第12話 顔合わせ
3階に降りると、メリッサ達以外は全員席に着き、長机を囲んでいた。
グレンザール警備会社の社員、つまり第4回収班の人間は、この前の鉱山にいたので全員である。他の回収班では、何十人と抱えるところもあるが、弱小班の第4回収班は人数も少数であった。
「みんな揃っているな」
メリッサは上座の席に、クロードは空いている席に腰を降ろした。
「では、夕食の前に、新しい社員の紹介と今後について話合いたいと思う」
メリッサが快活の良くミーティングを始める。
「まず、私の秘書として働いてもらうことになったクロード・ブラックだ。彼には、まだ正式ではないが、回収班のメンバーとしても動いてもらうことになっている。だから既に、白銀の腕手や魔導遺産については話してある」
皆の目がクロードに集まる。
「クロード、何か一言頼む」
「うむ、良しなに頼む」
腕組みをしたまま、短く答える。
他に何かあるだろうに、まったく無愛想なやつだ。場の空気が妙なものになってしまった。メリッサは、内心ため息をついた。
「妙な言葉を使うやつだなぁ」
「でしょ?」
アルレッキーノとヴァルが顔を見合わせて、ひそひそ言っている。
「えっと……クロードは見ての通り外国人だ、言葉もあまり得意ではないんだよ。それに、この前の鉱山の事件のせいで、彼は記憶が一部欠落していてるんだ。色々と困ることもあると思うので、皆も助けてあげてほしい」
慌てて取り繕うメリッサの顔に、引きつった作り笑顔が浮かぶ。
上手くごまかせただろうか。冷や冷やすると同時に、仲間に嘘をつくことに対して、メリッサの良心は少し痛んだ。
「お嬢、ちょっといいか」
すると、寡黙なヘルマンが口を開いた。それには、びくりとするメリッサ。
彼の口から出たのは、やはり鉱山で使った黒い手の魔法についてだった。皆も気になっているようだ。メリッサは出来るだけ冷静に、先ほど二人で話合った通りの説明をした。
「なるほど、じゃあ、お嬢の魔力を使って魔法を使うのか。他の人間じゃできないのか?」
「試してみたが、他の人間では無理だった」
ヘルマンの質問に、クロードが答える。
「じゃあ、お嬢が特別な存在ってことじゃないの」
アルレッキーノがニヤニヤとした顔で、クロードを見る。
「うむ……確かに特別だな」
クロードが顎に手を当て、考えるように眉を少し寄せた。
「はわわわわ、やっぱり部屋の前でのあれって大人の……」
「どうしたの、ロゼッタ?」
ロゼッタがまた湯気を吹いている横で、ヴァルが首を傾げる。
「お嬢も言ってやしたよね? 手を取った瞬間、ドキって強い衝撃が走ったって。それで気になって、傍に置きたくて、自分の秘書にしちゃう。お嬢って情熱的なんだなぁ」
「お、お兄ちゃん、ふざけすぎだよ。こういうのは、で、デリケートな問題で……」
アルレッキーノが、胸に手を当てて芝居臭く熱弁する。ロゼッタの注意など気に留めていない。いや、そもそも注意する方向が間違っているわけだが。
「お、おい、アル! 何か語弊があるぞ!」
メリッサは顔を赤くして、アルレッキーノに抗議した。
「でも、この前、鉱山から帰ってきてからお嬢様がみんなに説明したことって、大体そういうことだよね? にしし、お嬢様も隅に置けないですなぁ」
ヴァルがさらに尻馬に乗っかり、メリッサを冷やかす。
「おい、ヴァルまでやめろ! 決してそんなじゃないからな!」
メリッサが抗議すれども、アルレッキーノとヴァルはニヤニヤするだけ。もう一度、メリッサが抗議の言葉を吐こうとした時だった。
ドンっという強く机を叩く音が響いた。
「ひっ!?」
アルレッキーノとヴァルが、その音に反応して引きつった悲鳴をあげた。彼らの視線の先には、拳の側面を叩きつけたマリアがいた。ニコニコと笑顔であったが、目が笑っていない。
「マ、マリアちゃん。ごめんねぇ、お嬢をからかい過ぎちゃって……お話邪魔しちゃだめだよねぇ」
「ヴァルも、ご、ごめんなさい……」
マリアの放つ威圧感に、びくびくしながら、謝罪の言葉を述べる。静まり返った空気の中、マリアが口を開いた。
「お嬢様、どこの馬の骨ともつかない殿方なんて、私は認めませんからね! それに、激情に駆られた恋愛なんて、一時の迷いです! 風邪みたいなものです! ゆめゆめ早まったことはなさらないように!」
