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第1話 戦場を進め

 響いた爆発音、それと振れに全員の表情を一変する。

 音は上の階からだった。

 確か、巡回のルートからして、今、ヘルマン達は上の階にいるはず。メリッサは直ぐさま近くにあった無線機で、連絡をとった。


「ヘルマン、応答してくれ! 何があった!?」


 通信機の向こうからは、ガーガーといったノイズに混じって応答があった。


『お嬢。そっちは大丈夫か? こっちは地下2階にいる。全員無事だ。おそらく、レアメタル狙いのテロの襲撃だろうよ』


 メリッサは全員無事という言葉をきいて少し安堵するが、通信機からパンッパンッという銃声がきこえ、再び不安で胸の奥がざわつく。


「こっちも全員無事だ。銃声がきこえるが、敵と交戦中か!?」

『いや、敵とは遭遇していない。ただこの階で戦闘が行われている』

「そうか……まず合流したいが可能か?」

『そいつは、すぐには難しいな。さっきの爆発で一番近い非常階段までの通路が塞がれちまった。他の階段の方に回るが、大分時間がかかりそうだ』

「了解した。私たちは地下4階にいるから、これからターミナルを通って地下3階に向かう。ヘルマンたちも地下3階を目指してくれ。地下3階の非常階段付近、Dエリアで落ち合おう」

『わかった。無茶はするなよ、お嬢』


 そういってヘルマンとの通信は切れた。

 通信機の音量は最大にしていたため、ヴァルとアルレッキーノにも状況は理解できおり、メリッサが真剣な視線を向けると、2人は「いつでも大丈夫」といった具合に真面目な表情で頷いた。

 しかし、よし行くぞ! というところで、視線の先にまた、光の塊を宿した“穴らしきもの”が見え、“あの声”も聞こえた。


 ――キ……コ…………カ……


(ああ、こんな時までか! 私には何にも見えない! 見えない! 見えない! あと聞こえない! 聞こえない! 聞こえない!)


 心なしか声が少し大きくなった気もしたが、そんなことは気にしない。

 今はそれどころではないのである。必死に無視の姿勢を貫くメリッサ。

 その必死の姿勢を仲間に悟られない様に、「ゴホン!」と咳払いして自身の平静を保ち、真剣な表情を維持したまま号令をかける。


「聞いていたと思うが、地下3階Dエリアでヘルマンたちと合流する。2人とも行くぞ!」

「了解ですぜ」

「はぁい」


 全員、武器を手に取ると、駆け足で掘建てを後にした。



 地下4階のターミナルへ向かう中、銃声はメリッサ達のいる階にも響き始めた。

 さきほどまでとは、まったく異なる鉱洞内の空気。

 断続的に響く戦闘の音は鼓膜だけでなく肌をもピリピリと刺激し、時折きこえる人の悲鳴や怒号が緊張感をさらに高める。

 張り詰めた雰囲気が、鉱洞全体にたち込めていた。

 訓練や何かの事故ではない、戦闘が起こっているとはっきり感じ取れるのだ。まさに“戦場の空気”である。

 彼女たちの感覚を裏付けるように、緊急事態を告げるサイレンが鉱洞全体に鳴り出した。


「まさか警備を受け負って初日に襲撃か、とんでもないタイミングだな……」


 鉱洞を進みながらメリッサは唇を噛んだ。


「確かに。でも、敵さんにとっても俺たちがいるっていう、最悪のタイミングですぜ、お嬢」


 横について進んでいるアルレッキーノが口の端を少し上げて、メリッサに目配せをした。メリッサも同意するように、力の入っていた口元を緩め、視線を返す。


「お仕事増やしてくれた分、高くつくってことを教えてあげよう」


 ヴァルも後方から、メリッサに元気な声をかけた。


(少々気負い過ぎてしまっていたか……)


 メリッサは、緊張が表情に出ていたのかと思い、ヴァルたちに気を遣わせてしまったことを悔やんだ。

 彼女は現場を指揮する立場にはあるが、実際まだまだ経験が足りない。ゆえに経験不足をやる気でカバーするしかないのだが、そのやる気が多すぎて、気負い過ぎてしまう癖がある。そのことについてはメリッサ自身も気づいており、普段から直したいと思っていた。

 ただ、この謙虚で仲間の考えをよく理解しようとする姿勢が、指揮官としての彼女の信頼に繋がっていた。


 ――……コエ……ルカ……


 また、あの声だ。穴も見える。

 岩肌しかない鉱洞を走り抜ける中、メリッサの視界にはあの穴が何度も出現し、声を掛けてくる。


(だから今はそれどころじゃないんだ! ちょっと黙っててくれ!)


