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第23話 全てを凍らせて

 クルーザーの船首を洞窟の出口に向け、停止させた。前方の甲板には、マリアとヘルマンが控えている。


『マリア、頼む』


 後方の甲板にいるメリッサから無線が入る。


「はい」


 マリアは返事をすると、手元に魔力を集中した。すぐにふんわりとした光を放つ球体が、彼女の胸の前に出来上がった。


「リモート・フレア!」


 マリアの詠唱の後、手元を離れる球体。それが、すうっと空中を滑走して、まっすぐ洞窟の入り口を出ていく。

 そして、船の甲板と同じ高さを保ったまま入江とは逆の方角へ飛んでいった。


『マリアさん、巨大魚がリモート・フレアの方に向かいました』


 索敵を行っているロゼッタから無線が入る。


「分かったわ。クロードの推察どおりね」


 マリアが意識を集中させた。するとリモート・フレアは、空中で円を描いたり、ジグザグに動いたりと不規則な動きを始めた。


 リモート・フレア。威力は低いが、術者から遠隔操作を行える火炎系の魔法である。術者の能力によって、動きの精密性や遠隔操作できる距離も変わってくる。ただ、本来は術者が目視で状況を把握しながら軌道を操作する魔法であるが、操作するマリアが洞窟の中にいるため、今は闇雲に不規則な動きをさせることしかできなかった。


「よし、今だ。ジョナサン、船を出してください!」


 後方甲板のメリッサが、操舵室のジョナサンに指示を出す。


「畏まりました」


 ジョナサンがエンジンを起動させ、レバーを前進に入れる。直後、船全体にブーンと轟く重低音。

 船は颯爽と水面を走り出した。

 洞窟の入り口が目の前に迫る。ロゼッタの索敵で、魚が洞窟から離れているのは分かってはいたが、洞窟を出る瞬間、全員手に力が入った。

 皆が息を呑んで身構える中、ついに船体が完全に洞窟から抜けた。


 飛び出た外の景色は、洞窟に入った時のままで、薄く霧が覆っている。

 遠くにマリアが放った光が飛び回っているのが、ぼんやりと見え、また、その囮を、巨大魚が捕食しようと触手を暴れさせている影も見えた。

 巨大魚の動きに合わせ、水面が叩かれる音や水が波によって荒れる音が耳に届く。


「よし! 魚は疑似餌に掛かってるな」


 メリッサの握り拳を硬くした。


「ジョナサン、入江に向けて全速前進して下さい」

『畏まりました』


 メリッサの無線による指示を受けて、ジョナサンは舵を左に切る。船が曲線を描いて航行し、船首を入江の方向に向け出した。

 そして、カーブの終わりに差し掛かったところで、エンジンの回転速度をあげ、ターボモードに切り替えた。エンジンは音程を一段あげて唸る。

 その瞬間、ぐっと体を後ろに引っ張る重力と強まった向かい風が、同時に甲板上にいる者に迫った。

 その重力と風に耐えつつ、スピードに乗った船の上から後ろを見れば、巨大魚の影が一回り小さくなっていた。


『お嬢様、囮の操作可能範囲を抜けました』

「了解だ、マリア」


 マリアからの無線の最中、囮の光がふっと消えた。メリッサは双眼鏡を取り出し、レンズ越しに巨大魚の影を確認する。巨大魚がこちらに向きを変え、全速力で泳ぎ始めたのが見えた。


(アルの報告通りなら、入江までエンジンはぎりぎりか……)


 メリッサの思考に割って入るように、無線が鳴る。


『お嬢、入江の入り口が見えたぞ』


 前方甲板のヘルマンからだった。メリッサも船の側面に身を乗り出して、前方に目をやる。

 切り立った崖が、霧の中に見えた。

 崖は城壁の様に、ずっと遠くの湖の淵までそびえ立っていたが、その崖の一カ所だけ、門を構えるように岩の壁がない場所があった。


「あの隙間が入江の入り口だ!」


 メリッサと同じように側面から身を乗り出して、前方見ていたクロードが指し示す。メリッサは黙って頷いた。


「ジョナサン、あの崖の切れ目に進路を取って―――」


 ガクン


 言葉の途中で、船が大きく揺れ、メリッサ達は身体を大きく揺さぶられた。落としそうになった無線から、アルレッキーノの慌てた声がした。


『お嬢、すまねぇ! 予想より早くエンジンが駄目になりやしたっ!』


 切羽詰まったアルレッキーノの大声がメリッサの耳をつんざく。無線を耳から遠ざけつつ、後ろを振り向くと、甲板から下の機関室へと続くハッチから黒い煙が上がっているのが見えた。