マリアが、目を大きく開き、怒声とともに言い放った。
「……あぁ、もう、マリアまで……」
まともなことを言ってくれると一瞬でも期待したマリアが、一番まともでないことを言い出した。メリッサは、頭を抱えてうな垂れる。
まったく収拾がつかないぞ……
見かねたへルマンが、話の流れを正すように咳払いをした。
「話が逸れちまったが、お嬢、こいつを本当に仲間にして大丈夫なのか? 見たことも無い妙な魔法を使うが、その魔法を何故使えるのかは記憶が無い。それどころか自分の素性についても記憶が無いなんて、正直怪しいとしか言えねえ」
ヘルマンがじっとメリッサを見据える。
「こいつを仲間にする理由ってのを教えてくれ」
メリッサは、ヘルマンを見て黙って頷く。そして説明し始めた。
「クロードを仲間にした理由は、彼が魔動遺産を封印できる力があるからだ。正確には、先ほども説明したように、私の魔力を使って封印の魔法を発動する」
皆が一斉に驚いたように固まる。
「本来、回収班の班長は、魔動遺産を封印できる素質があるものだが。私が不甲斐ないばかりに、封印は一切できずにいた。そのせいで、第4回収班の任務はいつも調査だけで、ランクも最低ランクだ。
だが、クロードがいれば、我が第4回収班でも封印を行える。魔動遺産を自分たちの手で回収し、白銀の腕手での地位を上げることができる。そうすれば、皆にもっといい装備も与えられるし、欲しい情報も手に入るんだ」
メリッサが皆を見渡しながら力説する。
「じゃあ、じゃあ、お菓子をいっぱい食べれるようになる?」
ヴァルが席から立ち上がって、身を乗り出す。
「ああ、なるさ」
「すっごい!」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶヴァルの横で、アルレッキーノがぶつぶつと言っている。
「俺の研究設備も道具も、もっといいやつにできるな……」
「あのぉ……」
黙って聞いていたロゼッタが、そっと機械仕掛けの手を上げる。
「なんだ? ロゼッタ」
「はい、ビルにエレベータをつけてもらったり出来ますか? あ、いえ、私は階段でも平気なんですが、私の整備用のパーツとか武器とかを5階に持って上がってもらうのが心苦しくて」
「ふふ、もちろんだ。ランクが上がれば予算も増額されるからな」
「やったぁ!」
ロゼッタも、頭部のパーツをぐるぐると回して喜びを表現している。
希望に浮かれるヴァルたちを横目に、ヘルマンが、やや納得いかないという表情で頭を掻くと、おもむろに立ち上がりクロードの席の隣まで歩いて行った。
ダンッ!
ヘルマンが、机を叩くように片手をついた。賑やかな空気が一変し、静まり返った。クロードを見下ろすヘルマンの眼は、冷たく刺すようだ。
「俺は、お嬢がしたいことには従うつもりだ。だからお前を回収班に入れるのも、お嬢の希望なら従う。
だがな……お嬢は俺が守る。だから、もしお前が裏切ったり、お嬢に害をなす者と分かったら、すぐに息の根を止めるからな」
ヘルマンの言葉は、ゆっくりとしていたが重く圧力があった。
「ふん、貴様が我をどう捉えようが好きにすればよい。しかし、安心しろ。我はその娘に協力する約束を結んだ。その約束の上で、娘には害をなすことはない」
ヘルマンの威圧に動じることなく、不敵な笑いを見せながら、横目で見上げるクロード。両者の視線が交錯し、一瞬、張詰めた静寂の時間が流れる。
「ヘルマン、そのくらいで今はいいとしましょうよ」
マリアの言葉が割って入る。ニコニコと笑い、明るい声がその場の空気を宥める。
「ふふ、でもクロード、もしお嬢様に害をなしたら……【自主規制】を【自主規制】して、【自主規制】してしまいますからね、うふふふ」
マリアが、幼児に言い聞かせる様な優しい口調で、拷問官もげんなりする様な恐ろしいことを言った。美しい笑顔で、いや、目が笑っていない。
ヘルマンの時以上に凍り付く部屋の空気。
アルレッキーノなどは、ガタガタと震えている。もちろん寒いからではない。
「お、お前……」
ヘルマンが渋い顔でマリアを見る。明らかに引いている。
「……ああ、大丈夫だ、害などなさない」
(この女、悪魔か!?)
