表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/56

第9話 とったその手は……

 この男は何を言っているのだろう?

 メリッサの思考は置き去りにされた。不遜な男への怒りは一瞬で消え失せ、今は混乱しかない。男は、固まるメリッサに構わず、話を続けた。


「貴様が迷い込んだ異空間で、クリスタルの中に閉じ込められていたのが、我の魂だ。そして、今はこの男の身体に憑依している様な状態だ。

 名は、そうだな……クロード・ブラックだ。この身体の記憶にある名だ。我の真なる名は、下等な人間如きが口にして良いものではない故、これで十分であろう。どうだ、愚図でもこれで分かったであろう?」


 クロードと名乗る男は、ベットの上にいながら、ふんぞり返って見えるほど偉そうな態度だ。まるで玉座でふんぞり返る王様。言っていることも無茶苦茶な内容で、普通なら頭の打ち所が悪かった患者の戯言にしか感じないだろう。


「……おい、嘘をつくな」


 虚言や妄言と一蹴したかったが、メリッサの言葉に力がない。クロードと名乗る男が起こした不可解な事象に加え、彼が放つ怪しげな雰囲気が、メリッサの中で、彼が悪魔であることを否定出来ずにいた。


「くく、嘘か。しかし嘘ではないと、どこかで気付いているのだろ」


 クロードの目が怪しく光る。


「貴様らは警備会社を名乗っているが、その実、大魔導士ソロモン王の遺した、現代においては持余すほどの力をもつ魔法技術やアイテムを回収する秘密組織であろう」

「……なんのことだ」


 メリッサはぐっと手を握る。掌はほんのり汗をかいていた。


「アカシック財団が母体の魔導遺産保護組織、“白銀(はくぎん)腕手(かいなで) ”」

「……ぐっ」


 秘密にしておきたいこと全てが、クロードの口から出てくる。もはや短く唸ることしかできない。


「下手な芝居はやめるがよい。我は貴様の記憶を一部であるが、先ほど覗き見たのだからな」


 全て見透かされている。

 これほどの記憶の読取りは、人間では不可能だ。それに、鉱山でクロードが放った見たこともない魔法のこともある。何より男が纏う雰囲気は人間のそれではない。

 メリッサは、この男が悪魔であると信じざるを得なかった。


「娘、貴様には回収した魔導遺産を我に捧げてもらう。貴様らが回収するものには、上質な魔力が込められているはず。それを魔力回復の糧とする」

「ふざけるな! 私が悪魔に手助けなどするわけがないだろう」


 メリッサが声を荒げた。


「いや、貴様は断れないはずだ」


 クロードは、メリッサの怒気などそよ風ほどにも感じていないようで、邪悪な笑みを浮かべている。


「この時代、悪魔の召喚は重罪なのだろ? 我が魔力を垂れ流せば、警察機構は嗅ぎ付けてくる。封印を解いただけとはいえ、貴様は我を召喚したようなものだ。貴様が否定しようとも、警察機構は貴様を処断するだろう」

 

 クロードの言う通りだった。

 メリッサがいるこの国を含め、魔法によって発展している周辺諸国において、悪魔の召喚は最大のタブーの一つとされており、国家間の条約で制約されるほどである。魔法によって、召喚獣の類を召喚することは珍しいことではない。しかし、悪魔の召喚は、それとは次元が異なるのだ。


 悪魔の召喚儀式はとても難しく、失敗すれば術者のみならず周囲にも被害を及ぼす。悪魔召喚の失敗で街が一つ消えたこともあったほどだ。

 また、悪魔の召喚には人間を生贄として必要とすると言われている。そして、強力な悪魔ほど多くの生贄が必要となる。

 これらの危険性と非人道性に加え、もしも使役出来た場合、その絶大な力によって被害も凄まじいものとなる。国家間の軍事的均衡をも崩すと考えられる。そのため、悪魔召喚は禁忌とされているのであった。


「そんな脅しで私が屈するとでも思っているのか。悪魔を助けるくらいなら、捕まって断頭台にかかる」

 

 メリッサはクロードを睨みつける。


「くくく、まあ、貴様はそうだろうな」


 クロードは、メリッサの厳しい視線をまっすぐ見据え、余裕の笑みを湛えて話しを続ける。


「しかし、魂だけとはいえ、悪魔が召喚された事実に、周囲の国家は冷静でいられるのか? 未だかつて悪魔の召喚は、ソロモン王を除き、成功していない。もし、悪魔がいると分かれば、どの国も軍事的優位に立つために我を求めて争うであろう」

