第17話 這い出る者たち
「敵襲! 敵襲!」
メリッサの警戒の声が、静かな夜の平野に響いた。緊急事態を皆に知らせるやいなや、彼女はすぐにクロードの方に向き、矢継ぎ早に命令する。
「クリーチャーだ! 急げ! 近くの村まで逃げるぞ!」
しかし、クロードは跪いたまま動こうとしない。
「立て! 動くんだクロード!」
吠える様に彼を急き立てるメリッサの声には、焦りと苛立ちが満ちていた。
彼女は何度もクロードの名を叫んだ。が、彼は虚ろに独り言を呟くだけで立とうとしなかった。
「くそっ!」
メリッサは、彼の腕を掴んで立ち上がらせ、何とか歩かせようとする。
そうしている間にも、2人の周りのいたる所で土が盛り上がり、その中から人の半分ほどの大きさもある蜘蛛がのそのそと這い出してきた。先ほどの赤い煌きは、この蜘蛛の複眼であったのだ。
(最悪だ……まさか巣の上だったとは……)
メリッサたちが、キャンプを設営したのは、蜘蛛のクリーチャー、その幼態たちが潜む真上だったのである。クリーチャー避けの薬剤を散布した円の内側であるので、当然、蜘蛛にはその薬剤の効果など意味をなさなかった。
メリッサは、ここで夜営しようと決めた自分の判断の甘さを悔やんだ。
しかし、それも今さらだ。
が改めて辺りを見渡すと、蠢く黒い塊に取り囲まれてしまっていた。焚き火に照らされて、闇の中にうっすらシルエットが浮かび上がる。塊は、集団であった。
いくつもの赤い複眼が貪欲にギラギラと輝き、こちらに向けられている。すでに3、40匹に囲まれていた。
「お嬢、大丈夫か!」
バスの近くにあったテントから、ヘルマンの声がした。声の方を見ると、ヘルマンもテントから出て、近くの蜘蛛を大剣で蹴散らしているところだった。その後ろで、アルレッキーノとジョナサンが小さくなっている。
「ヘルマン、ジョナサンをバスまで護衛しろ。近くの村まで逃げるぞ」
メリッサが、蜘蛛を睨みつけながら、指示を出す。
近付こうとする蜘蛛たちに、彼女は剣を振って牽制する。しかし、生気のないクロードを抱え動けない彼女に、ジリジリと包囲の円は狭まっていく。蜘蛛たちはじっと、獲物に飛びかかるタイミングを伺っているようだ。
1匹、2匹なら相手もできようが、こう量が多いと1匹を仕留めている間に、周りから押し寄せられてやられてしまう。どうやって突破口を開こうか考えていると、突如、1匹の蜘蛛がメリッサに飛びかかってきた。
メリッサは抱えていたクロードを放すと、体を少し低くし、剣を切り上げて蜘蛛の頭を一刀両断する。
相手は虫、1匹が動くと堰を切ったように次々と襲いかかってきた。
切り捨てた1匹に目もくれず、続けざまに迫る蜘蛛を切り捨ててゆく。
(クロードは大丈夫か……!)
しかし、目線を向けてはいられない。彼を背にして庇うように剣を振るう。
今度は左右から飛びかかってきた。挟まれないように飛び退き、蜘蛛が着地した瞬間、頭部に斬撃を加える。
すぐさま切り返し、もう1匹に向きを変え、踏み込み、頭を薙ぐ。
殺しても次が飛び掛かってくる。
絶え間ない波状攻撃に、自分に来るものを捌くのがやっとになってゆく。ついに後ろのクロードに飛び掛かるのを許してしまった。
(しまった!)
