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第21話 チェイス

「何か馬鹿でかいやつが近づいてきてる!!」


 ヘルマンが叫んだ。彼の目は、水中から来る得体の知れない巨大な何かを捕らえていた。


「全速で離脱しろっ!」


 絡みつく水獣から自由になった船は、彼の叫びに合わせるように全速離脱を開始した。

 唸りを上げるエンジン。船が高速で水上を滑り出した。

 その直後だった。

 湖面が大きく盛り上がった後、爆発したのかと思うほど大きな音を立てて、水が弾け飛んだのだ。

 そして、"それ"は突如として弾けた湖面から姿を現した。

 

 ――いったい何が……


 飛び出してきたものを見上げたその時、時間の流れがゆっくりになった気がした。

 遅くなった時間の中で、メリッサはおどろきに見開いた目で、飛び出してきた"それ"をはっきりと見た。いや、見ずにはいられなかった。

 その姿が、あまりにも巨大で、あまりにも圧倒的だったからだ。

 水中から飛び出してきたのは、巨大な魚だった。

 その巨大魚が、水面を突き破り、体の半分以上を現すほどに水上へと飛び跳ねたのだ。


「なっ……!」


 メリッサはそれ以上言葉が出なかった。いや、メリッサだけでなく、全員が言葉を忘れて、あっけに取られていた。 

 途方もなく巨大なこの魚は、見えた部分だけでもクルーザーの2倍はあるだろう。

 その怪物がまるで、水面近くの虫を大口を開けて飲み込むように、船を捕食しようと飛び跳ねて襲い掛かってきたのである。


 ただ、魚の大きさよりもメリッサ達を驚かさせたことがあった。

 それは、巨大魚の頭から、水獣の首が生えているのである。まるで獅子のたて髪の様だ。

 先ほどまで自分たちを包囲していた水獣の首が全てが、巨大魚の頭を中心に生えているのである。水獣の群れだと思っていたものは、それぞれ別個の生物でなく、巨大魚の一部であったのだ。

 

 早く! 早く早く! 早く逃げろ!!

 声にならない声が脳内で叫ぶ中、視界の中では巨大魚の凶悪な顎が弧を描いて降ってきていた。そしてその大きな顎が、飛び込みざまに水面を呑み込んだ。

 再び、爆発にも似た、けたたましい水面を叩く音が鳴り響き、大きな波が起きる。

 間一髪、船は巨大魚の大口が噛り付くのをかわすことができ、全速力で逃げる。

 

 ヘルマンが触手を切り解いていなければ、あの岩も砕きそうな鋭い歯に捕まって、クルーザーは一撃で噛み砕かれていただろう。

 メリッサは背筋が寒くなる気がした。

 しかし、まだ危険は続く。


「お嬢、やっぱり追っかけてくるぞ!」


 船の後方にいるヘルマンが大声で知らせる。

 メリッサも後ろの水獣の影を目視する。どうやら巨大魚は触手を水面に出して泳ぐようだ。

 先ほどまで水獣だと思っていたものの群れが、水面を掻き分けて追ってくるのが見えた。


(追ってきてはいるが、この速度なら逃げ切れる!)


