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第25話 BOMB

 メリッサと無線でやり取りをするヴァル。それをマリアは心配そうに見上げていた。

 ヴァルの陣取る岩の近く、脱出用のボートにマリア達は乗っていた。


「ああ、お嬢様……やっぱりあんな危険な役、今からでも私が変わって―――」

「今更止めておけ。それに、とろいお前じゃ、あの役は無理だ」

「失礼ね! ヘルマン、お嬢様が心配じゃないの?」

「ふん、できるなら俺が代ってる……」


 ヘルマンは自身の脇腹を撫でた。ジンジンとした激痛に一瞬表情が歪む。

 メリッサたちが負っている役目は、計画の最後、可燃性のガスで満たされた巨大魚に点火し、爆破することだった。正確には、爆発物を仕掛けた船に巨大魚をおびき寄せ、船ごと巨大魚を爆破する役目である。


 ただ、爆発物と言っても、彼女たちに残されていたのはアルレッキーノが持っていた小型爆弾だけであった。それを船の魔道エネルギーのコアに繋げて、誘爆させる算段だ。しかも、小型爆弾を起爆させるのは、安全ピンをワイヤーで引っ張って抜くという原始的な仕組みである。

 だからメリッサ達の役目は、魚の迫るギリギリで脱出し、泳いで退避しなければならない危険な役目だった。


 クロードに付き添うとメリッサが言い出した時は、マリアをはじめ皆が反対した。

 作戦自体はいいのだ。船の持ち主のポンパドール夫人も、船を爆弾にすることは快諾してくれた。


 しかし、メリッサが率先して危険な役に付くのは、回収班の全員が看過出来なかった。

 各々がメリッサを止める中、彼女は現状を分析し、それを説明したうえで、自分しか出来ない役だと説き伏せたのだった。


「しっかり見ていやがって……」


 ヘルマンは複雑な気分を吐き出すように呟いた。

 メリッサの代わりに、自分が囮になることも提案した。しかし、巨大魚の背中から投げ出された際に傷めた脇腹について、ヘルマンは隠していたつもりだったが、メリッサは見抜いていた。そして、それを理由に、彼女はヘルマンが囮役になることを許さなかった。


(本当によく見ているぜ……)


