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第13話 やんちゃな子猫

 回収目標が鉱山で遭遇したローブの人物――テストゥムに決まったが、その手掛かりは少なく、まずはそのテストゥムに関係がありそうな、正体不明の赤いゴーレムについて調べることにしたメリッサたち。しかし、事は簡単には運ばなかった。

 回収目標をテストゥムに定めてから、2週間が経ったが調査はいっこうに進展せず、メリッサたちは最重要回収対象とされるテストゥムの案件としての難しさを痛感し始めていた。

 そんな時、突然、テストゥムの案件を一気に進展させることになる依頼が、グレンザール警備会社に持ち込まれた。


 それは、ある午後のことだった。グレンザール警備会社に、来訪者が来たことを告げるベルが鳴った。

 マリアが玄関に行き、客を出迎える。

 客は女性のようだ。澄んだ高い声でマリアと談笑をしているのが、執務室で仕事を続けるメリッサにも聞こえた。

 その後、コツコツと床を鳴らす足音が執務室に近づいてきて、途中の応接室へと入っていった。

 マリアが執務室のドアを開け顔を覗かせる。


「お嬢様、ポンパドール侯爵夫人がお見えですよ。応接室にお通ししております」

「分かった。すまないが、お茶を淹れてくれるか?」

「心得ております」


 にこりと優雅に笑うと、クロードを連れて執務室を離れていった。

 ドアの向こうで、クロードが文句を言っているのが聞こえる。ただ、マリアの前では無駄な足掻きに終わったようだ。


「さてと」


 メリッサは席を立ち、応接室に続くドアへ向かった。

 ドアの前で数回ノックをする。


「失礼します」


 メリッサがドアを開けると、貴族風の煌びやかな外出着の女性と執事服を着た初老の男性が、ソファに腰を掛けて待っていた。


「これはこれは、ポンパドール夫人、ご機嫌麗しゅうございます」


 メリッサが、夫人に挨拶を述べ会釈をすると、彼女の対面のソファに腰を掛けた。


「メリッサちゃんもお元気そうね♪」


 夫人は、ニコニコとメリッサたちの挨拶に答える。その表情は、旧知の友人に会ったような人懐っこい笑顔で、貴族の夫人らしい気位の高さなど微塵も感じさせない。

 彼女は、普段からこのニコニコと誰にも気さくに接する人当たりの良い性格だった。

 挨拶もそこそこに、談笑をしていると、ドアをノックする音がする。


「失礼致します」


 マリアに続いてクロードが入室する。

 クロードの不遜な態度が夫人に対して出ないか心配で、メリッサは、内心冷や冷やしながら2人が部屋に入ってくるのをじっと見ていた。

 マリアはメリッサの隣に座る。

 クロードはティーセットを乗せたカートを机の近くで止めると、紅茶をカップに注ぎ、夫人の前に丁寧に置いた。


「どうぞ。お熱いですのでお気をつけください」


 ……おかしい。本当にクロードか?

 声色が爽やかで紳士的だ。しかも気遣いまでしている。いつもの仏頂面が嘘のように、明るく朗らかな笑顔。

 全くもっておかしい……。


「あらあらあら、新しい執事さんね」


 夫人がクロードの顔をじっと見ている。


「夫人、紹介します。クロード・ブラックです。先週から私の秘書として働いております」


 メリッサが、夫人にクロードを紹介する。クロードは、メリッサの紹介を受けて、机の横に姿勢を正して直立する。やはり笑顔だ。それも、この上ない爽やかなスマイル。

 種明かしをすれば、マリアから『警備会社に来る客は、魔道遺産に関する貴重な情報源になるから粗相のないように』と言われていたからである。

 しかし、それを知らないメリッサからすると、普段の侮蔑が混じった凍てつく表情からこの猫かぶり。安堵するようで、どこか納得いかず腹が立つ。しかし、今は愛想笑いでその感情を押し殺した。