 正直、不気味さよりも、もはや煩わしい。

 目の前の事態に集中したいし、認識していない振りをするのも面倒なのだ。

 メリッサは心の中で、悪態をつきつつ、神妙な面持ちで鉱洞を進む。

 何度も角を曲がった。大きくなっていく戦闘の音が敵との距離が近くなっていること告げている。

 そして、何度目かの曲がり角に近付いた時だった。メリッサは手を挙げて停止のサインを出す。

 壁の淵から顔を半分だけ出して、先の様子を確認する。視線の先には通路が続いた後、大空洞が広がっていた。


 ついにターミナルだ。

 この採掘所は地下5階まであり、その各階にターミナルと呼ばれる各階を繋ぐ大型エレベータを備えた大空洞がある。そのターミナルを中心に放射線状に各採掘現場に通路でつながっており、いわば、蜘蛛の巣のような構造となっている。

 メリッサ達の前に広がるのは、そのターミナルであった。


(もう、この階でも戦いが……)


 メリッサ達がターミナルにたどり着いた時には、テロリストとMI社の警備兵がすでに戦闘を繰り広げていた。

 お互い岩や資材を盾にして、銃や魔法を撃ち合っている。しかし、決定打にかけるようで、戦いは拮抗していた。

 激しい戦闘が繰り広げられるその空間は、爆発の後なのか、煙が微かに漂い、焼け焦げた匂いと硝煙の匂いが鼻をつく。

 地面には襲撃の被害者であろう鉱員や警備兵の死骸が転がっていた。


 メリッサは戦闘を目の前に、ぐっと気を引き締めると、まず、自分たちのいる通路からターミナルにいるテロリストに攻撃をしている警備兵に接近を試みた。


「おい、グレンザール警備会社だ。敵の勢力はどれくらいなんだ!? 被害規模は!?」


 後方から警備兵の肩を掴んで、戦闘の騒音に負けまいと、大声で話しかけた。しかし、突然後方からそんなことをされたものだから、警備兵は慌てふためいて振り返った。


「うわ、な、なんだ!? なんだよ! あんたらか、脅かすな!」


 メリッサは、急いでいるのに期待した答えが返ってこなかったことへの苛立ちから、怒鳴るようにさらに大声で聞き返す。


「敵はどれくらいなんだ!?」

「そんなに怒鳴らなくても聴こえてるよ! 敵の正確な数は不明だ。現在、地下2階、3階とこの地下4階のターミナルで戦闘中だ。おそらく相当数が侵入している」

「そんな大規模な襲撃で、なぜ事前に気づかないんだ?」

「知るか! 鉱夫になりすましていたんだ! それに敵の本隊は、どうやらトンネルを掘って侵入してきたみたいだ。大方、鉱夫に成りすましたやつらが手引きしたんだろうよ」


 2人のやり取りを近くで聞いていたアルレッキーノが横から割って入る。


「大体の状況は分かりやしたね、お嬢。で、兵士さんよ、ここは随分と拮抗してるみてぇだが、ゴーレムを投入しないのかい? あれなら、すぐ片付くだろ?」

「それが出来ないんだよ。なぜか知らないが、ゴーレムが起動しないんだ」

「え? そうなのかい? そいつは参ったね……」


 ゴーレムとは、魔力を動力源に人間が搭乗して操縦する、機械仕掛けの大型人形のことである。工場や工事現場など、重機としての役割を果たすものから、軍用の兵器として使われるものまである。

 この鉱山においても、掘削などに使う作業用と警備に使う軍事用とが配備されていた。


「じゃあ、どうするの? ここ通らないとヘルマンたちと合流できないよ。あいつらやっつけちゃう?」


 ヴァルの提案に、メリッサは少し考えてから口を開いた。


「そうだな、ヴァル。合流が目標じゃない、敵の制圧がもともとの目標だ。まずはこのターミナルの敵を一掃するとしよう」

「おいおい、冗談はやめてくれ。勝手に動かれてこっちの足を引っ張られちゃかなわないぜ。弱小警備会社は、鉱夫の避難誘導でもしててくれ」


 警備兵が鼻で笑う。

 それもそのはずだ。少女が2人と痩せた男が1人。どう見ても彼らが戦えるとは思えないだろう。

 そんな嘲笑気味の兵士の背後に、また“あれ”が出た。


 ――キコエ……テイル……カ……


「ああ、もう! うるさいなっ! いい加減にしろっ!」

「ひっ! ご、ごめんなさい……」


 煩わしい正体不明の存在に、ついに忍耐の限界を迎えたメリッサが怒鳴り散らした。

 突然のメリッサの怒声に、ふざけた態度だった兵士は驚きと恐れでびしっと姿勢を正し、謝り出してしまった。


「え? あ、いや、違うんです……」


 自分の言動が誤解を招いていることに、弁解しようとするが、兵士は完全にメリッサに怯えている。

 「えっと、別に貴方に怒ったわけではなくて……」と弁解を述べるが、誤解は解ける様子がなかった。


「お嬢、こえぇ~……最近のキレやすい若者ってやつかねぇ……」

「ほんとね~ヴァルもびくってなったよ……」


 アルレッキーノとヴァルがひそひそと話している内容が聞こえ、メリッサは「違うんだ」とさらに弁解したかったが、“声”のことなど上手く説明できなくて、もどかしさが募る。


「ああ、もう! 煩わしい! 我々が切り込むので、援護してください! いいですねっ?」


 面倒くさい。もう、やめた。

 メリッサが突入することを押し切ると、兵士は「はひっ」と情けない返事で同意してくれた。


 ただ、彼は知らなかった。

 メリッサたちが、ただの弱小警備会社ではないことを。

 警備会社は表の顔で、裏の顔があることはもちろん、戦闘能力も、潜って来た修羅場の数も桁が違うと、知らなかったのだ。

 いや、気付く者などこの戦場にはいなかっただろう。

 しかし、彼女たちの実力を誰もが思い知ることになるのだった。

 間もなく繰り広げられるその戦いによって。


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