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第11話 王の遺したもの

 ペラペラペラペラペラペラペラ


 高速の紙を捲る音が、静かな書庫に響き渡る。

 書庫に置かれた机には、うず高く積まれた本のよって壁が築かれ、捲る音はその壁の内側からであった。

 本の壁に埋もれるようにしてクロードは読書に耽っていた。

 凄まじい速さである。ものの数分で読み終え、次の本を手に取る。


 クロードは書庫に案内されるなり、まず辞書と言語についての本を読み漁った。この時代の字を知らなかったからだ。体の持ち主の記憶も、外国人のせいか文字や文章については希薄だった。

 言語については、数十分で学術書レベルも読みこなせるまでになった。

 今、読み漁っているのは、歴史書である。とくに国の成り立ちについてが、クロードの興味を引いた。


 クロードが今いるガルディア国は、建国して300年ほどの歴史がある国である。その特徴は、魔法技術が大きく発達した文化にある。この国の国民は、個々によって得手、不得手はあれど、魔法を使役でき、それによって繁栄してきた。


 魔法が発達した背景には、この国の成り立ちが関係している。

 もともとこのガルディア国は、1つの大きな王国から分裂してできた国であった。この大国を、イスラウル帝国といった。


 イスラウル帝国は、国土が世界の5分の1を占める大国で、そうなるに至ったのは、1人の王の功績によるものだった。この王の名を、ソロモン王という。

 彼は、絶大な魔力を持った魔導士でもあった。

 彼が現れるまで、魔法とは一部の人間が使う秘術であり、世界的に信仰されていた宗教からは異端の法として、その存在自体が悪とされ排斥されていた。


 そんな日陰の存在であった魔法をソロモン王は自らの力で研究、発達させ国の技術の中枢に据えた。 

 その後、小国であったイスラウル帝国は、魔法技術の力により、優れた文明と強力な軍事力を備えた。そして、近隣の国を次々と征圧していき、大国となったのである。彼の治世において、イスラウル帝国は、栄華を極めるに至る。


 しかし、その栄華は、ソロモン王の死後すぐに終わる。

 彼の死後、彼の息子たち、側近など王の後継者を巡って国内が割れた。各地でソロモン王の正当な後継者を名乗る人物を立て、内戦状態に陥ったのである。数年の内戦が続いた後、国は分裂し、それぞれが独立していった。そしてイスラウル帝国はその歴史に幕を閉じたのだった。


 分裂した国々は、皆が魔法技術を運用しており、今に至るまで競うように魔法の研究、開発がなされている。

 ガルディア国もイスラウル帝国と同様に、魔法技術を国の中枢においた国家体制を敷いている。そして現在では、照明や水道、自動車や家事用品など、公共インフラから日常の些細なことまで魔法が利用されている。


「人が魔法を使うようになったか……」


 本を閉じ、クロードは時間の流れに思いを馳せる。目線を移すと、窓の外から夕陽が指していた。そこで初めて書庫に籠って随分と時間がたったことに気付く。

 すると足音がしてドアが開いた。


「凄い量を積んだな。まさかこれを全て読んだのか?」


 机を囲むようにうず高く積まれた本の壁を見て、メリッサは驚きの声を漏らしつつ、机上の本の山の一角を、よいしょと床に下した。退かした所からクロードの顔が覗く。


「うむ」

「いくらなんでも、この量をあの短時間に読むなんて無理だろう」

「人間は、脳の効率的な使い方が分かっていないだけだ。我にはそれができる。それが出来れば、本など数分で完全に読解し暗記できる」


 言っていることは分かるが、なんとも雲を掴むような話だ。メリッサは首を傾げて、曖昧な相槌を打った。そんなメリッサを見て、クロードは嘲るように小さく笑った。


「それで、なんの用だ?」

「ああ、そうだった」


 思い出したように、メリッサの眉がピンと上がる。


「もう少ししたら、お前を皆に紹介するが、その前に話を合わせておきたい」

「ふっ、念のいったことだ」

「うるさい。まず、お前の素性だが、入国管理局に確認したところ、違法で入国した外国人労働者ということが分かった。だからお前がどこの出身で、どんな人間なのかは情報がない。この点については、質問されても、鉱山の事件で記憶を無くしたことにしろ」

「なんとも都合のいい話だな」


 机に頬杖を突きながら、クロードが鼻で笑うが、メリッサは無視して話を続ける。


「次に、鉱山で使った魔法についてだ。あんな魔法は見たことがない。魔法に長けたマリアでも知らなかったぞ。現存する魔法とは次元の異なるレベルのものだとも言っていた。あれは何だ?」