「クロードとお呼びください。以後お見知りおきを」


 クロードは、一礼する。


「あらあらあら、随分とハンサムな方ねぇ。若くてハンサムな執事さん、いいわねぇ、いけない妄想が捗るわぁ、ドキドキしちゃう」


 夫人は頬に手を当てて、くねくねと身をよじり、美しい絵画でも眺めるようにぽぉっとクロードを眺めている。


「奥様! そのような言動は慎みください」


 夫人の横に座る初老の男性が渋い顔で諌めた。


「あらぁ、ジョナサン妬いてるの?」

「いえ、そういうことではありません! ポンパドール家の奥方がそのような破廉恥な物言いは……」

「はいはい、もう、ジョナサンはお堅いのよ」


 夫人とジョナサンのやり取りを、メリッサたちは苦笑いで眺める。これも、いつものやりとりなのだ。

 再びノックがして、今度はアルレッキーノが入って来た。


「おお、ポンパドール夫人、ご機嫌麗しゅう。今日も眩くばかり美貌ですね」


 入ってくるなり、夫人の傍に跪いて、彼女の手の甲にキスをした。


「ふふふ、アルレッキーノ、貴方も元気そうね」

「私が元気なのも貴方のお陰ですよ。貴方の前では、枯れた花ですら再び咲き誇る。貴方はまさに太陽――」

「アル、早くどくんだ」


 くさい台詞の途中で、イライラしたメリッサの声が掛かる。半分は、クロードの猫かぶりに納得のいかない八つ当たりである。

 アルレッキーノはそそくさと、メリッサ達の座るソファの後ろに回り、クロードの横に並んで立った。


「さて、ではご依頼について聞きましょう」


 メリッサが気を取り直して、夫人ににこやかに話しを振った。


「そうそう、今回の依頼はね、凄いのよぉ。ジョナサン、あれ出して」

「はぁ、やっぱりあれでございますか……」


 ジョナサンは、気が乗らないといったふうに、ため息をつきながら自分のバックを開くと、ゴソゴソと中をあさった。その後、一冊の新聞を取り出して、机の上に置いた。


「これは……ムージャーナルですか?」


 メリッサが置かれた新聞を見て言った。

 ムージャーナルは、幽霊話や未知のモンスターなど、オカルトチックな内容を主に扱う大衆新聞で、いわゆる三文新聞である。


「そ、愛読なの。でね、この記事見て」


 うきうきと声を弾ませる夫人が、机に置かれた新聞の真ん中辺りの記事を指す。

 彼女の白くてしなやかな指の示す記事を、メリッサは眉を寄せながら、声に出して読んだ。


「えっと、『レマール湖に幻の水獣が出現』ですか……」

「そう、このレマール湖の水獣、通称“レッシー”を見てみたいの!」


 夫人が、新しいおもちゃをねだる子供の様に、キラキラした目を向けると、よりいっそう笑顔を深くし、身を乗り出して説明を始めた。

 彼女の横では、ジョナサンが呆れたようにうな垂れて、ため息をついている。


「つまり……このレマール湖への行き帰りの警備と水獣の発見の手助けが依頼というわけですか?」


 夫人の勢いに気圧され、たじろぎ気味になりながら、メリッサが依頼を確認した。


「はぁ……毎度ながらこんなバカな依頼、お断りして頂いて結構なんですよ……」


 うな垂れていたジョナサンが、メリッサに助けを乞うような目を向け、遠回しに依頼を受けるなと促す。


「ちょっとぉ、ジョナサン! 何がバカな依頼よ。 ロマンよ、ロ・マ・ン! 幻の生物にお目にかかれるかもしれないのよ。お屋敷で、ご夫人方を相手にお茶してる場合じゃないのよ!」


 夫人が、ジョナサンにだけでなく、その場にいる全員に、この冒険に対する自分の想いを熱く語り出した。

 その夫人の熱弁を聞きながしながら、クロードが、横にいるアルレッキーノに小声で話しかける。


「おいアル、あのポンパドール夫人は、どういった人間だ?」

「ん、あぁ。あのお方は、シャルロット・アントワープ・ポンパドール様。ポンパドール侯爵の奥方よ。まぁ、ポンパドール侯爵は、5年前に、他界して、あの若さで未亡人だ…………そそるぜ!」


 アルレッキーノが小さくガッツポーズをする。


「で、侯爵夫人というだけでなく、『ノーティ・キテ(やんちゃな子猫)ィ』というファッションブランドの社長だ。女性の間では、相当の人気なブランドだそうだぜ。あの美貌に、社長で侯爵家の未亡人、社交界では引く手数多だ。だが、まったく誰にも靡かないんだな、これが。 