蜘蛛が跪いて動かないクロードへと迫った、その時だった。
「侮るなよ! 下等生物がぁ!」
突然、クロードが吠えた。声と伴に、突風が吹き、飛び掛かっていった蜘蛛が細切れになった。飛び掛かったものだけでなく、彼の周囲の蜘蛛が切り裂かれていく。
一瞬の出来事にメリッサは目を見張った。
蜘蛛を切り裂いているのは、風の刃だった。魔法で発生させた旋風は、クロード達を中心に周囲を切り裂いたのだ。
そのおかげで包囲が薄くなり、バスへの突破口が開きつつあった。
「クロードお前……やっと正気になったか」
クロードがすくっと立ち上がった。
メリッサと目が合うと、彼はいつもの仏頂面に戻っていた。その様子を見てメリッサは、一瞬、表情を緩めた。
どうやら、もう大丈夫なようだ。
直ぐに真剣な顔に戻り、再び、彼女は彼に背を向け、まだ残る蜘蛛の群れに剣を構えた。
「そういえば、魔力は尽きてるんじゃないのか?」
「ふんっ、こんな初歩の魔法、この前の残り滓があればできる」
クロードは、剣を握っていない片手をポケットに突っ込んだ。その手に痛みが走っていた。
(ちっ、この程度の魔法でも痛むか……)
今の攻撃で、包囲がかなり手薄になった。それを見越したかの様に、バスの重いエンジン音が響く。ジョナサンが運転席までたどり着けたようだ。
「うおおっ!」
雄たけびと伴に、メリッサ達を囲んでいた蜘蛛の群れが、雑草が刈られるかの如く蹴散らされた。飛び散る蜘蛛の肉片。すると、その後すぐにヘルマンが蜘蛛の群の後ろから現れた。
「お嬢、発進できるぞ」
バスまでの突破口は出来た。
メリッサたちは、蜘蛛の群れに出来た道を、搭乗口を目指して駆け出した。走り抜ける彼女たちを、蜘蛛は逃がすまいと追いすがるが、降り注ぐ弾丸の雨が蹴散す。
ロゼッタがバスの屋根の上から機銃で、メリッサたちに迫る蜘蛛を上手く牽制してくれていたのだ。
「ヴァルとマリアは?」
搭乗口にからバスに乗り込み、メリッサは中を見渡して、ヘルマンにきいた。
「お嬢たちとは反対側の蜘蛛を相手してる」
そう言われて窓の外を見ると、メリッサたちが戦っていたバスの側面とは反対側で、蜘蛛の群れをバスに寄せ付けないよう戦う2人の姿が見えた。
2人は、一段高くなった搭乗口前のステップの上から、銃撃と防壁の魔法で蜘蛛を退けており、2人の戦いぶりは危なげもなく、まさに華麗といえた。
メリッサたちが乗り込んだことをヘルマンが外の2人に伝えると、残った蜘蛛を蹴散らし、すぐにバスに乗り込んだ。
「ジョナサン、出してください!」
「かしこまりました!」
メリッサに指示され、ジョナサンがアクセルを踏み込むと、バスは一気に走り始めた。
「ロゼッタ、バスの進行方向の蜘蛛をなぎ払ってくれ」
メリッサが、天窓に向かって声を出す。
「分かりました」
バスの屋根から、砲台となっているロゼッタの声がする。バスの進行方向には、蜘蛛の群れがいた。ライトに照らされても個々のシルエットが分からないくらい犇めき合っている。
バスの重量を考えれば、ひき潰して突破することも出来るだろうが、大量の巨大な蜘蛛に取り付かれては、バスが正常に走行できるか分からない。そのことをメリッサは危惧し、ロゼッタに指示を出したのだった。
けたたましい機銃の発砲音がして、夜の闇に赤い光が放つ弾丸の集中豪雨が、前方の蜘蛛を次々と肉塊に変えていく。バスは、ロゼッタの援護射撃によって出来た道を疾走した。
例え蜘蛛に追い付かれたとしても、このバスの中にいれば安全である。しかし、蜘蛛が集まると、その蜘蛛を目当てに、更に大型のクリーチャーが集まってくる。大型のクリーチャーになれば、バスなど容易く破壊されてしまうだろう。
『クリーチャーはクリーチャーを呼ぶ』、
そんな言葉はこの世界では当たり前だった。だから、今は必死で村まで逃げるのである。
村には結界がある。結界の中であれば、大型のクリーチャーでも入ってこれない。
ただ、機銃によって蹴散らされても、蜘蛛の群れは止まらなかった。しかも恐ろしく速い。ロゼッタの機銃のよる攻撃なしには、すぐに追いつかれていただろう。
それでも機銃をかいくぐった数匹が、側面に取り付く。
「落ちろぉ!」
それをヴァルが銃で撃ち落とす。反対の側面にも、マリアが魔法で蜘蛛を落としている。
暗闇をヘッドライトを頼りに走ること数十分、村の明かりが見えた。
「もうすぐだ! みんな頑張ってくれ!」
メリッサが声をあげた。
頬に汗が伝う。
背後からはずっと不気味な音が聞こえている。
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ
何千という節足を動かす音が背後から響くのだ。後ろを見れば、暗闇の中で鈍く光る赤い眼の群れが雪崩のように追いかけてくる。
獲物だ、獲物だ、獲物だ……
逃がすな、逃がすな、逃がすな……
そしてついに、深夜の追いかけっこは終わりを迎えた。
数分後、村の結界内に入ることができたのだった。蜘蛛たちは、バスが結界内に入るや否や、結界の出す波動を感じ逃げて行った。
全員、安堵の溜息が漏れる。ポンパドール夫人を除いては。
「いいわ! やっぱり冒険っていいわね! ジョナサン」
そう夫人に同意を求められた初老の執事は、ハンドルを握ったまま返事を返さなかった。
「ねぇ、ジョナサンってば」
再度の夫人の言葉にも反応がない。不振に思い、メリッサがジョナサンの顔を覗き込む。
「失神している……」
戦闘に参加したわけではないが、クリーチャーの襲撃をかわしながら、長時間運転する緊張は一般人のジョナサンには、とてつもない集中力を要した。そして、その集中力の糸は、村の結界内に入った瞬間に意識と一緒に切れてしまったのだった。
なんか逃げてばっかですね(-_-;)
でも、戦いには相性とかその時の状況とか大事だと思うし、大事にしたいと思っているので、この展開にしてます。
ちなみに、この物語において魔法攻撃は、上級魔法といっても人間10人を行動不能に出来るくらいです。しかも時間と魔力をかなり食います。
裏設定ですけど。