 ヘルマンは悔しそうに拳を握った。しかし、同時に、メリッサの班長としての成長が見えたことに、嬉しい部分もあり複雑な心境だった。



 ♦  ♦  ♦



 メリッサは、甲板のハッチを開けて、船底に降りた。クロードは甲板に残り、巨大魚の動きを監視する。


「始めるぞ、クロード」


 無線を片手に、もう片方に持った工具のスパナを船底の壁に打ち付けた。

 カン、カン、カンと船底に金属音が響く。


「本当にこんなことで、魚はこっちに来るのか?」


 メリッサは船底を叩きながら、無線に話しかける。


『恐らくな。奴も動物だ、水中に響く音には反応するはずだ』

「随分、曖昧だな」

『うるさい、黙って叩け』


 そこから何度か叩いた時だった。がむしゃらに泳ぎ回っていた巨大魚が動きを止めた。

 静止して、まるで耳を澄ましているようだ。


 メリッサの船底を叩く音が鳴り続けている。

 音を探りながら、ゆっくりと巨大魚が泳ぎ出した。

 はじめは蛇行していたが、次第にまっすぐと確実にメリッサたちの方に向かい始めた。


『読みは当たったようだ。おい、娘、魚が動いた。引き続き叩き続けろ』


 クロードが無線から指示を出す。


「分かった」


 クロードの偉そうな言い方が癪に障るが、メリッサはぶつぶつ文句を吐きながら叩き続けた。

 一方、岩の上では、巨大魚が船に向かっていくのを確認して、ヴァルがライフルを構えた。


「やっちゃるもんね!」


 スコープに標的の傷を捉え、引き金に指をかけた瞬間、ヴァルの目つきが変わる。冷徹な狩人の目だ。


 ふっと短く息を吐き、止め、引き金を引く。


 放たれた弾丸は、真っ直ぐ巨大魚の傷に打ち込まれた。

 ヴァルは、即座にライフルから空の薬きょうを排出すると、次の弾丸を込める。機械のように正確かつ迅速な動きだ。そして、構えて撃つ。


 2発、3発、4発と正確に打ち込んでゆく。

 その光景を船から眺めているクロードも、計画の成功が見えはじめ、自然と手に力が入る。


「よし、もういいぞ。娘、上がってこい。逃げるぞ」


 クロードが無線機に叫ぶ。

 しかし、5発目の弾が打ち込まれた時、巨大魚が向きを変えた。

 それまで真っ直ぐにメリッサたちのいる船に向かっていた進路が、斜め方向にそれたのだ。


「何故だ、何故そっちへ行く!」


 クロードが怒声をあげる。

 船底から梯子をよじ登り、甲板に顔を出したメリッサもクロードの様子から異変に気付いた。クロードに駆け寄り、巨大魚を注視する。


「おい、あの魚が向かっているのはヴァル達の方じゃないか?」


 メリッサの声に焦燥感が満ちる。


「そんなこと、見ればわかる!」


 クロードも不測の事態に苛立っていた。


(私が船底を叩くのをやめたからか?)


 メリッサは急いで船底に戻り、再び壁を叩いた。叩きながら、無線でクロードに巨大魚の動きを確認する。


『駄目だ、音にはもはや反応しない』

「くそっ!」


 メリッサは手の持っていたスパナを投げ捨てた。

 梯子を上り甲板に上がる。

 巨大魚がヴァル達に更に接近しているのが彼女の目に入った。


「おい、クロード! 何とかならないのか!」


 無防備なヴァルやマリア達に、巨大魚が向かっているということを考えるとメリッサは気が気ではなかった。ひどく取り乱してクロードに詰め寄った。


「うるさい、今考えている!」


 クロードも必死に頭を回転させていた。しかし、メリッサにとって考えている時間などじれったく、しびれを切らして動き出してしまった。

 何か手を打たなければいけない。大急ぎで操舵室に繋がる階段を上る。


「貴様、どうするつもりだ!?」


 メリッサが動き出したのを見て、クロードが声を掛ける。


「船をあいつにぶつける! マリア達のところには行かせられない」


 言葉を残して、操舵室に駆け込んだ。

 しかし、操縦席についたものの動かし方が分からない。途方に暮れていると後ろから声がした。


「どけ、操縦は我がやる」


 クロードがメリッサを押しのけ、操縦席の前から退かす。慣れた手つきで、スイッチをいくつか押して、レバーを動かした。


「クロード、操縦できるのか?」

「あの老執事のやっていたことは記憶している」


 重い音がして、エンジンがかかった。


「行くぞ!」


 クロードの声と伴に、船は巨大魚に目掛けて発進した。


「ぐふっ」

「おい、クロード! 大丈夫か!?」


 その時、クロードが突然吐血した。


「お前、まださっきの魔法を使ったダメージが……」


 吐血した血だけでなく、舵を切るクロードの腕から血も滴り落ちている。しかし、クロードは狼狽えるメリッサを見据えて言った。


「貴様は甲板に戻れ! 合図をしたらやってもらいたいことがある。一か八かだが、魚を呼び戻すぞ!」


 真剣な眼差しで向き合う2人。メリッサは黙って頷き、駆け足で来た道を引き返した。



♦  ♦  ♦



「ダメ、この角度じゃ狙えない!」


 ヴァルが呻いてスコープから眼を放す。巨大魚がヴァル達の方に向いたため、ヴァルの位置から標的の傷が狙えなくなってしまった。


「あれ、あれれ、お魚さんこっちに来てません?」


 アルレッキーノが引きつった笑いを浮かべる。


「来ているな」


 ヘルマンは、動じることもなく悠然と座ったまま呟いた。


「でも、お嬢様たちも動き出したわ。きっと何とかしてくれる」


 マリアの言葉に、ヘルマンがふっと短く笑う。マリアも余裕の表情だ。


「お嬢様なら……」


 呟くヴァル。再びスコープを覗き狙撃の姿勢をとる。メリッサを信じて狙撃のチャンスを待った。



♦  ♦  ♦



 救命ボート上のやり取りなど関係なく、巨大魚は益々接近し、泳ぐ速度も上がっていた。確実に、食らいつく標的を見据えているようだ。その巨大魚の進路に横からメリッサたちの船が迫る。


(駄目だ、この速度では、あいつに届かない。クロード、何をするつもりなんだ。早く合図くれ!)