「分かった、アル。残ったエンジンで何とか入江まで行く。アルはそのまま操舵室で待機してくれ」

『了解です』


 メリッサは無線を切ると、再び双眼鏡で巨大魚を確認する。霧に映る影は明らかに近づいてきていた。船は確実にスピードダウンしている。


(このままでは追い付かれる。また、マリアの魔法で囮を作るか……)


 メリッサは、思考をフル回転させ、計算し直した。


「おい娘、囮は無駄だ、やめておけ」

「なに? また思考を読んだのか?」


 自分の考えていたことを当てられ、怪訝な表情でクロードを見る。


「たわけ、そんなことせずとも、貴様の考えそうなことなど分かる。それより、囮は無駄だ。この船のエンジンの温度は著しく高い。特に壊れたエンジンはな。今、囮を出しても巨大魚は、囮より高温のエンジンを積んでいるこの船を追ってくるぞ」


 クロードの言葉に、メリッサは唇を噛んだ。しかし、すぐに顔を上げ、船の最後尾に視線を移す。


「よし! 予定より少し早いが攻撃にて魚の速度を遅くする! ヴァル、ロゼッタ、合図とともに銃撃を頼む」

「はい!」


 後方甲板の最後尾に、大型ライフルと機銃を構えるヴァルとロゼッタ。同時に出た二人の返事が重なった。

 巨大魚は益々距離を詰めていた。


「まだだ、まだ…………撃てッ!」


 メリッサの号令が響く。

 雷鳴のような銃声。ライフルと機銃の集中砲火が、一本の触手に浴びせられた。

 触手は、大きく身動ぎし、怯んでいるのが良く分かる。明らかに巨大魚の進行速度は落ちた。


「入江の入り口まであと、1分程だ! 配置に着くぞ!」


 銃声にかき消させないよう、クロードがメリッサの目の前で叫ぶ。「分かった!」とメリッサも大声で応えた。

 まず、クロードは、銃撃を続けるヴァルとロゼッタの間に立った。3人が船の最後尾に、ちょうど横一列に並ぶ形だ。

 続いてメリッサが、クロードの真後ろに立った。


「クロード、言われた通りの位置に立ったぞ」


 メリッサが目の前のクロードに知らせる。


「では、俺の腰に手を回して、抱き付け」

「…………え?」


 思いがけない指示にメリッサは一瞬の思考が停止して、立ち尽くしてしまった。


「我の後ろから抱き付け!」


 クロードは、銃声でメリッサが聞き取れなかったのかと思い、振り返って言い直した。


「あ、いや、聞こえてはいる。ただ……抱き着かなきゃいけないのか?」


 メリッサは目線を泳がせ、恥ずかしそうにチラチラとクロードを見る。自分でも顔が赤くなるのが分かった。ただ、銃声の中、普通の音量で喋ったため、クロードには聞こえなかった。


「何を言っているのかわからん! いいからさっさとやれ!」


 クローッドは痺れを切らし吠え、それと同時にメリッサの腕をむんずと掴むと、巨大魚の方を向いて立ち、ベルトを締める様に自分の腰に彼女の腕を巻いた。


「もっとくっつけ」

「あ、ああ……」


 メリッサがクロードを後ろから抱きかかえるようにして密着した。心臓の音がうるさい。

 そんな2人のちぐはぐなやり取りの間に、船はそり立つ岸壁の目の前へと来ていた。近くに寄ると崖壁は高く、門の様に見えた入江の入り口はかなりの幅があった。

 船は水面をかき分けて、入江へとまっすぐ突っ込む。


 クロードは目を閉じ、意識を集中した。

 すると、メリッサは速まった鼓動とは別に、身体の奥底から噴き上がるエネルギーの激流が、衝撃となって体を揺さぶるのを感じた。同時に、メリッサの感じた衝撃はクロードへと伝わり、彼の体内も揺さぶった。

 激流が渦を巻き、そこから力が漲る。

 船は入江の入り口を抜け、円形の入江に侵入した。その後ろで、船を追ってきた巨大魚が入江の入り口に差し掛かる。


「ゆくぞッ!」


 クロードが両手を湖に向かってかざす。


「はああぁぁぁぁぁ! 氷れッ!!」


 咆哮と同時に、クロードの手から青白い光の筋が伸びた。

 巨大魚の目の前に着水したその光の筋は、一瞬で入江の入り口を凍りつかせていく。

 まるで、波紋が広がる様に、手前から奥へと、光をキラキラと反射していた水面が艶のない半透明の個体へと変わっていくのである。

 いける! 魚はまだ狭い入江の入り口だ! 氷の魔法を避けられない。

 急速に広がる氷によって、そのまま完全に入江の入り口を巨大魚ごと塞ぐと思えた時だった。


 ザバアアァァァァァッ!!