「あれは対象を捉え、魔力を奪う魔法だ。悪魔の魔法だからな、人間が使うものなど比べ物にならん。魔力の根源ごと奪う」


 にやりと笑うクロードの表情は、残忍でいて怪しい美しさがあった。一瞬、メリッサの背筋がぞくりとする。メリッサは目をそらして話を続けた。


「奪おうと思うほど魔力に飢えていたのに、そんな大それた魔法をよく使えたな」

「貴様は感じなかったのか? 魔法を使うための魔力は、貴様から吸い上げたのだぞ?」

「何? ……そうか、お前に触れられた時に感じたあの衝撃、あれがそうだったのか」

「そうだ。貴様は人間らしからぬ膨大な魔力を秘めている。初めて手を握った時にそれは分かった。ただ、魔力とは粘土の様なものだ。大量にあったからと言って、練って造形する技量がなければ、魔法という形をなさない。だから、我と貴様で取引したのだ。貴様が魔力を提供し、我が魔法にする。それを以って魔道遺産を封印するというのだ。ただ、貴様の魔力は……いや、なんでもない」

「なんだ? 歯切れの悪いな……ん? 待てよ。そもそも私から魔力を奪って、復活を果たせば良くないか?」

「はぁ……」


 クロードが呆れたように溜息をつき、冷めた目を向けた。いちいち、かんにさわる。


「人と悪魔では魔力の質が違う。吸い取ったとしても、魔力の根源の回復どころか、魔法すら使えない。まったくそんなことも分からんのか……その点で、魔道遺産クラスの魔力なら、我を回復できるほどの上質の魔力であろう」

「では、なんで私の魔力は使えるんだ?」

「知らぬ。何故、貴様の魔力を魔法に使えるのかは謎だ」

「クロードも分からないのか……」


 メリッサは顎に手を当て思案する。


「まぁそれはいい。クロード、あの時、赤いゴーレムやローブの人物を、黒い手の魔法で捕えても回復できなかったということか?」

「そうだ。ただ、捕らえてみて分かったが、あの時、あの魔法を使ったのは正解だった」

「どういうことだ?」

「あのローブの人間、濃度の高い魔力を持っておったわ」

「なに?」


 メリッサの眉が動く。


「それも、悪魔がもつ魔力だ」


 クロードの目が鋭く光る。メリッサの表情も神妙なものに変わった。


「まさか……いきなりこんな大物に出会うとは……おそらくそれは、“テストゥム”と呼ばれる存在だ」

「テストゥム?」


 クロードが聞き返す。


「ああ。私たちが回収する魔道遺産の中で、ソロモン王の時代のものを、ソロモンの遺産と呼んでいる。そして、そのソロモンの遺産の中で、最重要回収対象とされているのがテストゥムだ」

「ほう、最重要とな」

「そうだ。ソロモン王については……既に本で読んだみたいだな」


 メリッサが机に積まれた本をちらりと見る。


「ソロモン王が、イスラウル帝国を一代で超大国にすることが出来たのは、魔法による発展だけが理由ではないんだ。最たる理由は、彼が悪魔の力を使っていたからだ。

 稀代の大魔導士だったソロモン王は、召喚した悪魔を壺に閉じ込めた。そして、その壺を人口生命体に埋め込むことで、悪魔の力を宿した生物を作り出した。それがテストゥムだ。この方法で、何体もの悪魔を召喚し、その力を危険なく効率的に使用できるようになったんだ。

 テストゥムの力は凄まじく、一騎当千の力を持つと言われている。そんな彼らの働きによって、イスラウル帝国は超大国になったんだ」


「では、あのローブの者が、そのテストゥムの内の一体だと?」

「恐らく」

「ならば我々の最初の標的は決まったな」


 クロードが机に両手をつき立ち上がる。


「……そうだな。テストゥムを回収できれば、回収班としても、これ以上ない成果だ」


 メリッサも少し興奮した様子で頷いた。

 ふと腕時計を見ると、約束の時間までもうすぐだった。

 皆は食堂に集合していることだろう。テストゥムとは、これは皆の士気も上がるな。メリッサは足取り軽く、書庫の扉に向かって歩き出した。

 扉の前に来て、後ろに続いていたクロードが唐突に言葉を発した。


「ああ、そうだ。机に出ている本をかたさねば。我は散らかっているのは好かんのでな。ここで待っててやるから、さっさとかたせ」

「おい、ふざけるな!」


 食って掛かったが、結局、彼女が本をかたすことになった。出しっぱなしは"良くない"と言うクロードの一言に逆らえなかった自分の真面目さが憎い。

 本をかたし終わるとメリッサは、イライラしながらクロードと伴に食堂へ向かった。


標的はテストゥムです!

「あなたはそこにいますか?」とかは言いません

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