 もともと奔放な性格ってのもあるが、貴族の付き合いに飽きててな、しょっちゅう冒険に繰り出しちまう冒険好きなのさ。で、その冒険の度に、うちに警備の依頼に来る。今じゃ常連様よ。未亡人でワイルドな子猫ちゃん…………そそるぜ!」


 アルレッキーノが、夫人に熱い視線を向け、小さく両手でガッツポーズをする。


「はぁ、なるほど(こいつは、なんかの病気なのか……よく分からぬ行動をするな……)」 


 クロードが、アルレッキーノに珍獣でも見るような視線を向け、はっきりとしない返事をする。


「――というわけで、レッシーには絶対に会いに行くわ! いや、行かなくてはならないの!」


 クロードが、夫人の方に目をやると、彼女はソファーから立ち上がり、拳をかざして政治家の如く熱弁をふるい終わるところだった。


「は、はい、あの……謹んで依頼の方はお受けいたしますので」


 メリッサは、たじたじになりながら依頼を受託した。夫人が依頼に来ると、このようなやり取りはいつものことではあるが、メリッサは、こういった時の夫人の勢いはいつまでたっても慣れないなと思う。


「ありがとぉ! メリッサちゃん! じゃあ、依頼の詳細を詰めましょう」 


 夫人は、少女のような無邪気さで、メリッサの手を両手で掴むと、ぶんぶんと振るように握手した。

 そこから依頼内容の詳細について打ち合わせをし、全て終わる頃には、日が暮れかかる夕方になっていた。ただ、打ち合わせが長引いた理由は、その最中に、何度か夫人の話が脱線するからであった。



 グレンザール警備会社の前に馬車が停車し、その乗車口の前で、夫人と見送りのメリッサ達とが挨拶をかわす。


「依頼を受けてくれてありがとう。出発の3週間後まで、待ち遠しくてしょうがないわ」

「こちらこそ、いつもありがとうございます」


 夫人とメリッサがにこやかに会話をしていると、エントランスの横にある喫茶店から声がした。


「シャルちゃあぁぁぁん!」


 1階の喫茶店にいたヴァルが駆け足で寄ってきた。そして、夫人に飛びつき、胸元に頬ずりをする。


「あらあらあら、ヴァルちゃん。元気してた?」

「うん、すっごく元気。シャルちゃんも元気そうだね」


 夫人がヴァルの頭を優しく撫でながら、女学生同士の様に軽いノリでお互いの息災を確かめる。


「こら、ヴァル! 失礼だろ、離れなさい! あとその呼び方も止めないか」


 侯爵夫人対してあるまじき態度のヴァルを見て、メリッサが、慌ててヴァルを諫め、止めようとする。


「ああ、いいのよぉ。ヴァルちゃんは、私の親友だから。うふふ」

「そぉでえす。シャルちゃんとヴァルは、親友だもんねぇ」

「ねぇ」


 夫人とヴァルが、お互い目を合わせてにっこり笑う。メリッサは、夫人にそう言われると何にも言えなかった。


「今日は依頼で来たの?」

「ええ、そうよぉ。今回は、なんと……レマール湖に、幻の水獣を発見しに行くわよ!」


 ヴァルが夫人に尋ねると、夫人は重大発表をするように間を作って、大げさに今回の依頼を教えた。


「ええぇぇ! 幻の水獣? すっごく……ロマンだね!」

「ロマンよね!」


 夫人とヴァルが、お互い親指を立てたサムズアップで、にっと笑みを交わす。


(この貴族の女は、小娘と同じ思考レベルか……類は友を呼ぶというやつだな)


 クロードが冷めた目で2人を見ながら、そんなことを思考していた。ただ、2人が同レベルなのは、その場にいた周りの人間も、同意見だったであろう。

 夫人は、ヴァルとひとしきり戯れた後、馬車に乗って帰っていった。

 その後、出発までの3週間、メリッサ達は今回の依頼の準備を進めるのであったが、この依頼が調査中のテストゥムに大きく関わることになろうとは、この時誰も想像しなかったのである。



レマール湖のレッシーを見に行こう!

レッシー饅頭やレッシー煎餅を、レマール湖付近の村では村長が企画中!

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