 影が少しづつ小さくなってゆくのを見て、メリッサは確信した。水獣もとい巨大魚はさほど泳ぐのは速くない。

 しかし、彼女の思った通りには行かなかった。


 ガコンッ


 船体に響く短く重い音と振動。

 その後、明らかに船がスピードが落ち始めた。


「ジョナサン、どうしたのですか!?」


 メリッサが無線で操舵室のジョナサンに慌てて聞いた。


『え、エンジントラブルです! 2つあるエンジンのうち1つが止まりました!』


 どうやら、先ほどの巨大魚の触手から放たれた水鉄砲は船の装甲を貫通し、エンジンを損傷させていたらしい。

 まずい、このままでは追いつかれてしまう。メリッサは焦る心を何とか沈めながら、必死に打開策を考えた。


 そんな最中、メリッサの前をクロードが駆けてゆく。階段を上り、操舵室に入っていった。

 するとすぐに、船が大きく右に進路を取り出したのである。

 あまりの突然の方向変換に、甲板のメリッサ達はバランスを崩してしまった。


「な、なんだ!?」


 近くの手すりにしがみ付いて、メリッサは、なんとか転倒を免れた。その後、操舵室に消えたクロードの姿をはっと思い出し、急いで彼を追った。


 操舵室の扉を開けると、クロードが舵を握っていた。近くには狼狽するジョナサン。


「おい、クロード、何を勝手に舵を取っているんだ!」

「判断が遅いからだ。愚図が」

「なんだと!?」


 メリッサはクロードに近づき、睨みつける。


「進路を勝手に変えて! これでは逃げ切れなくなってしまったじゃないか!」

「どうせ、あのままでは逃げ切れん」


 自らも考えていた事実を突きつけられ、メリッサは押し黙る。


「それより、船を修理する時間を稼ぐ」

「は?」


 メリッサが怪訝な顔をする。


「もうすぐ島が見える。その岸壁に小さな洞窟がある。そこに逃げ込むぞ、やつなら通れない大きさだ」

「この霧の中、どうしてその島の方角が分かる?」

「あの三又岩を離れてから、なぜか霧が少し薄くなった。そのおかげで、先ほど、船の左前方に三日月のような形をした岩が見えた。その岩を目印に、まっすぐ東に進めば島に着く」

「……お前、漁師たちの所で見た、地図の細かな書き込みまで全て暗記しているのか?」

「当たり前だ」


 会話している間に、正面に薄っすらとだが、島影が見えた。

 メリッサは黙って、クロードの目をじっと見つめる。少しの間があって、メリッサが口を開いた。


「……分かった。今はお前の策を採用する」


 クロードを睨みつけたまま、メリッサはぼそっと呟く。


「だが、今度から勝手は許さないからな!」


 呟きから一転、強く大きい声でクロードに釘を指した。

 メリッサとクロードの会話の最中も、刻一刻と巨大魚は距離を詰めていた。ヴァルとロゼッタが銃撃、さらにマリアも魔法で攻撃を加えているが、巨大魚の触手が身じろぐ程度で、距離は狭まる一方だった。

 ただ、幸いなことに、水獣と遭遇した三又岩から離れるほど霧はどんどん薄くなってきていた。これならば、洞窟を見落とす心配はない。


 水獣が20メートルほどに迫った時だった、

 小島が見えた。

 小島の岸壁には、このクルーザーがちょうど1隻通れそうなぐらいの洞窟があるのも見える。


「見えた! ジョナサンあの洞窟に逃げ込んでください!」


 舵を再び握ったジョナサンに、メリッサが叫ぶ。

 フル稼働しているエンジンの騒音、船体が湖面の波と衝突する激しい音、それらに負けじと、メリッサの心臓の音がけたたましく鳴った。

 船が激しく上下に揺れる。

 洞窟が目の前に迫るが、後ろを見ると巨大魚はすぐそこまで来ていた。

 メリッサの手すりを握る手にも力が入った。


「皆さんしっかり捕まってください!」


 ジョナサンの大声がした後、洞窟に突入した。

 一気に暗くなる周囲の景色。直後、船が逆噴射で急ブレーキかけ止まり、前に飛ばされそうになるような強い重力を身体全体に感じる。  


 ズンッ!


 すぐ後に、重い音が洞窟全体に響く。岸壁に巨大魚がぶつかった音だ。洞窟全体が揺れた。

 巨大魚は身体が通らないと分かると、船を絡め取ろうと洞窟の入り口から触手を伸ばしてきたが、それも届かず。その後も何度か体当たりをしたようだが、諦めて、音も揺れもなくなった。


「諦めてくれたか…………ふぅ」 


 洞窟に静寂が戻ると、メリッサたちは呼吸するのを思い出したように、ふうっと深い安堵の息を漏らしたのだった。



二度あることは三度ある。

真の姿を現したレマール湖の水獣を前に、メリッサたちが取った行動は……

逃げるんだよおぉぉぉ!!


しかし、事態はそう簡単にはいかないわけで……

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