まるでトロフィーの様な外観。金属製の球状の籠のようなものが上の方についていて、それを支える下の部分は曲線や直線を有する複雑な形をしている。
「こんな大がかりなもので一体何を作っているんだ……」
「調べればわかることだ」
恐る恐る歩むメリッサを尻目に、クロードはさっさと巨大な装置の方に歩いて行ってしまう。
「お、おい、気を付けろ!」
メリッサの声を無視して、装置に近づき周りを物色し始める。
「あ、おい、お前も勝手に触るんじゃねぇ!」
アルレッキーノが慌てて、クロードを追っかけた。
結局、この階についてもアルレッキーノが調べるのを待つことになった。
何もせず待つことになって、一同に緊張の糸が緩む。思い思いに、腰を掛けたり、座り込んだり楽な姿勢になる。
「ふぅ」
マリアが溜息をついて、壁に寄りかかった。しかし、寄りかかった場所が悪かった。マリアの体重で、壁のでっぱりが奥に押し込まれた。すると、室内にブザーが鳴り響いた。
「え、あれ? え、えっと……」
普段落ち着いているマリアが取り乱す。
「勝手に触るなって言ったろ! 誰だ!」
装置を調べていたアルレッキーノが振り返って、怒声を飛ばす。マリアが顔を伏せて、申し訳なさそうに小さく手をあげた。
「はぁ……マリアちゃん……」
アルレッキーノが、がっくりと肩を落とす。
少ししてブザーが鳴り止んだ。すると装置の一部、閉まっていたシャッターが音を立てて開き、何かがせり出してきた。
何が出てきたのかは、暗くて分からない。しかし、
暗闇の中で何かが装置から出てきたという結果は、メリッサ達の警戒心を否応なく強めた。
ドクッドクッと速まる鼓動。
メリッサ達が恐る恐るせり出てきた何かに近づく。
近づくにつれて、シャッターから出てきた物体に光が当たり、その全貌がはっきりと見え始めた。
物体の数歩前で、メリッサ達は完全に足を止めた。
「こ、これは!」
目の前の装置から出てきたものが何なのか理解し、彼女たちは息を呑んだ。
霧の向こうに現れた小島。
そしてその小島に佇む研究施設をもった不気味な搭。
その中でメリッサたちが遭遇したものとは……
次回、事件が急転します。