 再び水面が大きく弾け、水柱が上がった。

 本能が危険を察知したのだろうか。氷に捕らわれる寸前で、それを回避しようと水中からその巨体を跳躍させたのである。


「逃がすかあぁぁッ!!」


 クロードは、手から伸びる光の筋を巨大魚に向けた。

 氷の侵食は巨大魚が上げた水柱を伝い、水面から完全に出切る前の尻尾を捕らえた。そこから一気に巨大魚が凍っていく。

 跳躍の瞬間でぴたりと動きを止め、瞬く間に氷のオブジェへと姿を変えた。

 凍ってゆく巨大魚を、全員固唾を飲んで見ていた。

 暫しの静寂……そして――


「…………やった……やったぁ!」

「わあ、やった、やった!」


 動かなくなった巨大魚の氷像を見て、横にいたヴァルとロゼッタが無邪気な歓声をあげた。

 船が止まり、船橋からアルレッキーノや婦人たちが後方の甲板に集まってきた。


「上手くいったみたいだな」


 前方の甲板からも、ヘルマンがマリアとやって来た。

 後方の甲板に全員が集まり、巨大魚が凍り付いた様を眺める。

 作戦は見事成功した。安堵と達成感が場に満ちる。


「お疲れ様でした、お嬢様……」


 労うマリアが、言葉の途中で眉をひそめた。

 メリッサは作戦が終了し、皆が集まって来たことに気付いていないようだった。というのも、力の激流に意識が持っていかれそうになる中、目を硬く閉じてクロードの背中に夢中でしがみ付いていたのである。


「お嬢様?」


 マリアの呼びかけに、メリッサが我に返る。


「え? お、終わったのか」

「はい、作戦は成功です……ゴホン、ところでお嬢様はいつまでそうしてるのですか?」

「……あ、いや、これは違うんだ!」


 メリッサは慌ててクロードから手を放した。


「お嬢様、大胆」

「情熱的ねぇ」


 ヴァルと夫人が冷やかす。また顔から火が出そうだ。


「うぐ……」


 突然、クロードが呻いて、両膝を着く形で崩れ落ちた。


「クロード!」


 メリッサは、慌ててクロードの前に回り込むと、屈んで覗き込むように様子を伺う。

 先ほどまで赤かった顔は、一気に心配の色に染まった。


「大丈夫か、クロード」

「はあ、はあ……うるさいぞ……別にどうということはない」


 クロードは痛みに耐えるように顔を歪ませながら、ふっと鼻を鳴らした。


「はあ……く……前回より抑えたからな、意識までもっていかれるほどの激痛は無い。う、く……両腕はしばし使えんがな」


 そう言われてメリッサがクロードの手に目をやって、絶句した。両手とも酷く焼け爛れているのである。その時メリッサは、ふと書庫で彼が言いかけて止めたことを思い出した。


「お前、私の力を使うとこうなることが分かっていたのか?」

「確証を得たのは今だがな」


 痛みに眉間に深い皺を作りつつ、にやりと笑う。


「つまらん顔をするな。戦闘を行った以上、こんな代償で済んだなら大成功と言える……」


 クロードはそう言うと、声を小さくして続けた。


「……それよりも、あの魚から魔力を頂けるか見てみるとしよう」


 クロードが立ち上がろうとしたので、慌ててメリッサは肩を貸した。

 メリッサの肩を借りて立ち上がった彼ドは無言で、氷付けになった巨大魚を眺めた。

 飛び跳ねた瞬間に固まった姿は、精巧な氷像のように躍動感があって美しかったが、クロードは別のことを考えていた。


「しかし、こうして全体像を見ると、本当に大きいな」


 メリッサが言った。少し離れた船上から眺めているが、やはりとても大きい。今乗っている船の2倍かそれ以上はある。メリッサは、声を小さくしてクロードに問いかけた。


「やはり魔界の生物か?」

「あれは……」


 クロードが言いかけた時だった。

 彼の言葉を遮るように、ビシッという何かが軋む音が入り江に響き渡った。


クロードは凍てつく波動を放った!

巨大魚は氷漬けになった。


やったか……(フラグ)


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