クロードは伏し目がちにそう言うと、ゆっくり頷いた。頬には妙な汗が伝った。
「さ、さて、回収手段が見つかったところで、既に標的も決まっているんだ」
メリッサが場の空気を変えるように、少し高い調子で言葉を発した。皆の視線が彼女に集まる。
「標的は、テストゥムだ」
「テストゥムって、あの最重要回収対象のことですかい?」
真剣な表情になってアルレッキーノが聞き返す。皆の表情が、“テストゥム”という単語に神妙なものとなった。
「ああ、そうだ。鉱山でローブの人物が現れただろ? あれがテストゥムだ」
その後、メリッサは、クロードが黒い腕の魔法でローブの人物を捕らえた時に、悪魔の魔力を感じ取ったことを説明した。この情報だけならば、信じることが難しかったであろうが、あの赤いゴーレムを容易く切ることができたことを考えるに、ローブの人物がテストゥムであることは全員が納得ができてしまった。
皆がテストゥムについて、納得したのを見てメリッサは更に話を続けた。
「しかし、そのテストゥムについては、剣を使ったこと以外、何も情報がない。そこで今後は、赤いゴーレムについて調べて行くことにしようと思う」
「そういえば、テストゥムは赤いゴーレムから何かを引き抜いていきましたよね。魔力の塊の様に見えましたけど」
「そうだ、ロゼッタ。あの赤いゴーレムとテストゥムは何かしら繋がりがあるはずだ。そして、このミーティングに先立って、アルにはゴーレムについて調べてもらっていたんだ。アル、あの赤いゴーレムについて何か分かったことはあるか?」
メリッサがアルレッキーノに目線を向ける。
「はいはい」
アルレッキーノは、ポケットから手帳を取り出し、ぺらぺらと捲る。
「まず、あの機体はどこの会社のものとも違う、未知のゴーレムですぜ。各社のカタログや資料を片っ端から目を通しやしたが、一致するものはなかった」
ペンを片手で器用にクルクルと回す。
「魔法具とゴーレムの博覧会はどうだった?」
「お嬢に言われて、一応行ってみましたが、各社の展示している最新のモデルにもなかったですね。情報も収穫なし」
「博覧会といえば、あの魔導工学の貴公子が来たんでしょ? 会えたの?」
ヴァルがアルレッキーノの顔を覗き込む。
「それがさぁ、ヴァルちゃん、MI社のブースで講演するって言うから行ったのに、都合により欠席だって。難しい質問でボコボコにしてやろうと思ったのになぁ」
「ああ、あの新聞に載ってた人ね。確か、ジャン・ユグノーだったかしら。二十歳でMI社の開発部門の最高責任者になった天才だとか。しかもなかなかのハンサムなんでしょ?」
「ちょっとマリアちゃんまで。あんな奴、ルックスも頭脳でも俺の足元にも及ばないからね!」
腕を組んでアルレッキーノが息巻く。
「お兄ちゃんが本当に調査に行ってたのか怪しいな。どうせ、各社のブースにいるコンパニオンのお姉さんを調査してきたんでしょ」
「こら、ロゼッタ。お兄ちゃんは、いたって真面目に調査をだな―――」
「……机の中、女性の名前ばかりの名刺の山……」
ロゼッタの呟きに、アルレッキーノは目を泳がせる。
「えぇっと、博覧会については終わり。うん。えっと、それでゴーレムの残骸をなんとか調べられないか探ってみたんですよ。そしたら、テロリスト襲撃の証拠物件として、軍が接収していっちまったらしいですぜ」
ペンを器用に回しながら話すアルレッキーノの声色が、だんだん真剣みを増した。
「あら、別に軍が出てくるのは珍しいことじゃないんじゃないの?」
回していたペンをパチと掴んで、そこだよ、とばかりにマリアに向ける。
「重要なのはここからさ、マリアちゃん。接収しに出張ってきた軍っていうのが、東方司令部だったのよ」
「確かに妙だな。軍において、テロ襲撃の調査なら、治安維持部隊の仕事のはずだな。東方司令部といえば、主に、東方の隣国との国境線の警備、および進攻を任としているからな」
メリッサが顎に手を当てながら、思案するように難しい顔をした。
「そうなんですよ。ズカズカと大人数で来たと思ったら、関係者を鉱山から締め出して、いろいろと接収していっちまったって話。で、治安維持部隊が来たのは、その後で、ほとんど何も残ってない状態で、治安維持部隊も縄張り荒されて悔しそうだったらしいですぜ」
「なんか、きな臭いわね。で、それ以上は追えなかったってことなの?」
「いやいや、マリアちゃん、まだ続きがあるわけさ。あの赤いゴーレムの動き、見た目、おそらく構造も、従来のものとはまったく設計思想が異なっているわけよ。で、ああいうとんでも設計のことばっかり考えてる大学の教授に、心当たりがあったから、会いに行ってきたのさ。で、酒につき合わされて、午前様……」
アルレッキーノは、やれやれといった具合に、苦笑いを浮かべる。
「教授もあの赤いゴーレムについては、特に知っていることはなかったんだけど、ちょっと面白い話をきいたんだ。なんでも軍では、今、次期主力ゴーレムになる機体を、極秘で、各社から募集しているんだって。教授にもいろんな企業から、相談役として声がかかってるって。俺が調べたのはこんなもんですね」
「なるほど、アルご苦労だったな。ふむ、謎の高性能ゴーレムに、事件にそぐわない東方司令部、そして軍の次期主力機の募集か……」
関連のありそうな単語は頭の中に浮かぶが、これといって線で繋がらない。メリッサが思案に耽る。
グウゥゥ……
「あはは、お腹すいた……」
ヴァルの腹の虫の音で、メリッサは我に返った。
「まあ、今はこれ以上考えても分からないだろう。ミーティングは終了だ。さぁ夕食の準備をしよう」
メリッサの号令で、皆が気持ちを切替え、夕食の準備を始めた。机に次々と料理の乗った皿が並べられていく。少しして食卓が整うと、クロードの歓迎会と題した夕餉が、賑やかに始められるのだった。
メリッサお嬢様、扱いがめっちゃ箱入りです。
そして、クロードは、マリアさんには逆らえないことが決定した瞬間でした。