 メリッサの気が急く。甲板にいるメリッサの目から見て、このままでは巨大魚には追い付けない。しかし、そんなメリッサの焦る気持ちを裏切るように、船が停止した。目線の先の巨大魚はどんどん離れてゆく。


「おい、なんで止めるんだ!」


 メリッサは操舵室の方に振り返って叫ぶが、その言葉を遮るように無線からクロードの声がする。


『娘、血だ! 貴様の血を湖に撒け!』

「は?」


 意図が理解が出来ず聞き返す。


『早くしろ、愚図が! 血の臭いでおびき寄せるのだ。最も接近した今しかない!』


 メリッサは、はっとして、すぐさま自身の剣を鞘から抜き放ち

、掌で刃を握った。


「くっ」


 剣を一気に引くと、掌から血が噴き出した。その血の滴らせたまま、甲板の端に駆けて行き、振り払うようにして掌から噴き出す血を湖に撒いた。

 水面に点々と赤い華が咲く。メリッサは、2度、3度と腕を振って血を撒く。

 そして巨大魚を凝視した。動きに変化はなく、ますます離れてゆく。


(駄目か……)


 失敗の文字が脳裏にちらついた時、巨大魚が泳ぎに変化があった。

 動きを止め、少し辺りを伺うように身じろぎした後、旋回したのだ。

 水中にほんの少しの血の匂いがあれば、肉食魚は鋭敏な嗅覚で嗅ぎ付けるというが、この未知の化け物にもその習性が備わっていたのだった。


 巨大魚が向きを変えたことで、背中の傷がヴァルの方を向いた。

 次の瞬間、彼女の視線がスコープ越しにそれを捉え、同時に引かれる引き金。

 そして、弾丸が放たれた。

 命中を確認することもなく、即座に、薬きょうを排出し次弾を込める。照準を合わせて、引き金を引く。 次弾が放たれた。

 旋回し切るほんの数秒の間、神業といえる速さで2発の弾丸を正確無比な射撃で放ったのだ。

 ヴァルは無線を手に取った。


「お嬢様、こっちはばっちりです」


 メリッサは、ヴァルからの完遂の報告を、クロードと伴に船の後方甲板で聞いた。

 旋回をした巨大魚は血の匂いのする獲物に喰らい付こうと、真っ直ぐメリッサ達に迫る。


「さすがだな、ヴァル」


 無線を切って、甲板に置く。もう片方の手には爆弾の安全ピンに繋がったワイヤーの端が握られている。船から水中に飛び込んだ瞬間、安全ピンが抜ける仕掛けだ。

 魚が食いついてくるまでは十数秒。


「ゆくぞ」

「ああ」


 二人で甲板の淵を蹴って、水中へと飛び込んだ。そして、必死に泳いだ。


 巨大魚が船の目の前にまで迫る。牙の並ぶ大口を開けて、血の匂いのする金属の獲物にかぶりついた。

 金属のひしゃげる音がしたすぐ後だった……


 ――空気を振動する衝撃波と耳をつんざく轟音


 船が巨大魚に溜まったガスを巻き込み大爆発を起こした。

 水面が大きくうねり、爆風で飛んだ湖の水が大雨となって降り注ぐ。

 爆発の光景を眺めるメリッサ達たちを、大波がなどとなく飲み込んだ。


「うっぷ、ぺっ、ははは、やったぞ、クロード! ははははは」


 何度も波に呑まれながら、メリッサは子供の様に笑った。目の前で、体の半分以上を吹き飛ばされて、しっぽだけになった巨大魚が、船と一緒に沈んでいく。


「うるさい、さっさとマリア達のボートまで泳げ」


 掴まっている浮き輪からメリッサに結んである縄をぐいっと引っ張った。


「うぐっ、分かったからそんなに引っ張るな。せっかく上手くいったのに、まったく、つまらないやつだ……」


 はしゃぐのを止めて、メリッサは泳ぎ始めた。

 その後ろで、浮き輪で引っ張られるクロードの口元は僅かに綻んでいた。


課金アイテムのクルーザーを犠牲にして、勝利しました。

次回は宴、そして事件は新展開へ

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