「国家にだって理性はある。悪魔は禁忌だ。そんな短絡的な結果にはならないはずだ」

「娘よ、考えが甘いな。召喚せずに手に入る悪魔、それが今の我だ。そして、国家間の条約で禁止されているのは、悪魔の召喚だ。保有は含まれていない。これらの事実がもたらす結果、言わずとも分かるであろう」

「……おのれ」


 メリッサは、それ以上クロードの言うことを否定できなかった。


「それに、我へ奉仕すれば、貴様にも甘い汁を吸わせてやる」

「ふん、今度は懐柔するつもりか?」


 軽蔑にも似た、冷たい視線をクロードに向ける。

 この視線は、決して悪魔の誘いなどに乗らないというメリッサの固い意志の表れでもあった。それに、財、地位、名誉、力、悪魔が唱える誘いなんて精々そんなものだ。

 しかし、次の瞬間、クロードの口から出た言葉はメリッサの予想を外れ、彼女の心に突き刺さった。


「父親の死の真相、知りたいのだろ?」


 クロードの呟きに、メリッサの表情がこわばった。

 全身の毛が逆立つ様な気にすらした。


「貴様は、白銀の腕手が持つ、父親に関する情報を知りたい。しかし、今の貴様の階級では情報を知るほどの権限がないのだろう。だから組織での地位の向上が必要なわけだ。ただ、回収班と言っても上級階級の者のように、魔導遺産を直接封印する力はない。くくくく」


 クロードが、愉快そうに声を出して笑った。


「はははは、それどころか、貴様は魔法、いや魔力の放出すら出来ないのだったな。全く傑作だ、魔術の秩序を守る白銀の腕手の魔導士が、自分では魔力を出すことすらできないなどと。そんなことでは昇格は難しいな。正直、先が見えない、そうだろう?」


 メリッサの中で、何かが煮え立った。怒りだ。沸騰するような熱が頭に上り、一瞬、視界がカッと赤くなった。

 気付けばメリッサは、クロードの胸ぐらを掴んでいた。掴む手が強く握りすぎて震えている。

 彼女の怒りに満ちた表情と対象的に、薄ら笑いを浮かべるクロードは、尚も話を続ける。


「くくく、事実を言われて頭にきたか? しかし、その不安を、我が取り除いてやると言うのだ。鉱山でも見ただろう? 我の力を使えば遺産とやらを封印することも可能だ。封印が出来れば、組織での貴様の地位も向上するだろう。悪い話でもあるまい?」


 少しの間黙って睨んでいたが、ゆっくりと胸ぐらを掴む手が放れる。


「……おい、一つ聞かせろ。お前はどうして復活したいんだ? いや、復活してどうするんだ?」


 メリッサが真剣な眼差しでクロードを見据える。

 先ほどまで薄ら笑いを浮かべていたクロードの表情が、途端に真顔に変わった。


「……復讐だ」


 そう呟いたクロードの目には、燃えるような強い怒りが、憎悪が宿っていた。


「我をあの牢獄に閉じ込めた者どもに復讐する……一人として許さん」


 表情にこそ顕わにはなっていないが、クロードからは静かに、それでいて激しい怒りと恨みが滲み出ていた。

 その彼の表情に、メリッサは背筋が凍るような気分になった。


「……」

「安心しろ。復讐の相手は悪魔だ。我が復活したら、お前らが言うところの魔界に帰る。復讐はそれからだ。人間の世界に害は及ぼさん」


 ふとクロードから怒気が消えた。

 メリッサは、殆ど睨む様な視線を外さず、じっとクロードを見た。

 様々な考えがメリッサの頭の中に去来する。葛藤していることは傍からでも明らかだった。

 歯を噛み締める口元。眉間に寄る皺。

 少しの間その状態でメリッサは立っていた。

 時間にして数十秒だったが、長い葛藤の末、一度目を瞑り、深く息を吐くとメリッサの目が開いた。


 ――答えは出た。


 表情は不満げだが、彼女の目に意を決したように光が宿っていた。クロードはそれを見据え、にやりと笑い、手を差し出した。


「では、貴様には、我の魔力回復に協力してもらおうか。もちろん、協力関係にあるうちは、我が悪魔であることを秘密にするよう、我も協力しよう」

「……分かった」


 その日、メリッサ・ソル・グレンザールは、悪魔の手をとった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