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第26話 宴の夜

「さぁ、じゃんじゃん、食べてくれ!」


 村人たちの歓喜に満ちた声がこだまする。まるで祭りだ。村の至る所で明かりが炊かれ、煌々と照らされた夜空を賑やかな歌や演奏が鳴り響く。

 巨大魚との戦闘後、なんとか湖畔の村に戻ったメリッサ達を待っていたのは、村人たちからの祝勝の宴だった。


 巨大魚を巻き込んだ爆発の轟音は、湖畔の村にまで届いていたらしく、村に着くなり村人たちに囲まれ、事の始終を話すことになった。

 巨大魚、つまり湖の水獣を討伐したことを聞いた村人は手放しで喜び、メリッサ達を英雄のように祭り上げて宴会を催したのだった。


 村の広場で開かれた宴は、大いに盛り上がった。

 メリッサは、歓喜に沸く村人達から代わる代わる酒や料理を勧められ、やや気圧されながらも宴を楽しんだが、今は盛り上がる輪の中から抜けて一息ついていた。

 少し離れた場所から辺りを見まわすと、宴の中にいる仲間たちの姿を見つけることができた。


「これ美味しい。あ、こっちも美味しい」


 ヴァルが並べられた料理をあれこれ手を付けて頬張っている。宴を大いに満喫しているようだ。

 ちょっと目線を動かすと、マリアを見つけた。


「なんだ、あれは?」


 メリッサは首を傾げた。


 漁師たちが円になって座っていた。そしてその中心で、一段高い椅子にマリアが座っている。

 彼女の周りには貢物のように料理や酒が並べれていて、まるで女神を崇める信者の集会だ。


 その隣では、アルレッキーノが村の娘達を相手に得意げに話をしていた。大方、村娘たちを口説いているのだろう。すぐ横でロゼッタがゴム弾の入った銃を構えている。


「懲りないな、アルは……あ、撃たれた」


 アルレッキーノが村娘の手を握るや否や、例の如く、ゴム弾がアルレッキーノの脇腹に打ち込まれて倒れた。


 ヘルマンは大柄な男たちと酒の強さを競い合っていた。既に、数人が地面に転がっているのが見える。


「そういえば、クロードがいないな……」

「想い人なら、湖に降りる階段の方に行ったわよぉ」


 声の方を向くと、ほろ酔いのポンパドール夫人が立っていた。


「あ、いえ、奴はそういうんじゃなくてですね……それよりも、水獣の写真を撮るという夫人のお望みを叶えて差し上げられませんでした。それにクルーザーも駄目にしてしまって、申し訳ございません」

「フフフ、メリッサちゃんは真面目なんだから。でも気にしないでね、私が求めていたのは心躍る冒険なの。だから今回は予想以上の大満足よ。やっぱり、メリッサちゃんの警備会社で間違いなしね」


 夫人が満面の笑みを見せる。


「それより、彼を探してるのでしょ?」

「え、まあ、そうですが」

「ほらほら、行ってらっしゃいな。今なら二人きりで、ムードはばっちりよ」


 メリッサは、また否定の言葉を口にしかけたが、自信満々にウィンクする夫人に、何を言っても無駄な気がして言葉を飲み込んだ。

 そして、軽く会釈をすると湖に続く階段の方に向かった。


 空には星が煌めき、その中で淡い光をの月が一際美しく存在感を放っている。

 緩やかに湖から吹く夜風が、宴で少し火照ってた頬には涼しくて気持ちよかった。

 広場から階段を下りてゆくと、程なくして、階段の手すりに寄りかかっているクロードの姿を見つけた。ちょうど漁師たちへの聞込みからの帰りに、足を止めて湖を見た場所だった。

 クロードはグラスを片手に、真っ暗な湖をじっと眺めていた。


「こんなところにいたのか」

「……貴様か」


 クロードの顔がメリッサの方を向く。薄暗くてクロードが酔っているのか表情からは分からなかった。しかし、クロードの声の調子は、どことなく物思いに耽っているような淡いものだった。


「湖を見ていたのか?」


 メリッサはクロードの隣に並んで、同じように手すりに寄りかかる。クロードは無言で、視線を湖に戻す。


「湖といえば、あの巨大魚だが、結局、魔界の生物だったのか?」

「いや、あれは違った」

「そうなのか。しかし、あんな生物見たことないぞ。合成生物か?」


 メリッサがクロードを見る。クロードは答えを期待されているのを感じ、迷惑そうに溜め息をついた。


「まったく、やはり貴様は愚図だな。あれは、この世界の生き物だ。正確には、この世界に“いた”が正しいがな」


 メリッサの理解できていないといった表情を見て、また溜め息をついてクロードは続けた。


「つまり、絶滅した古代の生物ということだ。書庫で読んだ古代生物についての本に、あの魚によく似た挿絵があった。名を“獅子鎧魚”という。学術名では“レオン・ゴルディオス”だ。その化石はこの湖周辺で発見されている。間違いないだろう」

「古代生物って、そんなものがこの湖に生き残っていたのか?」

「たわけが。何者かが召喚したに決まってるだろ。その様子では、あの霧のことも何も気が付いていないようだな……」

「え?」

「あの霧、違和感を感じなかったか?」

「ああ、纏わりつくような、そんな感じがした」

「あれは魔法で作られた霧だ。視界だけでなく、魔力や魔法といったものを察知する感覚を鈍くさせるものだ」

「……そんなものがなぜ?」


 メリッサがやや驚いたように、クロードの方を見た。


「何かを隠すため、見つかっては困るものが湖にあるのだろう。恐らく、あの三又岩の付近にあるはずだ」

「確かに、あの岩には何か感じるものがあった……」


 メリッサがはっとした面持ちになる。それに、クロードは黙って頷いてから、話を続けた。


「貴様は魔法が使えない分、霧に知覚を妨害されづらいのだろう。あの霧は、岩の付近が濃く、離れるほど薄くなった。それに、あの岩に近づくと獅子鎧魚が霧と伴に現れた。おそらく、あの獅子鎧魚は番人。そうだとすれば、あの魚の侵入者への異常なまでの執着心は納得できる」

「なるほど、召喚獣として『三又岩に一定以上近づいた人間を生きて帰すな』といった命令が設定されていたわけか」

「そういうことだ。あの厳重さから言って、隠されているものは、相当強力な魔力を秘めたものだろう」

「よし、明日、探索に行って――」

「こんばんは」

 メリッサの言葉の途中で、階段の下の方から男の声がした。メリッサとクロードは同時に、声の方に顔を向ける。月明かりに照らされ、声の主が誰だか分かるとメリッサはにこやかに挨拶を返した。


「グリューエン先生、こんばんは」


 メリッサ達に声を掛けたのは、昼間、漁師たちのところで会ったヨハン・グリューエンであった。助手のジーグリンデを連れて、村の階段を上って来たところだった。彼は、メリッサ達の近くまで上ると、息を切らすことなく爽やかに笑って話掛けた。


「賑やかな夜ですね。今日は村を挙げての宴みたいですね。お二人は行かれないのですか?」


 ヨハンは見上げるようにして、階段の上の方から聞こえる宴の賑わいを眺めた。

 メリッサは階段の手すりから離れ、ヨハンの近くに寄った。


「いえ、堪能させていただきましたが、今は少し休んでいたところですよ」

「そうですか。しかし、あの巨大魚を退治してしまうなんて、やっぱりすごいなぁ」

「間一髪のところでしたけどね。村に帰ってから、先生には手当てをして頂いて、本当にありがとうございました」

「いえいえ、皆さん大きな怪我はしてませんでしたし、大した処置はしてませんよ。あ、でも、ヘルマンさんは打撲が酷かったですね。少しの間、お酒は飲んじゃダメだって言っておいたんですが、守ってくれてるかな」


 ヨハンの言葉にメリッサは、宴でのヘルマンの様子を思い出して苦笑いを浮かべた。


「先生はどちらに?」

「この湖周辺でしか取れない薬草を摘んでいたんですよ。私たちは明日にはこの村を立つんでね。ただ、熱中しすぎて気付いたら夜になってしまいましたが……ははは」


 ヨハンが気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「それで、さっき宴にお呼ばれされているのを思い出して、ご相伴に預かろうと広場目指して階段を上って来たんですよ」

「そうですか、では存分に堪能してきてください。食べ物もお酒もとても美味しいですよ」

「へえ、じゃあ今日はたくさん飲んで食べるぞ」

 ヨハンは両手の拳を握って、気合を入れる仕草をする。

「ヨハン、あなたお酒を飲むとすぐ潰れるじゃない。もう担いで帰るのは嫌ですからね」


 後ろに控えていたジーグリンデが、ぴしゃりと言い放つ。彼女の口調も声色も、容姿と同じように静かで落ち着いた印象を受けた。


「はい、気をつけます……」


 ヨハンは肩を落として、小さく答えた。

 叱られた子供のようにしょげる仕草が可笑しくて、メリッサに笑みがこぼれる。

 ヨハンもそれを見て、しょげた姿勢からにこっと笑って見せた。


「それでは、失礼しますね」


 ヨハンとジーグリンデは一礼して、階段を上っていった。

 メリッサも礼を返して、その後ろ姿を見送る。

 二人は階段を上りながら何やら話していたが、途中でヨハンがジーグリンデの手をとって、エスコートしながら階段を上り始めた。メリッサは二人の仲睦まじい様子に、心が温まる気がした。


「いい人たちだな、彼らは」

「……」


 メリッサの言葉に、クロードは無言のまま階段を上ってゆく二人の後ろ姿を見つめていた。



さてさて、湖には何が隠されているのか……

次回、霧の向こう側へ探索開始です。

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